第5章 脱出編 その9 胃世界史上最大の作戦 中編
第5章 脱出編 その9 胃世界史上最大の作戦 中編
ぐらぐらぐら……。地震のないレクアでおそらく初めての大きな振動だ。
「マオマオ様~住民が不安がってるの~みんな床に伏せてアビキョーカンなの~」
阿鼻叫喚なんて言葉よく知ってるな、エマなのに。文字変換に時間がかった分僕の方がバカなのか?
「……すまぬ。わたしの光壁だけでは国内の振動を全て吸収できないようだ」
エルダは自信喪失気味だな。やれやれ。
「仕方ないよ。いきなりのロケット噴射で、レクア全部が動いちゃったんだから」
「あとあと、マオマオ様~お空が消えたって街のみんなが怖がってるの~」
空。あ~エマには光壁の内側に青い空を投影させてたんだけど、エルダにはそれ、教えてなかったな。でも、少し前までは暗い空がここでの自然な景色だったのに。
「ま、みんなが青い空に親しんでたってわかってよかった。だからエルダは気にしない」
わかりやすく落ち込んでるエルダを慰める。僕の語彙力じゃこれくらいしか出ないけど。
「エルダは住人の魔力供与もなく光壁を自力で全方位展開できるすごい子だよ」
「あ、主?」
誉めたのに、なんか上目遣いでにらまれた。珍しく顔も赤い。怒らせたかな。
「それに実害はないんだから問題はないさ」
でも続ける。メンタルは弱い僕だけど、クール系のエルダが落ち込むのは見たくない。
「エマ、住人のみんなに安心するようにってうまく言っておいてくれる?」
だから住民の不安はエマに一任だ。
「ぶうぶうなの~マオマオ様はエマエマばっかり酷使してエスエスにもエルエルにも甘いの~ヒーキなの~」
なんて言いながらもすぐに家妖精に連絡してくれてる。僕はそんなエマの、リボンに埋もれた金髪ツインテを黙って撫でた。まんざらでもなさそうだ。
「マオマオ様~こういうの、ズルズル~」
まあ、こういうことができるようになったのは自覚と成長だ。エスリーに飼い慣らされた結果とも言うけど、年の離れた妹枠や娘枠だって思えば。
さて、と。状況の確認だ。ここはレクア最南端の岬だ。大きめの小屋があるけど、あれは地下施設に通じている。地下施設。つまり、レクア脱出計画の根幹、主推進機関だ。ぶっちゃけて言えば、メインロケットエンジンとその燃料精製工場。
その入り口に立つローブ姿の十歳児。5年前から変わらないね。
「オネエサン!エンジンの調子はどうですか!?」
「……とても幸運なことに、現時点で問題はない……でもね、弟クン!だからってこういうのはやめてくれ!」
試験途中のロケットにいきなり点火指示を出したことを思いっきり叱られた。
「充分な実験と検証を積み重ねてこそ知識は前進する!だから真実の扉は開くんだ!それをこんなマグレで成功したなんて、幸運と偶然に頼りすぎだ!二度とやらないでくれたまえ!」
双眼鏡より分厚いメガネをしてる女児にしか見えないけど、オネエサンは敬虔な学徒だ。いくら目算があったって言っても、確かに最後は運だった。もう土下座で謝りたい。
「グルグルグールル師。今はそういう場合ではない」
まあ、謎の大怪獣に襲われようやく退治したばかり。いや、厳密には退治の途中だ。
「……だいたいね、あのモーリ号もボクに貸与してくれるって言ってたじゃないか」
オリハルコン製の僕の調査船。確かにそんな約束してたけど……。僕は淡く輝くエルダの光壁を透かして向こうを見る。突き出した噴射口から吹き出す巨大な炎。そして、巻き付いた巨大紐状生物ごとに焼かれる僕の船を。
「ごめんなさい、オネエサン。でも……」
「ああ。状況の理解はしている!魔法の効果がないあのサナダグンの本体を倒すための窮余の策だったんだろう!」
「ごめんなさい!」
「理解はしてるって言ったじゃないか。それにキミのオリハルコンは極めて耐熱姓が高い。噴射熱の損傷はごく軽微と推測している」
「……じゃあ、なんて言えばいいんです?」
もっと言えば怒られる意味がわからない。
「……弟クンは意地が悪くなったね」
僕が悪い。だから謝ってるのに、なんで意地まで悪くなってるんだろう?
