第2章 その18 魔王のプレゼン
その18 魔王のプレゼン
「次の資料をご覧ください」
「なんです、このけったいな図は?」
ウーシュさんが今度もつっこんでくれる。首席のオーマークさんが落ち着きを保ったままな分、立ち回りがうまいウーシュさんが積極的だ。それは僕にとっては意外なくらい好都合だった。頭のいい交渉相手の質問は、ツボを得ていて、それに答えることは他の相手への説明にもなるからだ。
「これは人口ピラミッドといいまして、レクア国内の人口分布を、性別・年代ごとに表したものです」
市場調査は基本です。レクアでの問題は、行政組織が未発達で識字率が低く統計どころか数学が未熟なことだ。だからこれは街妖精のエムリアさんを仲介して、各世帯の家妖精から
聞いたことを僕が集計し分析し作成した。で、説明も僕の役目なんだけど。
「これからわかることは、レクアの人口減少は無視し得ないレベルだということです。乳幼児の死亡率が高く、自然出生率そのものも低い。50代以上の者すら少ないです……このままでは、おそらく20年以内に現在の人口を大幅に下回る時期に達するでしょう」
つまりは、元老たちがレクアの現状で利益を得ているとしても、その現状はもうもたない。もう今の体制では限界ですから新たなプロジェクトが必要ですよ、という遠回しの提案だ。
「こんなもの、信じられるか!」
「我らを謀ろうとしておるのであろう!」
いるいる。年配の重役さんはだいたいそうだ。大きな方針転換を迫られても過去の成功体験がジャマして現状を直視できない。まあ、叫んでる中には童女さんもいるけど、あの子も見た目だけだし。
「人口減少の最大の理由は、乳幼児の死亡率の高さ。ついで女性の重労働による出生率の低さです。さらには一般市民への魔力と労役の過重な負担も出生率を下げ乳幼児の死亡率を上げる要因になってます。オマケに高齢者の生存率も少ない。50代以上の人口が急速に減ってるのを見ればおわかりでしょう」
ここレクアはブラック国家だ。休日はないし労働時間の制限も福利厚生という概念もない。女性だって出産・育児休暇すらほとんどない。その上で毎朝魔力を供与することで頭痛腹痛が当たり前。その状態で午前中は家業、午後は労役。で、食事は朝は術式「栄養」でお昼はなしで、事実上夕食のみの一日一食。日照不足に食糧不足……これで人口が微減ですんでた今までが奇跡だろう。ただ、こういう社会全体に蓄積した問題は、一度表面化すれば急速に広まってしまう。そのきっかけが先代魔王ルリエラさんの急な遠行と新魔王の就任が遅れた一件だ。
「わずか数日間ですが、魔王の不在と次代の就任が遅れたことが、この街の魔力不足を表面化させてしまいました。さらにはその負担が市民に押しつけられたことも原因です。結果として市民の魔力総量は減少し、今も完全には回復していません」
これもエムリアさんと通した家妖精ネットワークを駆使してつかんだ情報だ。正直言えば、まだ僕の指揮下にない上、四則計算も怪しいこの街の役人たちよりよほど使える。まあ、集計するのが僕だけってのが面倒だけど。
「……でもなあ、モーリはんからも魔力ぎょうさんもろうとるやないです?」
「はい。ですが」
僕が魔王に就任して魔力を負担したことで、光壁の広量を上げ市民の魔力負担も減らすことができた。
「基本的な生活環境を改善できないからには、レクアの消滅は時間の問題に過ぎません。そして人口が減少すればレクアを守る光壁も展開できなくなります。それがこの問題の根底にあるのです」
光壁が張れなくなれば、もちろん竜酸海に浮かび竜酸雨にさらされるこのレクアは滅びる。50年前の絵図にあって今はもう存在してないいくつかの土地のように。
「モーリ様。この資料の裏付けはいかほどでしょうか」
ようやくオーマークさんが発言した。声は静かだけど恐い目だ。美女がそんな顔してると余計に恐い。だけど……ここが一番の山場だ。この資料の信憑性がどれくらいかで、元老たちの、特にオーマークさんとウーシュさんの態度は180度変わるだろう。僕は一度ツバを飲もうとして、喉がカラカラなことにようやく気づいた。なにしろここではお茶どころか白湯も出ない。
「100%です。僕の推進する計画が受け入れられない限り、レクアは20年以内に滅びるでしょう」
元老たちが一斉に声を上げる。疑惑、不信、怒り、いろいろ入り交じった叫びだ。意外に感情的だよね、重役にしては。とはいえ、二人の人族以外はみんな気持ちも若いままか。変な感じだ。
「……お静かに」
オーマークさんの声とともにピタリ、と声が止む。やはり首席は貫禄が違うね。
「モーリ様。もしもこの資料に欺瞞があった場合はシャレになりませんけれど」
「その場合は、あなた方が好きにすればいい。僕を退位させたあげく魔臓器とやらにでもするなら、おとなしくそうしますよ」
魔臓器とは、この国では屈辱的な扱いらしい。つまり人間扱いじゃなく、魔力を供出する部品みたいな。とはいえ魔力を維持するために最低限の食事は出るらしいから、見方を変えれば三食昼寝つきで、前世の僕よりよほど好待遇かもしれない。……つくづく前世の僕は、なんであんなに働いてたんだろ?
