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その11 耳かき棒と魔王殺し

その11 耳かき棒と魔王殺し


 僕の上にあるのは、心地よく暖かい重さだ。幼くたって一人分の体重はあるはずなのに、エスリーを重いなんて全然思わない。せまい寝台で、僕の心臓に負担にならないよう少し傾いてすがりつく姿勢は、彼女が僕の魔力を浴びるのに最適なんだろう。いつも僕はワイヤレス充電器の上に置かれたスマホを連想してしまうけど。

「……しっかし、昨夜はあんな、嬉々として僕をいじめてくれたくせに」

 なんでこんな無防備に眠れるかね?僕はエスリーの寝顔をマジマジと見つめ、少し理不尽な思いに包まれたけど。

「ま、いいや」

 僕はこのひと時に埋もれることにした。思い巡らせれば、今日は、これからいろいろ調べものをして、ここを救う具体的な方策を考えて、そしてシャルネさんにお願いしてた件がどうなるか心配して、そして、あの苦手な相手をどうするか悩んで……けっこう重い一日だ。でも、今だけは現実から離れていたい。

「ほんと、僕のメンタル、最弱だね」

 前世なら、かなりイヤなことでもガマンできてたのに、ここに来てからはドンドンダメになっていく。ふと眠ったままのエスリーの頭をなでる。それだけで更に気持ちが鎮まる。

「でも、僕は幼女趣味じゃありませんよ」

 きっと天界で見てる天使さんに向けてつぶやく。だってかわいいとは思うけど、その、そういう対象にはなってないから。

「……う~ん……旦那様?」

 閉じられていた瞼が開いて、きれいな瞳が現れ、ゆっくり僕に焦点を合わせた。不思議そうだ。

「おはよう。もう朝だよね?」

 暗いままのこの世界では、僕には時間感覚がまったくつかめない。しかも今までエスリーに起こしてもらってたから僕が先に起きてるなんてなかったし、意外にまだ夜かもしれない。

「これはちがうの。妖精は人と同じ意味では眠らないの」

 なぜかエスリーはそんなことを言い出して、僕の胸に顔を押し付けて隠そうとする。

「どうしたの?かわいい寝顔だったけど」

「……旦那様はいやらしいの」

 なんでそうなるのかはわからない。エスリーにとって寝顔を見られるのはそんなに恥ずかしいことなんだろうか?……さんざん僕の顔を見て、「おかわいいの」とか「ゆるゆるなの」とかいじめてたくせに。

「旦那様……今日はもう許してあげないの。エスリーのエスはスパイトのエスなの」

「は~い……」

 どうせ僕のプライドなんか、昨日でもうなくなってたし。


朝食代わりの『栄養補給サプリ』の後、なぜか再び寝室に連れていかれた。

「旦那様、ここに頭を乗せるの」

 寝台の上のエスリーは、座った自分の膝を指さした。

「膝枕?」

 それはお仕置きでもなんでもない。ご褒美だ。幼いとはいえ、メイド服の女の子に膝枕なんてしてもらえたら、前世の僕の寿命は、あと5年は延びてただろう。僕はなんの疑問も持たず、嬉々としてエスリーの膝に頭を乗せた。

「わ~い。ありがとう。エスリー」

「旦那様。お礼を言うのは早いの。しばらく動いちゃいけないの」

 調べものを始める前に一休み、なんて甘い考えに浸っていた僕だったけど、エスリーの手に握られる、なにか小さなものが視界をよぎった。

「まさか、拷問器具……」

 一瞬にして冷や汗がつたう。これがお仕置きか?ヤバすぎだろう?

「旦那様のお耳は汚れているの。これからお掃除するの」

「え?まさか、耳掃除?」

「はいなの」

 思いっきり肩透かしだ。でも異世界にもある?びっくりだね。お風呂はないくせに。

「それはいらないよ。だって、耳鼻科医の先生もやめたほうがいいって言ってたし」

 前世で、確か衛生部門に異動したときに見た資料だと思う。健康な人間の耳は、自然に耳垢を排出するようにできている。だから素人の耳かきは不要であるばかりか、時に耳孔内を傷つける危険な行為だって。それに海外でもそんな危険な行為はしないって。だから僕はミミカキストを少しバカにしてたかもしれない。

「旦那様がなにをおっしゃってるか、わからないの。だけど抵抗はムダなの」

「えー」

「旦那様、うるさいの」

 昨日以来、僕の権威は失墜してる。いや、もともとなかったけどさあ。

「は~い」

 そして僕は抵抗をやめた。


「そろりそろり、なの」

 エスリーもさすがに棒を耳孔から脳に突き刺す、なんてことはなく、慎重に侵入させる。

「旦那様、安心するの。おケガなんかさせないの」

「ふ~」

 エスリーの、からかうような声で、少しだけあった不安が消え、僕は肩の力を抜いた。

「そうなの。そのままじっとしてるの……旦那様はいい子なの」

 エスリーは開いてる手で僕の頭をなでる。そして、本格的に耳かきを始めた。

「かきかき、かきかき、なの」

 耳かき棒にあたった耳垢が、クシャリと乾いた音をたてる。固い耳垢がわずかに抵抗しながらも崩されていく、その感覚が耳孔中に広がり、意外なほど心地いい。

「くるくる、くるくる、なの」

 続いて耳孔の外縁部を回ってく耳かき棒。それが耳孔にへばりついてた耳垢をはがし、落としていく。さっきまで異物があることすら気づかなかったのに、はがされるたびに異物がなくなる解放感……。

「ほじほじ、ほじほじ、なの」

 時に頑強に抵抗し、離れない耳垢がある。しかしエスリーは力を入れたりすることなく。あくまで耳孔に優しい力加減のまま、辛抱強く耳垢をこすり続ける。それにはしぶとい耳垢もついには屈し、カサリ、と音をたててはがれていく。その時の快感がたまらない!

