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その14 元老院前の戦い

その14 元老院前の戦い


 エムリアさんの転移シフトで、平衡感覚も方向感覚もリセットされた僕は例によってふらついてしまう。いいや、原因はそれだけじゃない。目の前の建物のせいだ。

 御影石で覆われたその豪壮な建築物は、このレクアにあるそのほかの貧相で没個性的な家々とは違い過ぎる。ここだけまた別な異世界みたいだ。高い石壁に囲まれた広い土地は、どう見てもこの街の居住面積を圧迫しまくってる。

「僕の家とは大違い過ぎる……」

 僕は、前世の国の建売住宅よりせまいあの家を思い出し、なんか義憤に駆られた。うん、義憤です。私怨じゃありません。

「あの家なら何十軒、いや、百軒くらいは軽く建つぞ」

 そこだけ比べても、魔王と元老院との権力闘争はとっくに決着がついてたってわかる。

「だけど二階建てなんだ?」

 そう。冷静になってみれば、高さだけならそこまでじゃない。こういう建物って背中を痛めるくらい反りあがって見上げるものだって思うのは僕の偏見なのか?

「そうなの~光壁を展開するジャマになるから二階建てまでって真祖様がお定めになったの~」

「そこは守ってるんだ」

「守らないと、エマエマの光壁が削っちゃうの~」

 この街を、いや、国土を覆ってるのはエムリアさんの光壁だ。狭いとはいえ一国を覆うからには莫大な魔力を費やしていて、その源は住民から供給される。それを少しでも節約するために建物の高さは厳密に定められてるらしい。

「だけどゲロゲロたちが空間魔法で内部を拡張してるからあまり意味ないの~」

「魔法で屋内を広げてるの!?」

 どっかの猫型ロボットにもそんなアイテムがあった気がするけど、それをリアルにやっちゃうんだ。さすがは魔法だね。

「去年のことなの~エマエマも手伝ったの~ユカユカが二倍くらいになったの~」

 床面積が二倍になって、拡張した部分には屋内庭園がつくられたらしい。

「だけど魔力も精霊も少なくなってるのに?」

「そうなの~おかげでエマエマが集めた魔力は今もゲロゲロの維持に使われてるの~」

 立派な公私混同だな。亡国の政権には珍しくもないんだろうけど。


「エムリア様。ここから先はお通しできませぬ」

 豪壮な建物にふさわしいこれまたご立派な門の前に、一人の紳士がたたずんでいた。その背景に溶け込んだその立ち姿はただ者じゃない。

「テネスなの~ゲロゲロ本館の家妖精なの~」

 タクシード姿がよく似合うナイスミドルな人族に見えるけど、立派なブラウニーらしい。

「ホントはゲロゲロの中にテンテンしたかったの~だけどテネスがジャマしたの~」

「家妖精なのに、街妖精のエムリアさんをジャマできるんだ?」

「さすがはゲロゲロ直属の妖精なの~頑固で融通が利かないの~だけど……う~んなの~?」

 アイドルみたいなエムリアさんが、珍しく不思議そうな顔をしてる。

「エムリア様。そこの人族が現在このレクアを騒がせる張本人でございますね」

 テネスさんの、その背後から兵士さんたちが現れた。隠れてたらしい。固そうな革鎧に覆われ、額にはツノ。鬼族の雄士隊だ。

「僕がここに来ることまで織り込み済みか」

 さすがに軽率だったかも。だけど、様子見なんてできなかった。もっと調べることだってあったけどガマンできなかった。僕はここに来てから迷わず決断できるようになったって思ってたけど、それはこらえ性がなくなっただけなのかもって初めて気づいたんだ。今の僕は待つことも迷うことも苦手なのかもしれない。

