第5章 脱出編 その2 5年後のレクア 後編
第5章 脱出編 その2 5年後のレクア 後編
幼女元老の報告……って言うか、失態……の後、少し間があいた。こういう時は茶湯があって助かるね。いい気分転換だ。ずずっ……耐熱ガラスは保温性も高い。うん、まだあったかくていい風味だ。次の会合にはお茶菓子も出そう。まだ試作中だけど。
「……内政改革について。魔族第2席ウーシュ殿より」
ウスルさんの静かな声にウーシュさんが続く。
「モーリはんの国土強靱化計画に基づき、内政面の改革もようようええ具合です」
先日、新たに発見し曳航した資源島の連結も無事終わったしね。これでレクアに連結した資源島も15を数える。島の連結は街の住民総出で見に来る人気イベントで、せっかく6日に一回の休日を制定したのに、これじゃあ休日やった意味ないし。
ちなみに作業の大半は以前の調査で発掘したロックゴーレムたちだ。オリハルコン製の巨大な杭に結わえたミスリル鋼線を、大きなゴーレムたちが力を合わせて引っ張る。
見てると母国の国生み神話を連想するんだよね。
これでレクアの国土面積も絶賛増加中だ。5年前にざっくり概算した時は、最長10km最短6kmで最大60平方km、ほぼ23区最大の大○区と同じくらいかなって思ってた。しかし精霊に手伝ってもらって測量したらレクアの形状は長方形っていうより涙滴形だった。で、実測32平方kmで板○区(都内9位)くらい。その後資源島が連結され、とはいえその一つ一つは随分小さく、総面積でも現在40平方kmくらいだ。都内6位の江○区と同じくらいだけど人口は江○区50万人に対し1万人足らず。ただ、他の土地から食料を入手できる都内と比べ、孤立した土地で養うにはこの面積で1万人は、かなり厳しかった。日照不足も相まって、今でも朝食は魔術で、実質1日1食のまま。乳幼児の死亡率は目も当てられなくて、魔法が発達してる国家とは到底思えない惨状だった。
なんて考えてる間にもウーシュさんの多岐にわたる報告は続く。
「資源島からの収穫は上々です。特に岩羊を家畜化し搾乳に成功したんは大きな成果です」
岩羊は、羊というより山羊に近くて、高い岩山で草やらコケやらを食べる。見かけだけなら小さな鹿に似ているけど赤い首毛が特徴かな。小型種だから肉や毛皮はそんなにとれないけど、体格の割には乳量が多い。で、加工したチーズやバターは少し癖があるけどなかなか美味だ。
「街では、そんバターを添えた蒸しアルビャーモがおいしい評判で」
イシュダルさんの奥さんが広めてくれてる、屋上家庭菜園と家妖精フラオさんの蒸しイモのレシピ。おかげでレクアの食糧事情は随分マシになった。イシュダルさん自身にもガラス製品やオリハルコン製品の普及に手伝ってもらったし、あのご夫婦にも頭が上がらない。
「以前は不毛だった海岸付近も、綿花が育つようになりまして、繊維も増産です」
「資源島の各種鉱山、鉱洞にも……」
う~ん、順調だ。食料増産、農地開拓、品種改良、繊維業に鉱業……レクアの窮状を脱するための不可欠な政策ばかりだけどわずか5年でこうも成果を上げるなんて……ウーシュさんはすごい人だ。知ってたけど。いくつかの質問や補足もなめらかにこなし、余裕の笑みだね。
さらに快調なのは、最後のオーマークさんだ。
「レクア脱出計画は順調です。ただし問題が2点」
順調なものに説明は省き、課題だけ報告ってウーシュさんとは真逆の方向で優秀だ。果断で自信を隠さない。細かい疑問があったら聞きに来いって感じ。まあ、会議の効率化でいえば文句はない。実際問題ないんだろうし。
「問題の一つは、レクア浮上時の被害予測です」
現在、僕の国土強靱化計画に基づいて、レクア各地の補強を行ってる。
「この推進機関で、これだけの質量を浮上させることによって、どれだけの負荷がかかるか……正直予測は困難です。ですから可能な限りの補強を行うべきです」
現在、国土のあちこちを強化ガラス……ホウ砂を使ったホウケイ酸ガラスだ……で補強している。原材料と加工技術、生産性を考えると、充分な強度と云えるはずなんだけど。
「……魔王。特に強化ガラスを用いた燃料管が不安材料です」
イタイ!そこは急所だった。いや、ロケット推進機関を各地に設置するにあたって、国土中央に水素燃料やら推進剤やらを精製する工場とそれを各地に行き渡らせる燃料管を地下に配置した。しかし。
「レクア地下の特殊事情を考慮すれば、燃料管が複雑になることは仕方ありません。しかし複雑な配管では、計算上の強度が実際に保証できるかどうか未知数です。いくつかの箇所では、本来の強度を保てるか危うい、といいうことです」
……レクア地下の特殊事情。その通りです。
