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その6 夢のお告げ

その6 夢のお告げ


「……キミねえ。あれは事案、いや、もう事件だよ?」

「ええっと、僕、また死んだんですか?」

 僕がいるのは、限りなく広がる青い空と足元の白い雲の絨毯。そして目の前には天使さん。

「あんな小さい子をベッドに引きずり込んで、この鬼畜!ロリコン!」

 天使さんは少し宙に浮いたままテテテと僕に迫ってくる。すごい怒ってるんですけど、背中の白い翼がパタパタ動く様子は、見てて和んでしまう。

「キミ、聞いてるのかい?」

「待って待って!僕、エスリーを引きずり込んだりなんかしてませんよ!」

 無理やりでも無理強いでもない!むしろ僕は渋々許可したわけで、まあ、決して最後まで強硬に、というわけではないけれど、抵抗はした。何よりなんにもしてません……添い寝はしてもらったけど……それだけ。

「どうせ人じゃなくて妖精だから許されるとか都合よく考えてたんだろ!」

「あー、どう見ても女の子だけど異星人とかロボットとか悪魔とかだからセーフって、全国の真面目なPTA活動に備えたテレビ局の理論ですか?いやいや、そんなこと思ってません!」

 ひょっとして、これ、エスリーに添い寝してもらったことが天界のコードか何かにひっかかって?

「まさか、僕に天罰ですか!?」

「さあね。でも心当たりあるだろ」

「……そう言われれば、ないと断言するのは難しいんですけど」

 ホッペタとはいえ、二度もキスされたしなあ。あ、リリエラちゃんのも入れたら三回か?

「……二度目の人生は早かったな。合計しても短いけど」

 アルビエラ母さんにもハグしてもらったし、僕の嗜好から外れてるけど美少女に添寝までしてもらったなら、前世なら有罪だね。とりわけ社会的に。

「……なら、もう思い残すことはないよね」

「あります!」

「あるの?」

「大ありですよ!だって、僕はまだあの世界のことをなんにも知らない!好きにもなってない!まして……」

 天使さんに言われたこともアルビエラ母さんに頼まれたことも全然だ。情けない!僕は自分を殴り、意外に痛くて雲に座り込んだ。畜生……。これ、最初に過労死したときなんかより、よほど未練が残ってる!何かがこみ上げてきて、でも僕はうつむいたままだった。

「キミ……泣いてるの?」

「……いいえ。でも、生まれ変わっても何もできないまま、また死ぬなんて……」

 これで平気なくらいなら、僕には血も涙もないし、そんななら前世で過労死してない!

「泣いてるんだ!……ぷぷっ」

「泣いてません……え?ぷぷ?」

 顔をあげると、それまで激おこだった天使さんが噴き出してた。

「ぷ……きゃはははああ」

 空中で手足を振り回し、もう隠し立てもなく笑い転げる天使さん?

「そんな格好してると、その、見えちゃいますよ」

「天使はパンツなんかはかないし、天使の服の中身は見えないよ。残念でした~このスケベ」

 そういう法則があるらしい。恐るべし天界コード……。

 天使さんは困惑しきった僕を置いてけぼりにしばらく笑い転げてた。

「や~い、ひっかかった、ひっかかった!」

 子どもか!?いや、今どきの子どもはもっと大人びて捻くれてるからこんなストレートな反応なんかきっとしないと思う。

「これだけきれいにひっかかってくれるとは、いっそすがすがしいね!」

「僕をからかってそんなに楽しいですか?」

「楽しいね!だって、異世界にいってるのに年齢不詳の妖精相手に世間体やら前世の常識をふりかざして、いちいち動揺しすぎ!あげくに罪悪感たっぷりだから、ついからかいたくもなるさ。まるで初めてHな本を買いに近所の本屋にいった高校生みたい初々しい反応、実によかった……きゃははは!」

 今どきの高校生は近所の本屋になんか行かないんじゃないか?そもそも近所に本屋がない時代だし。

「まあ、そんなムスっとしないでよ。余計に笑えるから」

 その後も天使さんはまた笑い転げて、その間、目のやり場に困った僕は、きれいな青空を満喫していた。あの世界にも、こんな空があったらいいのに。


「……僕をからかうために、わざわざ天界に呼んだんですか?」

 ようやく笑いが止まったところで、僕は話しかけてみる。

「やれやれ、キミはせっかちというか真面目だね。せっかくなんだから近況報告とかないの?」

「だって、天使さんずっと見てたみたいだし」

「ボクをストーカーみたいに言わない!」

 びしっと指さすのもどうかと思う。

「こう見えても、ボクだって父なる神の御使いだよ。ちょっと見ればすぐわかるさ」

 やっぱり見てたんだ……悪いことはできないな。もちろん、そんな気はありませんけど!

