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第2章 その7 貧乏魔王の錬金術 中編

その7 貧乏魔王の錬金術 中編


 この胃世界はいろいろ非常識だ。世界竜という大山脈級に大きな生き物がいることもだけど、そんなものに飲み込まれて100年以上消化されないレクア自身が非常識だ。

 そんなレクアでも、一番非常識なのが、僕の隣にいる。

「マオマオ様~早く歩くの~」

 僕の手を引いて歩き始めたのは、エムリアさんだ。そう。僕にとってこの子ほど、この胃世界の非常識を象徴している存在はない。

「マオマオ様~エマエマをそんな目で見るの~ついに惚れたの~?」

 えん罪にもほどがある。リボンにまみれた金髪ツインテに、フリルに埋もれたミニスカドレス姿は、たしかにアイドルでも見ないくらいの美少女だけど、その言動は常に僕の神経をすり減らす。

 そもそも前世では、そっちの世界に疎かった。僕には未だにそっち系の同僚が推してきた「黄泉津比良坂44」がゾンビ系アイドルユニットなのかアイドル系ゾンビなのかわからない。

 いや、現状はそれ以前だ。僕には街中でアイドル然とした美少女と並んで歩くなんて状況が耐えられない。

 以前よりは少し明るくなった空のおかげか、大通りにはちらほらと人通りが見える。しかし行き会う人全員、彼女を見てる。まあ、街を管理する妖精だ。みんな知ってて当たり前。

 そんな相手に手を引かれてる僕・・・・・・いたたまれない。前世でも敵前逃亡万歳だ。

「・・・・・エムリアさんは先に行ってください」

 誰もが知ってる街の妖精さんと歩く?前世よりさらに弱くなったらしい僕の精神力にこんな羞恥プレイは耐えられない。変な汗が出まくってるのはそういうことだ。

「マオマオ様~?マオマオ様が行き先知らないからエマエマが案内するの~」

 うう、正論だ。

「・・・・・・じゃあ、この前みたいな転移でつれてっください」

 この会話の間にも、街の人たちの視線が痛い。なんかヒソヒソ話してるし、その声も僕の神経をすり減らしていく。

「ううんなの~だって、それじゃ、いつまでたってもマオマオ様、この街のこと覚えないの~だからすぐ迷子になるの~」

 ・・・・・・またも正論だ。エムリアさんに立て続けに正論を言われた。けっこう衝撃だ。

「エマ様~ライブ楽しみにしてます!」

「次はいつですか~」

「エルエルがお留守だから、多分すぐなの~ナルハヤで告知するの~」

 ライブというのは、この街が世界竜の巨大体内生物に襲われたとき、エムリアさんが退治する映像を街中の家妖精を通して配信することを言う。国防ライブだ。いや、そんなピンチ、楽しみにしちゃダメだろ。そんなことを実行する街妖精も、それを応援する街の人も、どこか非常識だ。いや、そこまで娯楽がないブラック社会ってことなのか?

「あれえ?エマ様、その人誰ですかあ」

 しまった。なんかペースに巻き込まれて逃げ損なった。慌てて外套のフードを目深にかぶる。かえって怪しいって自覚はあります。

「うふふ~なの~エマエマの大事な人なの~」

 しかもその返事はやめて!ただ単に僕が君の魔力源、つまりはご飯だってことだよね?それを思わせぶりに言わないで・・・・・・あれ、でも契約者で魔王って言われるよりはいいのか?

「今から二人でお忍びでお出かけなの~」

 忍んでない!いや、僕は忍んでるけどあなたは全然その気、ないよね?しかもこんなことやってる合間に人はどんどん増えてくる。この街、こんなに人いたっけ?

「エマ様~エマ様のおかげで街が明るくなりました~」

「それは魔王様のおかげなの~魔王様の魔力はすごいの~」

「最初は見慣れない色だけど、あの空の色もいいですよね」

「それも魔王様のご趣味なの~魔王様、地味にいい趣味してるの~」

「先日の精霊花絵もエマ様のお力なんですよね?」

「それも全部魔王様のお力なの~精霊たちも魔王様が大好きなの~」

 ・・・・・・気まずい!こんな風に誉められるのも苦手だ。逃げ出したい。エマリアさんは次々押し寄せる質問をいなして堂々の模範解答ぶりなんだけど、それだっていつ爆弾が、と思えば僕は気が気じゃない。とはいえ意外な印象は否めないけど。エムリアさん、ちゃんと僕をフォローしてしてくれてるし、人前じゃ魔王様べつじんって呼んでくれる。

