第3章 冒険編 その1 命名は産みの苦しみ
その1 命名は産みの苦しみ、海だけに
黄金色の船体は、ほの暗いこの世界だからまだいいけど、これが外界ならばケバケバしくてたまらないだろう。とはいえ、世界竜の胃の中という、笑えない冗談みたいな環境では、このくらい頑丈な建材でなければ安心できない。
「あ~あ」
「どういたしました、モーリ様?」
正面にある物体以外は、工具も設備もほとんどない。まあ、僕の練成炉でつくって組み上げて、今取り出したばかりだから当然なんだけどね。
ここは僕の仕事場だ。厳密に言えば、その一つ。ロケットピロリを迎撃した海岸(?)だ。
光壁にぶつかる竜酸の波が消散していく。しかし完全ではないのか、海岸には作物が育たない。おかげでただの荒れ地なわけで、元老院に交渉して僕の仕事場にしてもらった。
僕んチの屋上や地下室じゃあ、さすがに広さに限界だしね。ここ数日はこいつの試作と試験で毎日ここに通ってた。
で、今日はシャルネさんが僕の様子を見に来てくれた。まあ、これも仕事なんだろうけど、彼女が来てくれることは正直うれしい。彼女は魔族で、ツノがあるけど、背中には黒い翼があってお尻の上からやっぱり黒い尻尾が見えるけど、それがまた魅力的な銀髪美人さんだ。だけどあの衣装はやめてほしい。魔族はみんな半裸族だからしかたないんだろうけど刺激が強い。
「・・・・・・いえ、ね。この船の名前が、ですね」
「フネですか?・・・・・・不敏で申し訳ございません。フネとはなんでしょうか?」
まあそうだよね。
「竜酸の海を渡る乗り物です」
竜酸、つまりは王水だ。そんな物騒なことを考える者はいなかった。予備調査に行ってくれてたエルダさんだって基本は飛んでたっていうし。
さすがに表情が困ってるシャルネさんだ。美人だけどこういう顔は珍しい。
「あの、モーリ様」
「言いたいことはわかりますけど」
溶けるとか体内生物が危ないとか、なんでそんな乗り物をとか。
「これは脱出計画の一端でもあるんです」
近い将来、この国ごと世界竜の胃の中から脱出するための。だから今回の航海は資源を調査し回収するだけではない。
「・・・・・・モーリ様がそう仰せならそうなのでしょうけれど」
納得しそうでしてないみたいだ。難しいね。
「大丈夫ですよ、エルダさんが同行してくれますし、あともう一人、頼りになる人も」
顧問としてお姉さんこと練成魔術師グルグルグールル師の同行を了承してもらってる。
僕以外の人にも・・・・・・人じゃないけどホムンクルスだけど・・・・・・この計画の参加者は必要だ。
「・・・・・・ですが護衛は必要でしょう。不詳シャルネ、私も同行いたします」
エルダさんもお姉さんもどこか非常識で不安要素は間違いなく存在する。そういう意味では常識人で・・・・・・人じゃないけど魔族だけど・・・・・・優秀な軍人のシャルネさんが同行してくれるのは実に心強いんですけど。
「いけませんよ、この国を守る英士隊の隊長さんが国から離れちゃ」
「国妖精のエルダ様が同行されるのにですか?」
「だからですよ。街の守りは少しの間ならエムリアさんに任せるつもりですけど・・・・・・」
街妖精のエムリアさんもかなりの力を持っている。事実この国を守る光壁は彼女に一任してるくらいだ・・・・・・あれでもう少し常識的ならもっと信頼できるんだけどね。だからやっぱりシャルネさんには街に残って欲しい。
「仕方ありませんけれど、それでも護衛は必要です」
なかなかに頑固だ。こういうところはやはりシャルネさんは軍人なんだって感じる。
「よろしいですか、モーリ様。エルダ様は討滅妖精として強力な力をお持ちですが、時に周囲へのご配慮には不安があるのです」
最初のあれはたまたま、らしい。
「ですから、通常の範囲で配慮し護衛できる者が欠かせないと進言させていただきます」
まあ、特撮ヒーローだってヒーロー以外の防衛隊員は必要だ!それは仰せの通り!・・・・・・なんだけど。
「貴重な英士を僕なんかの護衛には」
シャルネさん始め英士は全員魔族の精鋭だ。先日もロケットピロリの襲撃を一時押さえてくれたし。
「モーリ様は魔王様です!その御身をお守りすることは最も重要なことですよ!」
「は、はあ」
「モーリ様はご自分のことを軽くお考え過ぎです!」
怒られた。まあ、でもそうか。僕がここに転生するまでエムリアさんや街の人たちの魔力消費がとんでもないことになってたのは事実だ。僕、というより魔王としての魔力は大事、と思えばいいか。
でも怒ってるシャルネさんは、翼がパタパタ。尻尾がブンブンでちょっとかわいい。いつもは少し堅くて清楚な美人さんなんだけど。
そういうことで、英士隊からこの船に乗れるくらいの人数・・・・・・2,3人を派遣してくれることになった。
「あ、それでシャルネさん。お礼という訳じゃあないんですけど」
