第3章 その5 魔王と妖精
第3章 その5 魔王と妖精
「・・・・・・そんな簡単に逃げられると思ったのか?」
なんとか浮上を始めた僕の船を遮ったのは、再び前方に実体化したエルダさんだった。
「逃げられたらいいなって思ってました」
海底火山みたいな隆起の上に立ち、腕を組んでるエルダさんは格好いい。でも、あ~あ、やはり放っておいてくれないのか。知ってたけど。
「さっきの泡はなんです?あの中の、幽体みたいなのは?」
思いだしたら、また気分が悪くなった。けっこうなトラウマ体験だったな。
「ここで消滅する生命の残滓だよ。でも安心して。彼らは世界竜の体内を通って、吸収され、その後、新しい魂に生まれ変わる」
「ここで死んだ生命は転生するってことですか?」
「そう。世界竜は世界の秩序を乱すものを、こうして飲み込み浄化して、再び世界の秩序に戻す」
「浄化?消化じゃなくて」
「似たようなものだ。自然の円環に戻るのだから」
「じゃあエルダさんは僕たちがここから脱出したら世界の秩序が乱れると言うんですか?」
「私?」
「違うんですか?世界の秩序のために、レクアの人たちを消滅させようとするんですよね?」
「・・・・・・少し話しすぎたかな」
「あなたが何者か、という点では。でもなんで僕を秩序に反してる存在だって思うのかがわからない」
「・・・・・・あなたはこの世界の特異点だ。その魂が外から来たモノだということはわかっている。だから異質だ。そんなものは一度浄化して、この世界に取り込まなければならない」
「特異点なんて大げさな。僕はエスリーに護られてる無力な存在ですよ」
「・・・・・・神祖以来、本気でここから脱出しようと考え、しかも実行可能な計画を発案した者は始めてだ。そのような存在をたやすく見逃す訳にはいかない」
エルダさんはエルダさんのまま、しかしその行動原理を話している。だから僕は、鈍い僕でもようやく一つの仮定にたどり着いたんだ。
「・・・・・・エルダさんは・・・・・・僕の契約妖精である以前から、この世界の秩序の守り手なんですね?だから、レクア脱出を計画する僕を試してる。違いますか?」
「違わない」
「・・・・・・・・・・・・だったら、僕はなにを試されるんですか?世界竜さん」
意外なはずの僕の推論に、意外なくらい誰も驚かない。僕も、お姉さんも。でも、会った時から偉そうで、魔王となった僕と契約したのにやはり偉そうで、それだけなら性格ですむんだけど。僕だって書物妖精たちのおかげでそれなりにここのことを知り始めた。その知識の範疇では、これしかない結論だった。なまじ物知らずだからすんなり出たのかもね。
「なぜそう思うのだ?」
言われた本人もなんか反応が薄い。やれやれ、頑張って考えたんだから、肯定でも否定でもそれなりに驚いてほしいね。
「あなたは一体の妖精にしては強力すぎますから。防御力だけなら匹敵できそうなエムリアさんは、魔王の魔力と街の住民の魔力を元にしてるハイブリッドです。それなのに、より強力なあなたは僕からの魔力だけで、しかも時々補給しただけなのに異常に強力でした・・・・・・ただの妖精ではないと思えるくらいに。きっとこの世界そのものからも魔力を得ているのでしょう」
そういえばお姉さんが似たようなことを指摘してくれてた。あれはヒントだったのか?それとも僕を誘導していたのか?
「それだけか?」
なんか、これだけ平坦な反応だと、どんどん自信がなくなってくね。
「・・・・・・元々の疑問はそんなところです。でも、ここに来てからのあなたの視点はもう僕の契約妖精の視点じゃなかった・・・・・・聞いていいですか?なんで世界竜の、レクアを飲み込んだ本人がレクアを護る妖精になってたんです?」
「ふ・・・・・・私は世界竜そのものではない。その意識の一部に過ぎない」
「はあ」
「そして、湖の妖精として存在することになったのも事実だ」
「そこはやはりウソじゃなかったんですね」
エスリーたちと接して思うのは、妖精は人のようなウソは言わない。エルダさんも常に真実しか語らなかったと思う・・・・・・エムリアさんを思い浮かべると自信をなくすけど。
だからエルダさん、エムリアさん、エスリーは三人とも元はレクア建国のきっかけとなったあの湖の妖精だったはずだ。それが三人に分かれて、しかもその一人が世界竜の意識と同調してるのは、まだナゾだけど。
「あなた方が今の姿になったのは、確か神祖リエラさんと契約した結果ですよね?それはどんな契約だったんです?」
エルダさんの目が一瞬だけ揺らいだように見えたのは、僕の気のせいか?しかしその視線の先は・・・・・・。
「私が契約したのは神祖のみ。その後の魔王との契約は、いわば条件付きの仮契約のようなものと言える。だからあなたとは本当の意味での契約はしていない。もちろん従属もしていない」
「ええっと、僕に従属しなくてもかまいませんよ。ただ、条件ってなんです?それがクリアできれば本契約してもらえるんですか?」
「・・・・・・あなたは本当に面白い。だが、詳しく聞きたければ、この試練を受けてからにしてもらおう」
「やはり試練ですか」
本気で僕をどうこうしようと思えば、エルダさんの力で瞬殺される。たとえエスリーが僕を護ろうとしてくれたとしても、少し成長したからといってその力の差は埋められない。だから、さっきからの攻撃(?)は、一種の威嚇かテストだという気はしてた。
「だが、少しだけ気がかりだ」
「なにがです」
「あなたはまだ本気ではない」
「本気ですよ!」
あわや死にかけたんだから。エスリーがいなかったら、あの霊体たちの誘惑に耐えられるか自信はない。なにしろ僕のメンタルの弱さは天使さんの折り紙付きだ。それでもなんとかこうしてられるのは、鈍感なおかげで助かってるだけじゃないかな。
「だからあなたに制限を与えよう」
「話、聞いてます!?」
僕は本気で無力なんだ。今だってエスリーがあんなムチャしなければならなかった。
「・・・・・・あれ?エスリー?」
返事がない。そういえばさっきから姉とも分身とも言えるエルダさんが随分衝撃的な話をしてるのに全然反応がなかった!なんかぐったりしてるし。
「まず、これからは自力でなんとかするがいい」
「・・・・・・」
「安心して。今のその子を封じるのは、私ですらいささか面倒なんだ」
エスリーの意識が戻るのは意外に早いらしい。ただ、その間は自分でなんとかしろってことだ。
「タイムリミットですか」
「そうだ。あと、あなたにも」
船の強化ガラス越しに見えていたエルダさんが消えた。
「え?」
まだ話の途中・・・・・・って怒る前に僕の目の前に出現した!