「であれば、より単純で強度保証が見込める配管経路に見直すか、或いは燃料管の強度自体を向上させるか、燃料の配管式を改めるか。いずれかを早期に改善する必要があります」
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……地下の特殊事情。それは排泄物とその加工・輸送経路だ。レクアでは、住民の排泄物も貴重な資源だ。特に日照不足であるからには土地に豊富な栄養分を行き渡らせる必要があった。そして、神祖リエラさんはこの問題を治世の早期に解決していた。現在もそれは生きている。
住人の排泄物は、地下に落とされる。まあ、トイレそのものは水洗式だ(妖精式でもある)。だから清潔で問題はない。そして地下で集められた排泄物は、土精霊たちが魔術的に加工して、肥料にしてる。実は人糞は、そのままではむしろ植物に有害だ。古来、肥だめとかで日に当て、攪拌し、熟成させることで肥料にしている。それをレクアでは土精霊が魔術で行い、しかも地下を通して農場に行き渡らせる。すばらしい仕組みだ。江戸、或いは宇宙旅行すら上回るエコロジーだと云える。しかし……その込み入った地下に燃料管を通すことは、極めて難しかった。
ちなみに、僕がこの面倒くさい地下事情を知ったのは、以前、魔王である僕の排泄物をめぐって大きな騒動が起きたからで……中世で貴人や高僧の尿とかお風呂の残り湯とかが庶民に人気だったってのに近い話……実はかなりのトラウマだ。だから、無意識下で地下の配管計画を余り深く考たくなかったらしい。で、今それをオーマークさんに指摘されてる。
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幸いにしてホウケイ酸ガラスは原材料の入手が容易(やや難しいホウ砂は資源島で大量に採取できた)。それでいて単純な強度に耐衝撃性・耐熱性・耐薬品性に優れた素材で、なにより僕の練成魔術でも大量に製造できた。だからこの5年、試行錯誤してなんとか島中に巡らせる量を加工できたわけなんだけど。
「モーリはん、どうです?」
ウーシュさんが僕に決断を促してくれる。
「オーマークさんの提案をまとめると……燃料管をオリハルコンに換えるか、燃料を配管式ではなくタンク式にするか、ですね」
配管経路の見直しは困難極まりない。特に僕のトラウマがジャマする。面倒くさいけど、素材そのものを最高のものに改めるか、脱出直前まで蓄え、タンクに入れて輸送するか、だ。
「ただ、全てをタンク式にするのも、配置場所によっては問題ですし、配管とタンク、両方で考えてみます」
「最終的には配管の素材変更は要所だけ、ということでよいと思います」
「どこの部分を改めるかは僕がきちんと再計算します」
「わかりました。以後の詳細は魔王と相談のうえ、推進します」
ふう。まずは乗り切った……なんて安心する暇はなかったね。
「では二つ目の問題です……魔王。脱出経路がまだ定まっていません。どういう経路で、どれほどの速度が必要かがわからない現状では配管強度も必要とする燃料の計算とやらも……つまり魔王お得意の計算が意味をなしません」
痛いよお……そのうえ怖いし。
「レクアを強靱化するとしても、このままではいかほどの負荷に耐えさせる予定か。このままでは全方面に無限に強化し続ける他なくなります」
それはブラックだ。未知の危険に備えて無限の努力を全方位でするって、そのゴールは遠すぎる。そこにたどり着くにはどれだけの労働力を資材をつぎ込めばいいんだろう?
それは血を吐き続けてもやめられないマラソンだ。ウル○ラセ○ンでもそうなんだから、僕なんか、過労死決定。転生してもまた過労死なんてしたら、天使さんになにをされるかわからない。暗い目をした僕にオーマークさんが告げる。
「ですから魔王。まずは脱出経路を早々に決めてください。それさえ決まれば、その後は過大な負担は必要なくなります」
「まこと、オーはんの仰せの通り。必要なものを必要な場所に。それが一に大事です」
まずは脱出ルートか。この胃世界、つまり世界竜の胃から下界に脱出するには、その時点での世界竜の姿勢が問題だ。なんかと戦闘でもしたら最悪だね。
「それに伴ってですが……魔王様、脱出計画を1年ほど延期いたしませんか?」
「……議長?」
ウスル氏が珍しく積極的に提案だ。オーマークさんとウーシュさんが僕と話してる中で話しかけてくるなんて、見かけによらず勇敢だね。
「現時点で、レクアに緊急の問題は見受けられません。むしろ魔王様の改革の成果が見え始め、早急に脱出する必要がみられないと思われます」
う~ん……でもなあ、以前予測したより状態の悪化する速度が落ちたとは云えるけど、見ようによっては改善したとも云えるけど……今、全てがうまくいってるから今のままでいいのか?
