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第4章 その9 レクアの平凡な家庭にて 前編

第4章 その9 レクアの平凡な家庭にて 前編


 今も黒い空を背景に、映像の鬼王が朗々と訴える。堂に入ってることは否定できない。

「聞けば、この閉ざされた世界にもまだ残ってる土地があるらしい。しかもこの地に残る最大の力を持つは我ら!他の地の財宝はおもいのままぞ!」

 コイツを放っておけば、僕がつれて来た島は乱開発され、妖精も精霊も死に絶える。いや、胃世界にいつまでもいようと言うのが間違ってる!いくら金銀宝石が手に入ったとしても、ここで生きることが大変過ぎる。このままじゃあ、レクアはずうっとブラック社会で、そしていつかは、遠くないいつかは環境に耐えかねて滅亡する。それがわからない?バカか!僕が調査してつくった資料を見せてやりたい!元老陰に提出したあれ、見てないのか?あ~でもあの手の輩は自分の聞きたい話しか耳に入らないタイプだ。前世でもいた、ああいう上司。

「おじさん、さっきから変」

「変なおじさんだから仕方ないけど、大丈夫かい、おじさん?」

 心配そうに見上げる子どもたち。子どもに心配される大人っていけないよね。

「僕は大丈夫だよ」

 君たちを、このブラックな世界から救ってみせる。そして、大人になってよかったって思える国にしてみせる。天使さんとの約束も母さんたちとの約束もうっすらとしか覚えてない僕でも、自分の誓いくらいは忘れないから。

 おっと、まだ鬼王の話が続いてる。

「さて、逃げ出した偽王よ。キサマごとき無力な魔王なぞ誰も信望しておらんのがわからんか?」

 そうだろうね。僕はここじゃあ、まだ何もできていない。そのくらいの自覚はある。コイツに言われるとシャクだけど。

「早々に降伏したくせに、今さらなにをあがく?」

 降参したけど、あれは条件づきだから。条件を聞かないのはお前だから。

「お前に従った妖精たちも、すでに我が手にある。今さら我に抗う術もあるまい」

 まあそうだな。だけど、一つだけわかってることがある。エルダさんたちが逃がしてくれなかったら、僕はコイツの正体を知らないまま戦って、間違いなく敗れてた。

 だけど、あの時、彼女らが僕を逃がしてくれたから、僕は戦う相手を知ることができたんだ。彼女たちは、身を挺して僕にチャンスをくれたんだ。だから今はアイツの配下になってても、僕はエスリーをエムリアさんをエルダさんを絶対に取り戻してみせる。

「レクアの者よ。偽りの王、魔王を僭称したモーリを捕らえよ。捕らえた者には褒美をくれてやる。しかし、その消息を知りつつ黙した者は処罰するぞ。家族もろともだ!」

 これはいけないな。この子たちを巻き添えにできない。僕は青雲堂から出ることにした。

「おじさん。今出たら危ないよ」

なのにエステルくんに手をつかまれた。エランちゃんもまねしてつかむ。困った。

「いや、でもね・・・…ええっと」

「おじさん、魔王様なの?」

 ぎくう!エランちゃん鋭い!

「なに言ってるんだ、エラン。魔王様がこんな変なおじさんなわけないだろ」

「え~?」

「ハハハハハ。そうだよ。違うに決まってるじゃないか。ハハハハハ」

 いけない。うつろな笑いしか出てこない。僕は私生活ではけっこうウソが下手なタイプだ。仕事がらみだと平気なのになあ。まあ、前世の末期じゃあ私生活はそのものがなくなってたから問題なかったけど。

「でもおじさん、正体不明のあやしい人だから、魔王様と勘違いするヤツもいるかもしれないぜ」

 マジか?まあ、閉鎖された街に住み着いた謎の新参者としてはいろんな疑いは当然か。事実だし。

「だからまずは俺たちの親戚っぽくしてればいい……そうだな、父さんの弟とか」

「おじさん!」

 まあ、叔父さんでも小父さんでも今さらかまわないけどさあ。

「大丈夫だよ、父さん、けっこうおじさんのこと、気に入ってるし。母さんだって、エランが元気になったのはおじさんのおかげだって言ってるし」

「おじさん、おじさん。きゃははは」

 エランちゃんが笑ってるのは、僕の顔がおかしいからだろうか?正直どんな顔したらいいのかわかんない。人に評価された記憶が乏しすぎて。

「だから、まずはエランをおんぶして、で、俺と手をなぐ。これでバッチリさ」

 言われるがままに叔父さんを演じることにする、主体性のない僕です。前世の母国なら誘拐犯とかに見られかねない姿だけど、背負われたエランちゃんは上機嫌だから、まあ、いいか?この子、実は精霊とかが素で見える子だ。で、精霊たちは魔力が豊富な僕に寄ってくる傾向がある。だから僕に背負われているこの子にも精霊たちが挨拶してるらしい。ファンタジーだな。


