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第2章 その5 青空の誓い

その5 青空の誓い


「やはり青空はいいなあ」

 狭い魔王宅の屋上にあがり空を見上げる。昨日までのどんよりした・・・・・・あれでもまだ明るい時間だったんだけど・・・・・・空と比べると、格段に僕の心は癒やされた。

まあ、太陽がないのに明るいのは不自然だけど、白い雲がないのも物足りないけど

「う~ん」

 思いっきり背伸びして明りを浴びる。心なしか、いつも漂ってるあの竜酸臭もない。

 さわやかだ。

「・・・・・・で、なにが起きたんだっけ?」

 そうそう。エムリアさんが言うには、なんでも天変地異とかなんとかが起きてもいないのに起きたことになってて街の住民が不安がってるとか。

「旦那様。青空ってこれなの?旦那様の魔力をエマにあげて、わざわざこんな怪しい空にしたの?」

 一緒に屋上に来た僕の家妖精エスリーは、しかしなんか奇妙な表情をしている。あれ?

「怪しい?」

 この街が竜に飲み込まれて100年以上経ったって聞いてるけど、エスリーたち妖精はそれ以前から、つまりは地上の景色を知ってるはずで。でもそのエスリーでも?

「青い空って怪しいの?」

「怪しいの。明る過ぎるし、空が青いのは不自然なの」

 困った僕はエムリアさんを見てしまった。まさか僕がエムリアさんに救いを求める日が来ようとは思わなかったけど。

「マオマオ様~マオマオ様は青雲堂をご存知なの~でも街の人はほとんど行ったことがないの~」

 ・・・・・・そう言えば、困窮した魔力を無駄に使う不人気スポットってシャルネさんも言ってたっけ。でもエスリーはどうなんだろう?以前の記憶はないんだろうか?

「この姿になる以前のことは覚えてないの」

「でも、街が地上にあった頃からの言い伝えとか」

「それはほとんどの家妖精は覚えてるの~」

「なら不安に思ってる人たちにそう言ってくれれば」

「言ったの~でも街の人族は不安なの~」

「ちゃんとエムリアさんも言ってくれたのに?」

 事前周知だってしたはずだ。住人の魔力提供を半分にするとも、僕の魔力だけで光量を上げるとも。

「ちゃんと伝えたの~家妖精たちもそのまま住人に伝えてくれたの~」

 訳がわからない。いや、でもエスリーの反応を見る限り、住人たちがこの青空を歓迎していないのは想像がついた。

 今頃気づいたけど、この街では今は午前中の仕事が終わり、強くなった光を浴びながら家族みんなで屋上で昼寝する時間だ。なのに・・・・・・ほかの家の屋上を見ても誰もいない。もちろん通りを歩く人もいない。

 僕は魔力不足でもないのに頭を抱えた。

「あ、イシャイシャなの~」

 誰だそれは?・・・・・・ああ、エムリアさんの習性を考えれば推測は容易だけど。

「イシャナさん?ルリエラさんの養女の?」

「そうなの~シャルシャルもなの~」

「・・・・・・シャルネさんも?」

「二人の家妖精から念話なの~」

 そういえば、二人は隣同士で家妖精も姉妹同士とか。

「・・・・・・で、なんて?」

「イシャイシャ、オコなの~」

「・・・・・・はい?」


 数分後、僕んちの狭い応接室は、再び臨時の会議室になってしまった。資源調査団の準備も途中だってのに。で、女子中学生くらいの年格好で、魔族の、つまりは半裸族で翼と尻尾とツノがあるイシャナさんは、思いっきり僕をにらみつけてるわけだ。

