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第3章 その6 僕の最下位決定戦

第3章 その6 僕の最下位決定戦


 竜酸の海の底で、まさかの声!?

 この世界に来てから、湖に浮かぶ時から何度も僕の前に現れた、あの黒い影だ!

「キライ?ああ、そうだろうよ。俺もきさまがキライで仕方がない」

 心臓を握る手に力が入る・・・・・・ぐう!潰れそうだ・・・・・・と、本当に潰される寸前、再び手が緩む。こいつ、本当に僕をもてあそんでいるんだ。

「ようやくきさまとおさらばできる」

「会いたくないんなら、なんでわざわざ僕の前に来るんだ!?」

「・・・・・・来る?少し違うな。俺はいつもきさまとともにあった」

「なんだって!」

 無知な僕をせせら笑いながら、影は、あの黒い柱のようだった影はゆっくりと僕の前に回り込んで来た。不思議なことに、心臓をつかまれる感触はずっと続いたままだ。

「きさまの心が揺らいだ時だけ、俺は姿を見せることができる。そして、ここに来てきさまがこれほど揺らいだことはなかった・・・・・・今こそ見よ、我が姿を」

 影が、黒く揺らめく影が僕の目の前ではっきりと実体化した。

「・・・・・・嫌いな訳だ」

「ああ。そうだ」

 黒い影は、僕だった。表情こそ偉そうで、特に目つきが悪いけど、僕がイヤで仕方のない僕そのものだ。その僕が酷薄に笑う。その手がまた、強く僕の心臓を握る。

「我こそが魔王モーリ・・・・・・真の魔王だ」

 僕の顔が、しかし尊大に言い放った。僕より大きな角で、僕よりつり上がった目で。僕の心臓をつかむ手は、今では鋭い爪をたてている。

「牙まであるのか・・・・・・魔王っていうより鬼族じゃないか」

 ギリリリ。いっそう強く握られる。

「グ」

「なかなかよく回る口ではないか。まあ、男だから鬼族というのも間違いではないが」

「間違いじゃないんなら、いちいち怒るなよ。器の小ささがばれるぞ」

 ギリギリギリギリ・・・・・・痛い!でも、死んだってこんなヤツに泣き言を言うもんか。

「ははは。きさまをなぶるのに理由なぞいらぬよ」

 僕は僕が嫌いだ!だからコイツが僕を嫌う気持ちはよくわかる。

「だけど・・・・・・なんでお前なんかがここにいるんだ?」

 僕がいるのに。転生したのは僕なのに。

「俺は本来の俺だ。その体は元はといえば俺のものなのだ」

「なにを言って、グウ!」

 痛い!僕なにか言い返そうとすると、その都度心臓を強く握られたり爪をたてられたりして息が止まる!こいつめ!

「その従順な妖精も、俺のモノだ!あのクソ生意気な街妖精だって俺のモノだ!」

 そいつは僕の膝に座ってたエスリーを僕から引き剥がした。

「エスリーにさわるな!」

 その時、今までで一番強く心臓を握られた。だけど・・・・・・死んでも悲鳴なんか上げるもんか!ぐっと歯をかみしめてこらえてみせた。ただ、呼吸は止まって声は出せなかった。

「俺のモノだ!きさまなぞに従属させるにはもったいない。これからは俺がかわいがってやる。きさまは、やれジアンだのジョーレイだのとくだらない前世の常識をわめきたてるばかりでなにもしてなかった。バカな男だ」

 エスリーはエルダさんに意識を封じられたままだ。その両手首をまとめてつかみあげるそいつは、僕より力があるんだろう。だけど・・・・・・

「お前、前よりバカになったんじゃないか?」

 一度消えかけて矮小になったのか?僕は立ち上がり、両手がふさがったままのそいつを思いっきり殴りつけた。殴られてエスリーを放り出すそいつを蹴り飛ばして、落下する前にエスリーをそっと抱きかかえた。

「きさま、心臓を」

「どうせ握りつぶせないんだろう?お前には」

 そいつの声にかぶせるように叫んでやる。

「な」

「この体に潜んでて、この体がお前のものだって言うんなら、大事で大事で僕を脅すのに使えても本当に傷つけるなんてできないんだろう?」

「き」

「ああ、僕が何かを諦めたりすれば、この体を乗っ取ることができたのかもしれないけど、残念だったな。ざまあみろ」

 僕は僕がキライだ。しかも、あの影だった僕は僕のイヤな部分を凝縮してるみたいなヤツだ。たとえ僕の推理が間違って心臓を握りつぶされたとしても、黙って言うことを聞いてやったり、ましてエスリーをアイツになんか渡せない!

