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第4章 その13 秘密の会談 後編

第4章 その13 秘密の会談 後編


 鬼王が率いる鬼族の反乱に対処するため、オ姉サンの用意してくれた会談だって思ってた。しかし、そこで待っていたのは、僕の退位を迫るウーシュさんの微笑みだった。

「大きなことをしなはるお人いうはなあ、人への情と自信がないといかん思います。うちかて長い間責任ある立場で人を見てきた身です。それくらいわかってます」

 つまり、僕は他人の気持ちがわかないし、自分を信じてもいない。そんなヤツが正論を言ったところで誰も聞いてくれないし従わない。それは僕への引導だった。魔王としての、いや、社会人時代からの僕の欠点だったんだろう。

「モーリはんは、おそらく、ご自身で何かをやり遂げたことがない。そのことを悔やんでなさる……それで自信ないんと違います?」

 僕を弁護してくれそうな、オ姉サンもシャルネさんも沈黙のままだ。

「どうです、モーリはん?うちの言うこと間違うてます?」

 反論は、できない。正解だ。大正解だ。だから口から出せるのは。

「間違って……ません」

 こんな情けなく、かすれた声だけだ。

「なら、すぐにイシャナはんに譲位なはる?それなら魔族はイシャナはんを魔王として結束し、鬼族と戦えます。あん畜生に今度こそオサラバできます」

 僕が魔王のままでは魔族は結束できない。このままでは正体不明で無知で無力な僕なんかより、自分こそふさわしいなんて思う者が乱立しかねない。そうなっては、レクアは内部分裂で崩壊する。そうしなければ、鬼王のバカな政治のせいで国力をすり減らしてやはり滅亡する。だったら……僕に譲位されたイシャナさんが鬼王を倒し、その後、僕の計画を引き継いでもらうのが正解だ。ウーシュさんはそう提案している。それが僕のためでレクアのためだって。100年以上もこの土地で元老という役目を担ってる彼女の言葉は重い。そして正しい。僕にも、この場の誰にも反論できないくらいに。

「ホント、ウーシュさんのおっしゃっる通りです」

 試験やら面接らやを受けた経験はあったけど、何度も会ったわけでもない人にここまで

自分を見抜かれてた。人を見る目、というものを始めて実感させられた気がする。

「確かに僕は、何度も何度も途中で転勤させられて、異動ばかりで、僕は自分の仕事を最後までやり遂げたことがありません」


「そういうことです。モーリはんのご事情がどないなことかは知りへせんが、物事には苦しいところと楽しいところがあります。どないな苦しいことでも、それをやり遂げれば楽しい思う。そしてそれが人を育てるんです。でもなあ、モーリはんは苦しい思いだけで楽しいこと、知らんまま生きてきた。だから、楽しいこと知らんままやから、どこか欠けてはるし自信もない。一見ひょうひょうとしてるようで、すぐに自分を粗末になさるんや。そういう人と一緒に大きなことはできまへん」

 先輩にも聞いたことはあった。仕事には壁がある。壁にぶつかるのは苦しい。だけど、それを乗り越えてこそ、始めて仕事の楽しさがあると言ってた。一緒に企画に取り組んでた先輩と僕はいつも壁ばかりで苦しんでた。でもその先輩より僕が先に転勤させられた。

 異動ばかりの僕には、異動の度に新しい職場で人間関係や仕事内容になじむとこが大変で、でもそこから誰より頑張って、休みなく働いて、ようやく結果が出そうになったら、また異動で。だから僕は壁を破って前進するという仕事の喜びを知らないまま、過労死してしまった。苦しんでばかりで、壁を打ち破る楽しさも、成功をわかちあう共感も知らないまま。

「確かに僕はウーシュさんの言う通りの人間だったんだ……」

 こんなに簡単に見透かされてた僕の欠陥。転生しても、いや、むしろしたからこそこの欠陥は治らない。

 それでも……それでも、それでも!

「自分で諦めるのはイヤだ!」

 僕をかくまってくれたイシュダルさん一家が、僕を信じてレクアまでついてきてくれた妖精たちに精霊たちが、僕の頭に浮かんで、消えない。僕を見てくれる、その目が焼き付いたままなんだ。それに……。

「僕はやり遂げたいんだ!誰かに中断させられてばかりだった。でも、ここでは僕が止めなければ止めなくていいはずだ!」

 それがウソでも仮でも、僕は自分で王位についた。ついたからには、自分から止めるなんていうもんか!辞令一枚で従うしかなかった前世じゃない。

「だからウーシュさんが僕には自信がないって言うのは大正解です!あなたの言うことは正しいです……でも、僕はイヤだ!このレクアを救いたいのは僕なんだ!最後までやらせてください!」