この街の防衛はブラックだ。下手すれば連日のように怪獣と戦う激務なのに装備が劣悪過ぎる。休日もないし。GA隊より明らかに危険できつくて苦し過ぎる超3K。ウル○ラシリーズの防衛隊なんて、戦闘機もあるし、戦闘は一週間に一回程度で、しかもだいたい一年未満で交代だからここと比べればまだ楽だよね。生身で、っていうか半裸で戦う英士さんはほんとうに大変だ。半裸はただの風習だけど。
「せめてこれくらいの装備を」
「こ、こ、こ、こ!」
シャルネさんがニワトリみたいになってる。これまた珍しい。
「この黄金色の剣は!?」
「もちろん黄金じゃありませんよ。オリハルコンですけど」
「オリハルコンって本当に実在したのですか!?」
大げさだね。この前も見たはずなのにあれは大きすぎたせいか信じてなかったみたいだ。
「練成方法さえわかればこれくらいは簡単に生成できますよ」
僕ができるようになったのはお姉さんのおかげだけど、世間じゃ広まってないのか。
「そのような貴重なものをいただくわけにはまいりません」
謙虚なシャルネさんの言葉を、目が裏切っている。彼女に合わせてつくった黄金色の長剣から離れそうにない。あ、いけない。
「いつもお世話になってますから、これくらいは」
あわてて練成炉から取り出すことになった。鞘に剣帯、盾に防具・・・・・・。
「モ、モーリ様!これがすべて!?」
「いいえ、まさか」
胸をなで下ろす謎のシャルネさんだ。
「そうですよね。すべてオリハリコンなどと・・・・・・」
小声でなんか言ってるけど、まだ誤解してる?
「ちゃんと他の隊員さんの分もありますから」
隊長のシャルネさんとは多少デザインは違ってるし、ヨロイのサイズとかは個人差あるだろうからイージーオーダーになるけど、まず20人分一通り並べてみる。あれ?並べるほどにシャルネさんの顔色がおかしいけど・・・・・・数とかいろいろ心配してるんだろうか?
「大丈夫ですよ、シャルネさん」
いくら隊長でも一人だけいい装備を持ったりすれば人間関係が複雑になるだろうし、そもそも部隊なんだから全員の装備を一新し安定供給させる必要があるに決まってる。
「それくらい僕にだってわかりますよ・・・・・・あれ?」
シャルネさんが倒れてた?なんで?女の人の、しかも半裸族の若い女性の介抱なんてどうしよう?
さんざん慌てて、あわやエムリアさんを呼び出す寸前まで追い詰められた僕だったけど、その前にシャルネさんは目を覚ましてくれた。危なかった~・・・・・・。
「お恥ずかしいところをお見せいたしました」
「僕の方こそなんかいろいろやらかしたみたいですみません」
オリハルコン製の武具が伝説級とは知らなかった。でも怪獣退治にはこれでも足りないって。だから近いうちにオリハルコンとミスリルを使った大型兵器をプレゼントしようって思う。現在試作中だ。
「・・・・・・それで、何をお悩みだったのですか」
で、最初に戻った。
「そうでしたね。この船の名前なんですよ。レクア号にしようと思ったんですけど」
この船は実験船だ。竜酸海の王水から推進剤を練成し、水中で噴射するロケット推進で、水中翼で安定させ高速を実現してる。船体はオリハルコン・・・・・・この世界のオリハルコンはマジカルファインセラミック・・・・・・だから強度にも耐酸性にも問題ない。
そして、それはレクアがこの胃世界から脱出するための実験なんだ。
「だからレクア号に・・・・・・それで何か問題がおありなのですか?」
「問題というか。お姉さんが」
レクアってつけておいて、万が一失敗でもしたらどうするんだい、弟クン・・・・・・そう言われれば、そうかもしれないけどなあ。自信はあるんだけど。
「モーリ様がそうお思いなのであればレクア号でよろしいかと私は愚考いたしますが」
「ありがとうございます、シャルネさん・・・・・・でもなあ」
お姉さんの意見は無視できない。なにせお姉さんだし、僕が任命したご意見番だし。自分で任命しておいていきなりムシはダメだよね。僕は上司にむいてないな~知ってたけど。
命名式とか進水式とかをやるわけじゃないけど、でもあれはやんなきゃダメだよね。あの、船首にガラス瓶ぶつけて、「汝をなんとか号と命名します」とか言って、紙テープ切って。
「そういう縁起は大事だしな~」
なにしろ資源調査計画は、その後の脱出計画の第一段階でもある。最初からつまずきたくない。いっそのこと、船首に女神像でも飾ってその女神の名前にでも・・・・・・
「それならエムリア号がいいの~」
「うわあ、いつの間に来たんですか!」
リボンに埋もれた金髪ツインテにフリルだらけのミニミニドレス姿は、街妖精のエムリアさんだ。いつもの演出、なかったよね?あればあったで、なければないで、結局この子は心臓に悪い。
「マオマオ様。さっきエマエマ呼びたがってたの~だからお風呂からここにヨースミに来てたの~」
最近は僕んチの屋上露天風呂はエルダさん、エムリアさん、エスリーたちに占有されている。いや、イシュダルさんのお子さんたちは普通に入ってるけど、子どもはともかく僕まで混浴するつもりはない!ないったらない!お風呂はくつろぐ場所だ。癒やしの場での混浴反対を僕は断固主張する!
