第4章 その19 僕への餞(はなむけ)
第4章 その19 僕への餞
4体の霊鬼を最後に、地下迷宮内を進んでも罠、戦闘員の類いは全くなく。しかしある石扉の前でシャルネさんの歩みが止まった。僕の隣にいたリュイシアさんが軽く言う。
「あ~あれは魔封じの法術ですよ~鬼王は中でヤバイことしてるんでしょうね~」
って。やばいこと?……思い浮かんだことは一つだ。その間にも英士隊は戦闘隊形になっていた。
「こら、モーリ!」
ジナさんの制止すら聞かず、僕は石扉を開けた。僕が触れた瞬間、扉の表面の装飾が全て融け落ちたけど、どうでもいい。
「モーリ様!」
「おめえ、少しは自重しやがれ!」
「一応魔王」
「ホント、自覚ないよね~警護する身にもなってほしいよ~」
どうやら僕の警護係にとって僕は前科多数の重罪人らしい。あっという間に前後左右をジナさん、クレリアさん、シアラさんに囲まれ、シャルネさんには腕を捕まれた。
だけど、僕は広い部屋の中央に目を奪われた。そして、足は勝手に進んだ。シャルネさんたちを引きずるように進んだ場所。周りには、アヤシイ器具が並んでる。オネエサンのお店でも見られなかった実験器具みたいな気がするけど、今は目もくれない。
目の前には、巨大な水槽があった。僕の未熟な魔法感覚によれば、素材は透明な天然ガラスだ。そんなもの、ありえないんだけど。
「エスリー!」
クラッシックなメイド服を着た、家妖精のエスリー。少しだけ成長したけど、まだ中学生になったかどうかの幼さで、でもしっかり者で、そのくせだんだん甘えたがって。
「エムリアさん!」
金髪ツインテにミニのドレスはどう見ても十代半ばのジュニアアイドル。だけど街妖精として、街の精霊たちにも住民にも慕われてて、僕にはウザイけど、はずだったけど。
「エルダさん!」
水兵さんの軍服姿が似合う、国妖精のエルダさん。僕との距離を置きたがるクールな
子だけど、一番事情が厄介な子だった。知ってしまえば意外に危なっかしい。
分厚い天然ガラスの水槽の中に僕の契約妖精たちが浮かんでいる。まるで眠っているように。だけど、普段の彼女たちを見てきた僕からすれば、生気がない人形みたいだ。
「エスリー!エムリアさん!エルダさん!」
だけどいくら呼んでも彼女たちは目を覚ますどころか微動だにしない。わかってる。これは、ある種の魔術だ。しかけたのはもちろん、アイツだ。
「鬼王!どこだ!出てこい!」
僕の声が密閉された部屋に反響する。
「騒がしいぞ、このカスめ」
残念なことに、僕の声より数倍威厳のある声が応えるように僕を罵倒する。
「惰弱、暗愚、無知蒙昧……キサマごときに応えて出てやった我の寛大さを褒め称えよ」
まあ僕を罵倒するのはいい。出てきたのもいい。僕より偉そうなのはどうしようもない。だけど。
「……お前、なんでそんなところにいるんだ?いや、その姿は!?」
鬼王は、水槽の中にいた。そして、その半身は既に人の姿をしていなかった。水中の半人半蛇。そのツノも牙も以前と比べてすら大きく見える。いや、待てよ……。
「竜化か!?」
僕は以前、先代魔王ルリエラさんの竜化した姿を見たことがある。ただ、ルリエラさんは魔力を使い果たした元魔王で、しかも竜というよりドラゴンに近かった。
「魔王様~よろしいですか~」
英士隊の副官魔導師リュイシアさんだ。魔術については専門といっていい人。返事をする余裕もなくうなずく僕に平然と解説を始める。
「鬼王は、魔力暴走に近い状態ですね~これはおそらくこの中の妖精たちに膨大な魔力を注ぐためなんじゃないでしょうか~」
「魔力を注ぐ?」
自分の限界を超えて魔力を使い続けた魔王は竜化する。鬼王は魔王じゃないし、限界以上の魔力を使ってるのも一時的なわけだから、竜化するにしても姿が違うってことだろうか?