 僕には情がない、私欲がないってウーシュさんは言う。執着する対象がないから、苦しくなったら諦めるだろうって。

「諦めません!僕は、この国を、ここで暮らす人を救うことを絶対に諦めません!」

 こんな僕なんかをかくまってくれたイシュダルさんたちを。縁もゆかりもないのにここまでついて来てくれた妖精たちを。

「何より、エスリーもエムリアさんもエルダさんも、僕の妖精だ!あんなヤツにいつまでもとられたままでたまるか!」

 別に妖精趣味じゃないし、少女趣味でもないけど、彼女たちは僕を逃がすために自らとらわれてしまった。逃げれば逃げられたのに。

「だから僕は取り戻す!エスリーもエムリアさんもエルダさんも!このレクアの王位だって渡さない!……もう、自分からさっさと引退するなんて言いませんから!5年経っても、レクアが無事脱出した後も、僕の体が滅びるか、みんなによってたかって引退しろって言われないうちはやめませんから!だから僕がやりたいことを、レクアのためにできることをしている限りは僕を支えてください!」

 円卓に座ってる順番に、僕は一人一人を見ていく。オ姉サン、ウーシュさん、イシャナさん、シャルネさん。みんな、表情が硬いままだ。一周して、ウーシュさんに目を戻す。

 ウーシュさんの微笑みは変わらない。僕の言葉くらいで、魔族の信頼は得られないんだろうか。僕は正しくないことを言っているワガママな駄々っ子だ。それでもこれが僕の本心だ。前世で手に入らなかった、本当に欲しいものだったんだ。

「僕は最後までやり遂げたい……たとえ僕の計画が間違ってたって、その間違いを直して成功するまで絶対諦めません!鬼王を追い払って、鬼族を従わせて、魔族にも人族にも認めてもらって、そしてこのレクアを必ず救う!だからもう一度僕を信じてください!」

 艶然と微笑み続けるウーシュと僕が見つめ合って、どのくらいだったんだろう。同席する人たちもまるで呼吸すら止めてるような、そんな時間だった。

「ジナ、どうしたのですか」

 ジナさん?ここ入室禁止で、しかも彼女たち、周辺警護してたはずだ。だけど振り向けば彼女がいた。僕の後ろでジナさんが頭を下げていた。

「ジナさん?どうしたんです?」

 聞いた僕には目もくれず、ジナさんはシャルネさんに訴えた。

「隊長!こんな場所で、あたいなんかが口出す話じゃないってわかってます。でも!」

「……発言を許可します」

「英士隊はいつからそない甘い組織です?」

「彼女はモーリ様の護衛として務めた者です。発言するに値すると判断します。ジナ」

「はい!……お願いです!こいつを、モーリを助けてやってください!」

「ジナさん?」

「こいつ、わかった顔してるくせに人の気持ちもわからないヤツで。なにかあったらいつも自信なさそうにウロウロ、オタオタしてばかりで」

 ……これ、僕を罵倒してるんじゃないかな?

「そんなヤツが魔王だなんて、質の悪い冗談だって思います。だけど、そんな役立たずのくせに、あたいら護衛や、他の土地の妖精や精霊を助けるのに命張って、ホント、バカなんです!」

 絶対、罵倒だ。僕の退位に一票入れに来たのか。そんなに嫌われてたのかあ……。

「だけど、それだけじゃなくて!いろんなこと知ってて、いろんなモンつくって、妙なこと考えて!」

 ……むしろ、何するかわかんないから早く処分しろって進言してる?わ~けっこうショックだな~。

「頭ん中じゃ、レクアのことをすげえ考えてるって思います!こんな魔王、もう二度と出ないって思います!だから、だから、モーリを助けてください!こいつ、絶対いい魔王になります!」

「あれ、ジナさん?」

 僕の退位とか処分じゃなくて?途中までは罵倒だったはずだけど最後だけは弁護だった。

「……ジナ、進言は聞きました。ですがこの場は去りなさい」

「はい!……隊長、わがまま言ってすみません」

「いいのよ」

 ジナさんを下がらせて、シャルネさんが発言をした。

「グルグルグールル師。あなたはジナ同様、長きに渡り調査に同行しモーリ様のお人柄にふれていると聞いています。その上で、魔王モーリについていかにご判断しているのか、お聞かせください」

「シャルネはんに、そない搦め手は似合いまへん」

 搦め手って何?

「まあ、ご本人には気づかれんようですけどな」

「そういうお方なのです。私は、それも好ましく思っております」

 なんだろ?ウーシュさんの笑みが少し、なんかこう、違う笑みになった気がするけど。

「断っておくけど、ボクはホムンクルスでも、故あって、魔王モーリを義弟と思っている。だからどうしても私情が入る。それでいいのかい?」

「肉親いう気持ちです?そこはまあ、うちもかわいいホムちゃん助けたい思うとりますし」

「そうか。では発言させてもらおう」

「うちから聞きたいことがあります。肉親言いますけど、モーリはん、はええ弟はんです?」

 ウーシュさんの意外な問いに、それまで固かったオ姉サンがなぜか笑い出した。

「ハハハハハ」

って。こんなに笑うオ姉サンを始めて見た。そこ、ツボなの?

