第2章 その4 乱された平穏
その4 乱された平穏
「……絶対に半分以上持っていかれたな」
僕の魔力をたっぷり吸って満足したエムリアさんは、満足して去っていった。以前吸われた時と違って、今日は随分減ったみたいだ。少しだけど頭が痛い。
「エマはずるいの。エスリーよりたくさん魔力をもらえるからって旦那様に甘えすぎなの」
どうやら魔王の従属妖精であるエスリーたちにとって、魔力を吸うことは栄養補給であると同時に愛情表現でもあるのもしれない。マジで吸血鬼みたいだ。
「それでも軽い頭痛くらいで青空が見れるんなら安いものさ」
窓の外には、朝のせいかまだ薄いぐらい、しかし明らかに昨日とは違った青い空が見える。
まあ、街の住人数千人分の魔力の2割を肩代わりした上に、今まで以上の光量を確保し、更に青空まで魔法で見せてるわけだから、そりゃいくら僕の魔力が異常だからってそれなりに減るわけだ。必要以上にエムリアさんに持っていかれた疑惑はあるけど、そこはチップの範囲かな。
「旦那様はもうムリを始めたの。エスリーとの約束をこんな簡単に破って」
「え?ムリなんかしてないよ」
エスリーはさっきから機嫌が悪い。エムリアさんと一緒に僕から魔力を持ってこうとしてたくせに、先を越されたせいだろう。
「お腹減ってるの?」
あれ、なんか怖い顔された。
「……旦那様は嘘つきなの。もうお耳掃除をしてあげないの」
「ゴメン!僕が悪かった!」
エスリーの耳かきは、絶妙だ。前世でミミカキストをなめてた僕も、今ではすっかり改心した。それはもう、パウロも真っ青な劇的な改心だ。なにしろここにはお風呂もなければビールもないらしい。しかしエスリーの耳かきはそれに近いくらいの威力で僕を癒してくれる。歴代魔王を怠惰にいざなった「魔王殺し(デモンスレイヤー)」の異名にふさわしい。もっとも耳かきのし過ぎはやはりダメなそうで、せいぜい10日に一回というのが問題だ。だから僕はエスリーの耳掃除をまだ一回しか堪能してない。
「でも、ムリじゃないから!これくらいの頭痛、平気だから」
実際、ベッドに座ったエスリーの膝にのって頭を撫でられてるだけで、もう頭痛は気にならないレベルだ。見た目小学生相手になにされてるって羞恥心やら良識やらは一緒に暮らした数日でかなり摩耗した。いや、イシャナさんたちに言わせればすっかりエスリーに飼いならされた。
「だからエスリーも僕の魔力、吸っていいよ」
エスリーはなんだか変な顔をしてる。怒った顔が、ビミョーに歪んで。
「旦那様はおバカなの。エスリーの気持ちは全然わからないの。エスリーのエスはサッドのエスなの」
エスリーにバカと言われればそうだと思う。あの影に「愚か」と言われるよりはよっぽどマシだけど。
「ごめん」
相手の心理をつかむのは、会社でも商談でも慣れてたつもりだった。だけどここに来てから成功したのは、影相手に一度くらい。あとは全部外れて、ママたちに助けられてる。
「旦那様はなんでも謝れば済むと思ってるの」
これは効いた。いや、もっとこたえたのは、この時のエスリーの顔だ。
「ごめん」
だけど、僕はそう繰り返すしかできなかった。こんな顔をさせた自分が情けなかった。
沈黙は5分くらい続いた。その間、エスリーも僕もじっとしてた。先に沈黙を破ったのはエスリーだ。僕は小さいエスリーに気を遣わせてしまった。
「旦那様、大丈夫なの」
気を取り直したエスリーが僕に膝枕してくれたまま、おでこをくっつけてそう言った。膝枕に慣れ始めた僕も、エスリーの顔が迫って、コツンっておでこがくっついた時は相当恥ずかしかった。
「旦那様、お顔が赤いの。今度はお熱なの?」
「大丈夫!全然平気!」
「お声も上ずってかすれてるの」
「これは違うヤツだから。天罰だから」
きっと前世の常識だ。ジョウレイとかジアンとかが頭の中をグルグル回る。なんかやましい感じがして、僕はエスリーの膝枕から跳ね起きた。
「本当なの?だったら今度はエスリーの番なの」
ベッドに腰かけた僕の膝に向かい合うようにエスリーは座った。専門用語で対面罪……だめだ!考えちゃいけない!これは、魔力が回復した僕から、自然に放出する余剰魔力をエスリーが吸い取るだけの、ただの栄養補給なんだ!
