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第2章 その6 貧乏魔王の錬金術 前編

その6 貧乏魔王の錬金術 前編


 困ったことにお金がない。仮にも魔王に就任し、非公式ながら街の人たちにも顔出しなしとはいえ、挨拶しちゃって、今ごろ、気づくか?でも、まさか魔王に現金収入がないとは考えもしなかった!まあ、ちゃんと予算を見込んでから企画しろと言われたらそれまでだ。基本中の基本だ。元サラリーマンとしては失格だね。

 この国では、住民からの税収は主に魔力の提供と労役だ。街の外にある農地や鉱洞は国営で、どこの共産主義国家だよと言いたくもなるけれど、この環境で生き抜くためには計画経済も生産手段の公有化もやむなしだとは理解できる。生活必需品は配給制なのもまあ、よし。

 で、住民の家業にはわずかばかりの租税が課されてるけど、それは元老院を頂点とする行政機関にまわされる。だから、もともと魔王に収入はない。ち。今読んだ書物でようやく知った。

 それで僕が気づく以前にこの問題に問題なかったのは、歴代魔王は、つまり魔族の王であり、魔族=貴族階級的な資産家だったからだ。で、先代魔王ルリエラさんの財産は、当然養女のイシャナさんのものだ。僕にはほとんど残ってない。

「・・・・・・僕が生きていくのも危ういのに、資源調査団の準備資金なんて・・・・・・」

 会議の際に誰も指摘しなかったのは、妖精たちは無論、イシャナさんにそういう経済観念がなかったからだろう・・・・・・。会議の人選が間違ってた。僕の、痛恨のミスだ。でも他に知り合いいないし。当座のところは、エルダさんに下調べをお願いしてるんだけど、あの人(人じゃないけど)、調査とか細かい仕事は苦手そうだし、本格的に調査団を派遣するには、どうあっても専門家やら護衛やらの人材がいる。

「まさか無報酬なんてブラックなことはしたくないし」

 元社畜の僕がそれをやったら、いろんな意味で最低だ。


 ちなみに、金属資源も不足してるこのレクアでは、貨幣は陶器だったりする。陶貨だ。

国が所有する鉱洞の中に粘土層がある。その中でも希少な青土、紅土、黄土でつくる。腐らず壊れず丈夫で長持ち。100年前に製造された陶貨が今も使われ、必要に応じて造幣される。時に魔力不足で竜酸もれが起こる胃世界では、貴金属より腐食しないのは、むしろ使い勝手がいいんじゃないかな。

 なんて考えながら僕はこの魔王宅に残された数枚の陶貨を眺めていた。


「おネギが、おネギが高いの!」

 三和土のない玄関からエスリーのかわいい声が聞こえる。あれはけっこうマジな悲鳴だ。僕の家の玄関は狭くて石扉を開ければ即廊下だったりする。いや、僕の家だけじゃなくて、この国の住宅事情は深刻で、母国の過酷な住環境で暮していた僕ですら、なかなかなじめない。

「やれやれ」

 僕はいくらため息をついても増えない陶貨をつかんで玄関に向かった。ま、歩いて数秒だし。

「声が大きいよ、エスリー」

「旦那様。でも、おネギが高いの!これでは今晩、旦那様にお食べいただくお料理がつくれないの」

 ちなみにエスリーの言うネギは、僕の前世で言うネギというより玉ねぎに近い。

「ごめんなエスリーちゃん、でもここんとこの野菜の値上がり、ちぃとばかりやばくて。ほら、こないだまでの魔力不足がたたってさあ」

 イシュダンさんは、後ろめたい僕の身の上を詮索しないで家に出入りしてくれる御用聞きだ。少し前に彼の家族と知り合って、以来いつもサービスしてくれるんだけど、それももう限界らしい。ひょっとしたら、僕の正体に気づいてるのかもしれないけど、知らんぷりしてくれる。

「これも、お政治が悪いの!」

 お政治売り切れ申し候なんて張り紙でも出しそうな勢いだ。幕末か?いや、悪いのは今頃になって貧乏に気づいた僕なんだけど。

「し!ダメだよ、お上の悪口なんか言っちゃあ」

 ここはまだ、密告奨励国家でもある。イシュダンさんはまだしも、余人には聞かれたくない。ち、元老院め。僕の貧乏に気づくとすれば彼らだろうけど、まあ、気づいても何もしないことは間違いない。いや、むしろ喜んで僕を兵糧攻めにしそうだ。だから僕も弱みは見せられない。武士は食わねど、ってやつだ。

