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第5章 脱出編 その12 飛び立つ竜は跡を濁すか

第5章 脱出編 その12 飛び立つ竜は跡を濁すか


 5年間準備を進めていたレクア脱出計画を、思いっきり前倒しして今すぐ決行することにした。僕は計画の立案者で実行者で最高責任者だから、超忙しい。

 しかし、物事というのは急ぐときほどなにかが起きるものだ。寝坊した朝ほど、飼い犬は離してくれず、いつもは冷淡な飼い猫もかまってほしがる。自動車で行こうとすれば交差点の度に赤信号ばっかりで、駅に行けば電車は満員、更には人身事故でダイヤが止まる。

 前世の経験で知ってたつもりの僕だけど、信頼していたシャルネさんになんかすごい誤解されてて、もうすっかりやる気がなくなってしまった。


「弟クン、なんだい、そんなことくらいで」

 オネエサンの思念だ。アルビエラ母さんのホムンクルスで神祖リエラさんの魂を召喚するための実験体で、なぜか見た目は十歳児のまま。

「しっかりしたまえ、キミはここで見つけたんだろう?」

「なにをです?」

「キミが見つけたかったものを、だよ」

 オネエサンの思念は、僕と共振しやすい。だけど、この時の僕には、オネエサンとは違う姿を思い出させたんだ。なんでだろう?

「僕がなにを見つけたって言うんです?」

「それこそボクに言わせることじゃないだろ?」

 その思念は……オネエサンのもので間違いないんだけど。

「そうでした」

 前世で過労死した僕だけど、天使さんが迎えに来てくれて、この胃世界に転生したんだ。今ではここは僕の故郷だ。

「僕は故郷を見つけました。ここでならちゃんと生き直せます。僕はここで幸せになります」

 天使さんの姿は今ではよく思い出せないけど、それでもその思念こえは覚えてる。

「じゃあ、キミは、キミのやるべきことがわかってるだろう?」

「……そうでした。たとえみんなに信じてもらえなくても、僕はみんなのために、そして僕のために頑張りますよ」

「その調子だよ……キミ」

 僕はオネエサンとの思念が切れるや、第2作業場にこもってものすごい勢いで工程に没入した。

「すみません……もう会えないはずなのに、気を遣わせちゃって」

 こんな追い詰められてる中だったけど、うれしかった。


「あの~魔王様~先ほどは司令や隊長たちが大変な失礼を~」

 だから、副官魔導師リュイシアさんが軽い感じで頭を下げにきたころには作業はもう終わってた。

「……いいですよ。みんな、僕をブラックな魔王だって思ってるんでしょう。仕方ありません」

「いや、そういうんじゃなくてですね~あれは単なる思い込みというか~焼き餅とか焦りとかそういう類いのものでして~」

 相変わらずこの人は声のトーンが明るすぎて謝られてる気がしないね。まあ、リュイシアさんが謝ることでもないし。

「そんなことより、サナダグンの本体が来たんですよね?」

「魔王様~お怒りではないのですか~」

「僕のことなんかどうでもいいんです。大事なのはみんなが無事にここから脱出することですよ。リュイシアさんならわかるでしょう?」

「ありがとうございます~」

 

 僕は第2作業場のゲートを開き、完成品の一つを引きずり出した。車輪つきの大砲に見えなくもないけど、筒の先には竜の顔がついている。筒にはさらにいくつかの筒が添えつけられて、管を通してつながっている。筒も管も、大小の差こそあれみんなガラス製で中身が見える。

「魔王様~これはまた奇妙なものを~?これをおつくりになってたんですか~?」

「まあ、ムダになりそうだった燃料の配管を流用しただけで、すぐできたんですけどね」

 練成炉での作業とここでの手作業で、たぶん3分とかかっちゃいない。

「モーリ様……あの……」

 気まずそうなシャルネさんと、その後ろの、なんかふてくされたようなジナさんたち英士隊が僕を見ている。

「モーリ、サナダグンが来やがったぜ!俺たちが戦えばいいんだろう!」

「戦死決定」

「ま~でも仕方ないよね~レクアを守るのがわたしたちの任務なんだし~」

 ……無能な上司に命令されて、勝算がなくても戦って、みんな死ぬ気なのか。まったく、なんてブラックな職場だ。

「いいかげんにしてください!僕はレクアを見捨てるつもりもありませんし、みんなを死なせるつもりもありません!」

 僕がそんなブラックなパワハラ上司だって思われたことは今でも心外だけど。

「それを証明しますから、みんなは黙って見ててください!……リュイシアさん、よかったらコイツの操作だけ、手伝ってもらえますか?」

 僕は現状では唯一僕を支持してくれそうな副官魔導師に声をかけた。

「はあ、魔術も効かない相手で出番がないと思ってましたが~さすがは魔王様~しっかりあたしの出番をつくってくださったのですね~」

 魔術で部隊を導くという魔導師本来の役割じゃないけど、リュイシアさんは冷静さと判断力で副官として隊を支えている。大人だな。あ~あ、やっぱり年上いいな。シャルネさんもまあまあ大人な年頃のはずだけど、どこか冷静さを欠くとああなっちゃうのか。残念だ。僕ってやはりマザコンなのかも。

