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その12 こうして愚者は覚悟する

その12 こうして愚者は覚悟する


 シャルネさんが捕まった?イシャナさんにそう聞かされた瞬間、僕の時間はとまった。そして……。

「わからぬか、この臆病者」

 目の前には黒い影の柱が立っていた。エスリーが守るこの家に侵入できるなんて。

「やはりあなたも地上を去った魔王の一人なんですね」

 これで三度目だ。湖面に上がるとき、シャルネさんを助けに向かったとき。黒い柱はこんなふうに現れて、はっきりした姿を見せないまま僕を惑わす。

「……せっかく助けた女が、なぜ捕まったか、わからぬか?それすら気づかぬとは、やはりお前は前世からなにも変わっておらん」

「僕のなにを知ってるんです!だいたい元老院への橋渡しをお願いしたシャルネさんがなんで元老院に捕まるんですか?」

「そこに気づかぬから、バカは死んでも治らないというのだ」

「だって……僕の提案は、元老の統治を否定せず、そのうえで魔力の尽きたこの国を救う唯一のものだったはずです。誰も争う必要はないし、みんなが救われるはずで」

「ハハハハハハハ!」

 その笑いは唐突で、しかし心底愉快そうで、だからこそ僕の神経にとても障った。

「やめてください!」

「まだわからぬか?この臆病者」

 影はまた僕を臆病と言った。この影は、とてもイヤなヤツだけど、その理由は……間違いもウソを言わないからだ。そして、僕は自分が臆病なことに自覚はあった。

「でも……僕が臆病者だからって元老院がシャルネさんを捕まえることになったのかがわかりません」

「お前は自分が名案を出した、そう思っていたのだろう?さぞかし自分は賢いと」

 ……答えたくはなかった。でも図星だ。元老院にはこのままこの国を統治させ、魔王になりたいイシャナさんを魔王にする。そして、ムダに魔力が豊富な僕がその魔力を提供する。それだけでこの国の人たちは毎朝の魔力供与の負担が減って、光壁が強化されれば暮らしも随分楽になる。それがこのブラックな国を救う一番合理的で能率がいい手段だって思ってた。互いの利益が一致する最善策だと。それをいきなり僕が言うんじゃなくて、僕のことを報告する立場のシャルネさんが進言してくれるなら、元老院も受け入れるんじゃないか?……どこかおかしいか?僕には今もシャルネさんが捕まる理由がわからない。

「だから言うのだ。バカは死んでも治らないとな」


「旦那様、旦那様?どうなさったの?」

 エスリーはさっきの姿勢のままだった。ただ黒い影はもうなかった。

 そしてイシャナさんは怒って僕に殴りかかろうとする直前のままだった。

「キサマのせいでシャルネが!」

 僕は何も言い返せず、その場に立ち尽くすことしかできなくて。

「エスリーのエスはストップのエスなの」

 ただ、エスリーがイシャナさんを止めてくれた……って言っていいのかな?

「この、小生意気な家妖精ごときがわたしのジャマをするなあ!」

 イシャナさんの足元には謎の魔法円が輝いていて、イシャナさんは不自然なかっこうで身動きできない状態だ。あれはもう止めるとか言う次元じゃなく、拘束とか捕獲とか、そういう類の魔術なんじゃないか?

「我は先代の養い子!つまりは次期魔王たる者だぞ!」

「……うるさいの。旦那様を傷つけようとするものは、エスリーは許さないの」

 エスリーは次期魔王相手であっても、魔王でもない僕との契約を優先してくれるらしい。それは安心材料なんだけど。

「ありがとうエスリー。でもイシャナさんの拘束を解いてあげて。殴られるくらいなら仕方ないよ」

「旦那様!?やっぱり旦那様はそういうご趣味なの?」

天使さんにも似たようなことを言われたけど、僕にそういう趣味はない!絶対にない!

「イシャナさんは悪くない。彼女には僕を殴るくらいの権利がある」

 シャルネさんは英士隊の隊長さんだ。それがどんな部隊かは詳しくは知らないけど、この街を守る有力な部隊の指揮官が捕えられる理由は、間違いなく僕にある。ただ、その理由がまだわからない。