「そうそう。エスリー、野菜が高かったら肉を買えばいいんだよ」

 もちろん僕の前世ネタは通用しない訳で、エスリーには相当本気で反論される。

「牛肉さんは環境の敵なの!」

 エスリーはベジタリアンとかビーガンとか言う人々ではない。はっきり言えば人ですらないけど。僕に仕えてくれる家妖精だ。見た目は十代入り始めくらいの少女だけど、その誕生はこの王国の建国記にさかのぼるらしい(僕には隠してるつもりらしいけど、先日読んだ年代記にもちゃんと載ってた)。白に近いけど光にあたった時にはかすかに淡い水色が透けるロングの髪に、なぜか着ているクラッシックなメイド服がよく似合う。少しだけ耳がとがってる気がするけど、それ以外は人族にしか見えない。もちろんいろいろ違うんだけど。

「牛さんに食べさせる草を育ててる余裕はレクアにはないの、旦那様!」

 確かに、この国には余裕はない。なにしろ農牧地は狭く、日当たりは最悪で水は貴重……。いや、陽光は改善したはずだけど、その成果がいきなり出るもんじゃない。農業改革にはもう少し準備がいるし。だから今はまだ、以前からの難題が解消しないままだ。

「贅沢は敵なの!」

 まるでどっかの戦時国家みたいなことを言うけど、事実このレクアは、戦ってるか戦ってないかで言えば戦ってる国家だ。しかも年中不休の24時間戦闘を、この140年ほど続けている。ただし相手は他国ではない。環境だ。過酷すぎる環境と戦う国家なのだ。そのブラックな国家体制は、前世で過労死した僕ですら軽く音を上げるレベルと言える。転生先の実態を知った僕は、しばらく途方に暮れたくらいで、心の中とは言えあの天使さんに苦情を言いかけた。いや、どうせ知っててここに送ったはずで、今も天界から僕を見てるハズ……あの意地悪い笑顔が妙に懐かしい。

「……エスリー、食料がそんなに高いなら、当分僕は食事を減らすから無理しなくていいよ」

「ダメなの。今でも一日一食なの。旦那様にはちゃんと食べていただかないといけないの」

 エスリーは僕のアバラをす~っと撫でる。どうやらまたやせたらしい。魔法があっても体重計がないこの国では、意外に自分じゃ気づかない。

「もうしばらくなら『栄養補給サプリ』だけでいいよ」

「ダメなの!魔術での栄養補給を癖にしたら旦那様の健康によくないの……それに」

「それに?」

 珍しく恥じらうエスリーの表情に思わず見入ってしまう僕だ。ただし、この子の羞恥心は僕の常識とかなりかけ離れている。

「……だって、あれが多くなると、旦那様がおいしくなくなるの」

「こりゃ、ごちそうさんっす」

「あのう,イシュダンさん?」

 それでなくてもイシュダンさんは、僕を幼い家妖精に手を出す趣味人と誤解している。僕は、誤解を解こうと事あるごとに努力しているわけだが全然報われない。

「いえいえ、あっしは何も聞いてませんので」

 で、イシュダンさんは、幼い妖精との甘々な新婚生活を送る僕に気を遣う大人、という立ち位置を自認しているらしい。とんでもない誤解だけど、もうなんだか無力感に包まれる。

「……」

「エスリーは旦那様をおいしくいただくためにも、毎日最低でも一食は栄養のいいお食事を食べさせてあげたいの。エスリーのエスはセルフィッシュのエスなの」

 しかも、エスリーはそういう機微は全然通じない。むしろ、かえって誤解を広げて楽しんでるようにすら見える。まあ、栄養をつけた方が魔力もおいしくなるんだろうけど。

「……最初はサーバントのエスでスプライトのエスって言ってなかった?」

「それも本当なの」

 エスリーは僕に従属する妖精ということなんだけど。

「あと、セルフサクリファイスのエスとか」

「だから、全部本当なの。旦那様はいちいち細かいの」

「だってさあ」

「旦那様、そんなこと言うと、今夜はお仕置きするの」

 エスリーのお仕置きは僕にとってけっこうツライ。

「待ってよ。だいたい主の僕にお仕置きっておかしくない?」

「だって、エスリーのエスは、ちょっとエスのエスなの」

 その決め台詞に黙りこくってしまった僕を、イシュダンさんは気の毒そうに見ている。イシュダンさんは、僕と同世代でなかなかに苦労人ながらも、若い奥さんと二人の子どもがいるからいろいろ思うところがあったんだろう。

