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第2章 その12 迷宮の試験

その12 迷宮の試験


 お姉さんに突き落とされた底は、不思議な物質でできていて。

「なに、これ?この柔軟性、耐衝撃性・・・・・・」

 おかげで結構な長い時間落っこちたのに、全然ケガがない。

「妙にフワフワしてるけど雲な訳ないし、細かい糸で編まれてる?蜘蛛の方か?」

 いや~な連想をしてしまいあたりを見回したけど、幸いなことにそういうモンスターはいなかった、なにしろ僕に戦闘力はない。言いきる!エムリアさんもジナさんすらいないこの状況、敵意のある魔獣とか食欲がある動物とかに遭遇したらそれだけで終わり。そういえば僕の血肉って、俗に言う聖人並に・・・・・・例えば西遊記の三蔵法師・・・・・・悪魔系にはごちそうなんだよな。

「どうせ食べられるんなら・・・・・・マコちゃんみたいな小悪魔系サッキュバスがいいな」

 あくまで希望ですけど。それも、食べられないのが一番いいんですけど。

「・・・・・・ま、せっかくお姉さんが落としてくれたんだから、そんな訳ないか」

 そういう結論にたどりつくまで一分少々。僕は改めて、右手に魔力を込める。ママの花章が薄桃色に輝くと、僕の目はそれまで見えなかったものが見える。いや、感じる。

「うわあ・・・・・・なに、ここ?」

 落ちた僕を中心に3m程度の空間があるけど、それを囲む土の壁の向こうには・・・・・・あるある。鉄や錫の鉱床、金・銀・銅の貴金属、ニッケル・クロム・チタン・リチウムといったレマメタル、ランタン・レジウム・デルビウムといったレアアース・・・・・・おまけにミスリル鉱石まである。

「で、僕の足下の、このわざとらしい鍵穴が、ここから出る条件なのかな」

 あの青銅モグラの時みたいに、適切な素材でカギをつくり、ここにさせばいいわけだ。ただし・・・・・・問題が一つ。この鍵穴まわりの物質構成がわからない。とてつもなく細い糸で編まれた僕の足下。そしてその網の中央にある、岩盤らしい素材。どちらも不鮮明なままだ。

「その分析が先か、トライ&エラーが先か・・・・・・カンガルーよりウマが安しか」

前世じゃあ、最近はカンガルーのお肉も売ってたみたいだけど、きっとまだ桜肉よりは高いだろ・・・・・・なんか、いろいろすみません。


 だからトライ&エラーの方向でいろいろ試すことにする。

「まずは、加工が楽な銅から」

 と、手が止まった。だいたいお姉さんが僕を突き落としたのは、ホウケイ酸ガラスよりも頑強な素材を作るための修行のはずだ。耐熱・耐衝撃・耐薬品性でも最高の素材を。

「ってことは、まずは僕ができる最高の素材から試すべきだ!」

 だから、ミスリルから!

 僕は土精霊ノームに頼んでミスリル鉱石を掘り出してもらい、不純物を取り除いてもらう。純粋なミスリル鉱石を中心に、今度は土、水、風、火の四大精霊を集めて・・・・・・こんな簡単にできるかあってジナさんがいたら怒られそうだけど・・・・・・僕の魔力炉で練成を始めた。火精霊と風精霊タッグで超高温を、土精霊たちの集団パンチで超高圧を、水精霊による自然な低温を・・・・・・これを繰り返し、そこに僕の魔力を注ぐ。