「……では、オーマーク家は、当面の間、魔王モーリ様の計画に協力いたします」
「当面の間ですか?」
「はい、あなた様の資料や計画にウソ偽りがない間は」
ふう……山を越えた。彼女の顔は恐いままだけど。
「あら、オーマークはん、随分素直ですなあ」
「あなたはどうされるのです?」
すごみのある冷笑を、うすら笑いが迎え撃ってる。恐い。
「そうですな・・・・・・うちな、モーリはんがさっきからお持ちになってはるソレに興味あるんです」
これ?僕が持ってるのはペンだ。ただ、僕にはここの羽ペンが使いにくい。どうも握るところがもさもさして気になるんだ。だから結局これも自作しちゃったけど。
「・・・・・・気に入ったのなら、差し上げましょうか?」
「いややわあ、まるでうちが催促したみたいやないですか。まあでもくれるゆうのを断るももっさいことですし、モーリはんのお顔をたててありがたくいただきます」
・・・・・・いい笑顔で流し目されて、しかも自慢のペンをもっていかれそうだ。
「あ、でもこれは僕が使用中のペンなので、後ほどウーシュさん向けに新しく造ったものを正式に贈らせてください」
「あら、贈り物です?モーリはん、心得ておりますなあ」
奇跡的に受け入れられたらしい。若い女性(見えるだけだけど)に提案が通ったのは、それが男としての提案じゃなく制作者目線だったからだろう。
「しかし、モーリ様。ウーシュにだけというのはいかがなものでしょうか?」
これ、リベートの催促だ。他の元老たちも注目してる……そうか、察しの悪い同僚に具体的な利益を見せろってことか?
「では計画に基づいて回収された資源の2割を元老院にお贈りしましょう」
「2割?モーリはん、しぶちんですなあ」
「最小でも2割ということで。後はあなた方の協力によりますけど」
正直言えば、計画に必要なもの以外の資源は僕には不要だ。だけどここは駆け引き。元老からの協力を継続して得るつもりなら、どちらかが依存するんじゃなくて互いに利益を分け合う関係にしなきゃいけない。
最終的に、資源の2割、ただし貴金属、宝石といったものについては5割を供出することでケリがついた。この国の貨幣である陶貨の原料も含まれる。正直言えば、僕にとっては不要なものを高く売りつけた気分だ。そしてオリハルコンの練成に必要な魔晶石やらホウサン系ガラスに必要なホウ砂なんかは対象外だ。だから密かに思った。勝ったって。
一方、元老たちは僕が就任している間、僕の計画のための法整備や資金協力してくれることになった。過去の魔王たちは魔族で資産家だったから、こういう処置は始めてだって恩に着せられた。もっとも僕の治世は計画通りにいけばたったの5年。その間、常に計画の信用は問われ利益を上げなきゃいけないし、長命種の彼らからすればちょっと待つだけでいいわけだ。僕がいなくなるまでの短い時間を。
「あ、あと僕がここで発明品を売る権利もください」
商人ギルドはあるみたいだけど、品物がないレクアでは商業そのものが未発達だ。それでも商売の権利は必要だってイシュダルさんから聞いてた。そういう行政権は元老のものだ。
「……発明品です?」
「魔王ともあろうお方が商売なぞ」
なんて言われたけど、気にしない。だって、この二人は僕の「贈り物」を気に入ってくれた。だからこれは絶対売れる。もしも元老院からの資金が止まっても自活する手段になるそうだ。
「そんなおかしなものをもらって何喜んでるんだ?」
「珍しい~おっかなのオーマークがニコニコしてる~」
「いや、薄ら笑いのウーシュが普通に微笑んでるのは不気味だ」
不用意な発言をした魔族童女やら鬼族やらが二人ににらまれすくんでる。その光景を見た僕はようやく溜飲を下げた。ついでに肩の荷も降りた気がする。どうやら終わったらしい。
「では元老のみなさん。僕との契約書にサインをお願いします。あ、拇印でもいいですけど」
「で、弟クン。オーマークとウーシュを落とした贈り物ってなんだったんだい」
「お姉さん、落としたなんて人聞きの悪いなあ」
そんな簡単に女性を落とすことなんかができたら、僕は前世で魔法使い候補にならなかったんですけど。そもそも最初は一方的に巻き上げられそうだったんだし。
「これですよ。母国じゃ人気だったんです」
この世界では識字率が低い上に紙が貴重だ。だから文房具も不足で未発達。僕んチの執務室にあった羽ペンはどうもうまく使えない。羽を残してるおかげで持つ手の部分が握りづらいって思う。
「だから自分でつくったんです」
「……これかい?・・・・・・透き通った素材、硬質でなめらかな手触り。これはガラスかい?」
「さすがはお姉さん。これ、ガラスペンです」
しかもホウサン系ガラスで試作した、限りなく頑丈でおそらくは鬼族や魔族でも簡単には握り潰せない。さらにはあちこちには趣味的に彫刻を入れてみた。書きにくい素材の時にはオプションのオリハルコン製ペン先で文字を刻むこともできる。
「あと、元老たち、誰も気づいてくれなかったけど」
オーマークさんとウーシュさんは気づいて知らんぷりだったかもしれないけど。
「資料の紙って紙じゃないんですよね」
細断したミスリルにオリハルコン製ペン先で刻んでる。だからあの資料は勝手に改ざんされることはないし、処分もできない。もちろん契約書もだ。
「これでようやく本格的に活動できるよ・・・・・・当面の間だけど」
僕の推測が正しいと証明できる間、そして僕が彼らの利益を生み出す間は。
「最初の一年でレクア国土倍増計画!次の3年でレクア国土強靱化計画!最後の1年がレクア脱出計画!」
「5年で引退するのに楽しそうだね、弟クン」
合成人間の僕が何年生きられるのかはわからない。5年も持たないかもしれないし、意外に長生きかもしれない。だからやれることはやれるうちにやってしまいたい。
「憧れなんですよ、悠々自適の引退生活って」