「旦那ぁ、家妖精とケンカしちゃいけませんよ」

 そういうリアルな忠告が身に染みる。先祖代々の家をずっと管理してきた家妖精と代替わりを繰り返す家主では、なかなか分が悪いらしい。イシュダンさんチの家妖精はしっかり者の老婦人のはずなのだが、奥さんにとっては姑みたいなものだそうだ。そりゃ家主のイシュダンさんは気づまりなことだって思う。

 結局、ネギは半分だけ注文して、イシュダンさんにはお帰りいただくことになった。他には貴重な塩も少々。主食のイモ類は配給制だけど、後ろめたい僕の家には配給は来ないからそれもこっそり頼む。これでもう、この家の陶貨はスッカラカンだ。

「へい、毎度ありあとさんっす」

 重い石扉を器用に閉じて、イシュダンさんは帰っていく。僕は閉まる前の外を見た。以前だったら空はどんよりと暗く、すっぱい臭いが漂ってた。暗くて狭くて臭い、この街はあまり好きじゃなかった。 だけど今は、空は少し青く明るくなった。竜酸もれもなくなって酸っぱい匂いはしなくなった。

「そういや、旦那。先日の精霊花絵、ごらんになりやしたか?」

 精霊花絵というのは、アレです。あの、僕の就任のあいさつに、花火の代わりに精霊さんのマスゲームみたいなのを夜空に描いた、アレ。評判は怖くて人には聞いてない。

「・・・・・・まあ」

「街中、今でもあの噂で持ちきりでさあ。あんなきれいなもん、青雲堂でも見られなかったし、新しい魔王様も、なかなか粋なお方でござんすね」

 ・・・・・・絶対ばれてる気がする。ま、イシュダンさんは、口が堅そうだし、いっか。


「旦那様、今夜の晩ご飯はポテトソテーなの」

 アルビャーモという、錬成魔術により品種改良されまくったじゃがいもが、ここでの主食だ。 前世の世界ではほとんど北極圏で火山性の土地でも年3回は収穫できるじゃがいもだけど、ここでも大活躍だ。

 ポテトソテーというのは、エスリーの得意料理で、イメージで言えば、挽肉なしのコロッケを衣もつけずに焼く、みたいな料理だ。食べたことはないけどじゃがいものパンケーキみたいなものかもしれない。ふかしてつぶしたじゃがいもに、刻んだタマネギの香ばしさが加わり、それなりにおいしい。ただ、味付けは塩だけなのが、少しもの足りない。バターとか塩からとか贅沢は言わないけど、できればソース、せめてこしょうくらいは欲しい。ここでは見たことないけど。


 イシュダンさんが帰るや、居間でエスリーが白湯を出してくれた。茶葉どころか薪もない現状、白湯だって贅沢だ。きっと辺りの火精霊サラマンダー水精霊ウンディーネを集めてくれたんだろう。

「いいえなの。エスリーがわざわざ集めなくても、精霊さんたちは自然と集まってくれるの」

 今ではエスリーの入れてくれる白湯は、僕の好みの温度だ。うん、おいしい。そんな僕を見てうれしそうに微笑むエスリーは、さっきお仕置きとか言ってた子には見えないけど。

 ただし、ここにはお茶もない。魔族とか鬼族の屋敷ならそういう嗜好品もあるみたいだけど、手に入らない。ああ~、お風呂がない!ビールもない!コーヒーないしお茶もない!歌にでもなりそうだ。もちろんお菓子なんて見たこともない。この国、砂糖とか摂れるんだろうか?

 いやいや、そんな贅沢は禁止だ。少なくても精霊たちのおかげでこんな土地でも人間が生きていけるんだから。ぐう~・・・・・・空腹音をごまかすように僕は明るく頭を下げる。

「精霊たちに感謝だね。エスリーもありがとう」

「いいえなの。旦那様は魔王様なの。この土地の妖精も精霊も、本当はみんな旦那様の僕なの」

 いろいろいきさつがあるけれど、僕が魔王か魔王でないかと言われれば、いちおう魔王だ。

 でも、僕の魔力がいつまでもつかはわからない。今までの魔王と同じくらいかもしれないし、早いかもしれない。なにしろこの体は不自然な合成人間だからね。

 だから目標として、僕の治世は5年だ。最初の1年でこの国を改革し、次の3年で国力を蓄え、そして最後の1年でここから脱出する!こんな生活抜け出して、その後はイシャナさんにでも位を譲って、生きられるまでノンビリ生きる!ああ、憧れのスローライフまであと5年!あがるなあ~。