「いや、有能だってわかってはいたんだけどなあ」

 性格はともかく。スポークスマンとしても優秀だ。

「今も精霊たちは魔王様の魔力を元に活動中なの~街はきれいになってくの~」

 言われて初めて気がついた。以前みたいにすっぱい竜酸臭がないのは、風精霊たちが町中の空気を浄化してくれてるから。路面に竜酸だまりがなくなったのは、火精霊たちが蒸発させたから。さらに土精霊たちがでこぼこになってた石畳を修復し、水精霊が汚れを洗い落として。

「そっか。光壁を強化しただけじゃなくてエムリアさんが精霊たちにお願いして修復してもらってたんだね」

「そうなの~マオマオ様~エマに惚れ直したの~?」

「そういうの、やめてください~」

 どっと沸き起こる人の波から僕は慌てて逃げ出した。この転生体は元の体より体力ある。ダッシュすれば、運動音痴だった前世とは段違いの加速ぶり。だけど、まあ、あっさり追いつかれた。追いつくのは、この人(?)しかいないけど。

「マオマオ様~エマエマを捨てたらダメなの~」

「だから、そういうのが爆弾だって言うんだ!」

 絶対わざとだ。後ろからなんか無数の視線が刺さる。それは好奇と殺意に満ちていた。


 で、しばらく走って僕はようやく気づくんだ。僕の正体は、この街では知られていない。黙ってればわからない。だから隠れてる意味がない。

「マオマオ様からのプレゼントなの~?でもエスエスの刺繍は趣味じゃないの~」

 つまり、僕の外套をエムリアさんに着せて、フードをかぶせたほうがよほど「お忍び」だ。

ちなみにエスリーが縫ってくれた外套のツギハギは、エスリーの趣味でウシさんだらけだ。実はエスリー、牛肉がキライなんじゃなくて、牛が好きなのかな。フードのパッチに縫われてる、デフォルトされ垂れ目になった黒ブチのウシさんが、僕をにらんでた。かわいくなくもない。

「マオマオ様~?」

「うん、似合ってる」

「ホントなの~?ならエマエマの家宝にするの~」

 あげるなんて言ってないけど、今さら違うともいえない気弱な僕だ。


「錬成魔術師グルグルグールルのお店なの~」

 土精霊さんたちも、未だ看板までは修復しきれていないせいか、何の店かまったくわからない外見。かつての塗装も長年の竜酸雨ですっかり溶け落ちてた。エムリアさんに案内されてなかったら絶対たどり着けなかった。他の建造物との差別化が一切できない立方体だし。

「個性的な名前の店だね」

 案内されたのは、表通りからずいぶん外れた場所にある、小さく古びた店舗だった。まあ、この街の建物は大概築百年超えだけど。

「ここがアルビエラ母さんのお弟子さんの?」

「そうなの~あれから30年なの~」

 あんたは綾○路キ○マロさんか。まあ、ママの治世から軽く30年以上は経ってはいるみたいだけど。しかし、両開きの石扉は、きしみもせずにあっさり開いた。

「え?」

 6畳もない狭い店内は、しかし何にもなかった。錬金術用の錬金炉とかフラスコとか大きな釜とか、見たこともない素材やらが所狭しと並ぶ光景を期待していた僕にとって肩透かしだ。いや、入った途端に謎の爆発に巻き込まれて、なんてぜんぜん期待してないからね!

「グルグルグールルなの~」

 ・・・・・・意外だ。そして非常識だ。前世の検索エンジンじゃないのは、まま、よしだけど。

「ご用命は?」

 店の奥から音もなく現れた錬成魔術師は、これまた僕の予想から大きくかけ離れていた。ただ、ネーミングの由来はこの分厚いメガネかもしれない。

「・・・・・・お若いんですね」

「老化による威厳なんてイランのです」

 おエライ人たちにはわからないんだろう。

「わたしは見かけ上の成長をやめたのです」

「それ、やめようとしてやめられるヤツなんだ?」

 前世のアンチエイジング理論が破壊されかねないな。見かけだけならエスリーより幼い老錬成魔術師かあ。魔術師っぽいローブにすっかり埋もれてる幼児だ。若返ると言ってもここまで若返る意味、ある?不安しかない。エムリアさん以上に不安だ。僕は性別すら不明な幼児の目を、メガネを見つめる。

「視力はもどらなかったの?」

「これはダテです」

 そんな分厚いダテメガネいる?聞けば聞くほど疑問が湧いてくるんだけど。

「マオマオ様~前置きが長いの~お年寄りみたいなの~」

 ・・・・・・認めたくなかっただけです。自分自身の予想がかくも甘いなんて現実を。

「これはエマ様。久かたぶりのご来訪ですが・・・・・・このお方は?」

「マオマオ様なの~」

 それで通すのもなんだか。見た目は幼児でも中身は老人なんだよね?