「旦那様。ではいただくの」
エスリーは甘えるように僕に抱き着く。さっきはエムリアさんから逃げる僕を拘束してたのと似たような態勢なんだけど、やばさが違う。
エスリーが僕の自然放出魔力を吸収している間、僕は石壁の石の数を懸命に数えることにした。主観的には長く、おそらく客観的にはそれほどでもない時間が過ぎて。
「エスリーのエスはサテスファクションのエスなの」
ようやく魔力の補充を終えたエスリーは、にっこり笑う。今さらだけど、僕と添い寝してくれる間も魔力の補充はしてるわけで、燃費が悪いにもほどがある。なんだけど、先代魔王さんにネグレクト気味に魔力補給をさぼられてたせいで、エスリーのバッテリーは経年劣化したスマホ並みになってる可能性もある。いや、マジメに、Mナンチャラ系外星人並みの燃費なのかもしれない。
「旦那様。栄養補給なの」
魔力が満ちたエスリーが、術式を唱え、僕たちは白銀の光に包まれた。つまりはお行儀悪くベッドの上で朝食が終ったことになる。
食料不足のこの街では、一日1食、魔術によって栄養補給している。点滴みたいというより、サプリメントみたいなものらしく、これだけでは十分ではない。だから最低限の食事も必要だ。だから朝食は術式、夕食は食事というのが一般的らしい。ただし……エスリーの場合は、術式のための魔力も、僕と接触補充している。だから朝食前後もしばらくこの姿勢が続いて……今日はいつもより気まずい。ワイヤレス充電器でスマホを充電中って考えてなんとかやり過ごした僕です。
「……疲れた」
「旦那様はどうしてお疲れなの?余った魔力しかエスリーはもらってないの」
無邪気な顔がいっそうツライ。疲労は、あくまで僕の内部の戦いによるものだってことに気づくわけもない。歴代魔王さんはみんな魔族、つまり女性だし、僕みたいに間接的な余剰魔力じゃなくて、直にエスリーに魔力をあげられたみたいだし、こういう過度な接触は不要だったんだろうし。
「……ま、いろいろ考えててね」
「旦那様は本当にお考え事がお好きなの。でもお家ではお仕事してはいけないの」
前世で過労死した僕にとってはまさに至言なんだけど、しかし、この国で魔王なんてものになっちゃったからには責任があるわけで。とはいえ、ほとんどの仕事を契約妖精と元老院に丸投げしてる僕に実務はない。特に街妖精のエムリアさんは、ああ見えて実に使える。必要な魔力をあげてれば、街の役人を動かすより効率がいい。あの奇矯な言動に僕が振り回されるくらい、大した問題じゃない。ただ、彼女に頼り過ぎてもいけない。この国の「将来」を、僕の「後」も考えないといけない……。
「それに抜本的な解決案は考えないとね」
この国の、魔力不足はなんとかなりそうだ。魔族や鬼族が魔力を提供してくれればもっと楽だけど、僕の治世の間はクリアだ。で、光量をあげたことで、食料や日照不足問題もじきなんとかなるだろう。食料については、まあ、農業改革を進めて野菜や果実なんかも増やし質的な改善もしたいけど、それは次の課題だ。まあ、アレを食べるってのもアリだけど。
「次は切迫してる資源問題かな」
金属も樹木も繊維も足りないけど、それは今すぐなきゃダメってほどでもない。資源調査団の準備ができる前に、もう少しレクアの現状をつかんでおきたい。
「旦那様、今日のお夕食はなにを食べたいの?」
「なんでもいいよ」
「……旦那様はおバカなの」
「は?」
考え中に話しかけられ、とっさに答えたんだけど、なぜかエスリーの機嫌は再び悪化した。しかも相当、急速に。で、そのまま、寝室から出て行った。
「どうしたんだろ?魔力の補給も終わって機嫌よかったのに」
疑問はあるけど、実はこれは好機だったりする。つまり、家では「お仕事厳禁なの」というエスリーの監視が去ったわけで、僕は隣の執務室に向かった。