「うわ!?」
「安心して、痛くないから」
「それ、前にも聞きましたけど!」
前は額をかち割られた。今も彼女の手が僕の頭に伸びてくる。でも、逃げようがない。エルダさんの左手が、その親指と人差し指が開いて僕のこめかみに軽く触れた。チクってなにかが走った。
「これくらいでもしないと、あなたはいつまでも自分が人間だと誤解していそうなのでね」
「・・・・・・僕は人間ですよ。魔王になっても人間は人間です」
「人間は魔王になれない。そんなこと、わかりきったことじゃないか」
僕の魂は間違いなく、前世の知識や記憶を引きずっている。だけど・・・・・・この体は。
「あなたの体は歴代魔王の体を合成したもの。いわばあなたは練成された魔王」
そうだ。外見こそ前世の僕とほとんど変わらないけど、それは僕の記憶に引きずられてるからだそうだ。ママが、転生体をつくってくれたアルビエラ母さんがそう言ってた。
「ならば、少しは魔王らしくなることだ。まずは見かけからな」
エルダさんの声が妙に頭に響く。そして・・・・・・触れられたこめかみの、奥の方からなにかがうずいて。
「痛い!痛いじゃないですか、エルダさん!」
妖精はウソは言わないって思ってたのに。
「これはすまなかった。ああ、思ったより立派なものができそうなので痛いのだろう」
「立派な・・・・・・もの?」
「ああ。なにしろ魔王だからな。これくらいはあって当然だ」
こめかみになにかある。僕は手を伸ばして・・・・・・そこにないはずの、堅い何かに触れた。
「ほら」
エルダさんは掌を鏡面にして僕の姿を見せた。
「立派だろう。時間が経てばもっと大きくなる。それがイヤなら早く試練を終えることだ」
イヤ過ぎて声も出ない僕です。
「そうさ。あなたのツノだ。ああ、私が勝手にはやした訳ではない。もともと生えてるはずなのに、あなたの意識が強すぎて伸びることができなかったのだろう」
鏡を見て息をのんだのは一瞬だけだった。
「全然似合いませんね」
もともと生えてるはず?たとえそうだとしても、僕の外見がそもそも威厳とか頼りがいとかと無縁なのに、ツノだけあっても全体のイメージは変わらない。それにけっこう小さい。シャルネさんやジナさんたち、魔族のツノくらいしかない。2,3センチくらい。
「そうか?大きさはともかく、この形、この光沢。なかなかのものだ」
「僕にはツノを鑑定する趣味も技能もありませんよ!」
ツノと言えばタ○ウとかか?僕はあの造詣は余り好きじゃない。
「あなたは自己評価が低すぎるな。そういうところも面白いのだが・・・・・・ああ、なるほど」
「勝手に納得しないでください」
「ふ・・・・・・失礼。ただ理由に思い当たったのでね」
「僕は前世からこんな性格でしたからね」
「そうなのか?・・・・・・まあ、それを確かめさせてもらおう。ではそろそろ始めるか・・・・・・いや、もう始まっていたようだ」
エルダさんはスッと姿を消した。相変わらず過剰な暴力とは裏腹に存在感のない消え方だ。
胸をなで下ろすまもなく。
グッ!いきなり心臓をわしづかみされた!エスリーを抱きかかえたままの僕なのに?背中にはソファがあるのに?何者かの手がはっきりと感じられる。
「誰だ!?どこから!?」
エルダさんじゃない。彼女はこういうことはしない。霊体は全部消えたはずだ・・・・・・周りを見渡した僕の目が、背後にいる何かを捉えた。
「霊体?あれ?見えてる?・・・・・・グワッ!」
心臓を握る手が、もてあそぶかのように掌を握ったり離したりを繰り返す。苦しいのと気持ち悪いのとで、吐きそうだ。全身から汗がどっと流れ出す。
「久しぶりだな」
「・・・・・・お前は!」
この声!僕をあざ笑う声!聞き覚えがある!それは、僕が一番嫌いなヤツの声だった!




