第4章 その8 再び青雲堂
第4章 その8 再び青雲堂
エスリーとエルダさんは僕を軟禁した相手から僕を逃がすために時間を稼ぐつもりで残った。エムリアさんは封印の解けた部屋から転移で僕を連れ出してくれたけど、そのまま追いかけてきたなにかに捕まってしまった。敵は彼女たちの真の契約者。だから次に会った時は3人とももう僕の従属妖精じゃない。
状況を整理すればそういうことだ。僕は一人、残された。
呆然とたたずむ僕を、夕焼けが照らす。あ、ここ青雲堂だったんだ。レクアの光壁に青空は投影してるけど、夕焼けはまだ試してない。だからこの国で夕焼けを見られるのはここだけだ。草木の精霊やらを維持し、失われた地上の景色を後代に伝えるために造られた、おそらくレクア唯一の行楽設備は、しかし維持するための魔力量が多いこともあって、ほとんど訪れる人もいない不人気スポット。だから今も僕しかいない。夕日に照らされ風に吹かれるだけの僕を、ここの精霊たちがからかいに来る。そのうち前に教えた精霊花絵を演じて「どう?」「見てみて~」「上手?」「どした?」って集まってくる。
いろんな声が聞こえる気がするけど、僕は何も伝えられない。さっきから何も感じない。
僕は無知で無力で、そんな僕を逃がそうとして、僕の妖精たちが捕まって。おそらく僕の敵は、彼女らの上位契約者だ。だから次に会った時はもう僕の妖精じゃない。その感情だけが繰り返す。
僕から見てもわざとらしい夕焼けは、ここの人たちには理解不能な景色らしい。いや、ここの自然そのものが。だって、竜に飲まれてもう何世代も経った。魔族や鬼族ならいざ知らず、街の人たちはとっくにこの景色を忘却して、毎日の生活に埋没してる。
「まるで僕みたいだな」
うち捨てられ、誰にもかえりみられない。
「僕は一人だ。一人じゃなにもできないくせに、一人残されて何をしろって言うんだ」
いつしか夕焼けも消えて、そして星空の下、やはり僕は一人だった。
・・・・・・今後の展望その一、さっさと降参する。元老院とか雄士隊とかに行けば勝手に捕まえてくれるだろう。後は知らない。でも、エスリーたちに会えるかもしれない。会ったらなんとかなるかもしれない。
その二、何もしない。どうせここもすぐにばれる。誰かが通報して、そしたら向こうから迎えに来る。後は知らない。
その三・・・・・・浮かばない。もう考えたくない。
そんなこんなの繰り返しで時間が過ぎて、朝が来た。朝焼けだ。まじ、わざとらしい。赤みが強すぎで、空気が濃すぎて、明るくなるのが急過ぎて、僕が知ってる朝焼けじゃない。もっと暗くて透明感のある闇からすこしずつ日が昇る、あの厳かさがない。
わかってた。ここは僕の前世の国じゃない。こんな国を救おうなんて、僕の手に余る。そもそもなんで僕、こんなことしてるんだ?
約束?誓い?・・・・・・実はその記憶も次第に薄れてきてる。天使さんって、どんな声だったけ?アルビエラ母さんは?右手の桃の花章はまだあるけど、ママたちが姿を見せることはない。こんなに困ってるのに、なんでだろ?僕、ママたちにも見捨てられたんじゃ?
「僕なんかには最初から無理だったんだ。知ってたけど」
なにしろ、前世でも大きなことは何一つやり遂げたことがない。結局僕はたいしたことはできないヤツで、あの悪霊みたいにグチばかり言ってるのがお似合いさ。涙も出ない。
日が昇って、暑くなって。結局青雲堂は誰一人来ることがないまま、正午になった。まあ、日光浴が必要な子がいても、今の強化された光壁ならこことそんなに変わらない。だから、ここに来る必要はもう誰にもない。なのに、声がした。
「こら、エラン!まだ走ったら危ないだろ!」
「きゃはは!いいの!エラン走れるもん!」
ちぇ。やってきた客は子どもか。僕は子どもが苦手だ。賑やかなのが苦手って言ってもいい。
「ははは!お兄ぃ!見て見て!エラン早いよ!」
「危ないってば!エランの足は伸びたばかりなんだから!」
「きゃはは!」
「あ!危ないって!」
子どもはいいよな。無邪気に遊んでればいいんだから。僕の前世じゃ子どもだってけっこうブラックだったな。外で走れる場所もなく、公園で声を出せば騒音だ。あげくに宿題や習い事に追われて。僕なんか・・・・・・あれ?どうだったっけ?
