第4章 その14 作戦名は大事です
第4章 その14 作戦名は大事です
僕を見つめるウーシュさんの視線は気になるけど、今はそれどころじゃない。
「少し考えます」
僕は、オ姉サン、シャルネさん、イシャナさんを前にいったん目を閉じることにした。人に相談する以前に、自分の考えをまとめなきゃいけない。
「おい!」
「イシャナ様、今はお静かに」
「シャルネはこやつに甘い!」
「そ、そんなことはありません」
「ある!」
「二人とも、未熟な弟クンを集中させてくれたまえ」
心の中でオ姉サンにお礼を言う。そして僕は考えに沈んだ……3日で鬼王を討ち取りレクアの混乱を治めるために。
レクアでは現在、鬼王率いる鬼族が魔族に反旗を翻した。魔族や鬼族は、一種の貴族階級で、それぞれ100人前後はいるらしい。そして、その最大戦力は魔族なら英士隊、鬼族なら雄士隊、ともに20人前後の防衛隊のはず。
つまり戦いは小規模だ。その中でもし500とか1000とかの人族部隊が敵になったら?
この国は小さな国だ。人口は1万人前後で、その住民のほとんどが人族だ。でも彼らは被支配者種族で、今は鬼王の命令に従うしかない。つまりは潜在的な敵になり得る。
「シャルネさん、もし人族が徴兵なんかさせられたら手強いですか?
目を閉じたまま聞くのは失礼なんだけど、僕はまだ自分の考えに集中したい。意見や情報を聞くのはともかく決定するのは自分だ。
「いいえ。もしも鬼王が徴兵を命じたとしても、これから組織化し訓練を行う日数や物資を集めることを考えれば無視できる集団です。単体としても魔族の敵ではありません」
「ありがとうございます」
そうか。生産力や魔力の供給源としては価値ある人族だけど、体力も魔力も大きく劣っているし、組織化には時間がかかる、か。さすがシャルネさん、いいこと教えてくれる。
なら、敵は鬼王だけ。鬼王に味方する鬼族も、鬼王が討ち取られれば大義を失うだろう。
「ウーシュさん、戦後、鬼族への処罰はできるだけ軽いモノにしたい。異論はありますか?」
僕に助言をしてくれるか微妙な立場の人だけど、聞きたいことを聞かなきゃ考えもまとまらない。
「戦う策を考えてはるのに、もう戦後の話です?しかも負けた相手に温情の話?」
からかう声の主は、きっとうっすら笑ってる。まあ、今は見ないけど。
「敵を分断したいんです。本当の敵と、それに操られた者に」
主犯と従犯みたいなものだ。そうすれば逮捕した後で証言とかも得られやすいはずだ。今回は裁判じゃないけど、一致団結されるより分断した方がいい。
「まあ、頭さえ下げてもらえれば、うちらはそれなりに納得することにします」
賢い人との話は楽だね。この国を滅亡寸前から救わなきゃいけないのに仲間割れを起こしてるあの馬鹿どもに直接言って欲しいくらいだ。
「ありがとうございます」
後は……なんだろう?何を聞くべきか?あ~そこ、一応聞いとくか。
「イシャナさん、僕と結婚してくれますか?」
…………ガタン、バタン、ドスン?何この音?聞いただけなのに部屋がうるさい。
「モーリ様!?」
「このオスがああ!」
「まあまあ、落ち着いて聞こうじゃないか」
なんだろう?部屋中が荒れてる雰囲気だ。何かあったかな?さすがにこれじゃあ考えに集中できないし、そもそもイシャナさん、はいいいえくらい言って欲しい。
「ええっとどうかしましたか?」
精神集中を諦めた僕の目の前に、テーブルが降ってきた。
・
・
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あの後、ウーシュさんの了承を得て、僕はその翌日の戦闘を決意した。正直に言えばその日のうちに始めたいくらいだったけど、準備には時間がかかるって言われて。
……ウーシュさん、珍しく口元を隠さなきゃいけないくらい笑ってたな。
そんな僕の回想を、シャルネさんの声が打ち切った。
「モーリ様、そんな外れの方でどうなさったのです?」
石造りの小さな立方体に、若い女子集団特有のなんとも言えない雰囲気が満ちている。アラサーの僕にとってはなかなかに居づらいです。だからまあ、目立たないようにしてたんだけど見つかってしまった。
