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第3章 その3 竜酸の海の底で

第3章 その3 竜酸の海の底で


「弟クン、今すぐ機関を停止するんだ!」

 あ!?この船はロケット推進だ。高速が自慢だけどこんな姿勢制御もできない中でロケット全開のままにしてたら、どこにどう飛んでいって何にぶつかるかわからない。

「はい、お姉さん!」

 船長兼機関長でもある僕は機関助手であるところの火精霊に機関停止を頼んだ。あの子、元は僕んチのボイラー係の小火精霊だったんだけど、なんか急成長して今じゃあ、幼女から少女くらいには見える。大きくなったなあ・・・・・・なんて感慨は後回しだ。

 ぷしゅうう~・・・・・・

「機関停止しました」

「うん、船も水平に戻りそうだね」

 お姉さんの魔術師としての視野は僕より遙かに広い。僕なんか直接見るか触れてないと全然わからない。その上、お姉さんには一種の感覚的計測器があるらしく、速度・進度・温度など、僕には体感でしかわからないものがわかるみたいだ。魔法知覚って言うらしいけど、さすがはお姉さんなんだ。

「落下速度は大幅に小さくなった。うん・・・・・・そろそろ着底するよ」

 ゆっくり沈んでる状態だ。着底してもオリハルコンの船体に損傷はでないと思う。

「船首をあげることができれば機関を再始動して上昇できるんですけど」

「そういう機能はつけてなかっただろ?なにしろキミは急いでたからね」

 水上を高速運行することについては充分な試験を行ったけど、潜航艇とか潜水艦とか、そんな機能をつける余裕はなかった。失敗だ!リアル海底軍艦とかマジでノーチラス号とかの気分を味わう絶好の機会を僕は自ら放棄していたのか!?海底に古代文明人がいたらどうすればいいんだ!

「・・・・・・いないから。竜酸海の底に生き延びてる生命はあっちゃいけないから」

 まあ、そうなんですけど、でもこういう展開になれば僕よりよほど興奮しそうなお姉さんが妙に冷静だ。それに・・・…

「あっちゃいけないってどういうことですか?」

 事実を観測し、その摂理を実証してこそ世界の真実にたどりつける。そういうお姉さんが、観測をする前から観念的過ぎる否定?

「ここは死の世界だよ……弟クン、そんなことよりそこの魔族たちをなんとかしたまえ」

「あ、ジナさん!クレシアさん!シアラさん!」

 船室の床を転がりまくったあげく、さっきまで天井と床を往復してた三人はもう声も出せない状態だ。

「……ほっとけ」

「そ」

「護衛対象に心配されるなんて屈辱よ~」

 あ、声が出てる。よかった。でも身動きは辛そうだ。強がりだ。

「エスリー、少し離れてね」

 僕に抱きついたままのエスリーをそっとソファに横たえて、倒れてるジナさんの元に駆け寄った。ただ……お姉さんが「そんなこと」?まだ誰も知らない竜酸海の底の景色を「そんなこと」?お姉さん、どうしたんだろうって一瞬思った。

 でも、今は3人を休ませないと。力なく抵抗する彼女らを一人ずつ運んだ。一歩間違ったらこれも犯罪的だけど、そういうんじゃないから。備え付けの二段ベッドが二つだけの狭い部屋に運び、ベッドにベルトで固定しておく。ちなみにベッドの一つはお姉さん用なんだけど、あの人……人じゃないけど……眠らないんだって。


 船は姿勢を安定させたまま、ゆっくりと自然に降りていった。どのくらいたったのか。

ずしん……下から重い衝撃が伝わり、僕たちは海底に着いたことを知ったんだ。

「死の世界……お姉さん、さっきのあれ、どういう意味なんです?」

 十歳にもなってないような外見の、僕のお姉さんだ。僕を、僕の転生体をつくった母さんのホムンクルス。双眼鏡のように分厚いメガネの奥には、母さんによく似た瞳がある。

「……世界竜はすべてを飲み込み、無に帰す存在だ。竜酸で溶かされた物質は消化され、魂は浄化される」

 ……どこかで聞いたことがある。誰から聞いた?天使さんだったか、アルビエラ母さんだったか?

