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その20 悪魔の取引

その20 悪魔の取引


 生まれて初めて、自分からなにかになろうって思った。

 それが異世界に転生して魔王になることだなんて思いもしなかったけど。

「ママは僕に魔王になれなんて言わなかった!ただ世界を救ってほしいって言っただけ!」

 それだって、決して強制じゃなかった。懇願に近かったって思う。

 ・

 ・

 ・

 僕の右手は、まだルリエラさんの尻尾を離さない。どんなに左手が邪魔しても、そのツメが皮膚を破ってるけど肉に食い込んでるけど、絶対に放しちゃいけない。

「僕は魔王になる。なってこの世界も、あなたも救う!」

「キさマァ!イいカげんにシろオ!」

 今ではもう、完全に竜と化したルリエラさんが吠える。その目は赤く、その開いた口からは凍気がもれて、周囲の空気を細氷ダイヤモンドダストにしてキラキラ光らせる。いや、尻尾に触れてる僕の右手までもみるみる凍り付いていく。昔のマンガの白鳥座さんだね。いや、僕はマンガにはそんなに思い入れはない。やっぱりゴア〇ン〇ンだろ?ペ〇ラが再デビューしたのは知らないし。

「……あれ?」

 そんな妄想プレイバックの間に、右手の氷が解けていく?なんだ?僕はレインボーダッシュ2でもファイアーマンでもないぞ?

「そっか……そうだよね」

 いつの間にか、僕の左手は右手と一緒にルリエラさんの尻尾をつかんでいた。

「お前は、ルリエラさんの一部だったけど、今では僕でもあるんだもんな」

 左手に意志があるわけはないけど、ルリエラさんとつながってることは感じてた。僕を守ったり、傷つけたり、わかんないことばかりの左手だけど、今は竜の前脚に見えるけど。

「ルリエラさんが、僕を産んだ母の一人で、おそらくはそのせいで竜化が進んだんなら」

 僕を憎むのは当然だ。だけど。

「さっきの投射魔術が外れたのも、無意識化で僕を殺したくないからだ」

「キさま、ナにをイってル?」

「……あなたも、心の底では僕を殺したくなんかないってことさ。殺せるならとっくに殺してた」

 この時、それまでとは違う意味で空気が凍った。

「あ?……やっちゃった?」

 人間、思わぬ本音を突かれると、それが隠していたものであればあるほど、都合が悪ければ悪いほど、逆上するって、僕は前世のヤラカシで思い知ったはずなのに……調子に乗ってました?

「シね!」

 ルリエラさんは大きく息を吸い、そして勢いよく吐いた。つまり、ドラゴンのブレスだ。凍気がまるで光線のように吐き出されて……僕の全身は凍り付いた。死んだな。

 ・

 ・

 ・

「どうだ?バカは死んでも治らぬ。思い知ったであろう」

「……まあ、僕がまだバカなのは認めますよ」

 死んだな。そう思った。そして今、僕の周りは虚無だ。手足の感覚もなく、何も見えないし聞こえない。だけど、なぜか目の前に、あの黒い影がたってることがわかる。その声も聞こえる。

「ならば、いい加減賢くなれ」

「はい?」

「無意味なことをやめればよい。それでキサマは……」

 無意味。転生した僕がやってたことは無意味……か。

「楽になれる」

 前世でも苦労ばかりだったな。転生しても、なんだか、いろいろやってた割には結局何もできなかったし……無意味だったのかな。

「何より」

 ゴメンなさい、ママ。お願い、かなえられませんでした。すみません、天使さん。せっかく転生させてくれたのに、幸せになれませんでした。

「賢くなれば、キサマには力が手に入る」

 シャルネさん……僕があんなことを頼んだばかりに、上司ににらまれ捕まっちゃうなんて、出世もなにも悲観的ですよね。イシャナさんも、あなたを魔王にするって約束してけど、いろんな意味で守れなくなって。二人には、お詫びのしようもありません。

「少し考えればわかるであろう?キサマの体は12体の魔王の結晶……望んでできぬことなぞない」

 エルダさん。せっかく僕を見届けにきてくれたのに無駄足させて。エムリアさんには……どういっていいかわかんないけど。

「こんなことで死ぬものか」

 エスリー……ごめん。ごめんよお……帰ったら、耳掃除の続きをしてもらうはずだったのに……約束したのに……ごめん!