「英士隊、全員集合いたしました。いつでも出撃できます」
背中に翼、お尻に尻尾、額にツノをはやした魔族っ子が、支給された武器の点検を終えている。無駄な戦闘を避けるため駐屯地から逃げた英士隊だったけど、無事集合できたらしい。
ここはオ姉サンのアジトだ。レクアの中でも、何らかの事情で家妖精がいなくなった建物を密かに手に入れ、アジトにしてるんだって。あの人、どんだけ後ろ暗いんだろ?秘密結社の首領かなんかだとしても僕は驚かないね。むしろ、そうであってほしいくらいです。
AJITOと言えば、トサケン時代にプレイしたなあ。悪の秘密結社の首領になって、秘密基地とか怪獣怪人とかつくっていろんな悪事をするゲーム。ただ、グラフィックは地味でストーリー性は皆無、イベントらしいイベントもないせいか名作というかどうかについては、まあ、評価の分かれるところかもしれないけど、僕は好きだったなあ。ただ、ここはアジトの割には防衛設備も研究設備もないから、正直もの足りない。
「モーリ様?」
「あ、いいえ。なんでもありません。そろそろ偵察をだしますね」
僕の練成炉から、風精霊、水精霊、火精霊、地精霊が現れた。みんな半透明で20センチくらいの少女の姿だ。
「シルネ、ウディア、サラ、ノルン……みんなおとなしくしてね」
やってきてすぐ僕の周りを飛び回る姿はなかなかにかわいいんだけど。
「シルネの出番だよ」
「ぴゅ!」
僕の風精霊が周りの風精霊たちを集めてる。
「ピ?」
「ピピ?」
僕の練成炉の中で育った風小精霊が、すっかり風精霊のお姉さんになって、周りの精霊を率いている。う~ん、高校生が小中学生を引率してるみたいだけど、まあ、しっかり者だから大丈夫だろう。
「じゃあ、お願いするね、シルネ。いってらっしゃい」
「ぴゅ!!」
4人とも名前をつけてあげてからはいっそう張り切ってる。特に今日出番のシルネは勇躍して窓の外へ飛んでいった。それでも仲間たちの面倒をちゃんと見てる。いい子だな。
「おい、モーリ。多少成長したからって普通の精霊に鬼王は見つけられないんじゃねえか?」
ジナさんが、いつの間にか仲間から離れて僕の近くに来ていた。僕みたいな非常識な存在でもなければ、精霊には人間や魔族、鬼族の個体差はなかなか見分けづらいんだって。それでなくても相手は100年以上もこのレクアに隠れ住んでた男だ。尋常な手段ではまず見つからないだろう。
「大丈夫ですよ、探すのは鬼王じゃありませんから」
「おめえ、なに言ってんだよ?3日で、てか今日中に鬼王を退治するって作戦たてたのはおめえじゃねえか!?」
怒られた。ジナさんもよくわからない子だね。秘密会談で僕を罵倒したかと思えば弁護したり、そのくせいつもはやっぱりこんな感じで、ホントに僕が魔王だって知ってるのか、怪しいくらいだ。知ってるけど。
「やる気なさ過ぎ」
「鬼王を探さないでどうする気なのよ~魔王ってホント、おバカだよね~」
クレリアさんもシアラさんも僕への扱いが、ひどいよね。僕だからいいけど。
「ジナさんが心配する通りです。オ姉サンさんも鬼王を探すのは難しいって言ってました。だから、シルネが探しやすくて、鬼王の近くにいる対象を探すんです」
「そんなのいんのかよ?」
ジナさんは既に戦闘態勢だ。いや、僕相手って意味じゃなくて、英士隊全員がって意味。オリハルコン製の防具で身を固め、いつ出撃命令が出ても、逆に敵の襲撃があっても遅れないように。そう、戦闘は始まってこそいないけど、作戦はもう開始されてる。
「はい……エスリーを探します」
僕のお世話をしてくれてたメイド服姿の少女妖精を思い出すと、悔しさで自然に拳を握ってしまう。
「なるほど、あの家妖精か。確かに家妖精なら鬼王と同じに建物にいるに違いねえ」
「はい。所在不明な街妖精や国妖精も、今はアイツの側にいるかもしれないけど、確実なのはエスリーです。しかもシルネは調査船で一緒でしたし」
「ふうん。まあ、おめえが船ん中でもイチャついてた相手だしな」
「魔王、未練」
「でもさあ、そんな簡単に見つかるかな~」