「で、まあ、キミにちゃんと言っとかなきゃいけないみたいでね。話すことにしたんだ」

 天使さんはかわいい顔を、お仕事モードにした。そうすると、頭に天使の輪が浮かぶんだ。天界、わかりやすっ。


「実はキミのメンタルなんだけど、すごく弱い」

「……まあ、そうでしょうけど」

 当たり前すぎる指摘で肩透かしだな。メンタル強かったら、普通に休んでたしノルマ終わったら直帰したし、そしたらあんなあっさり過労死なんてしなかった。

「いやいや、そうじゃなくてね。前世と比べても、相当弱くなってる」

「そうなんですか?」

 僕としては、まだしも思い切りがよくなったと思ってる。そうでもなければ、あの変な黒い影に言い負かされてたし、シャルネさんも見殺しにしてた。そしたら……エスリーと会えなかったかもしれないしエルダさんがヒロタカブ竜酸菌を退治してくれることもなかったんじゃないか?ほんとのところは結果オーライで、実は僕は何もしてないんだけどね。

「う~ん……やはりちゃんと説明しようか」

 人の人格は、先天的な要素と後天的な経験からできている、なんて言い出した天使さんだ。前にも感じたけど、天使さんって物知り。

 で、簡単にまとめると、僕は転生するにあたって、異世界に悪影響を与えないよう記憶を調整されてるらしい。しかし、人格を変えないように記憶を調整ってムリムリなんだそうだ。

「つまり、いい具合に使い勝手のいいキミの人格を見込んで転生させることにしたんだけど」

 その下支えになってる僕の記憶は、カスカスだそうだ。

「なにしろ、キミ、自分の名前まで忘れるくらいだからねえ。どんだけ自分が嫌いだったんだか」

 そうか。僕は自分が嫌いだったんだ。天使さんに言われて、納得した。

「それでなんけど、キミ、フロイトとかユングって知ってる?」

「いいえ」

 誰?ユング・フロイトって言われたら、近年特撮の名作をリメイクしまくってる某監督の名作アニメのキャラを思い浮かべたかもしれないけど、僕はそもそもアニメは詳しくない。

「心理学の基礎を築いた人物だよ。ほんとは天使が出す名前じゃないんだけどね~」

 なんでも心理学とは、ある意味人間にとって神からの自立にかかわるらしい。

「特に、フロイトの『夢診断』は、それまで神のお告げとか神秘的な現象とされていた夢を、みてる人間の無意識を投影したものだって言いだしたんだ。神の権威、ダイナシだよね~。それにフロイト、なにかと性衝動を前面に出しちゃうから、今読み返すとけっこうHかも」

 言ってる本人(?)は口で言うほど怒ってないけど、宗教的には問題らしい。

「それでね、キミ。キミが眠ると、抑制を失った無意識が、失ったはずの過去を歪んで再生しちゃうんだ。なまじ人格を残してるから、逆流するみたいな?」

「はあ」

 気の抜けた返事は、全然わかってない証拠だ。そんな僕を冷ややかに見つめる天使さんはできの悪い生徒を見る先生みたいです。

「……キミ、悪夢にうさなれてただろ?」

「あ!……でも内容は覚えてませんよ」

「だからだよ。記憶の再生っていうより、マイナス感情の再現みたいな感じかな」

 ……苦しかった。悔しかった。なにかに怒って、なにかをうらやんで。

「そんなマイナス感情が再現され、それがさらに夢魔を呼ぶ。いや、キミの中から夢魔が出てくるんだ」

 家には邪気払いが呪符してるのにってエスリーが言ってた。悪夢ナイトメアは僕の中から出てきたということなのか?