 何も知らずに眠るエスリーを起こしたくない。こんな僕を見せたくもない。そいつがひるんだスキに、僕は抱きかかえたエスリーを静かにソファに座らせた。

「さて、と・・・・・・僕の中の最低な僕に言うよ」

「な」

「本当にお前はバカだ。あのまま僕だけをもてあそんでいれば僕も諦めたかもしれないのに。以前のお前ならきっとそうしてたろうに・・・・・・エスリーやエムリアさんに手を出すなんて言わなけりゃ僕をもっと追い詰めることもできたんだろうに、そしたらこの体を乗っ取ることもできたかもしれないのに」

「だ」

「いなくなれ。今度こそ、完全に・・・・・・この、最低な僕め!」

 ずん!僕が僕の消滅を宣言した瞬間、周囲の空間が明らかに変わった。なんていうか、重力は何倍、何十倍にもなり、光さえ歪ませて暗闇になった。そして・・・・・・僕の魔法知覚は暗闇に溶け去るように消える僕の存在を捉えていた。

「お前も転生するのか?・・・・・・なら、少しはマシな性格に生まれ変われよ」

 できればこのまま消えて欲しい。こっちが本心だけどね。


 ぱちぱちぱち・・・・・・すんごく空々しい拍手が響いた。

「意外なくらい、圧勝したな」

 首をかしげるエルダさんだ。つくづく出現の仕方が存在感なさ過ぎ。

「ま、相手が僕ですからね。史上最低の最下位決定戦にしても楽勝ですよ」

 ハッキリ言って、なんの試練か知らないけど敵の選択を間違えたと思う。

「・・・・・・」

「なんです?」

 無言で見つめられると、なまじ顔立ちが整ってるから恐いんですけど。

「いや、やはりあなたは面白いな。理解はできないが」

「なら、どうだい?この際、弟クンに従属しちゃえば?」

「お姉さん?」

 そういえば、さっきからこの人こそ存在感が完全になかった。意識を封じられたエスリー

ならともかく、なんでだ?

「よろしいのですか、それではこの男をあなた様の真の後継者と認めることになりますが?」

 なんで敬語?お姉さんは昔魔王だったアルビエラ母さんのホムンクルスだけど、魔王にもぞんざいなエルダさんがなんで敬語なんだ?

「いいんじゃないかな。歴代魔王の核を集めたその体、暴走なんか絶対しないように厳選した魂だし、この様子ならもう安全だろう」

「・・・・・・・・・・・・竜の花嫁たるあなた様の仰せであれば」

 少しの間ためらったエルダさんだけど、はっきりとそう口に出した。でも・・・・・・竜の花嫁って何?そもそもお姉さんはそれなりな年数は生きていらっしゃるけど、見かけはエスリーより小さい十歳児だよ?花嫁って、ジアン過ぎ。

「弟クンも全然気づいてなかった訳じゃないだろう?ボクはキミの試作品で、その魂には神祖の魂が込められてるんだ。いわば、神祖リエラの生まれ変わりだ。できは悪いけどね」

 衝撃なんですけど。この人たち、僕のことを過剰評価しすぎです。


「8代目の魔王に就任することになったアルビエラは、しかし自信がなくてね」

 聞いていいんだろうか、こんなヤバイ裏事情なんか。そう思う僕の不安なんか全然無視して、始まっちゃった。

「なにしろ、もともとは他国出身の難民で、魔力なんか魔族の平均値もない」

 7代目の魔王は幼くして亡くなった。神祖リエラさん直系の血筋は絶えてしまった。

「レクアにない新しい技術や種子を持ち込んでくれた功績は誰もが認めていたし彼女自身は優れた練成魔術師だ。元老院としても新たな魔王を他に選びようがなかったんだろうけど・・・・・・魔力のない魔王。その不安はあった。本人が一番ね」

