第2章 その3 一歩
その3 一歩
暗闇の中を、ぬかるみの中を僕は歩いていく。トボトボって擬音が似合いそうなくらい情けない姿だ。その僕を、頭上で冷ややかに眺めるもう一人の僕がいる。暗い景色の中なのに、なぜか僕はそいつが冷笑浮かべてることを疑わなかった。
「どっちが本当の僕なんだろう?」
情けない僕。それをあざ笑う僕。どっちも嫌いな僕だ。あんなのどっちも僕であってほしくない。でも、どちらも僕かもしれない。
そして、背中を丸めてうつむき歩く僕は、泥の中のなにかにつまづき転んだ。そして、沈んでいく。
「うわ!?なんだこれ?……誰か助けてよ!」
「くっくくくく……」
悲鳴をあげて沈んでいく僕と、それを楽し気に眺める僕。やっぱりどっちも嫌いな僕だ!
イヤだ!イヤだイヤだ!僕は僕がキライだ!ぞっとするような感覚が僕を、この僕を押し包む。寒くて熱くて深い極まりないなにかが僕の中からこみ上げる。
「!」
その時、なにがこみ上げて、僕は何を叫んだんだろう?
「旦那様!旦那様!」
暖かいなにかが僕にすがりつく。でもその存在は僕に声を届かせようと必死だ。こんなに近いのに。僕はその声の主を抱きしめた。そこでようやくぬかるみから抜け出せたような気がする。
「旦那様!」
やっと開いた僕の目がエスリーの泣き顔をとらえた。ここは……僕の部屋で僕のベッドだ。薄い毛布の中は全身、ビッショリだけど。
「……ああ、エスリー?」
「エスリーじゃないの!……エスリーのエスはサプライズのエスなの」
サプライズの意味が少し違うと思ったけど、まあ、異世界だしな。
「……また悪夢が出たのかな?」
「はいなの。なかなかしぶとかったの」
魔力だけは異常に多いけど魔術もなにも使えない僕は、西遊記でいえば三蔵法師枠だ。つまり使えないくせに襲われる。仮にも魔王の住居だから、そういう対策、つまり耐魔物の魔法円とかも呪符してるわけだけど、なぜか僕は襲われる。一説には、悪夢は僕の中から染みしてるんじゃないかって話だ。転生して、いい具合に前世のつらい記憶とかは失ってるみたいだけど、その時の感情そのものは昇華しきれずにくすぶってて、それが噴出してるんじゃないかって……あれ?これは誰に聞いたんだっけ?
「旦那様……」
考え込んだ僕をどう思ったのか?エスリーは気遣うようにいっそう強く抱きしめてくれる。見た目は十代入り始めくらいのエスリーだけど、彼女にとっては僕の方がか弱くて世話が焼ける存在らしい……縁日で買ったヒヨコとか金魚すくいの金魚とかに近いのかも。それでも僕を案じる気持ちにウソは感じない。
「ありがとう。もう大丈夫だよ」
できる限りの感謝を込めて、エスリーを抱きしめ返す。その白に限りなく近い淡い水色の髪をそっと撫でる。撫でられてようやく安心したのか、エスリーは目を閉じる。
メイド服じゃなくて、少し厚めのパジャマ姿もあって、いつにもまして幼く見える。
「いつもごめんね」
「そんなことはないの。これがエスリーのお役目なの」
転生したてとはいえ、前世でアラサーの僕だ、なのに、こうしてエスリーに添い寝してもらわなければ夜も安眠できない。情けないってわかっていても情けない。それでも……最初の日に一人で寝た時以来、悪夢を見たのは初めてだ。エスリーはちゃんと一緒に寝てくれたのに。
「やれやれ。魔王になっても僕が情けないことに変わりはないか」
「旦那様。旦那様は情けなくなんかないの。それに魔王様をお守りするためにエスリーたちがいるの」
「ありがとう、エスリー」
って、お礼は言ったものの、やはり僕は情けない。見た目小学生のエスリーに慰められてると思えば、うれしい以上に情けない。ま、情けなくてもいいや。僕が情けないままでも、今の計画が実現できたら、少しはこの街の人たちも楽になるし、僕の願いにも少し近づく。アルビエラ母さんのお願いにも天使さんの期待にも応えられるかもしれない。
「旦那様……また何かお考えなの?」
「たいしたことじゃないよ」
「旦那様はいつも難しいことをお考えなの。少しはゆっくりお過ごしにならないといけないの」
どうなんだろう?二度目の人生を素直に楽しむには、僕の器が小さい上に、この国には楽しいことが少なすぎるんじゃないか?お風呂もなければビールもない。空はいつも暗いし。
「旦那様。今日はエスリーとゆっくりお過ごしになるの。エスリーのエスはスローのエスなの」
……まあ、資源調査団は、実行するって決めただけで、具体的な話はこれからだしな。なんて思ってたら……一応は朝を迎えて少し、ほんの少しだけ明るかった部屋が真っ暗になった。
「あ?」
アレか?まさか……
チャッチャッチャ!チャチャチャ!チャッチャッチャ!