「なんのために?」
僕が言えるのはどうせろくでもないことだろうってことくらいだけど。
「……透明な天然ガラス、その表面に透ける文様……おそらくは水槽の水はレクア湖のもの……」
いつもは軽くて明るいリュイシアさんだけど、表情が真剣だ。彼女の声に反応するかのように、見えなかった文様がガラスに浮かび、水が虹色の光を帯びる。
「純粋な水の結晶で、凝縮されたマナの場を生成し、3人の妖精に主が魔力を注ぐ……水は水に、三柱は一柱に、あるべきものをあるべき姿に」
これはリュイシアさん独自の魔術解析法なんだろう。文言の羅列が具体的な論理が導き出していく……。
それは僕の脳内にも影響を及ぼしたのだろうか。脈絡もなく僕は、さっき地表で見た神殿の壁画を思い浮かべた。一柱の、女神みたいな気高い妖精の姿を。
「……エスリーたちってもともとは一人の同じ妖精だったんですよね」
「ええ。魔王様~あたしも同じことを考えていました~」
どういう契約で神祖リエラさんが湖の妖精を彼女らに分けたのかはわからないけど
「鬼王!なんでそんな姿になってまでエスリーたちを戻そうとするんだ!?」
そんな僕をあざ笑う声。威厳も迫力も、水の中なのに声量だって僕より遙かに上。
「ハハハハハハハ!くだらんな、キサマの疑問は。いや、済まぬ。存在そのものがくだらぬキサマにとっては当たり前の疑問であったか?」
「鬼王!」
「なにが魔王だ。その無力さでよくも名乗れたものよ。我ならば到底なしえぬ厚顔さ。いや、恥を感じる神経すらない下等生物ならではだな」
「その下等生物の体を乗っ取ろうとしてたくせに」
「その生命力と魔力だけはたいしたものだからな。中身のお粗末さとはあまりにも釣り合わぬゆえ、我が役立ててやろうとしたまでのこと……そうそう、もったいない、というのであったか」
その身の半ば以上を蛇身、いや、竜身を化した体をくねらせ、水影の鬼王は笑う。
「モーリ様!お下がりを!」
「おい、後はあたいらに任せな。どうせヤツはもう一人だ」
無力な僕をかばうように再びジナさんが前に出る。
「無礼者が!」
鬼王が水中で吼える。それは小さな文字が浮かぶ波紋を広げ、さらにはガラスの壁をすり抜けた。
「ぐは!?」
「ジナさん!」
波紋は空中に響いてジナさんたちを弾き飛ばした。
「くだらぬ下等生物相手とはいえ、この鬼王が直に問答しておったのだ。それを下郎が妨げるか」
血を吐き崩れ落ちるジナさんを支えようと駆け寄る僕を、光の壁が遮った。
「ジャマだ!」
しかし、光の壁はまるでエスリーの光球のように僕をもはじいた。いや、いつの間にか大きく広がり、僕と英士隊の間を遮る。
「くだらぬキサマ相手の問答であっても、さらにくだらぬ下級の者なぞに遮られては鬱陶しい」
壁の向こうでシャルネさんたちがなにか叫んでるけど、その声は聞こえない。僕は完全に孤立させられたらしい。さっきまでは残るはコイツ一人だけって雰囲気だったのに。
……コイツ、こんな強かったのか。以前僕をこの体から追い出そうとして接触した時はあっさり撃退できたのに。
「さて、しばし我のジャマをせず、おとなしくしておれ」
そして鬼王は水の中で身を翻す。
「なあに、こちらが済めば、今度こそキサマのくだらぬ魂なぞすぐに滅してくれる。その短い間をせいぜい惜しむがよい」
そう言い捨てて、鬼王は水中の奥に去った。自分が言いたいことだけ言って、こっちの聞きたいことには全く答えず、そのくせ僕はみんなから離されてしまった。これ、やられっぱなしか?
……くいくい。
「……わかってるよ。僕は一人じゃない」
頭の上で髪の毛を引っ張るサラ、肩から引っ張るシルネにウディア。やっぱり足の甲にすわったままのノルン。鬼王からすれば取るに足りない精霊だろうけど、僕にとっては大切な仲間だ。
「ウディア、水の中のエスリーたちを起こせないかい?」
「しゃ~」
「ムリ?ガラスの壁にも防壁が張られてる?」
……それはそうなんだろうけど、どうもさっきから違和感が消えない。
「アイツの目的がエスリーたちを元の一つの姿に戻すことだと仮定して……」
そんな大掛かりな魔術、おそらくは練成魔術を、なんで練成炉の中でやらないんだ?