「扉の妖精さん、僕、魔王です。執務室の扉を開けてください」
で、教わったばかりの合図をすれば、古びた木製の扉の前で、扉の妖精さんが姿をあらわす。築100年以上のレクア様式の魔法住宅には、いろいろな妖精や精霊が宿っているんだ。
見かけは地味で狭くて前世の建売住宅以下だけど、一応魔王の家だからそれなりにいろいろあるらしい。だけど、なんていうか。
「……魔王様、エスリー様にナイショでお開けして、よろしいのですか?」
呪符された妖精たちは、家妖精のエスリーに相当気を遣ってる。家主の僕よりも、だ。扉の妖精さんは、メガネの似合いそうな知的なアラサー女子だけど、実に残念ながらメガネをかけてない。資源問題が一段落したら僕が作ってプレゼントでもしようと考えている。今も、メガネに手をかけながら穏やかに主をたしなめるって相当絵になる場面だよね。
「エスリーは今忙しいから、許可もらわなくても大丈夫。気づかないよ」
「……魔王様。僭越ながら申し上げますわ。本当によろしいのですか?」
「大丈夫だって」
妖精と言っても、書物妖精や扉妖精は、家妖精なんかと比べても用途限定の妖精だ。だから力も知能もそんなに高くないはずなのに、随分と心配性の妖精さんだね。
「家主である魔王様のお言葉であれば、わたくしごとき存在に異論なぞあろうはずもございません」
というわりには、遠回しに何度も僕に考え直せって言ってた気がするけど。
「うん。お願い」
ぎい~……。扉が古いせいか、なぜかホラーハウスみたいな効果音。まあ、あまり使われない部屋みたいだし。
「ありがとう」
「……いいえ。これがわたくしの仕事ですので」
知的な妖精さんは優雅に一礼して消えていった。2畳くらいの、机と椅子しかない狭い執務室は、なんか埃っぽかった。エスリーもここは掃除してないのかもしれない。
僕は執務室の床に呪符された魔法円に手をかざす。この魔法円は術式なしで、召喚術を使える、いわば備え付けの召喚魔法円だ。マジックアイテムというか、魔法装置?魔術家具?
「僕、魔王です。これから呼ばれる書物妖精さん、来てくださ~い」
声と共に魔力を注ぐ。これくらいの魔力操作なら、できるようになった。
魔法円が白銀に輝き、その中央には書物が出現する。表紙と背表紙を羽のようにパタパタと羽ばたいて宙に浮かんでる。そのまま椅子に向かった僕の前に、机の上にやってくる。
イシャナさんが紹介してくれた書物妖精たちが、僕に呼ばれて次々とやってくる。それを順番に机の上に立たせていく。なんだかサーカスの動物使いになった気分だね。
「ごめんね、いっぺんに呼んで。でもなかなかここを使う機会もなくて」
とりあえず、10冊ほど召喚し、魔法円は閉じる。装丁は立派で頑丈だけど、でもここの書物は意外に情報量は少ないし、書物妖精さんたちの語り口調に慣れれば……これも妖精ごとに個性があるんだけど……意外に聞く時間は短い。
「昼まで2冊、午後から3冊……1日5冊で二日分かな」
昼食の習慣はないレクアだけど、白湯くらいはいただこう。顔をみせないとエスリーも心配するかもしれないし、彼女はかなり燃費が悪い。僕は昼は食べなくてもいいけど、エスリーには魔力をあげないといけない。また機嫌が悪くなるかもしれないし。
「レクア建国記」「孤島の自然」「旧世界の伝承」「世界竜は世界羊の夢を見るか」「レクアの名物料理百選」。まあ、中には推測だらけのトンデモ本も混じってたけど気づけば午前中で5冊を読み終えていた。あれ、僕、要領もよくなった?
「しかし名物料理って、ほとんどイモ料理だし……豆腐、いや、イモ百珍か!?」
まあ食材が限られてる現状、仕方ないし。むしろイモ料理のバリエーション大事!僕も夕食は覚悟しよう。或いはエスリーにおいしそうなイモ料理をリクエストできるかもしれないし……そういや、さっきなんで怒られたんだろ?