 天使さんの言葉で、さっきの感覚がよみがえってしまう。そして、体温が急激に下がる感覚……ゾクリ。

「そんな顔しない。ボクはキミを見捨てないぞ」

 すうっと宙を浮かんで近づく天使さんは、そんな感情に震え、耐える僕を優しく抱きしめてくれた。僕の黒い感情は一瞬で浄化されたみたいになって、暖かく柔らかいなにかに包まれる。

「こら、いい子だからじっとしてる」

「でも、天使さん。さっきあんなに、鬼畜とかロリコンとか……」

 この後、天使に手をだした罰で、地獄いき!なんて言われそうで。

「天使相手に何言ってるんだい。ボクには本来性別はないし年齢もないぞ」

 それでも前世の常識ブレーキは頑強で、僕は少女の外見をした天使さんに気恥ずかしさを覚える。

「いいかい、キミの妖精も似たようなものだから、戻ったらちゃんと甘えるんだぞ。転生したキミは誰かに甘え、頼らないと、もう夜も眠れないし、多分生きてもいけない。前世みたいに、誰にも頼らず一人で耐えることはムリなんだ」

 まじまじ……間近でみつめる天使さんの頭上にはちゃんと輪が浮かんでる。つまり、これ、真面目な話なんだ。

「それがメンタル弱いってことですか?」

「これも、だね。あと、キミは今のところ奇跡的にまっすぐ進んでるけど、キミの判断は随分甘くなってる。それもきっとメンタル面の問題だね」

「前よりお人よしってことですか?」

「自覚はあるかい?」

「いいえ。でも…‥そう言われました」

「そっちは、まあ、そう言ってくれた相手の言うことをよく聞き給え。ただ、お人よしは、キミの欠点とは限らない。それも覚えておいて」

 天使さんはそう言って、僕から離れてしまう。

「なんだい、その、雨の日に段ボール箱に入れて捨てられた仔犬みたいな情けない顔は!」

 図星だ。僕はいま、心細さでいっぱいだ。

「まったく、せっかく向こうじゃ、世話好きな家妖精が憑いてるんだから、その子に甘えたまえ。だいたいキミは、かわいい女の子のカッコーさえしてれば、天使でも妖精でも悪魔でも構わないんだろう」

 いや、年齢的に外角低めのボールなんです!どうせならワンバンなしでお願いしたい!

「こんな情けない顔した相手に尽くしてくれる相手は貴重だぞ、贅沢禁止!」

 だから、人に指さすのはやめません?

「さあて、説明も済んだし。これでアカウンタビリティもインフォームドコンセントもオッケーだよね。ついでにハグまでしてあげたし、アフターサービスまで完璧。ボクっていい天使だよね~」

 僕にさりげなく同意を強制してる天使さんはいい笑顔だ。今なら、少し聞いてもいいかもしれない。

「あの、天使さん。僕になにか特別な力とかないんですか?」

 天使さんの表情がすうっと消えた。そして真顔に、というか、少し怖い顔になって僕を凝視している。

「…………欲しいの?力」

「欲しいか欲しくないかって言われれば、欲しいです」

「強すぎる力は。むしろキミを不幸にするよ。なにより人は努力なしに得たモノは簡単に使っちゃう。お金とおんなじだね。悪銭は九頭ヒュドラを倒しても手に残らないって言うじゃないか」

 最後のは、言わないと思う。

「だって、今のままじゃ、僕せっかく転生したのに役立たずですよ」

 こんなんじゃ、天使さんの期待にもアルビエラ母さんの願いにも応えられない。そのくせ、夜はうなされて安眠すらできないらしい。最悪だ。

「天使はチートを推奨しない……だいたいキミの転生そのものが真っ黒なグレーに近いんだからね」

「真っ黒なグレーって、普通に黒じゃないですか」

「細かいなあ、キミは。暗いところで見ればなんだって黒く見えるだろ?だけど明るい光の元ではそこはかとなく白い部分もあるんだ。彩度は変わらなくても明度は変わるのさ。要は見解の相違だね」