ちなみに調査船の基本は、僕んチのお風呂だ。湯船とボイラー。単純だね。
「・・・・・・いや、だからって、いくら僕のお風呂を占有してるからって、そのお風呂の構造を生かしたこの船にエムリアさんの名前は・・・・・・」
イヤすぎる。ある意味、無敵な気はするけど、その無敵性は僕の精神的犠牲で成り立つことに決まってる。
「エルダ号ではどうなのだ?」
「エルダ様まで!?」
こんなところに来ていいのか、討滅妖精が・・・・・・。水兵さんの軍服姿がよく似合うクールな感じのエルダさんだけど、最近少しなじんできたのかな。お風呂、奪われたけど。
「二人とも、そういうのは旦那様がお困りなの」
「エ、エスリー!?どうしてエスリーが?」
エスリーは家妖精だ。家事と僕自身のお世話をしてくれることについては無類の能力を発揮するけど、基本、家から出られないはずなんだ。
「これは旦那様の別荘なの。そう思えば、エスリーはこのお家で旦那様と一緒にいられるの」
「これって・・・・・・これ?」
「はいなの」
「・・・・・・なるほど。モーリ様がお暮らしになるお家であれば、その契約妖精のエスリー様も・・・・・・」
なんか納得されてる。まあ、正直に言えばエスリーがいてくれれば僕は安心だ。もっと言えば最近家に帰ってもあまり一緒にいてあげられない。だって姉妹でお風呂にいることが多いから。そのせいで魔力が切れないか心配だった。それでなくてもエスリーは家妖精専門のブラウニー種じゃないから実は魔力効率がよろしくない。だからお掃除ロボットが掃除の後に給電スポットに戻るみたいに、一仕事しては僕に甘えたがる。それは魔力をもらうためってわかっててもかわいい。僕も最初は恥ずかしかったけど、ようやく少し慣れてきた。みんなには飼い慣らされたって言われるけど。でも最近それが自然と減ってて、だから留守にするのは不安があった。僕はメイド服をまとったエスリーを眺める。
「そうか。じゃあこの船は」
エスリー号で決まり。船首にエスリーの像をつくろう・・・・・・なんて考えたのは一瞬だった。
「モーリ様号なの」
「は?」
もしもし、エスリーさん?
「だから、旦那様のお名前を冠することで、エスリーはここにも住めるようになるの」
「いや、だって、それは余りに恥ずかしい・・・・・・」
転生以来、羞恥心やら忍耐心やらを随分鍛えられた僕だけど、それはムリです!
「うむ、ではモーリ号でいいであろう」
「だからエルダさん?」
「それなら仕方ないの~でもエスエスが一緒なら、そこからエマエマにマリョもらえるからちょうどいいの~」
あ~僕の留守中のエムリアさんの魔力源か。マナドロップでいいかなって思ってたけどエスリーを連れて行ければ家妖精ネットワークまで使えるってことか・・・・・・。
「いや、でも待ってよ。僕の名前は恥ずかしい!そもそも船ってのは」
海神がポセイドンとか男性神だから、それに対する形で女性扱いで。アレ?でも羅号って女の子なの?あの船首がドリルの海○軍艦が・・・・・・いけない、考えたらおかしくなってきた。普通に海軍コレクションでいいじゃないか、みんな女の子だし。
「ではモーリ号で決定だな」
「マオマオ様の名前ならいいの~」
「これでずっと旦那様と一緒なの」
「さすがはモーリ様。契約妖精にも慕われておいでです」
なんか違う。そう思うけど、この場で異論を繰り返せるような強心臓なら、きっと僕は過労死なんてしてなかった。