 さっきの僕みたいに棒立ちになった魔族っ子たちを放置して、僕はリュイシアさんに手伝ってもらいながら、竜の顔を、厳密には口を目標に向ける。そう、僕めがけて降下し始めた、長大なヒモ状生物へ。

「モ、モーリ様!サナダグンはモーリ様を狙っています!どうかお逃げください!」

「……言ったじゃないですか。シャルネさんたちは黙って見ててくださいって」

「で、ですが!」

「おめえが死んだらレクアはどうなるんだよ!無責任なことすんじゃねえ!」

「黙っててください、ジナさんも!」

 自分でも意外なくらい、僕は怒ってたらしい。今さら僕を心配(?)する二人を放っておいて、竜のたてがみにみえる照準器を合わせる。

「シャルネ司令!ジナ隊長始め英士隊一同も、全員下がって!巻き込まれます!」

「魔王様~あたしは今、魔王様直轄ってことにしといてください~指揮系統が面倒なんで~」

 あ~副官魔導師って隊長直轄だったか。こんな瀬戸際でも僕に命令権はないんだな。

「軍隊って、面倒ですね。いいですよ、臨時にリュイシアさんを僕の第一秘書に任命します」

「うわあ~秘書っていいですね~副官よりいい響きです~」

 なんか緊張感がそがれそうだけど、これはこれで平常心にしてくれる。

「一段落したら秘書の証にメガネを贈呈しますよ」

「それは楽しみです~」

 脱出が早まった分、用意してたガラスは大量に余りそうだし、いいよね。それに、やはり秘書にはメガネでしょ。

 僕は照準器の中のサナダグンをにらみながら、竜の口を向けた。

「秘書?リュイシアがモーリ様の秘書……」

「なんか、こう、だし抜かれた気分だぜ」

「そういう問題?」

「みんな、もっと離れなくていいの~?」

 魔力吸収寄生生物サナダグンはよほど魔力が欲しかったのか、僕をめがけて急降下だ。握るハンドルをすぐに押したくなる。だけど、いくら構造を見直し素材を変えて魔改造してても、元々の射程距離は長くない。引きつけないと、周りに被害を与えるだけだ……。

 脳内では僕を案じる妖精たちの声が、精霊たちの悲鳴が響いてる。だけど焦っちゃだめだ。

「魔王様~」

「リュイシアさん、もう少しガマンしてください。もう少しですから」

 しまった。細かい操作さえすめば、大まかな作業はゴーレムでよかったじゃないか。リュイシアさんを避難させておけばよかった。今からじゃゴーレムを呼ぶ暇もない。僕はバカだ。

 もう目の前一杯にヒモ状生物がグネグネしてる。

「魔王様~サナダグンはなにか警戒していませんか~?」

 ……そう言えばコイツ、低脳のくせにロケットピロリには近づかなかったし、感じてるのか?しかし、このままにらみ合いはダメだ。レクアを早くここから脱出させたいし、そのためにはコイツを倒しておかないと……。

「魔王様!」

「モーリ様!?」

「おめえ、気でも狂ったのかよ!」

 ……僕は噛み切った自分の指を高くかかげた。もちろん血まみれだ。

「どうだ?お前ら胃世界生物たちのごちそうだぞ?」

 僕の血肉は、魔物たちにとって絶好の獲物らしい。おかげで僕は毎晩一人で眠れないくらい襲われ続けてる。まあ、エスリーが守ってくれてるから無事だけど。

「今なら僕を守護する妖精たちも手を出せないよ」

 僕の声じゃない。血につられて、サナダグンがその白い体を降下させたのはすぐだった。しかもものすごく速いし!どんだけ僕を食べたいの?

