第5章 脱出編 その10 胃世界史上最大の作戦 後編
第5章 脱出編 その10 胃世界史上最大の作戦 後編
「極小化したヒロタ株竜酸菌だが、そのままレクアに向かっていった」
200m級の超大型怪獣を極小化。さすが討滅妖精。普通ならそれだけで非常識なんだけど、今は落ち込んでるな。もう一体の、いわば天敵に手も足も出ないことが悔しいんだろう。
「竜酸菌は現在2m級のツバメ株20体くらいになっている」
それ、普通に大亀だろ?まあ、亀は人を食わないか?火も噴かないだろうし。
「少し考えさせて。あと、エルダは天敵から逃げること!絶対だよ!」
「……了解した」
サナダグンは魔力を食う寄生生物だ。前世のサナダムシみたいに、人が人以外に寄生するサナダムシに寄生されると被害が大きくなるみたいに、寄生主の世界竜に被害はなくてもその体内で暮らす僕たち、特に妖精たちには天敵みたいな存在だ。
「それにしても同時進行で襲われ過ぎ……マジで怪獣総進撃だね」
いや、あっちは世界各国が襲われたけど、こっちは僕たちだけが集中的に襲われてる。こっちの方がひどくないか?
いったん落ち着いて、整理しよう。
敵 その一。サナダグン分体群。現在レクア南端で鬼族が迎撃中。戦況は有利。
敵 その二。ロケットピロリ。僕とエスリーで引きつけてる。
敵 その三。ツバメ株竜酸菌20体くらい……レクアめがけて飛行中。
敵 その四。新たなサナダグン本体。エルダに撤退指示。これもすぐにレクアに来る。
うん、問題は敵その三と四だな。で、味方戦力は。
味方その一。鬼族雄士隊。上に同じ。
味方その二。エスリー。調査船で僕を護衛中。
味方その三。エルダ。撤退中。
味方その四。エマ。意味不明……じゃない。現在絶賛国防ライブ中だ。この絶賛が飾りじゃないのが腹ただしい。でも住人に呼びかけたり状況を知らせるのには便利だ。敵その一を倒したらレクアに光壁を……いや、ダメだ。敵その四に魔力を奪われるだけだ。う~ん、現状、動かせないか?
味方味方……あ、味方その五!シャルネさん・ジナさん率いる魔族英士隊!南端に移動中。
思ったより時間がかかってるのか、展開が早すぎてるのか。まあ徒歩だからしかたな いんだけど、まだ戦場に到着していない。
味方その六。僕のゴーレム群。同じく移動中。ただ、いちいち命令しないといけない。足も遅い。今
日みたいな時は使いにくい。
味方その七。人族の防衛隊。現在防壁で警戒中。これはこのままでいいかな。
うん、意外に味方もまだいるじゃないか。何より深刻な被害はまだない。城壁外の麦畑が少々……くらいだ。ビールが遠のいたことを考えれば僕の精神的ダメージは大きいけど。
「シルネ」
「ぴ!」
僕は子飼いの(?)風精霊を伝令に出すことにした。これはエマを通さない方がいい。
「シャルネさんのところに行って。ツバメ株竜酸菌20体接近中。迎撃をお願いって。あと僕のゴーレムの指揮権を譲渡しますって。これ、キーワードね」
「ぴ!?」
「え?いいけど」
シルネは、伝令は大事だけど、ロケットピロリから逃走中の僕からも離れたくないから、他の風精霊に頼んでいいかって聞いてきたんだ。5年前からどんどん賢くなるな~。体長は変わらないけど、随分大人っぽくなってきたし。そのうち上位精霊とかになっちゃうかもね。
「伝令は君たち?頼んだよ」
普通の精霊に伝令を頼む時は複数送るのが常識なんだって。
「!」「!」
これでよし。2m級の竜酸菌なら、シャルネさんたちに一任で大丈夫だろう。問題は……接近中のサナダグン本体だ。あと、僕を追いかけてるロケットピロリ。いや、サナダグンだってレクアじゃなくて僕を追いかけるんじゃないか?