「キサマがモーリという異邦人か。ふん、貧弱な体に情けない顔だな」

 そう言うフレダンさんは、美形の上に立派な体格で、美丈夫というやつだ。すっかり上から目線です。

「大人しくお縄につけい!」

 僕に近づいて来たフレダンさんは、派手な色合いが多い鬼族の中でもひときわ派手で高級そうな鎧をまとっている。あの革鎧の表面、金細工だよ。

 だけど彼とは竜酸菌の一件で会ったはずなのに、僕のことなんかおぼえてないらしい。

「僕は悪いことなんかしてませんよ」

 通行禁止ならまだしも理由なく捕まるのは御免だ。

「愚か者!異邦の者が許可なくレクアにいることが既に罪なのだ!」

 密入国か。それは言い訳できないよなあ。

「かまわん!捕縛しろ!」

 フレダンさんはどうせ最初からその気だったに違いない。僕の返事を待たず号令し、部下の鬼族兵士たちがテネスさんを押しのけて僕の前に殺到してくる。

「鬼ってウトウトなの~」

 とはいえ、竜酸菌との戦いで半数が戦死し、部隊再建の途中だろう。十人かそこらしかいない。それでも無力な僕はとしては、できる手は一つだけだ。

「エムリアさん、お願いしていい?でも手荒なのはなしの方向で」

 そう言って僕はフリルにまみれたミニのドレスの後ろに隠れた。

「オケオケなの~」

 エムリアさんは僕のみっともない懇願に頼もしくうなずいてくれた。そして僕の周りにはエスリーの光球みたいな防壁が展開されたんだ。

 群がる鬼族の武器や拳が輝いている。鬼族は魔族と違って魔術より魔闘技が得意なんだって。つまり自分の生体魔力オドを増幅し直接敵にぶつける戦い方だ。その威力は怪獣竜酸菌を傷つけるくらいだった。見た目だけなら女子中学生アイドルみたいなエムリアさんにそんな相手を押し付けた僕はヒドイヤツだ。今さらながら自己嫌悪だね。

「くらえ、我が破道拳を!」

 だけど拳に魔力を集め殴りかかる大きな鬼族さんを、エムリアさんはハイキックをこめかみにあてふっとばし、そのまま昏倒させた。あれ?魔術なしでもかなりお強い?

 で、キックの姿勢のままで一言。

「鬼ってムサムサなの~」

 だけど超ミニでその姿勢はいけない……きわど過ぎます。

「……見えちゃいますよ」

「大丈夫なの~見えない魔法がかかってるの~」

 かばわれてる僕が言うのも変だけど、魔法の使い方、間違ってるよね。

 なんて言ってる合間にも、エムリアさんの背後から別な鬼が迫ってきた!

「覇裏剣殺法!」

 2mはありそうな体格にその身長くらいの大剣が大上段から斬りかかった。

「鬼ってダサダサなの~」

 でもエムリアさんは振り下ろされた剛剣をかわし、今度はその顎先に後ろ蹴りをかました。その鬼はそのまま天高く昇っていった。この世界には星がないのが残念です。

 エムリアさんはその後も得意な擬音詠唱魔術を使わず、格闘術だけで大きな鬼たちを倒していった。そのくせ短すぎるスカートの下は、タイミングよく別な鬼の背中が入ったり不思議な風が吹いたりして絶対に見えなかった。まるでなんかの監修が入ってるみたいだ。

「鬼ってヨワヨワなの~」

「……おかしい。やっぱり、魔法なのかな」

「マオマオ様~エッチなの~」

 汗一つかかずに鬼族兵士全員を戦闘不能に追い込んだエムリアさんだ。

「そうじゃなくて!格闘って体重差がそのまま力の差になっちゃうはずなのに……」

 ボクシングでも柔道でも、だから基本は体重別だ。だからこの子の一撃で鬼たちが吹っ飛ぶのはおかしいわけで、あれも魔闘技とか?または実はこの子、超重いとか?