 生まれたての僕の前でも嘆いていたな。

「で、アルビエラは考えた。住民の魔力を集める仕組みを考えた後のことだ。この仕組みをよりよい形で運用するには、いっそのこと、一番この国の成り立ちに詳しい人物を転生させられないか。と。それは決して誰にも話せない、禁断の魔術実験だった」

「・・・・・・だからそれ、僕に話していいんですか?」

「なにを今さら。キミはボクの弟クンだろう?」

 僕の試作体?お姉さんはママの作品というだけじゃなくて、魂を転生させる体の実験でもあったわけだ。

「あれ、でもお姉さんって気安く呼んでいいんですか?」

「どうして?」

「・・・・・・だって、中身は神祖、リエラさんなんでしょう?」

「ああ、そのリエラさんって言うのも新鮮でいいんだけど、でも、ボクは完全な転生体じゃないし、神祖時代の記憶は随分あいまいだ。だからアルビエラの期待には応えられなかった」

 僕もそうだ。前世の記憶、特に固有名詞なんかほとんど覚えていない。なぜか特撮関係だけはそこそこ覚えてるけど。天使さんがいい具合に記憶を調整したって言ってた気がするけど、それも転生には必要なことなんだろう。

「なにより・・・・・・ボクは転生しそこなったんだ」

「しそこなう?」

「魂が分裂したんだよ・・・・・・だから、湖の底にも魔王リエラの魂が残ってる」

「あ」

 地上を去った魔王はレクア湖の底にいる。どこまでが実体でどこまでが幽体なのかはわからないけど、でも今もリエラさんの本体は湖底にはいるはずなんだ。

「湖底のことも知らない時期のアルビエラだから、そこは仕方なかったんだけど結果として神祖リエラと呼ばれていた魂は二つに分裂してしまった。とはいえ、湖底にいるリエラの魂の方が遙かに大きくて、ボクはそのかけらみたいなものなんだ」

 魂に容量があるんだろうか?あるとしたら、さっきの僕は、前世の僕のどのくらいなんだろうか?

「ああ、さっきの?あれは厳密に言えば、キミであってキミじゃない。その体の本来の魂がキミの一部にとりついた怨念みたいなものだね」

 ・・・・・・僕はこの体を乗っ取ったんだろうか?だとしたら、あの影があんなに歪んでも仕方がない。

「いやいや、あんなのにボクたちの最高傑作を暴走なんかさせられたら、世界の終わりだよ」

「だけど」

「そもそもアイツをけしかけたのは、世界竜なんだから、悪いのはそっちだよ。ねえ国妖精クン」

 気まずそうなエルダさん。こんな顔するんだな。

「わかってる、わかってる。ああでもしないと弟クンはウジウジ、ネチネチとあいつにつきまとわれて、覚悟とか決意とか鈍りまくって、結局なにも終わらせられない」

 今度は僕が気まずい。そんなに僕、覚悟のないヤツって思われてるんだろうか?