 で、ミスリルのインゴッドができたんだけど。

「やはり練成炉の中心に、なんかあるよな・・・・・・」

 僕の魔力を吸い込む、何もない空間がある、という表現に困る感覚がする。

「ま、いいや。ミスリルはできたんだし」

 魔法金属のミスリルは、今の僕ができる最高の素材だ。硬度、強度、耐熱においては。ガラスとは比較にならないほどコスパは悪いし、耐薬品性は未知数だけど。

「だから試すんだ」

 僕はミスリルをカギに成形して。慎重に鍵穴に差し込んだ。


 食い入るように見つめる僕の目の前で、グチャリ。鍛造したミスリル鍵が、溶けて融けて曲がった。

「・・・・・・耐薬品性、耐熱性、強度面で大いに不足ってことか・・・・・・」

 正直言えば酸への耐性は不安だったけど、それでも熱や硬度の部分では自信があった。生産性は、まあ、置いておいて。だけど全然足りてない。

「この上の素材?しかも・・・・・・相当上のレベルで、コスパも考えれば」

 途方にくれる思いだ。ミスリルでこの程度なら、もうホウケイ酸ガラスでいいんじゃないかな。


「やあやあ、弟クン。苦戦してるようだね」

「お姉さん!?」

 どこからか声が響く。

「オ、ネ、エ、サ、ン・・・・・・うん、弟クンの声にこもる、僕への期待が隠し味。絶妙な響きだ」

「助けてくれるんですか!?」

「ゴメンね~これは弟クンを最高の練成魔術師に鍛える、愛の鞭なんだ」

 ・・・・・・そんな鞭、いらない。だけどその声は遅かった。

「だから、これを見たまえ」


 今まで気にもしてなかったけど、ここは暗闇だ。そこに浮かび上がる映像は、魔法の一種。映像の中央にある陸の孤島はこのレクアだ。うっすら輝く光壁で覆われた姿は、未だ全体像を見ていない僕にもすぐにわかったんだけど。

「・・・・・・なんだ、あれ」

 そこはどこまでも広い竜酸の海に浮かぶ、か弱い命たちのたった一つのありか。しかし僕には見えた。その海中から迫る、大きな影が。

「弟クン。あれも世界竜の内生生物だよ」

「でも、胃酸の中ですよ?」

 竜の胃酸は、王水並になんでも溶かす。あの竜酸菌やダイカイチュウだって竜酸の海から出てきた訳じゃない・・・・・・。

「驚くことじゃないよ、君たち人体の中にも胃酸の中で生きる細菌はいるだろう?」

「・・・・・・ピロリ菌とか?」

 確か近年じゃあ胃がんの原因の一つとして疑われてる細菌のはずだ。

「そんなもんだよ。今、竜酸の海からレクアに近づき、浸食しようとしている」

「守らないと!お姉さん、僕をいったんここから出してください!」

「そこはみんなに任せるべきじゃないかな。魔族も鬼族もいるし、キミに従う妖精たちだっているだろう」

「でも!」

 シャルネさんたち英士隊でも竜酸の中に潜む巨大生物に対抗できるか?鬼族の雄士隊に至っては、連戦で人員補充すらままならないって聞いた。頼みの守護妖精エルダさんは今調査団の下調べで国外に出ている。管理者で街妖精のエムリアさんが一番頼りになりそうだけど、また国防ライブやるんだろうか?やはり不安だ。不安しかない。

「それにエムリアさんだって充分な魔力の補給ができないと力が発揮できないかも」

「まあまあ、弟クン。そもそも竜酸の海からキミたちの光壁を破るなんて普通じゃできないから」

「普通じゃ・・・・・・今、普通なんですか!?」

 僕の魔力がここから光壁に送られているのか?「そもそも」を言うんならこの空間はおかしすぎる。

「う~ん、そういう意味じゃ普通はないかも」

「お姉さん!」

「弟クン。獅子は我が子を千尋の谷に落とすのに全力を尽くすって言うよ?だからボクもキミを鍛えるのに余念がないんだ」

 いろいろつっこみたくて頭痛いんですけど!

「こんな時に修行なんてできませんよ!」

「こんな時だからだよ、弟クン。冷静になれば今やってるキミの修行が役に立つ場面だ」

 竜酸に溶けず、巨大生物を貫く硬度。そんな素材があれば?