「グルグルのスキスキなの~気にしないの~」
エマの言うことはだいたいが意味不明だ。
「グルグルグールル師、主を解放してくれないか。まだ戦いは終わっていない」
だから僕が気にしたのは、エルダの指さした方角だった。長大な白紐が燃えて、焼かれて、そして小さく灰になって……いかない。灰じゃなく、焼け残った部分は小さな紐状生物に分裂し、一反木綿の群れになってレクア本土に、こちらに向かって動き出した。
「……弟クン。推進剤の備蓄は多くないよ」
「はい、そろそろ敵の本体が燃えつきます。噴射は終えてください」
竜酸の海を飛び立つには加速する時間が足りなすぎる。だから海上を進んで揺れてはいるけど、それで終わり。オネエサンは作業のために地下に戻り、噴射は止んだ。
「エルダ、光壁を解除して」
「いいのか?」
「サナダグンの分体に魔力を奪われかねない。レクアに降下する分体は地上で迎え撃つ」
だから光壁はいったん解除する。推進機関も停止したし、普及したガラスのおかげで短時間なら竜酸雨の被害も軽い。振動もすぐに止むだろう。
「そうか」
淡い光壁がゆらゆらと消える。
「……エマ」
「はいなの~エマエマ、住民にテレテレするの~」
以心伝心?さすが僕の妖精……って思った僕がバカだった。知ってたけど。
チャッチャッチャ!チャチャチャ!チャッチャッチャ!
チャッチャッチャ!チャチャチャ!チャッチャッチャ!
突然始まる音楽に、この場に集まるスポットライト。更には宙に浮かんだケバいミラーボール。エマはその場で踊り出し、住民相手に国防ライブを始めたんだ。
「みんな~元気なの~?今日はマオマオ様がみんなのレクアを守ってくれるての~注目なの~」
空に昇って踊ってるのに、なぜか見えない超ミニもいつもの謎魔法だろう。
「おお!?エムリア様だああ!」
「久々のエムリア様のライブに立ち会えるなんて、俺はなんて幸せ者なんだあああ!」
そんな声が響くのは、やってきた一団からだ。え?鬼族?
「ヤッホー!みんな~エマエマのファンの人たちなの~?」
人じゃないだろ。ごっつい体格に大きな棍棒、額に一本ヅノの集団は鬼だよね?
「おおおおお!」
「俺たちはエムリア様の熱烈な信者だああ」
「魔王なんかはどうでもいいけど、エマ様のためなら死ねるぜええええ!」
「何を隠そう、俺だって!」
……まあ、僕の支持者が少ないのはわかってるけど、エマの人気が鬼族相手にここまで広がってるのは意外だな。エマ、鬼ってダサダサ~とかって言ってたし。
「ファンは別なの~」
あ、心読まれた。
「オニオニのみなさ~ん!あの白いの、やっつけるの~!」
「おおおおお」
「エムリア様のお頼みとあれば、たとえ世界竜でも倒してみせるぜ」」
世界竜云々と聞いて、さすがにエルダが憮然としてる。まあ、しかし。
「理由はなんであれ、士気が高いのはいいことだよね?」
まだシャルネさんたちが来ていない。鬼族が迎撃してくれるんなら助かる。
「……どうだろう?熱くなって規律も作戦もなくなれば暴徒と変わらないのではないか?」
言い返せない。でも鬼だってレクアの住人だ。できれば被害は出て欲しくない。
「突撃ぃ!」
「うらあああ!!」
熱く燃える鬼たち、通称、雄士隊は鬼族の精鋭だった。だった、というのは、怪獣退治で壊滅したり政変でエマに無力化されたり種族ごと僕と敵対したりで、僕に言わせれば自滅した。おまけに隊長だったフレダンは鬼王に改造されて、使い捨てられた。
あれから5年……再建したのはいいけれど、鬼族の立場は凋落し、しかも反省をしらない人種らしい。だが、しかし。その強健な体に魔闘技は近接戦においては魔族を上回る。
「エマが指揮してくれればなんとかなるんじゃないかな」
「エマが指揮?……扇動が関の山だと思うが」
的確すぎて反論できない。
「加えて言いにくいのだが」
僕と話している間にいつものクールな感じに戻ったエルダだから、普通にあっさり言う訳だ。
「敵が増えた」
「は?」
「安心して欲しい。サナダグンが来たわけではない。ただの竜酸菌だ」
ここに転生して最初に襲撃された怪獣だ。竜の頭に亀の甲羅の。安心には程遠いけど。
「クロタ株?」
「ヒロタ株だな」
超大型怪獣の方か。一体でも侵入を許せばレクアは壊滅して世界竜に消化される。あ~怪獣映画なら上陸して暴れ回るのが見せ場なんだけど、見せ場一つで壊滅するのが脆弱な胃世界レクアだ。
「何を安心しろって?」
光壁を展開すればサナダグンの分体に魔力を奪われる。解除したままだと竜酸菌に侵入される。あちらを立てればこちらが立たず、二律背反、アンビバレンツ、ダブルバインド……まあ、何でもいいけどどうしよう?