「バカか!貴様はバカか!」

「二度も言わなくても聞こえますよ」

 狭いし、厚い石壁は反響までする。耳が痛いです。精神的にも身体的にも。

「それでなくとも就任式すらせぬ魔王に、街の者は不安を抱えていたのだ!」

「・・・・・・それはすみませんね」

「すみませんですむか!そう思うならもっとうまく立ち回らんか!」

「まあまあ、イシャナ様。モーリ様も反省しておりますしそれくらいで」

「シャルネはこのオスビトに甘い!突然あのような怪異を起こされて、住民が恐れおののくのは当然であろう!これを容易に許してはオスビトのためにもならんぞ!」

 結局はそういうことらしい。つまり、3年後にイシャナさんが魔王になるはずだったのに、突然正体不明の僕が顔も見せずに魔王に就任し、街の人たちはどんな暴君だろうと恐れていたわけだ。僕にしてみれば、情けない僕なんかが顔見せしてもかえって不安だろうって気を遣ったんだけど裏目だったかあ。

「そうだ!そこに加えて、突然、魔力提供は半分でいいからこっちの好き勝手にするみたいな連絡を入れられてだな」

「そんな言い方はしてないと思いますけど」

「先入観を持った者にとっては、そう聞こえたのだ!」

 不本意過ぎ。念話って意外に不便だな・・・・・・待てよ?

「それ、どっかから奇妙な情報が流れてたりしませんよね」

 ネット社会にありがちな問題が、家妖精通信にもあるのかもしれない。

「ああ。そういえば、青い光を浴びたら死ぬとか・・・・・・」

「そうですね。青い光は竜の怒りの炎だと」

 ・・・・・・高度情報社会の常識というかリテラシー教育されてた成果というべきか。

「意図的に不安を煽った形跡があるんですね」

「意図的なのか?」

「自然な不安なのではないでしょうか?」

 ・・・・・・元老院かな。多分そうだろう。あの人たちは隙あれば僕の足下を喜んですくうことに余念がないだろう。僕の基盤はまだまだ弱い。

「とりあえず、エムリアさんから、青い光を浴びても大丈夫って、むしろ浴びた方が健康にいいんですって伝えてもらいましょう」

「今さら誰が信じる者か」

「難しいと思います」

 ・・・・・・困ったな。そろそろ午後の、労役の時間だ。街の大人たちは農場や鉱洞などで働きに出なきゃいけない。出かけないと、街の生産力がなくなってしまうし、彼らも今日の分の配給を受け取れないだろう。その不満は・・・・・・まあ、僕に向かうな。

 なんて嫌らしい工作だ。っていうか、僕にスキがありすぎたのか。

「これじゃあ、資源調査なんて場合じゃないね」

 誰か、なんか言ってほしい。沈黙が重いです。


「恐れ多いことですが」

 重~い沈黙を破ってくれたのはシャルネさんだ。前世の感覚で言えば新入の女子社員みたいな生真面目さと初々しさを漂わせる美人さんなんだけど、この街の防衛軍である英士を率いる優秀な隊長さんでもある。

「これはモーリ様、お覚悟を示す時かと」

 だけど、その一言は、ちょっと僕には重すぎた。前世で過労死して、転生してきた先では合成人間の僕には。有り体に言えば人前なんかに出たくない。

「魔王になられたお方がどのようなお人柄でなにを目指されているのか、街の者たちにしっかりお見せるべきです」

「いやいや、見せたらダメでしょ」

 こんなの。見た目情けないって何度も言われたし、実際そうだし。取り柄といえば魔力が無駄に多いだけで。

「魔王はなめられるより恐れられた方がいいって、マキャベリも言ってた気がするし」

 実際には、君主は愛されるより恐れられる方が、だったと思うけど。

「それは正しいのだが」

 でしょ。僕の場合、正体不明の方がマシですって。

「いいえ、モーリ様。モーリ様の場合は、自らの目指すべきところを明らかになさるべきです・・・・・・あの時のあなたのお言葉にウソはなかったのでしょう?」

 あの時の?

