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その16 魔王語り

その16 魔王語り


 淡く輝く薄桃色の光は、もう僕の手を離れてそのまま床に立った。そう、アルビエラ母さんの形になって。魔法とか精霊とかわからない僕だけど、この桃色の光がアルビエラ母さんの意識をもっている。

魔王瘡まおうそか。こうも明瞭に発現できるとは驚きだ」

「これもモーリちゃんが素直でいい子だからですよ、ルリエラ様」

 僕の右手に刻まれたアルビエラ母さんの花の章紋は、魔王斑、つまり魔王とのつながりを示すものらしい。だけどそれが介在して魔王その人がやってくるなんて想像もしなかった。そこに

 その目の前には、ウロコに覆われ翼と尻尾のある女性が一人。僕はこの世界にリザードマンがいたのかと思ったけど、それは間違いのようだ。

「ルリエラ?……ママ、ルリエラさんて言うのは先代の魔王さんじゃなかった?」

 この胃世界を統べる12人目の魔王で、イシャナさんの育ての母。そして、数日前に地上を去ったはずの人のはずだ。

「そんな人がなんでここにいるの?そして、なんで、そんな姿なの?」

 このレクアの魔王とは、魔族の王のはずだ。この世界の魔族とは強い魔力をもった種族で、だけどその姿はこめかみにある小さなツノが、背中に羽が、お尻の上にチョコンと尻尾が生えてるくらいで、あとは人族の女性とそんなに変わらなかった。

「そんな姿、か。貴様にもさぞ醜く見えるのであろうよ」

 憎々し気に話すルリエラさんは、昭和の特撮お姉さんぽくて、けっこう僕のストライクな女性なんだけど、さすがにそのウロコはリアル過ぎてちょっとだけ苦手だ。

「醜いとは思いませんけど、竜みたいな姿なんで驚きました」

 それで素直に言ったけど、ルリエラさんは全く信じたそぶりはない。

「モーリちゃんは見た目で人を判断しないいい子なのね」

 それでもアルビエラ母さんは僕を褒めてくれたから、まあいいや。

「竜みたいな、か。これが魔王の末路だ。己の魔力を振り絞れは、それだけ竜の力に飲まれ姿も変わり果てるのみ」

「……モーリちゃん……少しママたちのお話を聞いててね」


 このレクアが世界竜に飲み込まれたことで、本来ならば世界に満ちあふれる魔力は、ここではほんのわずかな精霊たちと残された者たちの魔力でしか得られなくなってしまった。そのわずかな魔力だけで、世界竜の胃酸から国土を守ることに限界がある。

 しかしそんな状況を覆したのが、初代魔王リエラさんだ。彼女は、この世界にも膨大な魔力があることに気づき、それを得るために自らを進化させた。そう、彼女は、魔法国家レクアきっての錬成魔術師でもあった。

 錬成魔術師とは、僕たちの世界でいう、錬金術師に近い。ただ、僕たちの世界には本当の魔法がないか、或いは失われてしまったのに対して、この世界では魔法がある。だから、魔法の力も利用しながら、すべての生命・非生命をあるべき完全な姿に進化させるのが錬成魔術師の目的らしい。

「違うわ、モーリちゃん。厳密に言うと、その過程を通して世界の究極の真理にたどりつくのが目的なの」

「難しいですね」

「茶番はやめよ、8代殿。貴殿こそその実践者であり、そのオスビトこそがその作品であろう」

 ルリエラさんの視線は厳しく殺意に近い。そしてそれは僕の出自を知ってるからだ。そう、僕の転生体は、12人の魔王の体の寄せ集め。それはマッドな科学者やら錬金術師やらの悪夢がつくりだしたクリーチャーそのもの。

 やっぱり僕はホムンクルスとかフレッシュゴーレムとか、そっちに分類されるべきモンスターなんだろう。うすうすわかってはいたけど、今まで面と向かって言われなかったことを指摘されて、今さらながらショック……。

