第5章 脱出編 その8 胃世界史上最大の作戦 前編
第5章 脱出編 その8 胃世界史上最大の作戦 前編
「シャルネさん!戦力を艫付近に移動させてください!決戦はそこで!」
「モーリ様!?」
「魔王様~艫って最南端の岬ですよね~?」
ここは太陽も星もない、方位磁石も効かない胃世界だ。はっきり言って方位の意味はない。ただ、全然ないのも不便なので、レクアでは便宜上涙滴型の国土の先端を北として方位を定めていた。で、反対側が南ってわけだ。舳先とか艫って呼ぶのは、僕の脱出計画での設定だ。
「はい!ゴーレム群もそちらに移動させます!」
そういう僕は既に練成炉を展開してる。練成魔術なら外にもれる魔力は少ないはずだし。
「出てこい!僕のクルーザー!」
船名は僕の名前なので絶対に呼びたくないけど、オリハルコンでつくった調査船だ。前世の世界ならクルーザー級のセーリングヨットに分類されるんだろうか?ただし、推進機関はロケットだから、実は短距離なら飛行もできる。操船も僕一人で可能だ。二人を抱えてキャビンに乗り込み、ソファにそっと横たえる。
「燃料供給よし!……点火!」
正面の窓ガラスからは城壁の上で慌ててるシャルネさんたちが見える。ちゃんと話せなくてごめんなさい。でも、シャルネさんならきっと僕の意図を理解してくれる。リュイシアさんもいるし、ジナさんだってけっこう僕をわかってくれてる。
「機関出力全開!発進!」
ぐうううん!強い加速で体が後ろに持って行かれそうだ。僕は操舵輪をしっかり握って耐える。そして、次に体が浮いて、すぐに沈む感覚に襲われる。
「……離陸成功!主翼展開!」
以前の資源調査以来、多少の改造は施した。水中翼を操作して飛行時の補助翼にするのもその一つだ。目の前に白い壁が、巨大紐状生物の姿がハッキリ見える。
「とぉぉりかぁじぃいっぱぁあい!?」
言っててなんだけど、いくら船でもここで取舵っておかしくないか?そんな一人突き込みはどうでもいいけど、僕は操舵輪を右方向にきる。ぐううんって重い加速が僕の体を引っ張るけど耐える。船の方向転換を確認した僕は、次の手に出る。
「エスリー!おいで!」
僕の護衛兼お世話係の家妖精エスリー召喚だ!家妖精の彼女は基本的にその家からは出られない。だけど主である僕の別荘とかなら可能だ。そして条件を満たせば……。
船室内がうっすらと光り、やがてその光は人型に、メイド服姿の少女になった。
「旦那様!心配してたの!」
「ごめんよ~エスリー」
おっと、家妖精とはいえ万能型のエスリーだ。その魔力は紐状生物サナダグンを引きつけるには充分だった。転進したクルーザーを追いかけて来る。つまり、レクアを包み込む態勢から紐にもどって追ってくる。船の転進を終えるや、僕は進路を正面に固定する。
「ヨーソロー」
でいいんだろうか?ま、いいや。僕はソファに戻り、未だ意識のないエマを抱きかかえる。背中に微妙な殺気を感じるけど、焼き餅焼きのエスリーもここは見逃してくれた。
「エマ……」
僕は体内の魔力を高め、「フェアリーリング」を通し、指先でエマの口元に触れる。魔力の譲渡は古来口移しが一番らしいけど、いくら年の離れた妹枠でもそれは却下だ。
しばらくの間、その状態が続いて。かぷってかぶりつかれた。
「ちゅば、ちゅばなの~」
「エマ!大丈夫かい?」
「がじがじなの~」
「もしも~し?エマさ~ん?」
「ちゅばちゅばなの~がじがじなの~」
僕の指をくわえ込み、夢中でかじりついてるエマを見てると心配したのがバカらしくなる。まあ、でも大丈夫そうでよかった……。で大きな目がぱっちり開いた。
「マオマオ様~お久なの~マオマオ様のマリョマリョ、マジマジにウマウマなの~」
「旦那様、あの紐がすごい勢いで追いかけてくるの」
エスリーの魔力に次いで僕の魔力まで感知したからだろう。
「エマ、魔力を吸ったままでいいから聞いて」
「ちゅばちゅばなの~がじがじなの~」
ホントに聞いてるか不安だ。実はかみかみされて指が痛い。
「充分な魔力を吸ったら、レクアの全世帯に中継して」
エルダとエマ。どちらを先に起こすかで悩んだ僕だったけど、決め手はコレだ。つまり、空を覆われた住民に呼びかけることで不安を解消し、さらなる協力を得るためだ。実際のところ魔力の直接攻撃が効かない相手だから、エルダの魔法攻撃は使いどころが難しい。
「ちゅばちゅば、かじかじ……」
「聞いてる?」
「旦那様、エマなんてもう放っておけばいいの」
チャッチャッチャ!チャチャチャ!チャッチャッチャ!