「青雲堂での」

 あ~・・・・・・。シャルネさんと二人で行った青雲堂で、僕はある親子連れに出会って。

「そうですね。幼い子どもが死ぬのを、仕方ないなんて言いたくない。そう。あの子たちが大きくなるまでには・・・・・・」

 きっとこの街はよくなってる。

 その言葉をウソにしたくはない。勤勉を美徳にしすぎる国で、ブラック企業で働いてた僕は、転生したここで失ってた夢を思い出したんだ。大人になっても夏休みがとれる国をつくりたいって。

 まあ、あそこより相当ブラックな環境だけど。まずは休日の概念からだけど。


 シャルネさんの、なんかキラキラした視線に負けた僕は、エムリアさんと街中の家妖精たちを中継し、全世帯に緊急放送することにした。急がないと、午後の労役に悪影響がでるし。

「新たに魔王となったモーリです」

 顔出しNGだけど。思念だけでも相当情けない感じが出てるらしく、イシャナさんは怖い顔だ。だけどシャルネさんは微笑んでくれてるし、エスリーも神妙な顔で僕を見つめてる。

 なんか期待されてるって思えば。

「急な就任に加え挨拶が遅れて、みなさんには不安を与えてしまいました」

「情けない声をだすな」

 イシャナさんがにらんでる。いや、これ地声だから。いつもこんな声だから。

「声の弱気は思念にも表れるのだ!しっかりしろ!」

 まあ、彼女なりに励ましてくれてるって思えばこれはこれで力になる、かな。

「・・・・・・しかも、この空がみなさんを怖がらせていると聞きました。すみません」

「魔王が頭を下げるな!」

「イシャナ様、モーリ様のなされようを見守りましょう」

「これだからエスリーはイシャナ様がキライなの」

「なんだと!」

「お静かに」

「し~なの」

 気が散る。だけど、集中集中・・・・・・。

「だけど、いつもより明るい空もこの青空も、この街の、いえ、この国を守るために必要なことなんです。光が不足して死んでしまう子どもを減らすために、農作物の育ちがよくなるように、その思いで行ったことです」

 街では家妖精相手にいろいろ聞いてる人たちが、文句を言ってる人たちが大勢いるんだろうな。エムリアさんが変な顔してる。アイドル顔が変顔だ。

「ですから、この青い空は竜の怒りでも炎でもありません。人が死ぬようなことも決してありません。この街の未来のための光なのです」

 エムリアさんの変顔のおかげかな?言いたいことを言ってやれって気がしてきた。変に気を遣ってばかりじゃいけないよね。

「この青空は・・・・・・いつの日か、みんなでこの閉ざされた世界から脱出するまで続くでしょう」

「おい」

「モーリ様・・・・・・」

「青空は、この国が失った、外の世界の景色です。しかし僕は、それを取り戻したいと思っています」

「軽はずみなことを!」

「・・・・・・」

「僕が魔王である間に、きっとこの街を世界竜の胃袋から脱出させるつもりです。だからみなさん・・・・・・それまでの間、このブラックな世界で、青空に希望を託して、ともに生き抜きましょう」

 イシャナさんは、僕の言葉を待たずに部屋から出て行った。シャルネさんは輝くような笑顔を僕に送って、でもイシャナさんを追いかけていった。そしてエスリーはやはり神妙な顔で僕を見つめていた。