チャッチャッチャ!チャチャチャ!チャッチャッチャ!
アレなんだ……。ナゾの音楽が響き渡る。
狭い僕の部屋には、今無数のスポットライトが飛び交い、まるで昭和末期のバブル時代のアレが、3畳くらいの空間で再現されたみたいなことになっていた。
「呼ばれたの~飛び出たの~」
どういう原理でこんな狭い空間から湧き出せるのか、さすがは魔法の世界の妖精だ。もちろん出現したのは、街妖精にして管理妖精、さらには僕の契約妖精でもある元湖の妖精のエムリアさんだ。妖精って連呼しておいてなんだけど、金髪ツインテの中学生アイドルって印象が強すぎて、妖精感はダイナシだ。
「エマなんか誰も呼んでないの。エスリーと旦那様の金剛石よりも大切な時間をジャマしないでほしいの」
「エスエス、シオシオなの~。でもマオマオ様に呼ばれてたの~」
あれ?僕、エムリアさんを呼ぶなんて自暴自棄なことをしたっけか?目覚めてすぐにこの子のテンションに巻き込まれて、既に今日一日疲労が抜けそうにない。
「マオマオ様~今日からエマエマにマリョくれるって言ったの~」
「あー……言ったね」
街の住民の魔力負担を減らすのって今日からだったか。渉外は、元老院担当イシャナさん、市民担当エムリアさんで、人任せにしてたから。
「元老院はじめ、国防に携わらない魔族や鬼族も魔力を負担させるって僕の案、どうなったんだっけ?」
シャルネさんたちみたいな防衛軍……ここでは英士隊……ならまだしも、魔力が豊富なのに今まで特権とやらで供給を拒んでる人たちの魔力もムダにしたくない。
「それはイシャイシャの担当だからエマエマわかんないの~」
……こんな規模も人脈も少ない僕の周りで、もう縦割り行政の弊害が出てるのか。早速改善の必要があるな。
「……じゃあマオマオ様~いただくの~」
「へ?」
口を近づけるエムリアさんは、まあ、見た目かわいくはあるけれど、僕にそういう趣味はない。ちなみにエスリーだってかわいいけど、そういう対象じゃない。数日前みたいにジアンだジョーレイだって騒ぐ気もないけど。
「んじゃ、はい」
だから僕は遠慮なく、フェアリーリングをはめた指をエムリアさんに差し出した。絵的にまずいっていう良識は、この際どっかに放り投げる。
「あ。待って」
で、唇が指に吸いつく直前ひっこめた。
「マオマオ様~ジラシはイヤなの~そういう大人のプレイはエマエマにはまだ早いの~」
「そうじゃなくて……エムリアさんにお願いがあるんだけど」
僕の願いの中でも、簡単なヤツだ。できることは早くやった方がいい。
「光壁の光量を強めるついでに、青雲堂の景色を投影できないかな?……一日中でなくてもいいからさ」
「……それなら、マオマオ様のマリョ、2割5分で手を打つの~」
「それ、魔族と鬼族たちの協力がなくても?」
「それくらいだと思うの~」
この街全体の魔力を管理してるエムリアさんが、そう結論づけたんなら大丈夫かな?不安は残るけど。
「んじゃ、それでお願い」
軽い同意の後、予想の斜め上の展開が待っていたことを僕はまだ知らなかった。
窓の外には、大写しになったエムリアさんが浮かんでる。背景は、僕の寝室だ。
「街のみんな~エマエマなの~」
エムリアさんは街妖精だ。つまり、街の妖精たちを仕切ってもいて、その中には家庭に住みついてる家妖精も入っている。家妖精を通して、このレクアの全世帯に連絡できる。まあ、前世の大手プロバイダとかSFのマザーコンピュターとかに相当してる……と言うには、本人が無自覚だけど。なのにワザワザ空に投影までするのは……本人の趣味と魔力のムダだ。この子は目立つのが好きなのだ。一種のゲリラライブ趣味なのか?