僕が練成魔術を学ぶに当たって、真っ先にたたき込まれたのは練成炉の展開だ。オネエサンは、実験器具を使った魔術では、物質の変化やら反応によって危険だからって教えてくれた。
部屋のあちこちに残った実験器具は、なにかの薬剤やら謎の素材やらと一緒に埋もれてる。よく言えば使い込んでる、と言えなくもないんだけど。
「練成炉……展開」
自分の魔力でつくった純粋な力場。練成炉の中にそこらの実験器具なんかを放り込む。そして解析して……。
「……そういうことか」
僕はアイツに勝てる、その確信はこの瞬間にできたと思う。
「140年も、たった一人で誰にも学べず、こんな古くさい研究を独学でしてた……かわいそうなヤツだな、鬼王!」
こんな軽い挑発は、僕の推測が当たってなければ意味がない。でもヤツは出て来る。
「キサマごときが、我を嘲るだと?」
ほらね。奥に引っ込んでたくせに。
「神祖リエラさんが湖の妖精を3柱に分けた。それをさらに戻そうと悪戦苦闘するお前の無駄な努力を笑ってるだけさ」
「リエラごときがなしたことなぞ、我にはたやすく覆せるわ!」
「いいや。お前にはムリだね。練成魔術の基本すらできてないお前は、この道じゃあ僕以下なんだ」
「なんだと」
「悔しかったら練成炉をつくってみろよ。こんな天然ガラスの中で純粋魔力の場を形成するんなんてムチャなことをやっておいて。おかげでお前まで竜化してるし、一人前の練成魔術師なら絶対しない失敗だね」
ビキ。僕を遮る光の壁にヒビが入る。
「ほうら。ガラスの中での作業と、僕を閉じ込める防壁。同時にできるほどのスキルもない」
僕はそのヒビに右手を突っ込む。薄い桃色の花章が浮かぶと、防壁はあっさり砕けた。
「ついでに僕ほどの魔力もなければ、魔力を誘導してくれる師匠もいない。おかわいそうなマッドアルケミストだな」
「きさまぁ!」
鬼王の4つのツノから光が放たれる。だけど今さら防ぐ気もしない。
「しゃ」
「ぴゅ」
「ぼぉ」
「ど」
僕に向かってくる力線を、僕の精霊たちが四方陣で防いでくれる。ほらね。
「ここはお前のアジトだ。だけど、ここですら僕は一人じゃない。この子たちが周りの精霊に働きかけて、僕を助けてくれている……なのにお前はなんだ。お前のアジトですら孤立してる……こんな地下で、140年も誰かを呪って、自分を高めようとももしなかった。お前は生きた亡霊だ」
コイツは僕だ。前世のウラミを吐いていた僕だ。だけど僕のウラミはみんなが浄化してくれた。エスリーが、シャルネさんが、ジナさんたちが、オネエサンが、イシュダルさん一家が。エムリアさんとエルダさんはビミョウだけど、精霊たちだって僕を一人にしなかった。
「お前は、みんなに会えないままの、かわいそうな僕だ。だから僕が引導渡してやるよ」
充血した目、震える薄い唇、水の中でいっそう青ざめた顔、そんな鬼王は、もう怖くない。
「……お前がそのガラスの中でありったけの魔力を注いでいることはすぐにわかった。なら、ジャマするのは簡単だ……その魔術に、僕の魔力を注いでやる。エスリー、エムリアさん、エルサさんに、戻って来てって、思いを込めて。もう君たちは別々な存在で、別々の思い出を持ってるんだからってね」
「邪魔立てするか!キサマには何もわかっておらぬ!湖の妖精こそが世界に冠たる魔法都市レクアをつくった力!レクアを導く力!それを大きすぎるから分けるなぞ、愚行極まりない!」
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「!?」
フラッシュバックだ。僕の中の、僕じゃない記憶が呼び出された。
きれいな女性が泣いていた。大きな竜の前で、崩れ落ちて泣いていた。
「お兄様……湖の妖精を他国を脅かすことに使ってはいけません」
女性の声に、虚空から答える声。それはアイツの声だ。
「バカめ!我らレクアの民こそ選ばれた民!建国の力を、今度は拡大の力に使うだけのこと。力は力、我らのためのなるように使えばよい」
「そのようなことは、世界の秩序が許しません!」
「秩序?それこそ、我らがつくるものぞ!力ある者が秩序をつくる!これが世界の真理よ」
「お兄様!?……世界の真理など、そんなたやすいものではないのに……」
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それが地上にあったレクアの命運を定めた瞬間だった。少女の懇願で、一時だけ待った世界竜は、しかし次の瞬間、大空から舞い降りて、レクアとその周辺の土地を全て飲み込んだ。
「そうです。全てはわたしたちの罪。レクア王家は建国の力となった湖の妖精の力を利用して、他国への侵略を始めんとしていました。それこそが世界の秩序を妨げるとして世界竜に飲まれた理由」
半透明の女性は、記憶の姿とは少し違ってた。少し大人びて、そして、魔族に変わっていた。その額にはもう一つの、3つめの目があった。オネエサンの真の姿によく似てる。
「だから、竜に飲み込まれ、それでも生き抜こうとしたわたくしは、竜にお願いをしたのです。強すぎる力はもう持ちません。湖の妖精は3体の妖精に分けましょう、と」
卓越した練成魔術師のリエラさんだからこそなしえた奇跡と言っていいだろう。
「それゆえ、レクアは竜の胃の中で生きることを許されました。しかし、もし竜がこの誓いを裏切られたと思ったならば……」
彼女にとっては口にすら出すこともためらわれるのだろう。今度こそレクアは滅びるなんて。
「最も新しき、そして力ある魔王よ。あなたはわたしたちの全てを受け継いでいる。なのにその力のほとんどを封じたまま……力に溺れず、よくここまで」
そうかなあ?