「マオマオ様~なんだか失礼なこと考えてるの~」

 エスリーもそうだけど、僕の魔力を受けた妖精たちは僕の思考を感じ取りやすいみたい。けっこういろいろ感づかれちゃうんだよね。

 そんな時、僕に向けて、一筋の稲妻が飛んできたんだ!慌てて飛びのいてもよけられるわけないけど、光球がバチバチ火花をあげてる。守ってくれたんだ。危なかった……。

「我がサンダーブレードの一撃を防ぐとは……さすがは管理者の防壁!」

 ああ、あれ。フレダンさん自慢の、魔法武器だっけ。今も彼が持った刀身は帯電したままで、青白い火花が散って……え?

「ぐほっ!?」

 そこに一瞬で詰め寄ったエムリアさんがみぞおちにエルボーをかましたんだ。

「マオマオ様を狙うのは許さないの~」

 それはうれしいけど。確か肘って人体で一番固いって聞いた気がする。それがあの速さでみぞおち……実はちょっと怖いです。のたうちまわるフレダンに同情するね。

「おっと?」

 フレダンさんの手を離れたサンダーブレードが僕の足元に転がってる。僕が拾っても使えないし、大事な家宝みたいだから返そうかな。片刃の直剣は魔法武器らしく、持ち主の手を離れてなおきれいに輝いている。僕はその柄を握って持ち上げ、よく見ようとしたんだ。

 刀身に刻まれてる精緻な模様は、中級魔術「雷撃サンダーボルト」を呪符した魔法回路らしい……って!?

 バリバリって音がするや、魔法回路が焦げつき、刀身が真っ黒になった。これって……。

「ああああ~我がサンダーブレードがああああ!」

 絶望的な血の叫びだ。いたたまれない。

「……僕のせい?」

 善意の行動だったのに、それがもたらした悲劇に耐えられず、僕は救いを求めた。僕の視線はエムリアさんにむけられ、だけど、あっさり目をそらされた。

「……マオマオ様の魔力を直に受けると、マジックアイテムなんかコゲコゲなの~」

「そういうの、早く教えてよ」

 もちろん、それは八つ当たりです……自覚あります、いちおう。嘆き悲しむフレダンさんには悪いけど、まあ、あれで狙われたのは僕なんだし、その僕が慰めるのもおかしいし。

「……マオマオ様、先に進むの~」

 そのエムリアさんの提案にのっかることにした。


 瀟洒な装飾がなされた石門の前には、もはや家妖精のテネスさんしかいない……そう思ってた僕は甘ちゃんだ。自分を殴りたくなったのは、転生して何度目だろう?

「ジナさん……」

 奥の扉の前には、見覚えのある半裸の魔族たちが並んでいた。その一人は、昨日僕を護衛してくれた子で、口は悪いけど実は親切だったんだ。

「……あんたのせいで隊長が捕まったの。あんたのせい!あんたが悪い!」

 だけど金髪を振り乱し僕をにらむジナさんは、昨日までのジナさんじゃなかった。

「そうよ!あなたと引き換えに隊長を解放してくれるって!」

「これも元老の命令なんだから!」

「もとはと言えば、隊長を利用したの、あなたなんでしょう!?」

 そして、シャルネさんの部下の人たちも、口々に僕を罵倒する。

 英士隊のみんなだ。魔族の子たち。昨日は大カイチュウと、一昨日は竜酸菌と戦って大変だったのに、今日も駆り出されて。ブラックだな。この国を守る精鋭部隊……魔族の中でもとびきり優秀な若い子たちが集まってるのに、待遇悪すぎるだろう。

「大人しく捕まってよ!」

 僕は全然戦いに役に立たなくて、だから僕が勝手に彼女たちに連帯感をもってただけだし、たまたま一緒にいただけの役立たずだから仕方ないし。

「それで隊長が助かるの!」

「雄士も倒された後、エムリア様にあたしたちが勝てるわけはないけど……でもあたしたちが負けたら隊長、どうなっちゃうか‥‥…わかってよ」

「だから、あんたが……モーリ、あんたがあたいらに捕まってくれれば、それで全部うまくいくから」

 シャルネさんはいい隊長さんだ。部下のジナさんたちもみんな尊敬してる。だから彼女たちが僕を捕まえてシャルネさんを助けようとするには実に自然なことだ。そして、僕を護るエムリアさん相手に勝てないからには、僕の情に訴えるのも当然だ。別にずるいとも思わない。ただ……やりきれなかっただけだ。