「エスリー」

「……旦那様の仰せなら仕方ないの」

 イシャナさんの足元の魔法円が消えた。イシャナさんは一度姿勢をただし改めて僕の前にやってきた。

「いい覚悟だ!」

 そして、かけらも容赦なく僕を思いっきり殴った。僕はその場できれいにひっくり返って、しかし倒れるところをエスリーに支えられた。

「妖精に助けてもらってばかりで、恥ずかしくはないのか!」

 それを言われたら返す言葉もない。僕は無知で無力なんだから。

「イシャナ様。旦那様の仰せだから一度はガマンしたの。でもこれ以上旦那様を傷つけることはエスリーが許さないの」

「ふん、契約妖精にかばわれて、きさまは赤子以下だな」

「……いちいち的確な評価、ありがとう」

 ホント。エムリアさんやエルダさんがいなければとっくに死んでる。エスリーがいなければ僕は夜も安眠できない。ここまで無力だと、いっそ虚勢を張る気にすらなれない。

「殴られてお礼を言うなんて、旦那様はやはりそういうご趣味なの?」

 だから違うってば。なんでそっちにもっていくのかな?しかもちょっとうれしそうだし。

「イシャナさん、詳しく教えてくれませんか?シャルネさんのこと、そしてあなたが教えに来てくれたことの事情を」

 まだまだ僕に怒り足りないイシャナさんだったけど、事情を話さないことには埒が明かないとは思ったらしい。

「……仕方ない。しかし、まだ殴りたりぬぞ!」

「んじゃあ、話の後で」

「また殴られるの?旦那様はやはり……」

「違うから」

 殴られた僕の頬をそっと抑えるエスリーの手は、治癒魔術で輝いてる。だけどその目は、なにかの期待で輝いてるように見える……僕はそっちじゃないからね!


「実はシャルネには昨日のうちにキサマとの面談を勧められていたのだ」

 寝室から出て、応接室という名の、やはり小さな部屋で話す僕たちだ。卓をはさんで一人用の椅子に腰かけながら向かい合う。僕の背後にはしっかりエスリーがいてイシャナさんをにらんでる。卓の上には、陶器製のカップに入った白湯が湯気をたてている。エスリーが火と水の小精霊からもらったお湯だという。ファンタジーだね。接客用のお茶もないのは驚きだけど、ここではそれが常識らしい。ビールもお茶もない……やはりこの世界はブラックだね。いや、日中から中学生くらいの女の子にビールなんて出さないけどさ。

「昨日?」

 それはあの大カイチュウと戦った後、ということになる。

「そんな忙しい中で……シャルネさん……」

 僕の話を信じてくれたばかりか、そんなに早く動いてくれたなんて。僕は彼女の銀の髪とそこからのぞいた小さなツノを思い浮かべた……尻尾とか翼も、まあ、それなりにだけど。

「む?……キサマは知らぬのか?我とシャルネの家は魔族街でも隣なのだ。家妖精も姉妹だしな」

「え?」

 そんなご近所さん?家妖精がどうとかはよくわかんないけど。

「なにしろシャルネの母は、先代の家宰だ。我が魔王になった暁にはシャルネを家宰に任命するのが当然。だからこの家を出た後はシャルネを頼ったのだ……キサマ、そんなことも知らずにシャルネに我との仲介を頼んだのか?」

 ごめんなさい。まったく知りませんでした。ただ、親しそうだとは感じてたくらいだ。

「イシャナさん、ここに住んでたんですか?」

 実はこっちの方が驚きだったりするけど。

「無論であろう」

「イシャナ様はルリエラ様の子なの。一緒に暮らすのは当たり前なの」

 でも二人の声は、なんか平板というか無感動というか、そんな感じで。

「こんな小生意気な家妖精のいる家だから、先代がいなくなればさっさと出てやったがな」

「エスリーもせいせいしたの。魔力ももらえない上に、ワガママでゴーマンなお子様のお世話はマッピラなの」

 ……この二人の険悪な関係だけは納得いきましたけど。

「それで、シャルネさんはあなたになんと言ったんですか?」

「……キサマのことを信じるに値する、とたわけたことを言っておった」

 シャルネさんは、エスリーを除けばこの世界で僕が一番話をした人だ。だけど知り合ってまだ二日。今でも三日目だ。なのに……僕を信じるって言ってくれたんだ。

「シャルネは、な……昔からなんでもできて、そのくせ誰にでも好かれる得な性格をしておった」

 なんかわかる気がする。あの若さで、あんな不利な状況を冷静に戦い抜いて、しかも部下にも尊敬されてた……世代間ギャップをクリアできる上司はエライ!僕にはムリだ。

「そのせいかもしれぬ。キサマに二度も助けられたと、戸惑っておった」

……助けた、のかなあ?二度目のは半ば偶然みたいだったし、一度目にいたっては、勝手に走った僕が勝手に焼け死ぬ場面だよね。たまたまエスリーに救われただけで。

「見も知らぬ者を、自ら危険を冒して助ける者……我はただの愚か者だろうと言ったのだが、シャルネは困っておった。いや……困る、のとは違う顔だったな」

 どんな顔だったんだろう?僕の前のイシャナさんは怒った顔してるけど。

「せめて一度は会って話を聞いてほしい。彼の語る話は、今はまだ夢物語でしかないけれど、その夢はとても美しい、と」

「え?」

 意外だった。僕はこの国を救う、一番合理的で能率的な解決策をシャルネさんに託したつもりだった。それが美しい夢なの?

