第4章 その16 副官魔導師リュイシアさん
第4章 その16 副官魔導師リュイシアさん
「……ど」
土精霊のノルンは、今も僕の足の甲に正座してる。歩いてる足に座ってるってどんだけバランスがいいのか、お尻は痛くないのか心配だけど本人の表情は変わらない。いや、基本、ノルンは無口無表情な地味っ子で、お地蔵さんに見えなくもない。かわいいけど。
「ぴゅ?」
「……ど」
で、宙に浮いてる先導役のシルネと一緒に地下道の案内をしてくれてる。ただ大気中と違って地下じゃあシルネも自信がないらしい。やたらとうろうろ飛ぼうとしては、ノルンに注意されている。所々に罠とか待ち伏せもあるらしいから危険なことこの上ない。なにしろここはレクアを影から支配しようとする秘密の組織のアジトなんだから!
「……モーリ。おめえ、なんで楽しそうなんだ?」
「ヘンタイ」
「魔王ってほんと、趣味悪いよね~」
はいはい、魔族っ子のいつものやつ、いただきました~。これでも彼女たちは僕の護衛なんだけど、すっかり僕への突っ込み役だ。なんだか、この一件が済んだら今度は僕が退治されそうだね。
ちなみに魔族のみんなの目が暗闇に薄く光ってるのは、「暗視」のせいらしい。つまり、敵地だから通路にある火精霊灯を使って発見されるのをさけるため、暗闇でも見える魔術を使ってる。さらには「遠視」「聞き耳」を併用してる子が先行してる。なんか、秘密部隊「○光」みたいだよね~。
しかも、この地下施設、基本的に一本道で、例のア○ト2(PS版)を思い出す。僕ならこのあたりで罠を設置してるんだけど。落とし穴とか釣り天井とか。
「モーリ様。捕らえられた魔族はここにはいないというのは本当なのですか?」
「はい、それは前にシルネが確認してくれてました。彼女らは今も元老院にいるようです」
元老院の首席オーマークさんの、冷たそうだけど知的な美貌を思い出す。
「……では、鬼王の手のものは、偽情報でおびき出された雄士隊、元老院を封鎖している部隊、そしてここと、分散している訳ですね」
「そうだと思います……何か?」
敵が分散してるのは、こっちにとって都合がいいはずだ。むしろ分散させたんだし。なのにシャルネさんは少し考え込んでる。
「いえ。都合がよすぎる、と」
「……罠だって言うんですか?」
ドキリ。思慮深いシャルネさんにそう言われたら、冗談でも心配だ。まして真面目な人だからこの場面で冗談なんか言うはずもない。
「罠……はないかもしれません。そこまで我々の動きを読み切れるとは思えないのです」
まあ、そうだよね。鬼王の居場所を見つけたのも結構難しかったんだから。苦労したのは僕じゃないけど。
「ただ……多少のことでは動じない自信がある。その可能性は捨てきれません」
「自信ですか」
なら安心かな。言っちゃなんだけど、あの鬼王ってヤツは、うぬぼれが強い割にはたいしたことない。そんなに強かったら僕なんかの留守を狙っててコソコソ動いたりしないだろう。おっと、裾が引っ張られてる?
「……ど」
「え?敵?」
保安室みたいなものか。先行してる味方でも見つけられなかったみたいだ。
「……こそこそ(シャルネさん、そこの壁に隠し部屋が)」
「……ひそひそ(了解しました)」
シャルネさんが合図をすると、英士が防御隊形を組む。このあたりも練度高いよね。
いつの間に段取りができていたのか。一人が囮役になって、何気ない様子で前に進む。
で、ばたん!って壁が開いて、鬼たちが襲ってくる。やはりか。保安室ってより罠っぽい。
「魔力矢!斉射!」
そこに向かって魔術の一斉攻撃……エグい。白銀の魔力の矢が突き刺さる。相手は鬼族だけど、雄士隊ほど体格がよくない。一般兵か志願兵か、そんなものだろう。
こんな感じで、何カ所かあった待ち伏せやら物理的罠やらは簡単に突破できた。英士の練度の高さに感心するね。それに、もともと鬼族自体、数が多くない。それがさらに分散されてれば、こんなもんだろう。
改造人間研究室や格納庫がなかったのは残念だけど、僕たちは順調に奥まで進んでいった。そう、シャルネさんの心配が杞憂だったみたいに。
「あ~あ、こんなに簡単に罠が突破できるなら、もうあたしも引退ですかね~」
うわ。英士の一人が僕の隣にきてた。でも、英士の中じゃ、ちょっと変わってる。
「あたしですか~?あれあれ~魔王様、このリュイシアにご興味おありで~?こりゃ隊長を出し抜いて玉の輿ってやつですか~」
テンションが無駄に高い。シャルネさん以外はみんな十代だと思ってたけど、この人はシャルネさんと同年代くらい、つまり20代前半にみえる。そして服装が。
「あ~この服?魔王様もスキですね~いえいえ、隊の若い子を目で追ってるの知ってますから~あ~誰にも言いませんよ~特に隊長に言ったら大変ですから~」
いやいや、その声、みんなに聞こえてるんですけど!そのせいか、僕を見る彼女らの視線はまずます温度を下げていく。潜入中に危ないじゃないんですか?