チャッチャッチャ!チャチャチャ!チャッチャッチャ!
あ~これも久しぶりだな~狭い船室に響き渡るこのナゾの音楽と、七色のケバケバしいスポットライト。おまけにギラギラ光るミラーボール。
「マオマオ様のエマエマコールでギュギュっと参上なの~……マオマオ様?」
「こっちは気にしないで、さっき教えた通りにお願い」
険のある目つきで見られたけど、背中からは殺気以上の殺気が、あ、いや、さっき以上の殺気が感じられる。前門のエマ、後門のエスリー……面倒くさいな。ただの魔力供与なのに。
「すまない。主であるあなたの役に立てないばかりかこうして足を引っ張るなんて」
「あ~も~エルダ。気にしないで。僕の方こそいつも助けられてるんだから」
「し、しかし敵に追われる中……」
「そう思うんなら早く魔力を吸って」
「……うむ。すまぬ……ん」
息が首にかかってくすぐったい。そしてかぷりってかみつかれる。さすがはエルダ。その魔力量はエマの軽く2倍はあるらしい。つまり指先からじゃ足りなくて僕の首筋から直接魔力を吸っている。以前から思ってたけど、この子たちって吸血鬼の親戚か?まあ、唇は却下したから仕方ない。……ソファに座った僕。その僕に抱きつく形でさらに首筋にかみつくエルダ。まあ、いくら妹枠でも人には見せられないね。
「マオマオ様、ヒーキなの~エマエマには指だけでエルエルには~」
「旦那様~」
魔力の与え方一つでも、なかなかに面倒くさい。
「仕方ないだろ。エマは中継続けて!エスリーは船外の様子を監視して!」
「ヒ~キなの~」
「……もうお耳掃除なんかしてあげないの」
「うぬ……役立たずで本当にすまない」
あ~あ。船内はこんなに平和でいいんだろうか?いや、ある意味修羅場なんだろうけど。
「エマエマなの~街のみんなにお知らせするの~」
街妖精のエマは、レクア市街の家妖精や精霊を管理する役目を持つ。互いに魔力のやりとりをしたり、こうやって呼びかけたりもできる。いわば家妖精ネットワークでの全世帯中継だ。こんな面倒くさいエマに、なんでこんな重要な機能を持たせたのか、時々神祖を疑いたくなる。
「今、エマエマとマオマオ様は敵のサナダグンから熱い逃避行中なの~」
「熱くなんてない!」
「エスリーも一緒なの!」
「わたしは役立たずだ……すまない……」
「敵はエマエマたちが引きつけてるの~だから街のみんなはひとまず安心なの~」
ロケット推進で飛行中……でも燃料がそろそろヤバイ。最近は脱出計画用に溜めてたから、この船の備蓄は少ない。だからエマが言うほど僕は安心してないぞ。口に出さないけど。
「そして、もうすぐサナダグンはマオマオ様がやっつけるの~みんな期待してるの~」
ハードルをむやみに上げないで欲しい。僕が無知で無力だってけっこうみんな知ってるはずだし。
「やっつける場所は、南の岬なの~……オニオニたち~わかってるの~?もし間に合わなかったら、大恥なの~」
そうだ。決戦の場所は艫の辺りだ。今、シャルネさん、ジナさんが指揮する魔族は集まってる。ゴーレムたちも。後は鬼族が来れば万全だ。さっきは連絡がとれなかったけど、エマの連絡なら聞こえるはずだし、もし来なかったら、武勇を誇る鬼族のメンツは丸つぶれだ。
「街のみんなは、もう少しだけ耐えて欲しいの~そしたらきっとマオマオ様が勝つの~」
仮にも全世帯中継なんだから、もう少し真面目にやってほしいけど、まあ、エマだからこんなものだろう。謎のダンスを始めたのも、きっと住民の不安を和らげるためだ。
「旦那様は甘いの。あれはエマが踊りたいだけだって思うの」
「目立ちたいだけだと思うぞ……ああ、でも役立たずのわたしと比べればエマは立派だ」
エルダは、いつもは自信ありげなクール系なんだけど、一度崩れるとこうだからな。まあ、そういうところも含めてエルダなんだけど。今もまだ僕の首筋から魔力を吸うエルダの頭をそっと撫でる。
「んっ……」
首にかかる息が甘い気がする。いつものエルダはかっこいいし、こういうエルダもかわいいんだけど。
「エマエマも頑張ったのに~!マオマオ様、ヒーキなの~」
「旦那様!ヒーキはいけないの!」
エスリーまでヒーキとか言い出して、まったく。三人はもともとは一柱の妖精で、強すぎる力を封じるために役割ごとに人格を与えられ3つになった。いわば分身とも同一存在とも言える。もっと仲良くしていいんじゃない?