「神祖リエラは世界竜の花嫁だ。それは竜と意識を同調させ、共存することで、竜の中で生きることを選んだためだ」

「世界竜もその意志を認めた。なのにレクアは竜の中から出ていくと言う」

 なんだろう?別れ話がもつれたみたいなんだろうか?そういうの経験ないからよくわかんないな~。

「大丈夫だよ、ボクの本体は、湖底にいる神祖リエラはここに残る。自然の摂理に反して魔族や鬼族を生み出し、このいびつな世界を存続させた己を彼女は許さない」

「そうなのですか?」

「ああ。もっとも、そう決意したのは今みたいだけど。だから揺らいでいたリエラの意志を感じて竜はキミを試した。だけどもう後事を託すことを決めたから」

 お姉さんはすごく無理な背伸びをして、不自然な姿勢のまま僕の肩を叩いた。

「託す相手が不安じゃないですか?」

「今さらだね」

「今さらですね。だから試したのでしょうから」

 その託し方・・・・・・重いんだか、軽いんだか。


「ところで、これ、なんとかなりませんか?」

 僕は伸び始めたツノをつついてみた。違和感しかない。

「気にしなくてもいいのに」

「もう少しすれば安定してずっとその姿が当たり前になると思う。なかなか似合ってるのだし、そのままでいいではないか」

 信じません。妖精はウソを言わないかもしれないけど、エルダさんのセンスは別です。

「まあ、キミが気に入らないのなら、そのうち引っ込むさ」

「そうなのでしょうけれど・・・・・・あなたは惜しいと思わないのか?最初に会った私にはあんなに変身とか巨大化を迫っておいて」

変身は「男のロマン」だけど、これは違う。さっきの僕を見たせいでいっそうそう思う。

「全然惜しくなんかありませんね。なんかのコスプレみたいで恥ずかしいだけです」

 数分後、僕がイヤがってたせいか、ツノは確かに引っ込んだ。よかった~。


 話をしてる間にも精霊たちが基本操作をしてくれたおかげで船は竜酸海に浮上することができた。いつの間にか当たり前のようにエルダさんが光壁を展開してる。

「針路はもっと左だな」

「任せますよ。どうせエルダさんしか知らない土地を目指すんですから」

 彼女にはあらためて操舵手兼航海長にご復帰いただくことにして、僕はゆっくりとソファに体重を預けた。アイツをぶん殴って蹴飛ばしたこと以外は何にもやってないのに、妙に疲れたね。

 浮上したって、青空もなければ星もない。爽やかな風すらない竜酸の海だ。危険生物がいっぱいの。甲板に出る気にもなれない。

「・・・・・・旦那様?」

 ソファの隣にいたエスリーが目を覚ましたみたいだ。起こしちゃったかな。エスリーは体を起こすや僕を探してキョロキョロしてる。まだ意識がはっきりしてないんだろう。

「エスリー」

「旦那様」

「起きた?もう大丈夫かい?」

「・・・・・・妖精は人と同じ意味では眠らないの」

「今まで寝てたよね?」

「旦那様は意地悪なの」

 そう言ってエスリーはまた僕の膝に座り直した。指定席か?

「あのね、エスリー。少し大きくなったんだからこういうのはよくないよ」

 髪の毛が顎にあたって少しくすぐったい。以前は届かなかったのに。

「旦那様はエスリーが嫌いなの?」

 振り向いたエスリーの瞳が、僕を映した。相変わらず直球だね、この子は。

「そんな訳ないだろ」

「ならいいの」

 後ろから見える、少しだけとがった耳の先っぽが赤い気がする。少しは大人になったのかな?全然重くなんかないけど。

「エスリーは甘えたがりだな。だが私も主として認めるからには見習うべきだろうか?」

 ぎょっとしてしまった。小学生から中学生になったくらいのエスリーでも恥ずかしいのに、高校生くらいのエルダさん相手だと完全に犯罪臭しかしない。しかもこの人、表情少なめで恐いし。だけどエルダさんは僕の膝に座る気満々だ。エスリーは譲るまいとにらみ合ってる。

「なるほど、ならばボクも姉として弟クンともっとふれあうべきだろうか?」

「やめてください」

 お姉さんとはいえ見かけ十歳児を膝の上って、これはこれでジアンにしかならない気がする。三人が僕の前で、僕にとって不穏な雰囲気を醸し出している。困ったね。

「あ、モーリ、おめえ、本当にスケベだな」

「そ」

「ロリコン。しかも今度は二人・・・・・・まさか三人?」

 誰だ、ジナさんたちを起こしたの?・・・・・・風精霊が、こそっと逃げていくのが見えた。あ~機関助手のお手伝い、終わったのか。

「あたいらが目を離すとどんなヘンタイ行為をするかわかんねえな」

「こっちも身の危険感じる」

「レクアに帰ったらシャルネ隊長にちゃんと報告しなきゃ」

 マジでやめて。清楚で生真面目なシャルネさんにそういうことを言われたら、僕は会わせる顔がない。

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