「いつも誰かが僕を助けてくれました。だから自分で、ムリしようなんてあまり考えなかっただけですよ」
ムリした結果が前世の過労死だし。
「あなたは本当に謙虚なのですね……その気持ちを忘れないで。でも、怒るべき時には、そして誰かを救うときには、少しくらいはムリを許します。わたしたちの最後の子」
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「リエラさん?」
名前を聞き損なっていた。だけど間違いない。あれは初代魔王のリエラさんだ。いや、少し違うか?きっとリエラさんに託した、12人の魔王の総意だ。
「……はい。じゃあ、これから少しムリしますけど、許してください」
僕はガラスの壁の前に立った。そこに映った僕の姿が見える。
「……見なきゃよかった」
自分のコスプレ悪魔の姿を。黒い翼に尻尾にツノ。しかも今度は額に目まであるし。あ~この目、いや、下手したら僕の頭部ってもともとリエラさんの一部だったのかな。そう意識した途端に世界が変わって見えた。それまで二次元だった世界が三次元になった、みたいな。見えなかった奥行きやら影やら背後に潜んでたものやら、いろんなものが見えてしまう。
あれが精霊の真の姿。あれはここでのマナの流れ。あの水は、湖に溜まったオドの流体。
「レクア湖って、純粋マナの力場の一種だったんだな」
道理で地上を去った魔王たちがまだいる訳だ。
がすん、がすん。
両手をガラス壁にたたきつけるようにして置く。
「キサマ!何をするつもりだ!」
「さっき言ったよね。お前のジャマをしてやるって」
「やめろ!その汚い手をどけるがよい!」
「イヤだね」
僕は思いっきり魔力を流した。僕の背中にまわった精霊っ子たちも周囲の精霊の力を集めてくれる。一種のコンバーターとか、ターボとか、アクセルとかみたいな?
そして思念を込める。
「エスリー!エムリアさん!エルダさん!帰ってきてよ!僕のところに帰ってきてよ!」
「馬鹿め!もともと一つだった存在なのだ!元に戻ることこそ当然のこと!」
「元は一つでも!もうみんな、僕との別々の思い出を持ってるじゃないか!」
「たかだか一年にも満たないくだらぬ思い出なぞ、湖の妖精として長きにわたって敬われ培われた記憶の前では芥子粒同然」
「お前には言ってない!今さらお前なんか相手にしてない!僕はエスリーに、エムリアさんに、エルダさんに話してるんだ!」
「我を誰と思っておる!このカスがぁ!」
「言っただろ、お前はかわいそうな僕でマッドなアルケミストだ、しかも腕の悪い」
まあ、あんな旧式の器具で独学を続けた執念だけは見習うけど、もっと別な方に活かせてればよかったのにな。
「独りよがりのお前にはわからないだろうけど……記憶なんて無味乾燥なものがいくいらあったってつまらないんだよ」
ばきいぃん。ガラスが割れた。その破片の一つ一つには、僕に甘えていたエスリーが、僕の指をかじってるエムリアさんが、竜酸海の底で対峙したエルダさんが映ってた。
「誰かと過ごした思い出こそが、本当に自分をつくってるんだ。それは決して色あせない」
「旦那様!」
少し右側から抱きつくエスリーも。
「マオマオ様~」
正面から頭突き気味にぶつかるエムリアさんも。
「……世話をかけたな」
少し離れた場所で赤い顔を背けるエルダさんも。
「みんな、お帰り!」
三人の向こうで、注いだ魔力の場を乱され、その逆流に巻き込まれて消えてゆくアイツの姿が見えた。
「今度は少しマシになって転生しなよ」
それが、もう一人の僕に向けた餞だった。