「……だけど、誰がお前なんかに食われるかよ」

 目標が圏内に入ったことを確信して、僕はハンドルを押した。

「食らえ!竜酸水シャワー!」

 そう、これは竜吐水だ。江戸時代の消火器の。それを元に、余ってた配管ガラスを加工し、魔改造した放水器。もちろん中身は水じゃなくて、燃料に精製する前の竜酸水、ほぼほぼ王水だ。暗い橙色の液体は竜の口から空中に飛んで、白いヒモ状生物を直撃した。もうもうと煙があがり、空を覆う。

 ……あ、もう一つ目の筒がカラッポ。樽にしとけばって言うのはなしだ。そんなのつくってる暇はなかった。余り物でつくったから完成したんだ。そしてその分、予備パーツも余ってる。

「リュイシアさん、そこのガラス管を交換してください!中身は竜酸ですから気をつけて!」

「はいはい~あなたの第一秘書におまかせください~」

 見上げると、吹き出された竜酸が地上に落ちて辺り一面溶かしてる。まあ、ここいら一帯はもともと土壌改良中で綿花を試験的に植えてるくらいだから食料に被害はない。レクアの衣服事情……主に繊維不足による女性の半裸……の改善が遅れるくらいで、それだって改善しなくてもいいかもしれないし。

 サナダグンはかなりの部分を溶かされ空中でのたうってる。そして……直撃を受けた部分は、細分化が始まってる。またか。

「みんな、被害は!?」

「ありません!」

 思ったより近くでシャルネさんの声がして驚いた。

「俺たちは全員おめえのくれた防具を着てる。あれくれえ、平気に決まってる」

 オリハルコン製の防具とはいえ、もともと半裸族の魔族だから、全身を覆うにはほど遠い。そこまで安心できない僕です。だけど……。

「シャルネさん!ゲートの中に、これの個人用装備があります!」

 厳密に言うと、竜吐水とは別の、ガラス管をそのまま改造したウォーターガンなんだけど。

「それを装備して、サナダグンの分体を殲滅してください!」

 正直に言えば、さっきのことが頭に残ってた。だからシャルネさんが素直に聞いてくれるか不安がなかったといえばウソになる。

「はい、モーリ様!これよりシャルネは英士隊とともに特殊装備を受領!それをもって敵分体群を殲滅いたします!」

 だけど……シャルネさんは鈍い僕でも勘違いのしようのないくらい、完全に僕に従ってくれた。

「ジナ!」

「はい、司令!英士隊は司令に続け!遅れてモーリにケガさせんじゃねえぞ!」

「ジナ、素直」

「これって中身、竜酸だよね~味方に向けちゃだめだよ~」

 ジナさんもシアラさんもクレリアさんもみんな一斉に動き出した。

「魔王様~ガラス管の交換終わりました~」

「……ありがとうございます。では竜吐水、攻撃再開します!みなさんは放射圏内には入らないように注意して!」

 いくらオリハルコンでも、気化した竜酸ガスまでは防げない。防具は無事でも中身は……。

「そのような気遣いは無用です、モーリ様。たかが竜酸くらい……」

「ダメですよ!シャルネさんたちのお肌に火傷の痕でも残ったら大変です!」

 シャルネさんは僕の、っていうか、竜吐水本体の近くの方が安全だと判断したらしい。僕の護衛もしてくれるようだ。まあ、間違いじゃないし、助かるけど。

「わたくしのような嫁き遅れのご心配までなさらなくても」

「シャルネさんのどこが嫁き遅れですか?そんな若々しくてキレイなのに、まったく」

 レクアの婚活事情は相当ブラックらしい。だけど魔族はずっと若いままだし、その中でもシャルネさんはとりわけ初々しい美人さんだ。前から思ってたけど、その自虐ネタ、ムリがあるんじゃないかな。

「あの~司令~そこで棒立ちしてると危ないですよ~魔王様もそういうのは安全になってから言ってもらわないと司令がいろんな意味で危険です~」

 そういうのってなに?まあ、気にはなったけど、僕は空中でのたうつサナダグンに放水を続けた。浴びるほどに小さくなる本体、そして細分化して増える分体。コイツの面倒なところだね。魔術が効かない上に、他の手段でやっつけても分体化する一種の群体生物ってところだ。さんざん手間をかけさせてくれた。ただ、この竜酸攻撃は有効だ!これからはもうサナダグンも天敵じゃない。

「シャルネ司令!地上に降下した分体の殲滅を終了しました!次の指示を……司令?」

「ジナ隊長~司令は現在指揮不能です~隊長が指揮するべきだと進言します~」

「……ち。秘書になったくせに。まあ、いいぜ!1、2班は警戒態勢を維持!3、4班は直ちにゲート内に入りタンクを交換しろ!5,6班は残った竜酸を全部ぶちまけてから補充に移れ!」

「了解」

「あ~あ、司令ったら魂抜かれちゃったみたいだね~魔王、責任とんなきゃ~」

 僕は全身全霊でサナダグン本体に放水を続けていました。だから、この間の会話は全然聞こえてません!

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