「……少々異なります。この子はわたしの作品ではありません」

 そしてママは、薄桃色のママは振り向いて僕を見つめて優しく言うんだ。

「モーリちゃん。あなたはわたしたちの自慢の息子なの。決して錬成魔術の実験台なんかじゃない」


 僕をつくる計画は、8代目魔王であるママ、アルビエラ母さんが中心になっていた。だけどママは、それ以前の、つまり7代目までの魔王とは決定的に異なっていた。

「魔王の血統、レクア王家の王族の血は7代マリエラ様で途絶えてしまったの」

 マリエラさんは、実は6代リリエラちゃんの双子の妹だった。

「え?それじゃ、マリエラさんも子ども?」

「ええ。幼いリリエラ様が亡くなられると、その妹のマリエラ様がやっぱり幼いまま魔王になったの。だけど……やはり長くはなかった」

 魔王となった者は、その魔力を世界を守る光壁に費やさなければならない。それは大人であっても過酷すぎることで、魔王に就任するのは、王族の血統の中でも最も魔力の強い者と決まっていても、それでもその治世は代を経るごとに短くなっていった。

「もともとの魔力量が代を経るごとに小さくなっていったのね。仕方のないことだわ」

「ふん。それを改善したのが8代殿であろうが。初の外様の魔王、アルビエラ殿」


 魔王の後継者を失い、食料も資源も枯渇。そんな状況の中で、胃世界で生き残った他の土地の唯一の生存者が発見された。ママの国は、ついには胃酸に耐えきれず失われたけれど、ママは地下に隠されて生き延びた。そして奇跡的にレクアの探検隊に発見されたんだ。

「8代殿は、その失われた国の遺産をレクアにもたらしてくれた。おかげでレクアもまた生き延びたと言える……まあ、そこは認めざるをえまいが」

 しかし魔族ですらないママにとって、魔力を魔王に賴りきった仕組みは危険に思えたのだろう。エムリアさんを媒介にして、住民の魔力を魔王の補助に利用する仕組みはママがつくった。そのシステムの完成までに多くの住民と国土を失ったけど、なんとか間にあい、その功績でママは8代めの魔王となった。

「……別に魔王になりたなんて思ってなかったのよ。でも、国が亡んじゃうのはもうイヤだなって思ったの」

「しかし魔力なき魔王の治世に、元老院の勢力が大きく伸びたこともまた事実。今のレクアの状況も、元をただせば8代殿のせいであろう」

 それまでも、魔王の輔弼機関でありながら代替わりもしない元老たちは、魔王の代を経るごとに実権を把握していった。しかし、ママの時代になって、魔王の血統でない魔王が就任したこともあり、その勢力差は決定的になったらしい。それでも魔王に仕える家宰の一族を新たな元老に任命し、元老院に介入しようとしただけど、うまくいかなかった。

「……わたし、実の娘アルシャイアとはうまくいかなかったのよね」

「シャルネさんのお母さん……ルリエラ様の代まで家宰だったって言ってた……」

「うん。シャイアは真面目ないい子だったんだけど、元老にはなりたくないって随分嫌がって、せっかく説得したけど、やっぱり本人がイヤイヤやらされてるって思いのせいか、元老院じゃあ全然だったの……それで結局、わたしとも険悪なまま」

「シャイアはよき家宰であったぞ。家宰、つまり魔王の代行者としてなんの不足もない。ただ、海千山千の老怪どもの相手には向いておらなんだだけのこと。そこは8代殿の失態であろう」

 アルシャイアさんの話になると、ルリエラさんも少しだけ穏やかな顔になった。つらい魔王の時代にも、懐かしい思い出はあったんだろう。

「我がこうなり始めた時には、ともに嘆いてくれた」

 しかし、自分の長く鋭いツメを見て、ルリエラさんはまた剣呑な雰囲気になった。

「8代殿の遺言で、魔王の血統に関わらず、国中で最も魔力のある娘を選抜し、幼き頃より後継者として育てるようになった。加えて非常時には住民の魔力を集約できる仕組みもできた。それで一時は収まった魔力不足も改善したのだが……」