「だから心配ない。直接魔法攻撃が効く相手だ。しかもあなたから魔力の補充を受けた今、ヒロタ株とはいえ竜酸菌なぞわたしの敵ではない」
エルダは静かにそう言うと、そのまま宙に飛び立った。
「あ、エルダ!?」
「言っただろう。安心しろと。外敵を討滅するのがわたしの役目だ」
ものすごく速い。エルダがもう小さくなった。上陸したサナダグンの分体群に、遠くからヒロタ株竜酸菌。内憂外患だ。あれ、意味、合ってる?
「マオマオ様~水中から巨大怪獣がクルクルなの~」
マジかというべきか、マタかって言うべきか?
「またまたロケットピロリなの~おっきいの~」
「あ~なんだってこう一遍に来襲するんだ!?怪獣総進撃なのか!?」
このまま11体も出てくるのはやめてほしい。
「仕方ない。ロケットピロリは僕は相手する!」
この手の体内生物は、僕を狙ってやってくる。つまりはこの場にやってくる。ロケットピロリはここ5年間で3度遭遇したお得意様だ。なんだけど、今までは光壁を展開していた状態で迎撃してたから、僕も要領よく退治できた。それが言わせた言葉だ。
「ピロピロなの~」
岬の海岸に立った僕だった。で、竜酸海を見て。
「……しまった」
いきなり後悔した。だって、すごい勢いで海中を進むロケットピロリだ。当然その勢いは海上に及ぶ。端的に言うと津波が起きる。繰り返す。今までは光壁を展開して退治したけど。
「……エマ。今から」
光壁を展開して津波に備えたいんだけど。そう言う暇はなかった。
「せっかく分体が弱まってるのに~?」
僕の心を一番読むのがエマだ。ついに先回りするようになったか。少し離れた戦場を見る。鬼族は、一反木綿もどきの分体相手に優勢だ。シャルネさんやジナさんみたいに優秀な指揮官もいなさそうなのに、ほとんど体格と腕力だけで粉砕してる。これならもう少しで殲滅できそうだ。だけど、問題は……津波だ。しかも竜酸、つまりほぼほぼ王水の。光壁を展開してても、直撃すれば周辺に被害が及ぶ。いくら鬼族でも大変だろう……。
「オネエサン!サラ!ロケットエンジンを再点火できますか!?」
今欲しいのは少しの時間だ。鬼族が一反木綿を全滅させたら、光壁を展開させて津波の被害を防げる。ならレクアを移動させればいいし退治も可能になる。
「弟クン、それは却下だ!さっきの急発進の影響を点検しないと危険だよ!」
「ぼぉ?」
推進機関の機関士である火精霊のサラは、僕の指示があれば点火してくれそうだけど、その場合、オネエサンとケンカになりそうだ。それにオネエサンが反対する気持ちもわかる。未だ試験中のロケットを何度も急発進して爆発でもされたら目も当てられない。
どうする?
エルダはいない。現状、エマの光壁も展開できない。
津波は僕のいるここめがけてまっすぐやってくる……あ、なんだ。簡単じゃないか。
「エマ!僕をもう一度調査船に転移させて!」
サナダグンを巻き付けたまま噴射炎に焼かれた調査船だけど、見た目は少し焦げてるくらいで問題なさそうだし、今も海上に浮かんだままだ。
「マオマオ様~いいの~?」
「いい!大丈夫!」
エマは僕の元に出現し、腕を捕まえると。
「テンテンなの~」
話が早くて助かるし、転移は便利だ。まあ、レクア内でしか使えないけど。
いきなり風景が変わり、船室にいる。何度やっても慣れないね。
「エマ、向こうは任せる」
「任されたの~」
エマが転移で戻るや、僕はエスリーを呼び出すことにした。さっき別れたばかりで気まずいし、僕がもっとできる人間だったらこういう二度手間はなかったって思えば恥ずかしくもある。だけどみんなに被害が出ないためだって思えば、まあ耐えられるかな。
「エスリー!」
光が集まって、人型になって、メイド服姿の少女が現れる。
「旦那様、またお呼びいただいてうれしいの」
エスリーは僕の事情なんか関係なく、僕に呼ばれて素直に喜んでくれた。
「旦那様のご無事が一番なの」
「ありがとう……早速光壁を展開してくれる」
「はいなの」
僕の契約妖精の中では一番力が弱いエスリーだけど、この船くらいの体積なら無敵の光壁を張れる。その間、僕は調査船の損害を確認する。