ぎい~……扉を開け、薄暗い廊下に出る。
「ぽぅ~」
僕がなにも言わなくても、火の小精霊が自分で光って廊下を照らしてくれる。
「ありがとう」
「ぽわぽわ~」
火の小精霊は空飛ぶ炎が幼女の姿をしているように見える。10㎝くらいの。それが宙に浮かんで僕の肩にとまる。ファンタジーだな。
おかげで狭くて急な階段も普通に降りられる。僕はそのまま居間に向かう。
「エスリー、いる?」
居間の中では、小さな土精霊たちがせっせとホコリを運んでいる。
「見慣れないけど、便利だよな……みんな、お掃除ありがとう。助かるよ」
空気中に漂い、浄化しているのは風精霊たちで、一緒に湿度調整をしているのは水精霊たち。彼女らから離れて天井にいるのは、僕の肩にいた小精霊とは別の火精霊で、照明と温度管理をしてくれる。
「精霊たちもご主人様のために頑張ってるの」
「エスリー?」
僕は何も命じてないのに、精霊たちが働いてくれる。本来ならば劣悪極まりない住環境も、おかげで清潔で快適みたいだ。現代日本風に言えば冷暖房完備、空気清浄機・全自動掃除器つきで湿度調整も完璧だ。まあ、日本人以外には耐えられないほど狭苦しいのには変わりはないが。
「天使さん、絶対、この住環境で僕を選んだよね」
むしろ広い家なんかだと落ち着かない島国根性を見透かされてるみたいで少し悔しい。
「でも、みんなを能率よく動かしてるのはエスリーだよね。エスリー、ありがとう」
人も精霊も、妖精相手にだって感謝は必要なのは、前世の社畜時代が教えてくれた。いや、その過ぎた気遣いも僕の寿命を縮めた要因なんだけど、それは死んでも治らないみたいだ。もともと僕たちは、グランドにも体育館にも道場にもあいさつする不思議な民族だった。しかしそれは精霊に満ちたこの国では目に見える形で現れるって思う。
「旦那様。お礼はおかしいの」
「おかしくないよ」
「いいえなの。エスリーたちはみんな旦那様の余剰魔力で存在してるから当たり前なの」
エスリーは見た目小学校高学年くらいの少女だけど、この家のすべてを仕切る家妖精だ。そしてここは、魔王と呼ばれる僕の住処……なんだけど。
「魔王の住居って、万魔殿とか魔王城とかイメージしてたけどなあ。まさか二階建ての庭なしベランダなしの一軒家とは……今さらだけどね」
敢えて言えば、魔王宅?僕のイメージする一戸建て住宅より手狭。緑も乏しいこの国じゃあ湖に面しているのが唯一のトリエに思える。
「それは言わない約束なの。三階建て以上は光壁の展開にジャマなの。土地だってそんなに余裕がないの」
竜に飲まれ未だその胃酸に浮かぶこの王国では、土地問題は深刻だ。魔王宅だって他の家宅が隣接しているくらいだ。
「だけど、屋上があるし、今日から青空が見れるんだよね」
そのためにエムリアさんにたっぷり魔力をもっていかれたけど。
「……旦那様。青空ってなんなの?」
あれ?「建国記」によればレクアが世界竜に飲み込まれる以前からエスリーは存在していたはずだ。ただし、「湖の妖精」として。今と違う形でだけど。
「エスリーは外の世界のことって覚えてないの?」
「はいなの」
…………なんかひっかった。でもそれがなにかはわからない。
「じゃあ、屋上へ見に行こうか」
せまい窓からじゃよくわからなそうだし。僕は自分の気分転換もかねて久々の青空を満喫しようと考えた。そう、前世でもそうだった。
徹夜明けでも休日でも転勤続きでも、僕は青空の下でなら頑張って出勤できたんだ。
そろそろ正午だろう。一日で一番光量があがる時間だ。
僕はエスリーの手を引いて居間から出ようと……あれ?
「ぷう~」
「ざー」
「ひゅう~」
「どたどた」
部屋中の精霊たちが大慌てで姿を消した。そして真っ暗になった居間に響く音楽!
チャッチャッチャ!チャチャチャ!チャッチャッチャ!
チャッチャッチャ!チャチャチャ!チャッチャッチャ!
これか?一日に二回もこれを聞かなきゃならないのか!
「呼ばれてないけど、ジャジャジャジャ~ンなの~♪」
呼んでないしって言おうとして先を越された!?
「マオマオ様~エマエマなの~♪」
……わかってます。こんな非常識な出現の仕方は、エムリアさんくらいです。口に出さないけど。
リボンにまみれた金髪ツインテにフリルに埋もれたミニのドレス。中学生アイドルみたいなエムリアさんは、なんか日朝の女児向けアニメみたいなポーズをきめてご登場した。
「エマなの。エスリーと旦那様の糖蜜より糖度の濃い時間をジャマしないでほしいの」
いや、それも誤解されそうだな。エスリーはかわいいけどそういう対象じゃないから。だけど、これは前触れだった。
そう、僕の魔王就任の最初の試練の。
「マオマオ様~街のみんなが怖がってるの~テンペンチ~ってお家から出ないの~」
「テンペ……テンペストじゃなくて天変地異ね」
「そうなの~」
「何が起こったの?」
「何も起こってないの~」
思いっきり脱力してしまう。大カイチュウか竜酸菌かって身構えた僕の緊張感を返してほしい。
「はあ?」
彼女が首をフリフリするたびに、リボンと一緒に振り回される金髪ツインテ。
「ただ、みんな、空を見て怖がってるの~」
……僕はやっぱり屋上に向かうことにした。なんかひっかかってるんだけど、その正体は屋上でわかりそうな気がする。