「あ、どうも初めまして。モーリです」

「・・・・・・錬成魔術師グルグルグールルでございます」

 幼児は重々しく礼を返してくれた。でもなあ。これ、絵的にどうなんだろう?なんかこれじゃあ、僕が子ども相手に偉ぶってるようにしか見えない。だいたい甲高い声と重々しい動作がミスマッチ過ぎ。子ども園のお芝居か?

「それで、この老僕にどのようなご用件で」

「ええっと・・・・・・」

「マオマオ様はお金が欲しいの~」

「ぶっ」

 まだ混乱中の僕を見かねたのか、相変わらずの直球だ。もう剛速球だね、この子。

「この老い先短い年寄りから金をせびる、と?」

 でも、グルグルグールルさんも大概だな。ちゃんとエムリアさんに話合わせてるし、いや、でもこれじゃあ、僕が子ども相手に恐喝してるようにしか見えない。

「お年寄相手でも子ども相手でも、そんな無体なことはしません!これ、換金できます?」

 慌てて懐からマナドロップをと取り出せば、店内の乏しい明りの中に七色の光がきらめいた。

「・・・・・・これは上物ですな」

 僕からマナドロップを受け取ったグルグルグ-ルルさんは、分厚いメガネに加え、さらに鑑定用の筒まで使って覗き込んでた。そして一言。

「これほどのマナドロップをお金に換えることはあたいませんな」

「えー?」

「これはおそらくは数百人分の魔力を代替しうるほどの魔力量を秘めております。魔王様ご本人ですら相当の思いをお込めになられておつくりになったのでしょうな」

 ・・・・・・ごめんなさい。毎朝、起きたらできてます。なんの苦労もないです。

「これほどのものを換金できる財力は、魔族や鬼族ですら難しい。元老くらいしかおりますまい」

 ・・・・・・あの人(?)たちに渡すのはいろいろ問題になりそうだ。はっきり言って近い将来、またやらかすってわかってる相手だし。

「それなら、これは差し上げます。お金はいりません」

「え~マオマオ様、貧乏じゃなかったの~」

 ぐさ。直球が胸に痛いです。もう少し言葉を飾って欲しい。

「・・・・・・その代わりと言ってはなんですが、ここで働かせてくれませんか?僕、錬成魔術を学びたいんです」


 ここ数日の間、僕は魔王宅の執務室に備え付け魔法円で、たくさんの書物妖精を召喚して勉強を教えてもらった。ただ、魔術関係の書物は、肝心な場所は口伝になってるんだ。師が弟子に直接伝える「不立文字」という風習らしい。

「志の低い者に大事を教えてしまい世に害をなしてはならぬからなのです」

「それ、知識を独占したいだけなの~独占することでもうかる仕組みなの~」

 エムリアさんは涼しい顔で毒を吐く。まったく慌てて口を塞ぐ暇もない。とはいえ、グルグルグールルさんは、彼女と知己のせいか無視スルーしてる。さすが、大人だ。

「じ~~~~」

 あれ?僕、見られてる?スルーじゃなかったの?なんかメガネの向こうですごい品定めされてる。あのメガネを見てるこっちが酔う感じ。気まずい沈黙の後、再びゲルグルグールルさんが口を開いた。

「なにをどこまで教えるべきか、それを見極めるのが師の務め。我が師アルビエラ様もそうやって我を導いてくださった」

 あ、そっか。エスリーがアルビエラ母さんのお弟子さんって言ってたもんな。

「ですから、金目当てのさもしいものに、教えることはないのです」

 わ!速攻で断られた!これもエムリアさんが余計なことを言ったせいじゃないか?

「待ってください!お金目当てだけじゃありません!」

「金も目当てなのでしょう?どうせ錬成魔術で黄金やら宝石やらザクザクとかさもしいことを考えて」

「いやいや、そうじゃないって言い切れないけど、でもホントにそれだけじゃなくて!」

 だいたい僕が知ってる錬金術は、どうしても黄金ザクザクのイメージか、あるいは、力を得るために大きな代償を払うとか、なんかすごい武器を呼び出せるようになるとか、思いっきり偏ってる知識がもとだ。魔術と錬金術の違いも最近知った。

「だけど、この国の問題を減らすために僕の魔力を生かしたくて、それには練成魔術が一番いいんじゃないかって思ったんですよ」

「じ~~~」

 グルグルメガネの向こうからでも、思いっきり疑われてるのがわかる。見返すこっちの目が回りそうだ。

「それは本当なの~」

「エムリアさん!」

 ナイスフォローです。意外な援護射撃に僕はこの子を見直した。心中くさしててごめんなさいって謝るのは早かったけど。

「マオマオ様は、魔力しか取り柄がないの~」

 エムリアさんは実にいい笑顔で言い切った・・・・・・一度持ち上げてから落とすって、一種のプロレス技か?

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