「だから、ここには死しか残っていない」

 淡々と告げるお姉さんの声は、事実を告げる。冷静っていうか、冷淡というか。

「だから死の世界、ですか」

操舵室の強化ガラス越しに、光壁の淡い輝きが正面に沈んだ巨大な岩塊を照らし出した。

しかし小さな泡が包み込む。ジワジワと浸食された岩塊は、あるときを境に一気に砕け細かく分かれて、完全に泡に包まれた。そして泡は、海底のあちこちにある隆起から出た絨毛

に吸い込まれていって消えた。岩塊が、あるいはどこかの世界の痕跡だったものが、今、完全に消えた。


「死の世界……死だけが残る場所……」

 圧倒的な静寂だけが海底にあった。静けさは死の表層なんだろうか?光壁の淡い輝きはか細くて、この世界には似つかわしくないと感じられる。

「エスリー、光壁を解いて」

「でも、旦那様?」

「お姉さん、今は安全ですよね?」

「そうだね。この船の強度は驚異的だし、状況も安定してる。休ませるなら今だよ」

「エスリーも今のうちに休んで」

「……はいなの」

 エスリーは渋々だが僕の指示に従う。光壁を解くとともに、彼女の髪はいつもの状態に戻った。アレは一種の「スーパー化」とか「ハイパーモード」だったんだろう。そして力を抜いたエスリーは僕にしなだれかかった。やはりムリしてたみたいだ。エスリーはそのまま寝息を立てる。妖精ってこんなふうには寝ないって聞いた気がするけど、今は完全に寝てる。

「いつもゴメンね。僕のために」

 少しでも僕の魔力を分けてあげないといけない。そのまま抱きかかえる。幼いエスリーを抱っこするなんて、ジアンとかジョーレイとか前世の用語が頭を飛び交うけど無視する。今さらだしね。

「弟クン、年下妖精趣味は」

「そういうんじゃないってわかってますよね、お姉さん」

 今さらからかわれたくらいで動揺しない。僕は死の世界に着いたことで腹をくくった。

「お姉さん、僕たちはここから出てみせますよ」

「ん?……ああ、そうだね。ボクとしては誰も見たことがないこの世界を心ゆくまで観測したいところなんだけど、キミはそうもいかないか」

「……お姉さんがどうしても観測したいって思うんなら、今回の調査が終わってからにしてくださいね。その時はこの船、貸しますから」

「ああ、そうしてくれよ」

 意外に冷静な反応だな。


「それにしてもエルダさん、どうしたんだろう?」

 僕たちが竜酸海の底に落ちたのは、エルダさんのせいと言えなくもないけど、怪獣を退治してくれたんだから特に怒るほどじゃない。彼女が暴走するのは最初から織り込み済みだ。

なのに、あれ以来戻ってこない。航海の目的地には彼女がいないと不安だ。海図は造ったけど、星もなければ羅針盤どころか方位磁針すら使えない胃世界ここじゃ現在地から目的地までの進路がわからない。正確に知ってるのはエルダさんだけだ。

「別に怒ったりしてないから戻ってくればいいのに」

 実はさっきから何度も「戻って」って念じてる。エムリアさんですら僕のなんとなくの思念でやってくるくらいなのに、正式に契約した従属精霊の彼女に反応がない……。

「いや、あった」

 僕の未熟な魔法知覚じゃわかりにくかったけど、突然船の正面に出現した膨大な精霊力は間違いなくエルダさんのものだ。

「あらためて感知すれば、お姉さんじゃないけど、ウソみたいな魔力だよね……お姉さん?」

 なんでメガネ外してるんだろう?こうして見ればお姉さんは母さんによく似てるけど……でもいつものお姉さんとは少し違う雰囲気だ。

「……あれは本当に討滅妖精なのかい?」

「はい?」

 僕が僕の契約妖精を間違えるはずはないと思うけど?お姉さんの方が……変だ。いや、いつもおかしい人だけど、今のお姉さんは違う方向で変な気がする。

 少し遅れて、魔力は人の姿となった。やはりエルダさんだ。そして彼女は僕にこう言ったんだ。

「ようこそ、魔王モーリ。この終末の世界へ」

 エルダさんもおかしい?僕は言葉を失った。

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