「エルダ!僕の船に来て!サナダグンをそのまま連れて!」
「了解だ」
すぐに返信が来た。これでいい。かなりの確率で敵その四も引きつけられる。
「……だけど……」
不安は大きくなる一方だ。
「なんだってこんなに敵が来るんだ?もうこれ以上来ないよね?」
そもそもだ。サナダグンなんて生物が今までレクアを襲ってたら大変な被害が出たはずだ。なにしろこの胃世界の劣悪環境を魔力で生き抜いたレクアだ。その魔力を奪われたら壊滅じゃないか?だいたい、この胃世界の魔力の根源は世界竜の魔力だ。だから魔力を吸収する寄生生物が存在してる。なのに……世界竜の魔力じゃなくてレクアの魔力に飛びつく?
「……イヤナ予感しかないね」
頭が痛いのは、魔力欠乏症ってだけではなさそうだ。で、またまた頭がうずいた。
「マオマオ様~エマエマをお呼びなの~?」
「……うん」
正確には呼んでないけど、僕の思念を勝手に読んだんだろう。国防ライブ中に器用だな。
「エマ……テネスさんを通して元老院と中継できる?」
「ヨユーなの~」
僕は調査船の速度を調整し、進路をサナダグンの方に向けた。
「旦那様、エルダが来たの」
その間にエルダが船に舞い降りた。船室に入ってすぐに頭を下げる。
「主、期待に添えず」
「謝罪は不要です。言ったでしょう、エルダのせいじゃないって。それより、エルダの意見を聞きたいんだ」
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「魔王。意中の相手を探すこともなく外敵に追われるとは、なかなかの不幸ですね」
「せっかくのイベントが台無しです。諸経費はモーリはんのお小遣いからひかせてもらいます」
そういや、そんなイベントもあったな。すっかり昔話のレベルだね。オーマークさんとウーシュさん。その他の元老院たちも集まってるようだ。シャルネさんだけは別だけど。
「緊急の案件です。元老院のみなさんに状況を説明したいと思います」
次から次と怪獣が襲来してくる現状はエマの国防ライブで理解してる。話が早い。とはいえ、エルダの報告はまだライブに流してないから、サナダグンと竜酸菌の襲来を聞いて元老院もさすがにしばらく沈黙した。
「……魔王よ。これはかつてない事態です。対処できるのですか?」
いち早く立ち直ったのは剛毅なオーマークさんだ。
「そのために皆さんに集まってもらったんですよ、僕だって絶賛逃走中なんですけどね」
正確には囮になってサナダグンとロケットピロリを引きつけてるんだけど。そう言えば、こいつら、お互いにぶつかって共倒れてくれないかなって期待したんだけど、サナダグンは空中、ロケットピロリは水中で、生存圏がビミョウに違う。ちぇ、うまくいかないね。
「手はあるいうことです?」
「はい。みなさんの了承を得ることができれば」
「このような局面で、わたくしどもの了承が必要とは」
「もったいぶらんと教えてください」
いつもはなにかにもったいぶるウーシュさんに余裕がない。現状を知解できればさすがにそうなるよね。
「では僕からの提案です。レクア脱出計画を、今この時をもって実行に移します!」
重苦しい沈黙の中、元老院メンバーの顔がさらにこわばった。
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元老院に伝える少し前だ。僕はエルダと話し、脱出を決心したんだ。
「主よ、わたしの意見とはなにか?」
「エルダ、聞かせて欲しい。世界竜の意識は今、どうなっている?」
「……それは答えられない。そもそもわたしとて世界竜といつも交感しているわけではないし」
「じゃあ、今までサナダグンと遭遇した経験は」
「それはない」
「当然だよね。世界竜に寄生しているサナダグンだ。当然世界竜の魔力を吸収している。レクアなんて見向きもするはずないさ……今までは」
「……何が言いたい?」
「それが、今になってレクアの魔力を狙う?それは既にレクアの魔力が、局所的にしろ世界竜の魔力を、この胃世界のマナを上回ってるからじゃないのか?どう思う?」
イヤだな。僕は家族のように、妹のように思ってるエルダを追い詰めるようなことをしている。そんな気分だ。
「……あなたがそう考えるのが自然だと思う」
そしてエルダも答えることが辛そうだ。世界竜の意識と一部ながら通じているエルダにとって、一種の禁忌に触れているのかもしれない。
「それは、つまり僕らの魔力が急激に増えたからなのか?もしくは……」
「そういうことか?」
「そう。それを聞きたいんだ」
エルダは目を閉じて、しばらく答えなかった。
「……主。世界竜の意識は、5年前からほとんど感じなくなっていた」
5年前。僕が竜酸の海の底で、世界竜の意識と同調したエルダに対峙した時か?