「……もう充分だ。相変わらずいい魔力だった」
「ぶうぶうなの~エマエマももっと吸いたかったの~」
「旦那様。一気にこの二人に魔力を与えて、平気なの?」
正直に言えば、頭が痛い。寒気もある。でもこれくらいなら。
「平気だよ。心配してくれてありがとう」
僕は三人にこの後の指示をした。
光壁を吸収されて、どれくらい経ったんだろう?
「マオマオ様~街に竜酸雨が降ってくるの~みんな怖がってるの~」
「外出はしないで、窓ガラスをしっかり閉めるよう伝えて。ガラスは酸でも融けないって」
こういう事態を想定しての、国土強靱化計画だ。それでも市街に被害が出るだろうけど、それは敵を倒してから精霊、特に土精霊に頼んで修復するしかない。
「旦那様、サナダグンが近いの」
レーダーはないけれど、妖精の感覚は侮れない。後方から迫ってくるらしい。既に操舵手はエルダに交代した。
「エルダ、進路反転!」
「わかってる!」
レクアから遠ざかっていた進路を、今度はレクアへ、その南端へと向ける。そこは艫だ。レクアを船に見立てて脱出させるための機関がある。
「近いの!」
「任せろ!」
「あ~れ~なの~」
モーレツな加重をこらえ、ロケット船は急速に反転し、サナダグンと、超細長い紐状生物とすれ違った。
「追ってくるの!」
「狙い通りだね」
魔力を吸収する生物サナダグンにとって、この船はごちそうしかない。僕たち4人だけで下手すればレクア全体の魔法総量に匹敵してるかもしれない。
「主よ、目標地点まで近いぞ」
「じゃあ、3人とも!始めるよ!」
「了解だ」
エルダが光始めるや、急速に迫るレクアの国土が輝きだした。エマに代わって国土全域に光壁を展開してる。
「任せるの~」
エマはようやく謎のダンスをやめて、僕らの中心で立ち止まった。
「はいなの」
エスリーは自然に僕に抱きつく感じ。そして船の周りが光壁に包まれる。
そして僕は。
「……メインエンジン点火!」
レクア脱出計画の要、推進機関に、その主任機関士火精霊サラに思念を送った。グラグラ。巨大な(と言っても江○区くらいだけど)レクアが揺れる。その振動の大部分はエルダの光壁が吸収・緩和してるはずだけど。そしてレクアがゆっくり前進を始めるのが見える。
その背後では、船に迫るサナダグンが!
そして僕らの目の前には巨大な炎が、噴射炎が迫る!船は迷うことなく噴射炎に向かったままだ!
「エマ!」
「テンテンなの~」
その瞬間、エルダは操舵輪から離れ、僕も観測機から離れ、エマに抱きつく!エスリーは僕にくっついたままだ。
そして全てが消える。
ふっ。
突然、景色が変わり平衡感覚も失われて僕はふらつく。何度やっても転移は慣れないね。ここはレクア市内の、僕の家、その屋上だ。見上げた空には、うっすらと光壁が見える。そして……振動。地震のないレクアではみんな不安がってるかもしれない。急ごう。
「エスリーはここで待ってるんだよ。すぐ戻るからね」
「旦那様……お早いお帰りをお持ちしているの」
一瞬だけみせた寂しそうな顔を隠し、深くお辞儀をするエスリーに僕は手を振った。
「エマ、お願い」
「テンテンなの~」
家妖精のエスリーを残し、僕たちは再び戦場に戻った。南の岬へと。