「あのですね、リュイシアさん?なにかご用ですか?」
「あ~こりゃ失礼。あたし、英士隊の副官魔導師でして」
「副官魔導師?」
なんだか偉そうな肩書きだ。本人は軽めで明るめの美女だけど。でも、この人が僕の隣に来てからジナさんたちがおとなしい。明らかに遠慮してる。偉い人なのか?
「……ほら、英士隊ってみんな見かけ通り若い子ばっかでしょ?最前線で連日過酷な任務ってのがウリの部隊ですから、名実ともに若くないと持たないんですよ~」
事実、英士隊の勤務実態は冗談抜きでブラックだ。連日怪獣退治の仕事があったり、武装も一般兵と大差なかったり(むしろ露出してる分貧弱?)、戦闘機も戦闘車両もないどころか騎獣もいない徒歩専門だったりと、前世の怪獣退治の専門家たちが、週一で最新兵器配備のうえ戦闘機乗り放題とは比べちゃいけない過酷さだ。
「でもですね、みんな若い子ばっかりだと、そりゃ魔王様はうれしいかもしれませんけど」
それはねつ造だ!僕は若い子は苦手だ!特に十代はいけません。まあ、翼とか尻尾とかは見ちゃいますけど。
「それだと、部隊経験値やら、魔法攻撃力やら、不足するんですよね~」
……組織あるあるだな。いい組織は上の世代がその経験をちゃんと新しい世代に伝えている。それに特殊スキルがないと、対処できない場合もあって、その人がいなくなったら途端に終わっちゃうってのもいけないよね。
「特に魔術ですよ~才能だけじゃ埋め切れない、長年の経験値だけが大魔術を可能とするんです~そこで英士隊には代々、副官兼火力担当として、副官魔導師ってのがつくわけでして~」
「じゃあ、リュイシアさんが?」
「はいはい。あたしリュイシアこそ、シャルネ英士隊を支える副官魔導師なんです~。いや~これでも魔族ですから見かけよりは年食ってるんですけどね~隊長よりもち上です~魔王様、年上はお嫌いですか~?」
そう。この人は剣じゃなくて魔杖を持ってる。服装も、魔族っ子の露出過多なのとは違って、全身を厚いローブで覆ってる……逆に、僕はなんでこんなわかりやすい人に今まで気づかなかったのか、不思議なくらいだ。
「あ~あたし、普段は口を閉じたまま、関係者以外の視界からは外れるようにしてまして。なにしろ部隊最大の火力ですから~」
「一種の秘密兵器みたいな?」
「そうそう~魔王様もよくわかってらっしゃる~」
こんなおしゃべりな人が普段は口を閉じてる?大変だな。これも一種、ブラックな気がする。こんな人が事実上のナンバー2なのか?……シャルネさんの度量の大きさに乾杯だ。
「それで~本題なんですけどね~魔王様~さっきの隊長の発言、どう思います~」
さっきの発言。鬼王は簡単に戦力を分散した。それは罠というより、ここが安全という自信があるからではないか。そういうことだったはずだ。
「なんで僕に聞くんです?」
「だって魔王様は、妙に鬼王と相性が悪そうで~」
まあ、相性は悪いな。竜酸海の底で消えた僕の分霊並に、最悪だね。
「それでいて、どっかわかりあってるっていうか~」
僕はとっさにリュイシアさんの顔を見た。にらんだ、と言っていいかもしれない。
「あ~魔王様~お気に障りました~?」
「……別に」
僕は目をそらした。地下通路の向こうには明りが見えて……僕はなぜか安心しなかった。
そんな僕をリュイシアさんが見ていたのがわかる。そして明りが近づく前に僕の隣から去った。あの人は、こうやって、僕の気づかないところで隊を、隊に関わるものを見てたんだろう。
リュイシアさんが、なぜ今になって僕の前に姿を現したのか。そして、僕から何を得たんだろうか。
「モーリ、こら、なに突っ立ってんだ!?」
「あ、すみません」
ジナさんの怒声が、僕をここに戻す。なんだか安心するね。いや、そういう趣味はないけどさ。
「ジナさん。魔導師ってなんです?魔術師じゃないんですか?」
「バ~カ。魔術を使うのは魔術師だけど、魔術で部隊を導くのが魔導師なんだよ。大物なんだぞ……ああ見えてな」
魔導師と名乗っていたけど、僕なんかを見極めるのに、魔術なんて使ってないだろう。
「はい。軽くて明るい、きれいな人でしたけど……」
のみ込んだ言葉は、怖い、だ。その怖さはウーシュさんに似ているものだ。
「あ~ん?おめえ、副官殿にまで手ぇ出す気か?」
まで?までってなんだ?おかしくないか?
「僕が今まで誰に手を出したって言うんですか!?」
珍しく反論する僕を、ジナさんたちは思いっきり冷たく見下していた。なんで?