「まあ、そうであろうな。元老院が認めるはずもない。得体のしれぬ異郷の者の話なぞ、誰が聞くものか」

 この時、僕はようやく理解した……僕は確かに前世からなにも学んでなかった、と。

人は他人の話を合理的に理解するんじゃないってことを。ただ、聞いて楽しいからから聞く。話す相手が信頼できるから聞く。そして、信じたいことを聞く生き物だったってことを。

 だから入社してすぐに進言した僕の会社の改革案なんて誰もちゃんと聞いてくれなかったばかりか、こんな提案をした僕は目の敵にされた……エライ人にとっては、僕は得体のしれない新人で、身の程知らずで、現実を知らないバカだった。

 今もそうだ。僕が元老の一員とか、その家族やら信頼できる存在なら少しは話も聞くかもしれない。だけど権力者にとっては、現状維持が最善の選択で、現状を脅かす相手は基本的に敵なのだ……。歴史部門に異動してさんざん資料で読んだじゃないか。漢の高祖も明の太祖も天下を統一した後はひたすら芽を摘むことだけに力を費やし、多くの人命を奪ったじゃないか……。まして、こんな閉ざされた世界で長く生きてる元老たちにとって、それが正体不明の相手なら、その正体を調べる前に抹殺するに決まってるじゃないか。

「僕の提案に興味が出たら、その後、本人を呼んで詳しく聞きたがるって思ってた僕って……」

 今となっては笑える。笑うしかない……シャルネさんのことがなかったら、僕はきっと大笑いしてた。

「……天使さんに叱られてたのにな……僕はバカだ。そして現実を見ない臆病者だ」

 影の言う通りだった。僕は、死んでも治らないバカだった。

「ごめんなさい……イシャナさん、気のすむまで僕をなぐってください」

 だけどイシャナさんは、もう僕を殴ってくれなかったんだ。

「ふん、泣きべそをかいてる相手を殴るほど、我は無慈悲ではない」

 僕は今こそ誰かに思いっきり殴られたかった。あの影に罵倒されたかった。

「旦那様……そういうご趣味の旦那様も、エスリーにはおかわいいの」

 そしてエスリーはなにかを決定的に勘違いしてしまった。そして僕の頭を撫でようとする。だけど僕はその手を遮った。僕は今、慰められたくはないんだ。

「おい……キサマがメソメソするのを見たくて我がここに来たわけではないぞ」

 そして、イシャナさんが僕に教えてくれた。

「シャルネからの伝言だ。『もしもわたしが捕まるようなことがあったならば……』」

 僕は顔を上げてイシャナさんを見た。

「『それはモーリ様にとって絶好の機会となるでしょう。ですからその時は必ず伝えてください』」

 機会?機会ってなんだ?シャルネさんは、自分が捕まる可能性まで考えていたのに、僕になにを伝えてくれたんだ?

「『これが戦う理由になりますか?』……とな」

僕は臆病者だ。前世でも昔からケンカ一つしたことがない。だから、自分の意見が通らなくても、相手が理不尽なことを要求しても、争わず受け入れてきた。だから、ブラックな会社でも、転勤やら部署異動ばかりでも、自分がガマンしてればなんとかなるって思ってた。

「キサマは臆病者だ。誇りを持たず、常に戦いを避けようとする」

 今までは、それが賢いって思ってた。だけど……ガマンするばかりが賢さだったのか?

「だが……シャルネを、キサマを信じる者をこのまま放っておくことができるのか?シャルネは待っておるのだ」

「僕が彼女を救うって?」

「……レクアを救うことをだ。キサマにはその力があるのに、なぜかキサマはそれに気づいておらぬ、と、シャルネは不思議に思っておったぞ」

「だからですか?シャルネさんは自分が捕まることで、僕に気づかせようと?」

「知るか!そんなことはシャルネに聞くがよい!……見事、元老院から助け出してからな」

 最後はイシャナさんに怒鳴られた。だけど、それは少し爽快だった。僕は逃げ道を封じられたんだ。追い詰められたら僕だって、ライオンくらいにはかみつけそうだ。

「ありがとうございます!イシャナさん!お礼にあなたを魔王にしてみせますよ」

「ふ、ふん!キサマに礼を言われることなぞ何もしておらん!」

 イシャナさんは、語気荒く、なぜかそっぽむいてる。また怒らせちゃったかなあ?

「旦那様……あんなに罵倒されたのに、うれしそうなの」

 エスリーの誤解をますます深めてしまったらしいけど、今は気にしないことにする。

以前僕は、この世界の理不尽に宣戦布告をした。もう戦ってるつもりだった。だけど……覚悟が足りなかったって思い知らされた。

「僕は、今からちゃんとケンカすることにしたよ。生れてはじめて、向かってくる相手から逃げずにね」

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