「心配なら急ぎたまえ。キミはもう、ヒントをつかんでいるのだから」

 映像が消え声がやんだ。そしてここは暗闇に戻った。


 前世の僕と今の僕はどこか違う。その一つは、暗闇で怯えることなくむしろ落ち着くことだ。だから言われたことを思い起こしては考える。お姉さんは、やはり親切だ。僕を突き落とすなんて言いながら、確かに大きなヒントをくれてる。

「・・・・・・ミスリルとかをつくった時の、あの違和感だよね」

 僕の練成炉の中に四大精霊を配置して、僕の魔力を注ぐ時に感じる、あの存在しないはずの重さだ。あれがなんなのか?虚無の存在?虚数空間?全部正しいようで、どこか違う。

 ・・・・・・恐い。暗闇じゃなくて、今この瞬間、ここに来て知り合ったわずかな人たちが心配で仕方ない。シャルネさんたちはどうしてる?エムリアさんは変なことしてないよね?イシュダルさん一家は?

 考えることが恐い。でも・・・・・・集中だ。お姉さんは僕を信じてる。だから僕をここに送った。だから外の様子を教えてくれた。そして、もうすぐ僕が修行を終えるって・・・・・・僕を追い込むために。

 目と閉じて、すうっと息を吸う。思いっきり吸い込んで、そしてゆっくり吐いてゆく。腹式呼吸だ。前世でも、仕事で追い詰められた時はこうしてた。ゆっくり、ゆっくり吸って、ゆっくりと吐く。意外なことに、前世でもそれなりに頑張ってた僕だけど、僕の前世の知識や経験は、むしろ胃世界に来てから役立ってる気がする。

 ・・・・・・もう大丈夫。僕は大丈夫。だから僕は、あの練成炉の謎に挑む覚悟ができた。そして目を開いて。・・・・・・驚いた。

「息が光ってる?それにこれは?」

 僕の懐から大きな白い光が漏れる。しまってた袋の中から。


 マナドロップ。

 魔力の結晶。

 地水火風の四大元素。

 第五元素エーテル。

 前世のきれぎれの知識が、現世での体験が、浮かんでは消え、結びつきそうで、途切れていって。

 耐熱

 耐衝撃

 耐薬品

 安価な素材

 必要な条件が、途切れた知識を結びつけていく。

 存在しない質量。

 認識できない空間。

くう」と「しき」と。

 観測によって左右される事象と物質。

 古代ギリシアの世界認識と、古代インド的な認識論と、量子力学が・・・・・・まとまった。僕の中ではまとまった。いや、収まったって言う方が正しいかも。

 途中経過は未だ不鮮明。前世の知識がこの世界にどこまで共通かはわからない。

「今のところは証明不能だけど、結果は後でついてくるかな」

 まずはトライしなきゃ、エラーもできないんだから。


 僕は自分のマナドロップを練成炉に入れる。その四方には呼び出した精霊たちが配置される。

「ゴメンね、何度も来てもらって」

 つい頭を下げてしまう小心な僕だ。この地下迷宮に入ってから精霊も数が少ないせいか毎回同じ精霊が来てくれてるんだけど。

「あれ?でも君たち、さっきより大きくなってない?」

 よくよく見れば、大きくって言うか。大人っぽくなってる?