「旦那様、なんだか大きな生き物が近づいてくるの」
「それ、僕を食べようとやってきたピロリ菌だよ」
「……旦那様を食べる?そんな生き物は焼き殺してやりたいの」
エスリーはくやしそうだ。僕を護ることに特化してるけど、敵を倒す力はないからだ。
「まあ、そんなに怒らないで。僕の血肉を食べたがる魔物やら悪霊やらは他にもたくさんいるらしいし、いちいち怒ってもきりがないよ」
僕の体は12体の魔王の合成体だ。その魔力も血肉もかなり非常識なレベルなんだって。
「エスリーの旦那様をいただくなんて、そんな無礼者はギタギタのズタズタにしてやりたいの」
メイド服のエプロン、かんでるし。まあ、怒ってもかわいいからいいけど。
「……外装は損傷軽微。内部は、備品その他散乱してるけど、大きな異常はなしか」
僕は土精霊ノエルに片付けを、焦げ臭い船内空気の浄化を風精霊シルネに頼む。いつもなら家妖精エスリーの仕事だけどさすがに彼女も忙しい。光壁を張りながらだとキャパオーバーだろう。
「で、推進機関は……大丈夫っと。ただ、燃料タンクは完全にカラッポ」
噴射炎に突っ込む時点で余分な燃料は廃棄したし仕方ない。機関が無事なのは幸いだ。
ただ、とても残念なことに、推進剤や燃料はほとんど練成しなきゃいけない。つまり、機械的な工場で精製するというより、練成魔術師が竜酸海から作り出す、一種の手作業、よく言えば工場制手工業の産物だ。しかもこんなものを練成できる魔術師は、現状、レクアでも僕とオネエサンの二人しかいない。で、いちおう魔王の僕は、脱出計画全体と街の政治の総括をしている訳で、要するに日常的な業務に関しては、前者はオネエサン、後者は元老院に任せていた。だから、まあ、久しぶりだな。
「僕が今から練成しちゃえばいいよね」
「旦那様?」
寄り添うエスリーの髪を軽く撫でて、操舵輪を握りながら、僕は練成炉を展開する。位相の異なる空間を空想視する感覚。きっと僕の3つめの目が潜在的に動いてるんだろう。そこを開く。僕の視界一部に広がる、無限の空間を。そこと竜酸海をつなぐ。大量の竜酸水を分解し、ある成分を剥がしたりくっつけたり、で、硝酸やら硫酸やらを、酸素に水素、窒素の化合物やらに変換していく。まあ、もともとはロケットピロリがやってる作業をまねたんだけど、僕の方が効率がいいし、大量につくれる。おっと。
「なんか、揺れるね?」
「旦那様、ピロリ菌が近いの。大波は光壁で遮ったけどこのままじゃ体当たりされるの」
「燃料タンクはもう一杯だ……よし、機関、点火!」
「ぼぉ!」
いつの間にか僕の元に戻ってきたサラがきれいな敬礼をする。ちなみに機関士助手のシルネも一緒だ。うん、焦げ臭くない。空気の浄化も終わったんだな。
……ぐうううん!体が後ろに持って行かれる猛烈な加速。接近するピロリ菌を振り切っての急発進だ。
「旦那様、ピロリ菌が追いかけてくるの。なんかぶんぶん振り回してるの」
もともとピロリ菌はヘリコバクター・ピロリ。つまりヘリコプターのように触手を振り回して推進する生物だ。それがこの環境でどう進化したか、竜酸、つまり王水の一種から窒素化合物を作り出してロケット推進する奇怪な生物になってしまった。それがロケットピロリだ。おそらくは推進はロケットだけど方向転換は今も触手なんだろうな。
「水中翼展開!」
僕の目的は囮で時間稼ぎだ。だから今度は飛行する必要はない。それでも基本構造はロケット水中翼船だから高速だ。前世のどんな船より速いんじゃないかな。
「旦那様、ピロリがどんどん離れていくの」
「少し速度を落とすよ」
なにしろ僕に食いつかなきゃレクアに向かうかもしれない。光壁を外してる今、あんなものが近づけば竜酸の津波だけで被害甚大だ。囮としてはちゃんと引きつけないとね。
あれ、脳内に刺激……エルダ?
「新たなサナダグンが近づいている」
………………………。
「……すまない。竜酸菌を極小化したところまではよかったのだが、さすがにサナダグンは苦手だ」
「……別にエルダのせいじゃない」
そう返すのが精一杯だ。僕もいい加減、キャパオーバーでいい?