「おい!聞いておるのか!」

「うるさいなあ」

「う、うるさいだと?」

「せっかく人が死の間際にいろいろ浸ってるのにジャマしないでよ」

「キサマ、あっさりと死ぬつもりなのか?それでいいのか?」

「いいわけないだろう!僕はママのお願いも天使さんの期待にも応えられずに死んじゃうんだぞ!……小さなエスリーとの約束も守れなくて……」

 悔しい!悔し過ぎる!せっかく僕は魔王になるって覚悟したのに、僕の夢を思いだしたのに!

「そんなこともわかんないで、エラソーにつぶやくな!」

「……キサマが死にたくないことはわかった」

「当たり前じゃないか。誰が死にたいもんか!」

 あれって違和感がようやく芽生えた。この影は……誰だ?もう何度も会ってるはずだけど、一時はルリエラさんかって思ったけど違うみたいで。でも……決定的な違和感が残る。

「そうか。後悔しておるのだな。ならば」

「バカか?」

「バ、バカ?……我をバカ?」

「僕は確かに死ぬほど悔やんでる!」

 死んだけど。

「でも、それは後悔じゃないぞ!」

 僕が短い転生で経験したことは無意味かもしれないけど、

「だって、もう一回やったって、きっと僕は同じルートを進むに決まってる!」

 これはリセットもセーブもない、ゲームじゃないんだから。限られた時間で少ない情報で僕は進むしかなかった。この世界のことを調べる時間が欲しいって思うけど、次々襲う外敵やらでそんな時間がなくなって。

「より正しい方向にやり直したいとは思わぬのか?」

「正解は何度も出した!」

 完全な正解じゃなかったにしても、条件の中では最善の道を僕は常に探したんだ。

「……だが、死んだではないか」

「それは僕の力が足りなかったんだ」

 予想外の僕の反応に戸惑っていたらしい影は、ようやくいつものトーンに戻った。

「だからもっと賢い道を進めと言ったであろう」

「……ムリだ。だって、あの道が今の僕の生き方だったから」

 ママを信じること。シャルネさんを助けにいくこと。ルリエラさんを説得すること。全部違う道があっても選べない。転生した僕にはそこはやり直しがきかないんだ。

「そんな愚かなことでは魔王になぞなれぬぞ」

「そうかい?……でも自分の道を選べないんなら、魔王になんてなる意味ないね」

 前世では自分の生き方なんて見つけることすらできなかった。転生した今だから、せっかく見つけことができたからこそ力が欲しいって思った。だけど魔王になっても自分らしく生きられないんなら、そんな非力な魔王なんてお断りだ。転生した僕の勝利条件は、世界を救って、僕も幸せになることなんだから。

「い、意味がないだと!キサマごとき愚かで非力な存在が、魔王を無意味だと!?」

「うるさいなあ……だから、あなたと僕は違う存在なんだ。価値観が異なるからって、大きな声で威圧するのはやめてくれる?」

 違和感が大きくなる。こいつは、思いっきりイヤなやつだけど、何でも知っててウソは言わない、そして何があっても動じず、僕を冷ややかに眺める存在だと思ってた。

「価値観?キサマ、力が欲しいとは思わんのか?やり直したいとは思わんのか?」

 だけど、この影の揺らめきはどうなんだ?それこそ、動揺し過ぎ。

「……そうか。僕が力を望まないと、あなたは困るんだ」

「……………………」

「ここでの沈黙は肯定だよ?」

 まあ、この影はウソは言わない。ならばそういうことになる。

「それに、あなたは魔王が12体と言った。でも僕がルリエラさんの記憶で見た、僕の誕生に立ち会った存在は13体……あなたがあの場にいた13体目ですね」

「……………………」

 僕の誕生に関わり、そして僕に力を持てと言う、この影はなんなんだ?