「ええ。所詮は一時しのぎです。根本的な解決にはほど遠い」

 ママは魔力の負担が少なかったせいか、地上を去ってからもあまりその姿にも影響は残らなかった。しかし……皆無でもなかった。

「だから湖底にいってからもいろいろ相談したり研究したんだから。とりわけ真祖様には随分気に入られちゃって、たくさん教えていただいたの」

「熱心なことだ。では8代殿、それでも竜化を防ぐすべはないのか」

 竜化。魔力を使い果した魔王が竜のような姿に変化すること。ルリエラさんまで進んだ魔王はあまりいないけど、完全な竜になった魔王もいないことはないそうだ。

「……真祖様は後悔しておりません。あの姿もレクアを救うには仕方なきこと、と」

「我とて、仕方なきとは思う!しかしイシャナがこうなるのは不憫でならぬ!」

 だから、そう、ルリエラさんはイシャナさんが魔王になることに、自分のようになることに耐えられなくなったんだ。

 僕は、まだ中学生くらい見えるイシャナさんの偉そうな話し方が、ルリエラさんそっくりなことに今頃になって気づいた。

「……真祖様が、魔王となるにあたって、世界に満ちるマナの代わりになる魔力に気づいた時から、それはもうどうしようもないことなのです」

 世界に満ちるマナの代わり?僕はこの数日で聞いた話を思い出しながら考えた。

「ママ、マナの代わりになるものって……まさか!?」

「モーリちゃん、もう気づいたの?偉いのね」

「魔王みたいに魔力が大きい生物もまた一個の世界として認められることはあるって聞いたけど、でも、魔王が力を借りる存在で、この世界にあふれるものって言ったら一つしかないじゃないか!」

 それならわかる。それしかない。だからか……だから魔王は竜化するのか!

「そうだ。我ら魔王は、その力の根源を世界竜との契約で満たしている」

 絶望的なルリエラさんの声が響く。

「真祖様は、最初にそのことにお気づきになって、自ら世界竜と交信されたの……自分たちを世界の害悪と認定した世界竜とね」

 そして淡々としたママの声が、僕にはどこか悲し気に聞こえる。

「我らを滅ぼさんとした者の力を借りて生きながらえる……我らはなんと屈辱的で憐れな生き方を強いられるのだ!」

「ルリエラ様、それでも生きているが故の屈辱です。生き延びる以上に大事なことはありません」

 母国の滅亡を体験したママの言葉は重く、その声はいつになく冷厳な声に聞こえた。しかしルリエラさんには、自分自身の絶望でいっぱいになっているルリエラさんには届かない。

「貴殿は己の姿が変わらぬから!血を分けた娘がこの苦しみを知らぬままであったからそんな涼しい顔でいられるのだ!」

 魔王になったものは、光壁の維持のために常に魔力を費やしている。それこそ寝ても覚めてもだ。常に緊張を強いられ、安眠とは無縁にあり、また街の中央部からは離れられない。そして、魔力の負担はその寿命を大きく削る。歴代魔王の平均治世は十数年。魔王の血統から外れるここ数代に限れば10年すら切っている。そして、魔力が枯渇し竜化が始まった魔王は、地上を去る。

 しかしルリエラさんは頑張り過ぎた。竜化が始まったにも関わらず、そこから更に頑張った。それはまだ幼かったイシャナさんにかける負担を減らしたかったからかもしれない、しかしその頑張りは、自分の竜化を大きく進めて、イシャナさんに自分の姿を見せられなくなってしまって。だからルリエラさんは突然地上を去ったわけだ。

 どんなに頑張っても、自分自身も、自分が一番大事なものも守れないなんて。

「ここってホントにブラックだね」

暗くて狭い密室の中でふたりの元魔王を見つめながら、僕はこの世界に来てから何度目かのため息をついた。

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