 精霊も低位の精霊は幼児みたいで、中位になれば少年少女っぽくなるらしい。そして・・・・・・僕の前のこの子たちは、もう成人間近って感じだ。

「考えてもしかたない。時間もないし、またお願いね」

 マナドロップを囲んで、東に土精霊、南に水精霊、西に風精霊、北に火精霊が並び。

「マナドロップって・・・・・・やっぱり第五元素の具現化なのか?」

 マナドロップが、魔力の結晶が、精霊たちに囲まれて、不思議にうごめききれいな輝きを増していく。周囲に七色の光を放つ、それはまるで虹の結晶だ。

「これで、練成炉の準備ができたはず」

 これは下準備だ。この魔力の力場の中で、選んだ素材を加工する。

「純粋魔力だけの結晶も試したいんだけど、でもそれは今じゃないよね」

 マナドロップが進化、成長してマナメタルとかになるのかもしれないけど、それにはすごい興味があるけど。

「まずは、安価で量産できる物質じゃないと、この世界は救えない」

 そして、今の窮状も。

「だから選んだ素材は!」

 可塑性が高く加工は容易。耐熱性に不安はなくて製法によっては硬度も充分以上で、耐薬品性は、まあまあかな。

「だけどコスパは僕限定なら最高かな。タイパは・・・・・・精霊たちに頑張ってもらうか」

 そのとき、僕の声を聞いたのか、精霊たちが僕に向かってポーズを決める。

「あはは、ありがとう」

 まるで日朝の人気番組みたいだね。精霊戦隊とか、スピリチュアルプリプリとか。あ~あ。前世では多忙で見られなかったな。レインボーな人のリメイクでもいいけど、でも、あっちは陰陽五行だからなあ。ここじゃあキャスティングが大変だ。


「・・・・・・できたね」

 普通なら高温で焼き続けるのも、それが自然に冷めるのにも何日もかかるんだけど、精霊たちがそのあたりもうまくやってくれた。もちろん練成炉のおかげでもある。

「さて、と。一番いいのはどれかな」

 数種類の鍵が目の前に並んでる。一つずつ、素材を少しずつ変えたからだ。どれも黄金色に輝いてるけど、もちろん黄金じゃない。均一に精製した素材の粒子一つ一つを魔力でコーディングしてから、超高温、超高圧で焼き上げた。あえて言うならば・・・・・・

「ウルトラファインセラミック・・・・・・いや、マジカルセラミックかな」

 僕が選んだ素材は、酸にも強い素材だ。いろいろな素材を試したけど

「こいつが一番いいみたいだな」

 僕はサンライトイエローに輝く一本を選んだ。これがひとまずは及第点だと思う。軽く振れば、陽光に似た光が弧を描いて、なかなかきれいだ。

「んじゃあ、こいつで」

 僕はその鍵を、足元の鍵穴に差し込んだんだ。


 ガチャリ。そんな手応えの後だった。

 鍵穴から漏れ出す光。

 光は青、緑、黄、橙、赤、紫、白、黒。それは次々と入れ替わり、時に同時に漏れ出して、まるで虹の万華鏡の中にいるみたいだ。そういえばこの世界の虹は何色なんだろう?


 見とれているうちに、ふうってつい一息ついた。

「よかった。合格っぽい」

「随分早かったね、弟クン」

 あっさりした声だけど、でも僕を歓迎するその響きが今の僕には誇らしい。

「お姉さんのヒントのおかげです」

 時間があれば、マナメタルや他の素材も試したかったけど。できればお姉さんの姿を見たいし、ゆっくり話もしたいんですけど。だけど

「早くここから出してほしいんですけど」

「そうだね。外の一件がすんだらまた来るといい。オリハルコン以外にもいろいろ試したいんだろ?」

 いま、トンデモ発言まじってた!

「これ、オリハルコンなんですか!?」

「知らないで作ったのかい?」

 びっくりだ。この世界のオリハルコンはセラミックだなんて。だけど、腑に落ちた部分もない訳ではない。プラトンが遺した伝承だと、アトランティス島じゃあ、どこもかしこもオリハルコンが掘れて柱や壁もこれで覆ってたって話だし。しかも確かオリハルコンのギリシア名は・・・・・・「山の銅」。金じゃない。鉄でもない。むろん陶器でもないんだけど、陶器に匹敵するくらいの可塑性。まあ、銅に例えたのかもね。でもバリッと「金属」って書いて気がするから、やはりこっちの世界とは違うものなんじゃないかな。

「古代ギリシアじゃあ、銅系の金属がオリハルコンで鉄系の金属がアダマンタイトって説だったっけ?」

 なら、さっきの製法を応用すれば、アダマンタイトもつくれそうな気がする。

「弟くんは研究熱心だね」

 そんな声の後、何事もなかったように、僕は、僕とジナさんはグルグルグールル師のお店に戻っていた。

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