「まあ、いいや。あなたの正体はいずれわかるし、何とかする」

 そこまで興味もないっていうか、正直、むしろ知りたくないってブレーキが強い。

「……うぬぼれるな」

「だけど、今は優先することがあるよね。僕にもあなたにも」

「なんのことだ?」

「僕がこのまま死んだら困るんだろう?僕だって困る。だからお互い、そこは一致してるよね?」

「おお、ではやはり力が」

「いらない」

「ぐ?なにを」

「だから……僕が生き返る手助けだけしてよ」

「なんだと?」

「このまま僕が死ぬよりいいだろ?だけど、不必要な力は僕を不幸にする」

 ……誰に言われたんだっけ?でも、この影の言う通りに力を望んだらいけない気がする。

「だから、僕がこの状況をなんとかするくらいの手助けをしてくれないかなあ」

「そんな都合のよいことがあるか」

「あるんじゃないかな……だって、ここがお互いの利害が一致する正解ですよ」

「利害!?正解!?なんでも取引ですむと思うな」

「意外にすむんじゃないかな」

 ルリエラさんや元老院の時は失敗したけど、あれは初対面とか未見の相手で、しかも思ったより感情的な人たちだった。人じゃないけど。でもこの影は何度も会ったし。

「だって、あなたは賢くて合理的な相手だから」

 今でこそ、妙に感情的だけど、基本、いやらしいくらいに。

「キサマ……アクマか」

 悪魔っぽい相手に悪魔扱い。ま、これは誉め言葉だよね。でも人間は、とりわけ僕の母国は昔っから機会主義って言われてて、自分に都合がよければ神様とでも悪魔とでも取引できるって罵倒されてたっけ……ええっと書籍部門時代に読んだ宣教師の日記にあったな。

「いいえ、ただのブラック企業の元社畜です」

 営業だって、成績は悪くなかったしね。

 ・

 ・

 ・

「キ?キさまァ!?」

 目の前には、大きな口を開けたままのルリエラさんだ。どうやらうまくいったらしい。

「ルリエラさん……もしあなたが本気で僕を殺すつもりなら、凍った後に踏みつけてコナゴナにしてますよ」

 僕の両手はエライ!あんな状態でもまだ尻尾を離さなかった。両手が、僕に教えてくれた。そして、凍りついたはずの僕の全身から湯気があがってる。

「僕の誕生に、あなたの竜化が必要だったんですね。だからあの影はあなたを」

「コんどコそシね!」

 振り回された尻尾は空高く上がり、その後地面にたたきつけられた。

「ごめんなさい……こんな僕が生まれてきて。それであなたの竜化を、ここまでひどくしてしまってごめんなさい」

 だけど、僕は地面に触れる前にいったん手を離した。おかげでかなり飛ばされたけど、この体の身体能力は、きれいに着地させてくれた。優秀だ。そして、これでも十分だ。これ以上の力なんて僕には多すぎる。

「だけど、そんな僕だから、あなたを戻すことはできます!……もう地上にはいられないけど、また湖底に戻るのはイヤかもしれないけど」

 再び凍気のブレスが僕を襲う。だけど、今度は僕の左手が氷の盾で防いでくれた。

「あなたをもう一度、イシャナさんに会わせるくらいはできます」

 養い子のイシャナさんだけど、ルリエラさんが苦しい時にきっと心の支えになっていたんだろう。間違いなく二人は親子だ。まあ、エスリーたちを育児放棄したのは少し忘れよう。

「ウるさイィ!ダまレェ!」

 時に「正解」を押し付けることは暴力だ。僕もいい加減知ったはずなんだけど……痛いね。

「ごめんなさい、ルリエラ母さん」

「カあサンなどとドのクチでイウ!」

 僕を誕生させたことでひどい目にあったルリエラさんだからか、心底イヤそうだ。

「ではルリエラさん」

 左手の展開する盾を降ろし、僕は近づく。

「……そんなになって、そんな姿になって、それでも僕はあなたに言わなきゃいけない」

「ナにを?」

「産んでくれて、ありがとうございます」

 こんな僕だけど、ここに生れたから、ここでできことがある。今は魔王になって、この世界を救って、そして、ここに大人になっても夏休みがとれる国つくることをめざせるんだから。だから心から言える。ああ、前世でも言いたかったな。

「本当にありがとう……ママ」

 棒立ちになったドラゴンのお腹に、僕は抱き着いてキスしたんだ。ドラゴンは動かなくなった。

 

 ルリエラさんの竜のウロコがなくなって、みるみる小さくなって、尻尾も翼もなくなったのはもったいないって思うけど、気がつけば、ツノこそ残ってるけど、きつめの顔立ちの美人さんが立っていた……全裸で、僕の目の前で。

「無礼者!」

 そして……僕はルリエラさんにひっぱたかれた。だけど、ルリエラさんの顔は少し赤かったって思う。赤い理由は……どっちなんだろ?



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