 もっとも、この後はちっともファンタジーじゃなかった。だって僕にはこの街の地理が未だにわからない。どの建物も同じような直方体で、塗装も装飾もない。昔はそれなりに塗装とか、お店の看板もあったらしいけど、長年の胃世界生活ですっかりなくなって、全部おんなじにしか見えない。

「おじさん、そこみぎ」

 だからエランちゃんに道案内されてる。エステルくんは先に家に知らせに行くってさ。

4歳児に道案内されてる僕って……。

「エランちゃんはなんで道とかわかるの?精霊さんが教えてくれるの?」

 だったらファンタジーなんだけど。

「そこ~。かべがまだら」

 まさかの、まだら模様。すなわち竜酸の雨が降ってきた時に、壁が溶けた時の。でも、似たようなのはあちこちにあって、それって誤差の範囲だろうって思うけど。

しかしなあ……午後の労役の時間帯とはいえ、子どもを含めて人通りがほとんどなかった。資源調査に行く前にはけっこう歩いてたんだけど。

「おじさん、こっちこっち」

 それでも幸いなことに途中で誰かに呼び止められたりもせず、僕たちはイシュダルさんチ、つまりこの子たちの家に着いた。

「ほら、いたいた。待ってたんだよ」

魔王宅ぼくんちとほとんど変わらない一般住宅の玄関前に立っていたのは、ここの家妖精さんだ。僕は一回だけここの家に来たことがある。

「これはこれはモーリ様。いつも家主をひいきにしてくださってありがとうございます。ウチの子たちもお世話になって」 

「フラオさんでしたね。お久しぶりです」

 ふくよかな老婦人といった感じのブラウニーに僕は頭を下げて怪訝な顔をされる。そういう習慣はないんだっけ。

「今は労役の時間で家主は鉱洞ですし嫁もエン麦畑ですから、なんのお構いもできませんが、まずはお入りください」

 この人は……人じゃないけど妖精だけど……僕の名前を知っている。おそらくは僕の正体を、魔王だということを知っていると思う。だったら……危険とは思わないけど巻き込んでしまうとは思ってしまう。今さらためらう僕は小心者だ。

「モーリ様。家主も嫁も、しがない家妖精のわたくしめも、モーリ様には感謝しております。エランが元気になったのはモーリ様のおかげです。エステルも随分と明るくなりました」

 家妖精といっても、この家に住みついて早140年以上だ。その間、家主のイシュダル

さんからすれば先祖代々お世話になった存在だけど、こうして見れば、孫を心配するお年寄にしか見えないくらいだ。耳先はとがってるけど。

 僕は、その暖かい笑みを疑うことも、そこから逃げ出すこともできなかった。

「じゃあ、今日だけお世話になります!」

「わ~い、おじさんといっしょ」

「エラン、そんなにはしゃぐと落っこちるぞ」

 僕は子どもが苦手だったはずだ。でも……今日だけは。

「ほうら、エランちゃん、飛行機だぞ~」

「きゃはは!たかいよ~」

「あー俺にもそれやってよ!でもヒコーキってなんだ?」

「モーリ様、狭い廊下で遊ぶものではありませんよ!なんですか、子どもですか!」

「は~い。すみません」

「きゃはは。おじさん、かわいそー」

「こら、エランのせいだぞ」

 ……今日だけは一緒に叱られようっと。


 夕焼けもない、突然の夜。それがここでの夜の訪れだ。まだまだ不自然なんだけど、青空にして光量を上げただけで苦情囂々だったから、これで夕焼けなんてムリ。そんな訳で後回しになってる。やるべきことはいくらでもある。