「多少の遅延をおそれ、不確実な脱出計画を急いだがためにむしろ弊害がでてしまうよりは、一年或いはそれ以上の入念な準備を行い、その上で危険な情勢と判断した時には迅速に脱出できる、そういう態勢を整えることが肝要かと」
現状、うまくいってるから急いで逃げなくてもいいんじゃないかって言われれば……昨今の情勢は思った以上に悪くない。まさか内政改革がこうも短期間に成果を上げるなんてな。ウーシュさん、恐るべしだ。5年前の計算、もう一回やり直すか?いやいや、中長期的に見た場合、今は最善の結果がたまたま出てるだけだ。こんな日光もささない閉鎖空間で、残された資源を全部かき集めたくらいで永遠にいられる訳がない。
「何よりも、御身をおもんばかれば、今以上の魔力の負担は看過できません」
「それは大丈夫です。僕の魔力負担は……3割程度で、5年前の市民と比べても軽い負担しかしていませんし」
僕がここに来た当時は、人族には4割で、鬼王の支配してた時には子どもにすら負担させてた。あの頃の市民と比べれば、全然平気だって思う。
「あれで3割?……さすがはモーリ様」
「とんでもない魔力やとは思うとりましたけどなあ」
住人の魔力負担を減らしながら、資源島にも光壁を展開した分は、まあ、多いけどさあ。でも人族の10倍と言われる鬼族にも魔力供与を義務づけたし(人口そのものは少ないけど)、拡張空間の停止とか無駄な魔力の削減もしたし、そこまで負担でもないはずだ。
「いえ、魔王の魔力消費は実際はもっと多いはずです。魔王は個人的に練成魔術師としても活動しています。あの尋常でない創造物をつくるのにいかほどの魔力を費やしているやら」
さすがにばれてるか。でも、ここで動揺はみせられない。
「僕なら問題ありません。それに脱出時や非常時には魔族のみなさんにだって魔力供与をお願いする法案を通させていただきました。これくらいは当然です」
人族の100倍とも言われる魔族の魔力。今までは貴族特権みたいなもので不可侵領域だったけど、鬼族の魔力供与義務に加えて、魔族への緊急時の供与を提案した。オーマークさんの剛腕とウーシュさんの根回しのおかげで……その前には二人に充分な意見交換と利権提供が欠かせなかったけど……元老院を通り現在は明文化されている。まあ、発動するにあたっても元老院の、特に二人の同意は欠かせないけど大きな前進に変わりない。
「とにかく脱出ルートの選定は、改めて検討し、急ぎ報告させてもらいます」
実際には検討っていうより相談なんだけど、うまく相談できるかは若干不安だ。
「では、脱出計画の詳細はその後に見直すということで問題はありません。ただし魔王……ウスル議長の意見はもっともです」
「ですな。急がんでええなら、ムリしはることもありまへん。も少しゆるりといきまへんか?」
魔族も鬼族も特権階級だ。レクアが危険ならまだしも、できるだけ現状維持を望むのは当然といえる。それはオーマークさんもウーシュさんも変わらない。彼女たちが僕を支持してくれるのは、あくまでレクアが危機だという、僕の調査報告を信じてくれたからで、更には僕が進めた改革でレクアが豊かになりつつあるからだ。もちろん二人にはそれなり以上の利権を提供しているけれど……もし内政改革の結果、レクアの危険が去ったと考えてたら……二人を始め、現在僕に協力してくれる人たちも、そうでなくなるということだ。難しいな。天使さんやアルビエラ母さんに頼まれたこと。この世界を救うってどういうことなんだろう?このまま胃世界にいたままでも、前より豊かになって、持続可能だったらそれでいいんだろうか?太陽も星もないこの世界で生まれて死んでいく人たちも、家族みんなで安心して暮らせるんならいいんだろうか?わからなくなってしまいそうだ。
「少し考えさせてください。まずは、来るべきレクアの危機が本当に遠ざかったのかを見直します……みなさんのおかげで危機が去ったのなら、それは喜ばしいことですから」
少し悩みながらも、結論ともいえない結論を出す。まあ先送りだ。
「いいえ!これもモーリ様の先見の明があってればこそです!」
公然と僕を支持してくれるシャルンネさんには、本当、感謝しかない。それを微笑みとともに眺めるウーシュさんなんかこうだよ?
「仲ええことでよろしい思いますけど、それはそうと、モーリはん。うちらにもお忘れなく」
ほら、さりげなく新たな要求だよ?
「魔王、この後、個人的にお話してよろしいか?」
そしてオーマークさんなんか、政談にかこつけて、僕を叱り足りないってさ。