なんて魔族っ子たちの声を聞き流しながら、僕も周囲の精霊に声をかける。鬼族は己の体力や魔力に自信が強い反面、精霊の使役は魔族ほど得意じゃない。そして、この土地の、所属不明な精霊たちは基本的に魔力が豊富な僕に従ってくれる。
「精霊を味方にした情報戦も魔術戦もこっちが有利なんですよね」
戦争には詳しくないけど、それでも通信や偵察に手伝ってもらえるだけでもとても有利なことくらいはわかる。高度情報社会出身のおかげかな。
「ジョーホーセン?変わったこと言うよな。まあ、人手を裂かなくても向こうから連絡くるのは助かるけどよ」
精霊の声を直接聞ける人は魔族にも多くないらしい。まあ、僕だってなんとなく感じるくらいだけど。だから鬼族は、精霊じゃなくて下働きの人族を使役してる。でも、人の足よりは精霊の方が早い。情報の精度については、受け手の感度次第かな。たとえ人間相手でも、聞く耳を持たない者はいくらでもいる。前世の上司にも、ここの鬼族にもね。
「あ、キミだね。オ姉サンのところから来た精霊さん」
今度は一体の風精霊がまっすぐ僕の肩に止まる。で、耳元でヒソヒソってくすぐったい。
「…………!」
「そうか。うまくいったんだね……ありがとう」
正直、精霊との会話は明瞭な会話じゃない。でも、なぜか間違いないって確信はある。
「なんだ、今度は結婚式場からのご招待かあ?」
ジナさん、なんかさっきから絡んでくるなあ。戦闘前のせいか、機嫌がいいのか悪いのか不安定だし。
「ジナ、モーリ様に失礼ですよ」
「は!隊長、すみません!」
相変わらず、隊長の前じゃ、ジナさんも真面目なんだよなあ。
「それで、モーリ様。グルグルグールル師からはなんと?」
「はい、式場の手配は済んだって」
つまりは準備オッケーだ。
「何が式場よ。やっぱ、若いイシャナ様相手に玉の輿狙ってるんじゃない?」
「悪党」
「まったくだぜ。なあにが僕と結婚してくれますか~だあ」
「ジナ、そ、それはもうやめなさい」
僕もやめて欲しい。なんでか知らないけど、それが始まるとシャルネさんが困るから。いや、シャルネさんは戦闘前に部隊の士気が乱れるのを嫌ってるんだろうけど。
「いいですか。とにかく鬼王はウーシュさんが流した情報を受けて、僕とイシャナさんの結婚を阻止するため部隊を向かわせました。で、オ姉サンとイシャナさんは早々に逃げる予定です」
僕の影武者はオ姉サンだ。僕は見てないけど、なんかうまく偽装したんだって。あの人も芸が多い人だね。人じゃないけど。
「なお、派遣された敵部隊は、雄士隊18名。増員されてない限り、これが敵主力部隊全員でしょう」
ちなみに結婚式場は、オ姉サンの秘密のお店だ。あそこは街中で込み入ってるから、そこに向かった敵部隊はそれなりの時間、役立たずになる。事実上の無力化っていうそうだ。
「こっちの思惑通り」
「魔王って意外にあくどいよね~イシャナ様と結婚するなんて偽情報流すなんて」
あくどいかなあ。まあ、元老院にそういう思惑があったって聞いたし、なら鬼王や元老院の鬼族代表も知ってるだろうし、それが実現したら、僕の統治の正統性が増すし困るよね。
「雄士隊をその阻止に向かわせ、手薄になった鬼王を一気に倒す。てめえにしちゃあ考えたじゃねえか」
「ですが、モーリ様。本当に自ら鬼王の元に向かうのですか?できれば避けていただきたいのですが」
「それもダメです。鬼族の主力は無力化しました。しかし、鬼王の元には……エルダさんたちがいます。彼女たちをあなた方と戦わせる訳にはいかないんです」
それが、みんなの反対を押し切って僕が英士隊に同行する理由だ。僕だけが、或いは彼女らをなんとかできるかもしれない。戦うとかじゃなくて……示談かな?契約上のもつれの。
「ぴゅ」
その時、また半透明の小さな少女が僕の肩に止まった。
「お帰り、シルネ。早かったね」
精霊が僕たちを見分けるのが難しい以上に、僕たちが精霊を見分けるのは難しいそうだ。でも僕にはこの子たちがわかる。だからこの子だって僕を見分けるんだって思う。
「ぴゅぴゅ」
「そうか。頑張ってくれてありがとう」