「・・・・・・旦那様は、なんだか不穏なことをお考えなの」

 不穏かな?スローライフ計画なんて平穏そのものじゃないか?まあ、そこに至るまでは不穏しかないだろうけど。

「それよりさあ、お金あるかな」

「いいえなの。お家にはもうお金はないの」

 ・・・・・・幼い家妖精にお金を無心するなんて、僕も最低だな。

「だけど、旦那様。旦那様のマナドロップならあるの」

「あ」

 

 マナドロップ。魔王レベルの強大な魔力の持ち主が、その魔力を凝縮させた結晶。実際の魔王ですら、なかなかその精錬は大変だったらしいけど、無駄に魔力があふれる僕は、毎朝起きたら勝手に結晶ができてる。で、エスリーはそれをコツコツ集めてる訳で。

「旦那様のマナドロップはもうこんなにあるの」

「・・・・・・これ、一つで値段がつけられないって聞いたけど」

 自分の非常識さ加減に呆れるしかない。小さなエスリーの手のひらいっぱいのマナドロップが、虹色に輝いてる。

「元老院にばれたら、絶対腹を割かれそうだな」

 金の卵を産むメンドリだね。

「でも、これってどこで換金できるんだろう?」

「錬成魔術師なら引き取ってくれると思うの。確かアルビエラ様の弟子だった錬成魔術師がいたと思うの」

 アルビエラ母さんは、名うての錬成魔術師で、その魔王だった治世からもう何十年も経ってる今では伝説になってる。ちなみに、錬成魔術師とは僕の前世で言う錬金術師に近い。

 どちらも生命や物質をより高次の存在に進めることを通して、世界の真理に到達することを目的にしている。けれど、魔術がないかすでに失われた前世の世界では、それは哲学であり技術であるんだけど、魔術が存在しているこの世界では、当然ながらそれに魔術が加わる。錬成魔術と呼ばれる所以だ。

 最初の魔王リエラさんが当時の有力貴族たちを魔族や鬼族に進化させたり、アルビエラ母さんが中心になって歴代魔王の体の一部を集め合体させて僕の転生体を合成したように、ずいぶんと進んでるようだ。

 昔なら「錬金術だ黄金づくりだあ」とか言ってただろう僕も、自分がその親戚みたいな魔術でつくられたって知っちゃった今では、さすがに少しは詳しくなった。

「・・・・・・じゃあ、ちょっと出かけて来るよ」

 早速僕は一番小さなマナドロップを一つだけつまんで、外套を身につけた。外套はツギハギだらけで、でも、この街ではそれが当たり前だから気にしない。パッチラークって思えばいい。

「いけないの。旦那様一人でお出かけは危ないの」

 確かに僕は、未だこの街に不案内だし体力も戦闘力も全く自信ない。なにかあったら即死決定だけど。

「でもエスリーは家から出られないんだろ?」

 家妖精は基本的に家から出られないそうだ。まったく、なんの呪いだか制約だ・・・・・・。

「はいなの。だから仕方ないけどエマを呼ぶの」

「えー?」

 その方が危険な気がするのはなぜだろう?


 相変わらず、無駄な効果音と謎のスポットライトの中に登場したエムリアさんだ。リボンにまみれた金髪ツインテにフリルに埋もれたミニスカドレス姿の彼女は、石に圧迫されてる狭い部屋では違和感しかない。日朝の女児向けアニメみたいなポーズを決めるエムリアさんを、僕もエスリーも冷ややかに見つめる。

「呼ばれたの~飛び出たの~じゃじゃじゃじゃんなの~エスエスにお呼ばれはお久なの~」

 まあ、本人には全然応えてないけど。

「エマ。この土地の貴重な魔力をくだらないことに使っちゃいけないの」

「くだらなくはないの~エマエマがかわいく出ることはマオマオ様もお望みなの~」

 えん罪にもほどがある。とはいえ、この子相手に真面目に反応するだけ疲れるのは思い知った僕だ。

「ええっと、エムリアさん。僕、これから出かけるんで、よかったら案内してもらえますか?」

「エマに頼むのは不安なの」

 だったらなんで呼んだんだ?そんな無言の訴えはすぐに察知される。さすがは僕の従属妖精だけど。

「旦那様。安心ではないけど安全ではあるの」

 ・・・・・・僕の精神より肉体をとるってことですか。僕、精神的にもすごく弱いんだけど。

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