 で、まもなくイシュダルさんも奥さんも帰宅して。

「旦那ぁ、お久しぶりで。まあ、無事で何よりでさあ」

「ウチの子たちがいつもお世話に。あのオフロとやらでエランも随分健康になりました」

「いやいや、僕はなにも……」

「今日エラン、走ったんだよ。すごい早かった!」

「ホントなの?」

「ほんと。エラン、はやいの」

「これも旦那のおかげでさあ」

「さあさあ、今日のごちそうは蒸しアルビャーモですよ」

「いつもじゃん」

「贅沢言っちゃいけません!」

「あ、でもエランはあの、乾燥したキノコも食べるんだぞ」

「は~い」

 賑やかだ。賑やかな食卓なんか、前世の飲み会くらいか?いや、でも上司に言われていやいや参加のアレとは比べられない。ここには日常の穏やかさがある。幸せがある。

「旦那ぁ、すいやせんね。うるさくして」

「ホント。今日は特別に賑やかで」

「モーリ様をお迎えして、家の者どもみんなはしゃいでいるのですよ」

 こんな、毎日じゃがいもみたいな生活でも、ここで生きてる人はエライね。テレビもないし、こういうのは慣れないけど、こういうのもたまには悪くない。

 ちなみにフラオさんの蒸しアルビャーモは、エスリーやお姉さんのモノよりはるかにおいしかった。蒸し加減が神。大きめのジャガイモのほくほくした食感は男爵いもを思い出したくらいだ。あ~バターが欲しい。あと、ビール!この二つが今すぐ出てきたら、何でもする!……できることが少ない僕の「何でも」だけど。


 夕食が終わり、フラオさんは後片付け、奥さんは子どもたちを寝かしつけに居間から出て行った。気を遣ってくれたっぽい。

「旦那ぁ、いける口でやすか?」

 悪い顔したイシュダルさんがわざとらしくかくして持ってきたのは、陶器の瓶だけど……なぜかこういうのって、わかるもんだよね。

「ひょっとして、お酒ですか!?」

「し~声が大きいですぜ。家の外も中もコレばっかりは味方はいねえんですから」

 禁酒法じゃないけど、お酒は貴重で希少だとのこと。庶民が飲むのは顰蹙ひんしゅくらしい。くわえて奥さんも家妖精も、イシュダルさんがお酒をたしなむのはキライなんだって。ほんと、どこの世界も一緒だね。

「すみません。だけど、レクアにあるなんて思わなかった……」

「へへへ。この前旦那から預かった品物がありやしたでしょう?」

 調査団出発前に、ガラスペンとかブローチとかの試作品を鑑定してもらったお礼に、そのまま何品かあげたんだっけ。

「あれにけっこうな値がつきやしてね。さるお偉いお方から下賜していただいたんでさあ」

 瓶を開けると、酒精のなんともいえない香りが漂う。けっこう強そうなお酒だ。

「いただきもんですいやせんが」

 で、これまた以前僕があげたガラスのカップに注ぐ。とくとくとく……なんでお酒をつぐ音ってこんなに蠱惑的なんだろう?ついだときに広がる香りも……。透明な液体がカップの半ばほどを埋める。

「んじゃ、旦那。乾杯でさあ」

「はい、いただきます……」

 チン。これまたいい音を響かせてから、口をつける。思ったより口当たりがいい。いも焼酎というよりアクアビットに近い。アクアビットって、前世では錬金術の技術を応用した蒸留酒だったっけ?

「効く~」

「いいもんですなあ」

 喉をとおって胃に沁みる。か~って熱くなる。懐かしい感覚だ。前世ではビールを飲むことが多かったけど、それは翌日の仕事があるからで、清酒も焼酎もウイスキーだって大好きだった。

 イシュダンさんは話し上手だ。お酒を飲みながら、街の噂話を教えてくれる。おけげで、二人で小瓶を空けた頃には、すっかりいい気分だった……。

「モーリ様、今日はもうおやすみください。居間に寝台を用意いたしますね」

「そうですぜ、旦那。今日はもうお開きにしましょう」

 寝台といっても、土精霊が働いて土台をこしらえ、その上に薄いシーツを乗せた簡便なものだ。とはいえ、布製品が貴重で客間もないような一般家庭でこんなものを用意してもらえただけで恐縮だ。

「すみません、フラオさん。奥さん。お手数をおかけします」

「いえいえ。モーリ様がおられるおかげで、ウチの土精霊も随分張り切っていますよ」

「そうですよ。主人につきあわせてしまってこちらこそすみません」

「引き留めておいて、こんなもんですいやせんが、勘弁してくだせえ」

 飲み慣れないお酒に酔ったか、イシュダルさんは顔が真っ赤だ。奥さんが肩を貸している。う~ん、奥さん、ほんとに若そう。美人だし仲よさそうで、うらやましい。

「とんでもない。お世話になります!今日は楽しかったです」

 僕自身も久しぶりのお酒のせいか、硬い寝台も気にならず、熟睡できた。

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