「マオマオ様は甘いの。甘過ぎるの」

 だけどエムリアさんは、そんな僕たちに無関心だ。

「……エムリアさん?」

「それがいかなる理由でも、マオマオ様に敵対する者は、この街妖精にして管理者エムリアが許さないの」

 エムリアさんは僕の前に立った。それはジナさんたちの視線から、僕を護ってくれるように思えた。

「エムリア様は元老院にも仕えていたではありませんか!なんでそんなオスビトなどに従うのですか!?」

「従属した妖精に理由はいらないの。敢えて言えばそれがマナによる契約だからなの」

 エムリアさんはその小さな体でジナさんたちを睥睨する。その周囲には膨大なマナ……魔力が集まるのが僕にも感じられた。

「ダメだよ、エムリアさん!ジナさんたちを傷つけないで!」

「努力はするの」

 それはエルダさんみたいな言い方だった。つまり……いちおう努力はしましたって言い訳だ。

「エムリアさん!」

「マオマオ様……どうしても戦いたくないなら、向こうを説得するの」

 僕はジナさんたち見直したけど、向こうはエムリアさん以上に好戦的だった。つまり武器を構えて戦闘態勢だ。

 どうすればいい?僕は無知で無力で、でもそれを言い訳になんかしたくないけど……どうする?

 何も決められないまま、だけど僕はエムリアさんの前に出た。そして叫んだ。

「ジナさん!英士のみなさんも!僕を捕まえたってこの世界は変わらない!これは元老院の」

 だけど、何本もの白銀の矢が僕を目がけて飛来する。そしてよけようもない僕の目の前で、光る防壁に当たって四散した。問答無用か。ジナさんたち……怖い顔でこっちを見てる。

「マオマオ様、下がるの」

 そう言っては息を吸い込むエムリアさんに、再びマナが集まるのが僕には見える。きっと次の瞬間には魔術を使うんだ。僕は下がることなくエムリアさんの方を振りむいた。さっきとは逆に、エムリアさんの視線からジナさんたちを隠すように。

「あの人たちは、さっきの鬼たちよりよほど僕のことを知ってる人たちなんだ!昨日も一昨日も一緒にいたんだ!」

 僕もジナさんたちもシャルネさんを助けたいのに、なんでこうなるんだろう?

「マオマオ様は、だから甘いの。正面の敵より味方だった者の方が危険で罪深いの」

 エムリアさんは淡々と事実を告げる。いつものわかりにくい言い方は完全に潜めてるけど、僕はあの困ったエムリアさんの方が、苦手だと思ってたエムリアさんの方がずっとよかったって初めて思ったんだ。 その時だった。

「エムリア、その場を動くことは許さぬ。そして、そのオスビトを守る光球を解くのだ」

 僕の背後から、つまり元老院の方角からそんな声がした。それはとても静かで、でもどこか氷を思わせる冷たい声だ。そしてその声を聴いたとたん、エムリアさんの動きが止まったんだ。

「あれ?……でもでも、エマエマはマオマオ様をお守りするの~」

 それはいつものエムリさんだけど、でもその表情はただの困った女の子にも見えた。

「エムリア。主である我が命じる。そのオスビトの守りをやめよ」

「はいなの~……え?でもでも~」

 主?エムリアさんの主は僕じゃないのか?愕然とする僕に向かって、その声が届く。


「魔王にあらずして、その魔力は世界を覆う……魔人モーリ、その命、もらいうける」

 振り向いた僕の目には、黒いモヤが集まって人型になる様子が見えた。

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