「この青空は、僕の約束の証です。誓いの証です」


 疲れ切った僕は、すっかり人口密度が減った応接室の中、情けなくも椅子に崩れ落ちた。

「旦那様・・・・・・お疲れ様なの」

 白い茶碗に、僕好みの温度の白湯が差し出された。

「おいしい。エスリー、ありがとう」

「いいえなの。でも旦那様は働き過ぎなの。おうちでお仕事はいけないの」

 僕だって二度目の人生まで過労死したくない。それに前世と比べたら労働時間は激減だよ・・・・・・って言う前にエスリーが言ってくれた。

「でも、今日のは仕方ないの」

「見逃してくれるんだ。心配かけてごめんね」

「いいえなの。だけど、今後もムリはいけないの」

 口先が少しとがってるのは、心配してくれてるからだろう。誰かに心配してもらえるだけで、僕は前世よりよほど幸せだ。

「どうだろ?今回はなんとかママたちのお世話にならずにすんだかな?」

 エムリアさんに、僕の挨拶の反応を聞いてみた。こわごわと。

「う~ん・・・・・・みんな、戸惑ってるの~いきなり全部信じられないけど、さっきみたいに不安だけでもないの~」

 そっか・・・・・・まあまあならいっか。失敗した後のフォローとしては・・・・・・あ?

「エムリアさん・・・・・・もう一働きできる?」

「いいの~でも~」

「でも?」

「エマエマ、もっとマリョほしいの~」

 この後、僕の魔力はまた吸われることになった。まあ、全世帯中継に魔力を使ったと言われたら仕方ない。


 夕方が過ぎて。青空は消え、いつもの夜の時間になった。エムリアさんの予告の後に僕は続く。

「え~魔王モーリです。度々すみません」

 街の大人たちが労役を終えて、家に帰った後に、僕は再度の全世帯中継を行うことにした。

「挨拶が遅れたことと、今日、みなさんを不安にさせたことのお詫びを兼ねまして」

 パ~ン!夜空に大きな花が咲いた。ドオンドンド!そして音が響く。本物なら少し遅れて鳴るんだけど、これは効果音だから同時になってしまう。まあ、まだ二度目だし、練習も足りない。

「僕に仕えてくれる精霊たちが、夜空に絵を浮かべてくれます」

 主に火精霊サラマンダーたちが大勢、燃焼温度を変えながら集団で踊ってくれる。真ん中から、少しずつ広がって、赤、橙、黄、緑、青・・・・・・大きな輪になって夜空を彩る。色を変えるタイミングは、風精霊シルフたちが出してくれる音だ。パーン!ドーン!なんて音に合わせて、リズミカルに変えていく。

 風精霊の効果音に混じって、歓声が聞こえた気がする・・・・・・僕の気のせいでなきゃいいな。

 少し変わった色に変えたいと思うときは、土精霊ノームたちが火精霊と合体する。そして、炎色反応で一斉にきれいな紫をつくったり。そういう変化を時折混ぜる。5分くらいで終わることにする。僕も精霊も練習不足だし、あんまり街のみんなを疲れさせてもいけないし。明日、休日にできればよかったんだけど、僕にはまだそんな権力はない。この街もそういう仕組みはない。でも、そんな先でない、いつかは。

「では、最後に、水精霊ウンディーネたちが雨を降らせて、後片付けをしてくれます。外に出るとぬれちゃいますよ」

 ないとは思うけど、張り切り過ぎた火精霊が飛び火したり、空気が乾燥したりしないよう、水で洗い流すわけです。ほんの2,3分でやむんだけどね。

「・・・・・・精霊のみんな、ありがとう」

 四大精霊は、僕の声に応えるかのように、最後に大きな絵を見せてくれた。それは・・・・・・子どもが描いたみたいな、下手くそなりに愛情がこもった絵だったと思うんだけど。

「・・・・・・それはやめて」

 僕の似顔絵。似てないからまだ許されるんだけどさあ・・・・・・顔出しNG!

「マオマオ様~精霊たちも街の人もすっごく喜んでたの~」

 なら、いいや。緊張から解放されて、僕はもうぐったりです。でも、驚いたり喜んだりしてるみんなの姿を想像して、僕は満足です。

「それで、エマエマ、またお腹すいたの~マオマオ様~マリョもらうの~」

 ・・・・・・・・・・・・僕の寿命が縮むとしたら、それは過労死ではなく、街妖精のせいじゃないかな。お祭りごとには花火って、母国の奇習のせいかもしれないけど。

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