「はあ」

「だから、これ以上望むのは欲深いニンゲンの業だよ。毒を食わばテーブルまで、なんて言ってもダメだからね」

「そんなこと、言いませんよ」

なんかごまかされた気がして少し不満な僕だけど。

「大丈夫。キミはキミとして頑張ってくれればいい。だから……」

「だから?」

「そういうことは自分でなんとかするんだね」

 いや、明らかにごまかされた。

「そんなあ」

「そんな顔したってダメ……まったく、生まれ変わったら前より頼りない顔になって」

 そして天使さんは、また優しい顔になった。

「そういうのは、甘えたい相手にとっておくんだね。ボクはダメだよ」

 甘えたい相手と言われて、思い浮かべたのはアルビエラ母さんだった。さすがにエスリーはない。それこそ事案。幼すぎです。

「キミはマザコンでロリコンなのか?重症だね、いや、上級者なのかな?」

 そんな僕の内心なんかすっかり見透かした天使さんはなぜか得意げだ。

「……かわいければなんでもいいってのも、現代人の病巣だよね~」

「いや、僕、そこまで病んでませんよ」

「ま、そういうことにしておくけど……もういいよね」

 天使さんは、今度は僕ににじり寄ってくる。その様子が僕に思い出させた。

「またですか?」

「うん、いい子だから大人なしく……落ちてよ」

 そして、僕は雲の絨毯から突き落とされた。やれやれって感じだった。


「旦那様……旦那様」

 少し舌足らずな声がする。そしてすぐそばから伝わる、柔らかさと体温……。僕はうつらうつらとしたまま、その相手に腕を回す。ふにゃん。頼りない弾力がする。

「あ、旦那様」

 声に戸惑いと、甘えが交じる。思わず両腕に力がこもるんだけど。

「この鬼畜!ロリコン!」

「うわ!」

 僕は耳元の声にあわてて腕を離し飛び起きた。狭い寝台のくせに無駄についてる天蓋に頭をぶつける……これ、飛び起き防止用か?なんて無駄な機能だ……。

「旦那様?どうかされたの?」

 僕を案じる声の方に目を向けると、大きく目を見開いたエスリーがいた。

「今、鬼畜とか言わなかった?」

「エスリーは言わないの」

 天使さんめ!きっと天界で笑い転げてるに違いない!

「頭、痛くないの?」

「たいしたことないよ」

 そっと僕の頭をなでてくれる。エスリーが僕のお世話をしてくれるのは、昔の契約に従ってるからで、別に僕を好きなわけでもないのはわかってるんだけど。

「ありがとう」

「いいえなの。エスリーが旦那様を心配するのは当たり前なの」

 そう。従属した妖精が契約に従ってるだけだ。なんだけど。

「それでもありがとう。僕はエスリーに心配してもらってうれしい」

「……旦那様は変わってるの。それにお人よしなの」

 まあ、そうですよね~。

「だけど、おかわいいの」

 そして、エスリーは僕のタンコブにキスしてくれた。

「いい子の旦那様。おはようなの」

 どうやら僕はエスリーにとって、子ども枠に入ってるらしい。ズキズキ痛むタンコブの痛みがすうっとひいた。エスリーのキスには、やはり魔法がかかってるって思う。


 狭い寝室だけど窓はある。起きて着換えた僕は窓を開けるんだけど……木製の窓扉を開けるとガラスはなかった……しかし、空は暗いままだった。

「さっき時報があったの。今は6時過ぎなの」

「時報?何も聞こえなかったけど?」

「街妖精が、街中の家妖精に念話で伝えるの」

 お寺や教会の鐘みたいなものかと思ったら、もっとファンタジーだった。

「へえ。便利だねえ……街妖精?」

 ふっと顔をそらすエスリーだ。イヤな話題なのかな?

「旦那様。今朝も『栄養補給サプリ』なの。ごめんなさいなの。でも夕食は頑張るの」

「うん。楽しみにしてるよ」

「今から言うけど、好き嫌いはいけないの」

「……今から念押しするような食材なんだね」

 イヤな予感しかしません!まさか退治した巨大怪獣のお肉とかじゃないよね?