「困った弟だよ、まったく。手がかかってばかりさ」

 うわあ、僕、オ姉サンにも見離されてる?どうりでさっきから僕の弁護してくれないわけだ。

「ではグルはん、魔王としてはどうお思いです?」

「そうだね。困った魔王になると思うよ。周りの者の手を焼かせて、本人はちっともじっとしてないような」

 オ姉サンは、いい笑顔だけど、これ、絶対さっさと退位しろって言ってるよね。僕、そんなに悪いことしたかな……まあ、したかも。

「だから、まあ、周りの者に覚悟があれば……きっと、いい魔王になる」

 あれ?オ姉サンも?なんで途中まで罵倒なのに結論がそれなんだろう?

「……ふふふ。モーリ様、不思議そうなお顔ですね」

 シャルネさんがなぜか微笑んでる。なんで僕笑われてるの?いじめ?本人にだけわからないようにみんなで悪口言うヤツ。わ-シャルネさんにまでいじめられたら、どうしよう?でも、彼女はたとえ僕を嫌ってても、そんなことをする人じゃないはずだ。

「なるほどな。ウーシュ家当主の申す通りだ。このオスビトは本当に人心がわからんのだな」

「人心いうか、女心かもしれまへんけどなあ」

 よくわからないけど、張り詰めた空気がずいぶん変わってきた気がする。なんで女心?

「ふむ……しかしウーシュ家当主よ。こんなことは言いたくもないが、今、我が即位すると、いささか面倒なことになる。なにしろ我が鬼王の血筋であることは、イスカ家、アーム家には知れておろう。おそらくは他の元老にも幾人かには」

「それはそうです。まさか、おじいはんと争うは気ぃ重い言います?」

「バカを言うな。あんな者、祖父とも思わん。ただ、おぬしが言った正統性の部分で面倒だと申しておる」

 これは僕への弁護じゃないか?まさか僕を一番嫌ってるイシャナさんが僕を手助けしてくれえるとは思わなかった。

「そうです。鬼王と争うには、イシャナ様には道義的な問題があります!やはりモーリ様が鬼王と争い、レクア脱出を果たした後、しかるべき時が来たら、譲位される。この既定の方針こそが最も的確であると具申いたします」

 そこにシャルネさんも!?彼女は僕に好意的な魔族だって思ってたのに、今まで弁護してくれなかったから不安だったんだよね。おそらくイシャナさんに気を遣ってたんだろう。イシャナさんに従う形だけど、僕を弁護してくれた。

「もういいだろう、ウーシュ。さっきの弟クンの、そして、あのジナの声で大勢は決まってたよ。それが読めないウーシュでもないだろう」

 オ姉サンに応えたのは、今日一番のウーシュさんのいい笑顔だった。わけわかんない。

「ま、うちも、ようよう腹ん底まで見ることができましたし、ここらで退きますけど」

 僕の退位をあきらめてくれた?なんて安心しかけた僕でしたけど。

「でもなあ。このままでは魔族の中でも納得せん者がようよう残ります。それで鬼族と争えば、たとえ勝ってもレクアには大事おおごとです。結局はモーリはんがおっしゃった破滅の時間が早うなるだけ。どないすればええです、モーリはん?」

 ウーシュさんは困ったように首を振ってるけど、これ、ホントは困ってないよね。

「……それを僕になんとかしろって言ってるんですね」

 僕が魔王のままで、それでも魔族が結束し、鬼族との争いで被害を出さず、短期間で事態を収集する、そんな手を考えて見せろって言ってるんだ。

「モーリはんの正解を聞きたいわあ。今、この場で」

 ウーシュさんは子どもを誉める母親のような笑顔だ。こんな悪い人なのに。

「……わかりました。でも、僕は軍事は素人です。この場にいるみなさんから助言をいただいた上で考えをまとめたいんですけど……」

僕の母国では軍事について語るのは御法度だ。国を守るために対策を語ることすらある種の禁忌みたいなもので、隣国の脅威が大きくなった現在もそういう風潮が残ってた。だから助言が欲しい。

「そういうことなら、1時間待ちます。あと、鬼王を倒すんは3日以内で済むようお願いします」

 アイデアを出すまで1時間?実行時間3日以内?なかなかに高いハードルだ。

「モーリ様!1時間でこの事態を収集する策をだすなどムリです!」

「しかもキミ、自分で言ったよね、戦争音痴だって」

「3日で終わらせろ?ウーシュ家当主よ、さすがにムチャが過ぎるのではないか?」

 常識的にはみんなが反対する通りだと思う。だけど、この一件に一刻も早くケリをつけないとレクアが滅びるってウーシュさんの判断は間違ってない。そして……僕の存在を認めさせるのは、これくらいのムチャが必要だってことだ。

「1時間後に結論を、3日以内に鬼王を討伐ですね……わかりました」

 僕がこう言った瞬間、みんなが僕に注目してて、そして、黙った。いろいろと言いたいことを引っ込めてくれた。

「そいならうちもここで待ちます。ですが、時間を過ぎても、またその考えがうちの納得いかんものでも、この件はなかった話になりますけど」

 もう何度目になるだろう。笑みをうかべるウーシュさんを見つめるのは。最初は怖くて背筋になにか来るものがあった、彼女の笑み。でも、大丈夫。僕はもう怖くない。怖がっていられない。だからこう答えた。

「じゃあ、1時間後に」

 って、いつものままに気負いもなく……いや、いつも以上に。

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