どすん!?
なんかぶつかった?・・・・・・僕は足元で転んでる童女を見つけた。あ、子どもがぶつかってきたのか。
「大丈夫?痛くない?ケガなんかは?」
「へーき・・・・・・」
やばい。泣くのはガマンしてるみたいだけど痛そうだ。これ、僕のせい?
「だから危ないって言ったじゃないか!エラン!」
お兄さんっぽい子が慌てて駆け寄ってきた。
「すみません、妹が・・・・・・あれ?変なオジサン?」
「あ、ほんとだあ。オジサンだあ!」
僕を知ってる子どもは、ここじゃ二人しかいない。今まで気づかなかった方がおかしいんだけど。
「エランちゃんにエステルくんか・・・・・・」
エランちゃんは4歳くらいだけど、日照が少ないレクアでありがちなくる病だ。肌は青白くて左足が曲がって・・・・・・。
「あれ?エランちゃん、走ってた?」
「おじさん、寝ぼけてるの?ほら、曲がってた足ももうまっすぐになったんだぜ」
見直せば、エランちゃんはまだべそをかいてるけど、肌は随分健康的だ。左足も違和感がほとんどない。
「エランちゃん・・・・・・そうか。走れるようになったんだ」
「おふろのおかげ!」
「なのかな~でもおじさんが留守の間もおじさんチのお風呂は使わせてもらってたし、あの薬だっけ?キノコとかもちゃんと食べて、一番光の強い時間は・・・・・・おじさん?」
「おじさん?どうしたの?」
・・・・・・そうか。僕も一つくらい、ここに来ていいことをしたんだな。
「よかったね、エランちゃん。よかったね、エルテルくん・・・・・・」
「おじさん?」
「おじさん?」
・・・・・・僕がやったことは小さなことだ。この国を救うとか、ここから脱出させるとか、そんな計画はまだまだ全然だ。だけど、だけど・・・・・・。
「どうしたんだよ、黙っちゃってさあ」
「おじさん、ぶつかったの、怒った?」
怒ってないし。黙ってるのは、声を出せないからだし。言葉にならない僕の想いが、僕の中で暴れ回ってる。今なにか言ったら・・・・・・ヤバイね。
その時、空が陰った。青かった空はみるみる黒い雲を映し、雲は人の姿をたどる。こんな場末の施設にまで投影させる圧倒的な魔力を使って、それでもヤツは現れた。
「レクアで暮らす者たちよ」
全世帯中継らしい。僕だけ捕まえに来るんじゃなくて。
「我は鬼王。鬼族を率い、このレクアを支配する者だ」
始めて見るその姿も鬼だ。雄偉な体に大きな角。黒衣に金を飾り付けた衣装は簡素ながら威厳があるね。
「これを見ている者たちは、今まで偽の王に仕えていた。しかし今この時をもってこのレクアは我が支配下に入る」
鬼王が指を鳴らすと、空の風景が彼の周りを映し出した。それは鬼王に跪く鬼たちの姿だ。クレンデさん、フレダンさん、僕に知ってる鬼はそんなにいないけど、その場にいた鬼は、軽く三桁近い。おそらくレクア中の鬼族がそこにいるのか?