羽根をたたんだ背中を優しく撫でてあげると、シルネが僕の顔に抱きついてくれる。なぜだろう。エスリーたちを思い出して泣きたくなった。すると、いったん姿を消してたウディアが逆の肩に、サラが頭の上に、ノルンが足の上に座ってる。みんな、僕を心配に見てる。情けない僕でゴメンね。
「なんだあ、モーリ、そのだらしねえ顔は?」
慌てて顔を隠したけど、まあ、泣きそうって思われてないからいいや。ジナさんたちになんか言われるのはいつものことだし。
「精霊」
「あー今度は精霊とイチャついてるの?魔王ってホントにそ~ゆ~の好きだよね~」
魔族っ子たちの声を聞いて、僕は自分の気持ちを立て直した。僕は戦いに行くんだ。気持ちを強く持って、頭を働かせる。戦闘力1以下の僕なんか、それくらいしか役に立たない。
……この様子だと、健在化してない精霊が見えるのは、3人の中じゃクレリアさんだけ、か。魔族の精鋭たちでも多くはないみたいだ。まして鬼族じゃもっと少ないだろう。有利かな。
なんて考え、シルネたちを乗せたままシャルネさんに向き合った。気持ちはもう大丈夫。
「……シャルネさん、敵は湖の神殿。その地下にいます」
「偵察に行った精霊が帰ってきたのですね、モーリ様」
「はい」
ここの湖はレクア建国の礎となった場所で、当然、このレクアの中心地にある。胃世界に落ちた今となっては、この狭苦しい街の住宅事情を大いに悪化させる原因になってるんだけど、それでも神聖な土地として神殿に囲まれ保護されている。
「まさかそのような場所に隠れているとは……」
鬼王は元老院などの街の中心地からは姿を消し、幽閉された秘密の場所から街妖精を通してこの国を支配するつもりなんだろう。鬼王なんて名乗ってるくせにとんだひきこもりだ。
「地下への入り口までシルネが案内してくれます」
「わかりました!……みんな、出撃ですよ!準備はできてますね!」
「はい、隊長!」
その一糸乱れぬ彼女らの様は、さすがは魔族の精鋭にふさわしいって思う。僕の精霊たちもなぜか一緒に敬礼してるくらいだ。
「では、作戦を準備段階から実行段階に移行します」
僕はやるべきことはやったはずで、後は行動あるのみだって肩の荷が下りた気持ちです。ま、実際のところ戦闘はこれからなんだけど、そっちは基本的に英士隊のお仕事だ。
「そういえばモーリ様、作戦名はまだお決まりになりませんか?」
だけど振り向いたシャルネさんに言われちゃった。
「それ、僕の仕事なんですか?」
「はい。作戦の発案者がモーリ様ですから、命名もモーリ様なのです」
そうなのか~。見落としてました。
「作戦名って必要ですか?」
「はい、参加する者の士気を高めるためにも」
やっぱりそういうのって大事なんだ?でも、業務終了って思ってたところに残業命令が出されたみたいで、ちょっとツライ。
だけど僕が自分で魔王を続けるって宣言したからには、ここでは僕が上司だし、ちゃんとしないとねって、気を取り直すことにした。だいたい、こういうのは特撮にもたくさんあるじゃないか。作戦名。そう考えればちょっとワクワクする。
そう思って考え出したんだけど……僕が思い出せたのはガラ○ダー帝国「東京フライパン作戦」やシ○シネ団「M作戦」とか、なぜか悪の組織の作戦ばっかりだし、「怪奇大作戦」は違うよね。
「ウル○ラ作戦第二号、とか?」
「……」
あー僕、センスない!知ってたけど。でも、みんなの見る目がそれ以下だって教えてくれる。いたたまれない……。
「すみません!シャルネさん、お願いします!」
で、困った僕は事実上の隊長さんに丸投げ。ホント、僕はダメ上司だ。
「はい……それでは作戦名デモンズストライクといたします」
なにそれ、かっこいいんですけど。特撮ぽくはないけど、どこぞの少年漫画の必殺技ぽいけど。
「さすが隊長!」
「シャルネ隊長、ステキですぅ~↑」
「わたし一生ついて行きます!」
「どこぞのクソバカ魔王とは大違いだぜ」
みんながそうなるのも当然だね。こうして英士隊は無事に士気を大いに盛り上げて出撃しました。僕の精霊たちもいっそうはりきってる飛び回るし、作戦名って、ホント、大事だったみたい。