「……或いは既に」
「わかった。もういいよ。ありがとう」
答えることが相当のストレスだったのか、崩れ落ちるエルダを僕は抱き留めた。
「エルダ……辛い思いをさせて、ごめんね」
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「この胃世界は、世界竜の体内世界は今、大きく変化しています。最悪の場合、このまま世界竜とともに消滅する可能性があります」
僕の脳内で再構成される元老院の人たちは、能面のように固く平たい表情だ。まだこの深刻な事態の理解が及ばないのだろう。少し間をあける。
「現状からの推測ではありますが、外敵である内生生物が、怪獣たちがレクアに襲いかかる状況を回避する上でも、この胃世界からの脱出を提案します。それも最大限早く!」
元老院の中で混乱が始まった。ある者は信じられないと叫び、ある者は僕を嘘つきと罵りだした。しかし。
「静粛にしなさい!それでもあなたがたはレクア最高統治機関の一員ですか!」
首席の一喝に再び沈黙が降りた。これで議論が止まっても困るんだけど。
「オーはん、最高統治機関は言いすぎや。建前では魔王の補弼機関です」
そこにウーシュさんの絶妙な牽制が入り、僕も乗っかることにした。
「あ~建前はいいです、ウーシュさん。僕だってみなさんを頼りにして一任してましたし」
「お互い持ちつ持たれつですなあ」
で、なんとなく和んだところで。
「魔王よ。緊急の提案は理解しました。しかし、未だ実験段階の計画です。現状どの程度まで進んでいるのですか?また、その成功確率は?失敗した場合の被害は?」
うん、頭のいい人の相手は助かるね。僕が説明したい方向にちゃんと質問してくれる。
「脱出経路は未設定ですし、取り付ける予定の補助機関は未設置、主推進機関こそ成功しましたが、現在グルグルグールル師が点検作業中です。あと、燃料は今から大量に精製しなければなりません……ただ」
「ただ?」
「補助機関を設置しないから、検討中だった燃料配管は不要になります。精製工場からすぐに主推進機関へ送るだけです。点検が終わり次第、精製作業に入ります」
「作業の一部が短縮できる訳ですか。しかし補助機関がなくては進路を変更することが」
「進路は変更しません。だから脱出経路の選定も省きます」
「……」
言葉に窮したオーマークさんの顔は貴重だね。
「モーリはん、つまり、その……このまままっすぐ進む言うことです?」
「はい。世界竜の胃壁を、世界の果てをぶち壊します」
正気を疑う目で見られたけど、このくらいでくじけたりしない。
僕は調査船を改造し、レクアの北端に、舳先に取りつける計画を提案した。それはオリハルコンの巨大な衝角だ。
普段は偉そうな元老院たちの、口を開けた顔も貴重だね。
「ここにレクア中の魔力をつぎ込みます。レクア全体はエマの光壁で、ラムそのものはエルダの魔法で強化します。その補佐にはエスリー。もちろん僕もですけど……そのため魔族の方々にも魔力供与をお願いします!」
真っ先に立ち直ったのはやはりオーマークさんだ。
「その改造から実行に移すまでの時間は?」
「ざっと2,3時間ですね」
「……モーリはん、ますます大ホラふきになりましたなあ」
ウソじゃないけど、それよりサナダグンやロケットピロリに追われてる現状を誰か心配して欲しい。
「あ、あと、成功確率は不明です。僕の感覚でいいなら半々……最後ですが失敗したら、世界竜の胃壁を破れず、レクアには大きな被害が、最悪の場合壊滅するかもしれません。ただし、胃世界が消滅するのに今のままでも壊滅するでしょう。胃世界の崩壊も外敵の襲撃もただの偶然と思うのならば……ひどい賭けにはなりますが」
「……ありえへん事態ですから最悪を疑うんが正解ではありますけど……賭けるもんが大きすぎなのが問題です」
「……魔王。ご提案は理解いたしました。この案件、急ぎ元老院で審議します」
「審議の結果は決まり次第エムリアはんを通して伝えますけど、まあ、うちらにお任せを」
オーマークさんとウーシュさんが肯定的だ。あとは二人に任せるしかない。不安なのは、エマを通すと事実が曲がって伝わりかねないってことくらいだね。
レクア脱出計画改。まさに胃世界史上最大の作戦だ。