「わかるか?偽の王どもは魔族を上に、鬼を下に置いてレクアを支配しようとした。しかしそれは過ちなのだ。魔族なぞ、力弱き存在。魔術にこそ長けてはいるが鬼族の強力と魔闘技の前では人の女とさして変わらぬ」
再び鬼王の指が鳴る。魔族たちの姿が映る。ツノを封じられ拘束されたオーマークさんが、ウーシュさんが。
鬼王の蜂起は思ったより根が深いようだ。上位にある魔族に対する鬼族の反感もあるらしい。しかし、まさか・・・・・・元老院まで制圧されてたなんて想定外過ぎ。
「これだけではない。我が軍門には、湖の妖精すら下らざるを得なかったのだからな」
ギシ。異音を聞いたエステルくんが僕を見る。
「ああ。ちょっと歯の調子が悪くてね」
エルダさんが、エムリアさんが、エスリーが、鬼王の背後に控えてる。
「おじさん、手、痛くない?」
「全然痛くないよ」
握った拳で爪が食い込んでるらしいけど。あ、でも血が出たら面倒だな。
「我こそは、真のレクア王国の後継者。その前では、この国の魔族はおろか、湖の妖精すらも跪くのだ!」
「鬼王様は、リエラ様の兄上だったの」
エスリーは淡々と告げた。僕に向かって甘えるような言い方じゃない。
「レクア王国の第一王位継承者。それが鬼王様なのだ」
エルダさんは相変わらずかな?でも・・・・・・うん、違う。以前のエルダさんは静かな口調にも、ちゃんと感情がこもってた。主に僕への罵倒とかだけど。
「オニオニ様の元で、レクアはこの胃世界を征服するの~」
なんだって!?いつも通りのエムリアさんの声で、なに言ってるんだ!?
「キサマら、我が許可なく話してはならぬ!」
「はいなの」
「了承した」
「ゴメンなの~でもオニオニ様のお気持ちを代わりに言いたかったの~」
あっさり謝罪したエスリーたちに気を良くしたか、鬼王は語り始めた。
「我が名はギエラル。レクア王国の王太子だった者よ」
彼が語る彼の由来だ。まあ、一面的な部分はあるんだろうけど。
世界竜がレクアを飲み込んだとき、この男が王太子だったのは本当だろう。そして、湖の妖精との契約は本来レクア王家と妖精との契約だったから、王家の跡継ぎでない僕との契約より、コイツとの契約が優先されることは、一応の裏付けになってしまう。
「かつてレクアの貴族であった鬼族や魔族は我を存じておるだろうな」
跪いていた鬼族たちが、今度は這いつくばった。しかし、魔族たちは違う。
「あなたは廃嫡されたのです!国家危急の折だというのに無策で傲慢で!」
「そないな王様はいりまへん。父王はんかてそんなら妹はんの方がええ言うてました」
「廃嫡したあなたをリエラ様も、その後の魔王様たちも丁重に扱ったではないか!なにが不満のこの暴挙だ!」
「王家の血筋は確かに第7代マリエラ様で途絶えました。しかしそれでもあなた様の御身は」
「うるさいぞ!魔族ごときが!」
こいつはパワハラ上司でセクハラ大王だ!どうやら女性を下に見て、妹のリエラさんに王位を奪われたって思い込んでるらしい。
しかし一喝されるや、魔族たちが苦しみ倒れる。ツノに巻かれる布が光ってる。
「ふん・・・・・・魔族なぞ所詮は女。女は男の下にいればいいのだ。これからの世は、鬼族が魔族を従える。それに逆らう者は・・・・・・討滅でもされてもらおうか」
こいつは、みんなの前で反抗され、怒ってる。自分の怒りををこういう形で見せつけることを正義と思ってる。
ギリ。また異音がなって、今度はエランちゃんまで僕を見てる。慌てて口を開く。
だけど・・・・・・コイツは自分に逆らう相手にエルダさんを仕向けるって言ったんだ。あの強大な力を。実は世界竜の意識を一部もってるエルダさんを!そんなことしたら、世界竜にお目こぼししてもらってる胃世界生活が、終わってしまいかねないんじゃないか?何より、あれは仮にも同国人に向けていい力じゃない。
「我に逆らう者は、全て滅びよ。しかし我に従う者は、ともにこの世界で栄華を極めようではないか!」
……黒い空は暗幕のようで、そこに浮かび上がる鬼王の姿はそれなりに威厳がある。元老院や魔族を屈服させた姿を住民に見せるにはいい舞台装置なんだろう。
「だけど、僕は、お前の正体を知った。これがお前の失態だ」
どんなに力の差があろうと、どんなに数が多かろうと、その敵を知ることは不可欠だ。そして僕は、まあまあ、自分を知っている。知は力で、敵も己も知ることが勝利の一歩目。
「百戦百勝はムリとしても」
なにしろ知ってる自力が低すぎるからね。でも
「一戦一勝くらいはしてみせるさ」
まあ、二戦目はないだろうけど。勝っても負けても。僕は虚空の虚像をにらみつけた。