「以前もお知らせしたの~先日就任した魔王様が、今日からたくさんマリョくれるの~だからみんなのマリョも昨日までの半分でいいの~」
ちなみに、狭い寝室で全世帯同時中継をやられた僕です。部屋の内部が暗い空に投影されてるのが窓から見える。これが恥ずかしいやら、情けないやら……だって、魔王の部屋がこんなんだなんて、街の人たち、絶対ロマンをなくす!せめて元老院でやればいいのに!
「本当は魔王様から直々にお言葉をいただきたいの~」
思いっきり首をふります!全身で拒否のアピールです!幸い今なら僕は映ってない。できればこのまま映りたくないし、僕みたいな情けないのが魔王だなんて知られたくもない。
「旦那様は奥ゆかしいの」
なんてエスリーがかばってくれるけど……こんな僕が魔王なんて知れたら、レクアのみんなも絶望しそうだし。だから元老院主催の就任式も全力で断ったんだ。もう、半ば実力行使をちらつかせてあきらめさせた。
「……魔王様はお湯くかしいの~だから直にお声はかけないの~」
で、エスリーの言葉を変に言い間違ったエムリアさんだけど、これ、街中に恥をさらしてないか?まあ、ここだけなら僕の恥じゃないし、この子はこういうキャラ設定で認知されてそうだからいいや。
「だけどごあいさつの代わりに街の空を明るくきれいになさるの~」
エムリアさんがそう告げた。
街を覆う光壁は、街中の魔力を集めてエムリアさんが展開してる。これがあるからでっかい竜に飲まれたままで、胃液にも溶かされず、竜の巨大な体内生物に襲われることもなく……いや、けっこう襲れたけど……レクアの国土は保たれている。そして、陽光には及ばないながら時間に応じて光を照らす。だけど、この国を覆うその魔力使用量は膨大で、だからどうしてもいろいろな問題が起きてしまう。中でも住民の健康問題は深刻だ。さらに言えば……日当たりの悪い中、子どもの死亡率がとんでもない。そして……最低限に抑えられた光量は住む人の心も暗くする。だから僕は願った。まずはせめて、空だけでも明るくしたいと。前世で、仕事に行くのも辛い朝だって、青い空さえ見られたらなんとか頑張れたんだって。まあ、頑張ったせいで過労死しちゃった僕だけどね。
だから……エムリアさんが投影した、青雲堂の、竜に飲み込まれる前の世界を再現した空間の空が、レクアいっぱいに広がって。
「ふう……やっぱり朝は、青空がいいよね」
少し泣きたくなった。これは今はまだ自己満足かもしれないけど……でもこれが僕の第一歩だ。
窓から見える湖も、青い空を映してキレイだった。エスリーもエムリアさんも、もとはあの湖の妖精だったせいか、今はいつもより生き生きと、そしてきれいに見えた。
「これ、魔王様のおかげなの~感謝なの~」
青空を背景にエムリアさんは笑った。そしてふっと消えた。
はあ~……たったこれだけ伝えてもらうために、僕の寿命はどんだけ削られたんだろう?
「旦那様……やはり今日はお休みになられた方がいいの」
ゲッソリした僕に、エスリーはたいそう慈悲深い言葉をかけてくれた。
「そうするよ、エスリー」
僕は、寝室にこもることにした。
「え~エマエマ頑張ったの~街のみんなの声をマオマオ様に届けるの~」
「……明日にして」
資源調査計画は、一日目にして頓挫しそうだ。
「マオマオ様~でも、エマエマ頑張ったから、少し多めにマリョもらうの~3割でいいの~」
「マジで?」
全魔力の3割ももっていかれると、普通の人はかなりの確率で体調不良を起こすらしい。精神力を随分消耗した今の僕に、それは耐えられるんだろうか?思わずエスリーにすがってしまう。
「3割くらいなら、旦那様なら平気なの」
なのにエスリーさん?
「あとでエスリーも旦那様から魔力をいただくの。だからエマはその前にさっさとすませてほしいの」
「妖精って鬼か!吸血鬼なのか!」