「食材は、旦那様が好きなものをお買いになればいいの」

 昨日も聞いたけど、エスリーたち家妖精は、どうも家から出られないらしい。買い物は自分でするしかないようだけど。居間に向かいながら、話してみる。

「その、念話とかで注文とかできないの」

「できるの」

「なあんだ」

 さすがはファンタジー。魔法的アマゾンが実在してるのかも。

「だけど、今、このお家には、誰もいないことになってるの」

「ええっと?」

 居間につくまで大してかからない狭い家だ。その間に聞いた話によると、この国では建造物ごとに家主と家妖精の間で契約が結ばれている。だが、この家、つまり歴代魔王の私邸は、先代魔王さんが地上を去ってから、当然住人はいないことになっている。

「だからルリエラ様も、イシャナ様ももういないの」

「イシャナ……あの子?」

 あの、湖岸で会ったエラソーな魔族の子。彼女は先代魔王ルリエラさんの養女らしい。つまり次代の魔王になるはずだ。だけどルリエラさんがいなくなって、彼女はここに住めなくなったとのことだ。

「だから、ここに食料を届けてもらったりするのは、元老院が認めないの」

「元老院ってそんなエライの?」

 エルダさんによれば、魔王の輔弼機関、つまり助言役みたいな感じなんだけど。

「魔王様は交代するの。だけど元老は一度就任したら終身制なの」

 この国を守るため魔力を消費し続ける魔王の在世は短い。そして、魔力がつきれば地上を去る。ただ……どうなんだろう?地上の人は魔王が死んだって思ってるのかな?

「そして、元老のほとんどは真祖様に任命された魔族と鬼族なの」

 真祖リエラさん。確か、140年前にこの竜にのまれた国を守る仕組みをつくった最初の魔王さんだ。おそらく、僕の体の一部も彼女からつくられている。

「……あれ?それってつまり、最初の魔王の時代から、ずっと同じ人が元老やってるってこと?」

「はいなの。でも人じゃないの。魔族も鬼族も寿命は長いの」

 長命種なのか。軽く140年以上現役……エルフさんみたいだな、ここにいるか知らないけど。

「魔力で国を守り交代し続ける魔王と、永代的に政治に専念してる元老院かあ……」

 天皇と幕府の関係をもっといびつにしたみたいなものかもしれない。世俗的な実権は当然、事実上の統治機関に傾くわけだ。

「そういうわけで、旦那様。ここに注文はできないの」

 僕の立場は難しい。まして、元老とやらが魔王から権力を遠ざけつつあるらしい現状、僕の存在も、もちろん居場所も知られない方がいいに決まってる。

「……わかった。落ち着いたら、僕が買い物に行くよ」

「申し訳ないの」

「いいんだよ。僕もこの街をもっと知りたいし」

 もっとも……暗くて狭くて臭くて、しかもどの家もみんなおんなじにしか見えないこの街では、迷子必定だね。左手の法則でも使おうか?いや、迷路じゃないし。


 朝食は、当たり前だけど「サプリ」だった。しかもやはりエスリーが膝の上に乗って。

「ハズイ……」

「旦那様?お顔が赤いの。熱があるの?んしょ、なの」

 エスリーは膝の上のまま振り向いて額をくっつけようと背伸びするけど、その姿勢でできるほど僕と彼女の身長差は小さくない。

「旦那様、もっと背をかがめてほしいの」

「……普通にエスリーが膝から降りて立てばいいんじゃないかな」

「そんなにエスリーから離れたいの?旦那様はエスリーが嫌いなの?」

 膝の上でいやいやされても困るんですけど。いろいろと。

 そんな困る僕に救いの声がする。

「モーリ様、ご在宅ですか?」

 あれ?外の扉には、インターホン機能でもあるらしい。エスリーだけじゃなく僕にも聞こえる。

「英士隊のシャルネです。お約束の通り、先日の事情をお聞きしたくまいりました」

「シャルネさんだ!?」

「……旦那様とエスリーの、宝石よりも大切な時間をジャマする悪女の登場なの」

 あれ?なんだかとっても不穏な発言です。

「もしもし、エスリーさん?」

「旦那様とエスリーの、蜂蜜よりも甘~い時間をジャマする妖女は、放置するの」

 僕はエスリーをいったん持ち上げ、自分でシャルネさんを迎えに行くことにした。

「旦那様は薄情なの」

 エスリーが軽いのは、まあ、知ってるし、でも、その存在はけっこう重い。

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