「う~……」

 もう声にもならないです。僕、耳かき、なめてました!ミミカキストのみなさん、ごめんなさい!僕の体全体からすれば、ほんの一部にもならない小さな空間が、今、僕の全神経を独占してます!それが、わずか直径数mmの棒で自在に支配されていく……。耳かき、恐るべし!

「旦那様のお顔はすっかりゆるゆるなの。赤ちゃんみたいなの」

 再び頭を撫でられて、もはや夢の中を漂うような気持ちよさに包まれてます。

「さくさく、さくさく、なの」

 落ちた耳垢は、先端のサジにすくわれていく。そのたびに、またカサ、カサと心地よい抵抗が耳孔から全身に伝わっていって。

「ほうら、こんな大きな耳垢さんなの……旦那様?もう、お目目がトロンとしてるの」

 サジに全然収まらないほどの耳垢だった。あんなの、よく耳の中にあったな……。

「お耳の中はすっかりおきれいになったの。こすこす、こすこす、なの」

 エスリーは耳かき棒で、耳孔を直に刺激していく。残った耳垢をとることもあるけど、それよりも……そうか……耳孔内って、たしか迷走神経が張りめぐらされて。それはつまり副交感神経系を優位状態にしてるわけで……。

「これ、ゾ〇ハ病の治療にもなりそう……」

「旦那様、うわごとなの?もうお眠いの?」

「うん……」

「でも、まだ終わってないの。耳奥の小さなミミカスさんを、吹き飛ばすの」

「魔術で?」

「いいえなの。エスリーの、吐息なの……ふー、ふー、なの」

 耳孔内に、さわやかな、そのくせ少し甘ったるい風が吹いて、僕の脳まで届き、とろかしていきます。もう、感無量……僕、もうどうなってもいいや。このままエスリーの膝に埋没しま~す……。

「おい」

「眠ったらいけないの。旦那様。まだもう片方が残ってるの」

「おい!」

 ……エスリーの声の他に、なんだか怒ってる声が聞こえる?僕は閉じた目をなんとか開くことにした。すっごくイヤだったけど。

「……あれ、イシャナさん?」

 僕のせまい寝室に、なぜか十代半ばの魔族の子がいる。魔族ということは、例の、あのほとんど下着姿なんだけど、今の僕にとってはどうでもいい。額のツノとか、背中の翼とかお尻の上から伸びてる尻尾とかは少しだけ気になるけど。

「キサマ!客を放っておいて、いつまで妖精相手に戯れてるのだ!」

「イシャナ様がどうしても旦那様に会いたいと言うからお通しはしたの。だけど、旦那様とエスリーの宝石より貴重な時間をジャマしないでほしいの」

 さすがにそれはどうかと思ったけど、僕の脳は今とろけて思考力はほとんどない。

「……エスリー。それは魔王殺し(デモンスレイヤー)ではないか!なんとオソロシイものを!」

 魔王殺しってなに?とろけてる僕の脳内に、長大な剣のイメージが浮かんだけど、そんなのこの家のどこにもあるはずはない。

「そんな怖いものはエスリーは知らないの。これはただの耳かき棒なの。歴代の魔王様もこれで癒して差し上げたの」

「お前の耳かきで何人の魔王が堕落したことか……」

「お家でお仕事なんかしちゃいけないの。だからエスリーは魔王様を休ませてあげただけなの」

「だから真面目な先代は、お前の耳かきから逃れようと何度も画策して!」

「ムリして働いたら、魔王様でもいけないの。そんなことだからみんな地上から早く去ってしまうの」

 ……え~~~っと……先代がエスリーを疎んじてたって……まさかこういうこと?家でも仕事しようとしてた真面目な先代魔王は、自分を心配して休ませようとするエスリーから距離を置こうとして……それで?その結果がエムリアさんを元老院側に走らせ、エスリーは長年魔力の枯渇状態に置かれて?

「その魔王殺しを離せ!」

 魔王すら大人しくなる、エスリーの魔王殺しか。耳かきがコワイのかエスリーが怖いのかは微妙なところだ。

「いやなの。旦那様も放っておけば働きすぎてすぐに地上から去ってしまうの。そしてまたエスリーは一人になるの」

 だけど、エスリーの孤独の深さが少しだけ僕にも伝わった。僕の最弱メンタルには荷が重すぎるけど……僕は、未練をたっぷり残したまま、でもなんとかエスリーの膝から離れた。

「二人ともやめてください!……誰も悪くない」

「でも、旦那様?」

「何を言う!もう家妖精にたらしこまれたか!」

「レクアを救おうと頑張った先代さんも、その人を心配したエスリーも、どちらもいい人だ。どっちも悪くない」

「キサマ?なんの話をしている?」

 あれ?僕は、先代さんに疎まれてたって悲しそうなエスリーと、その先代さんの養い子のイシャナさんの仲立ちをしてるつもりだったんだけど。

「今はキサマが家妖精と戯れて客であるわたしを放置していたことが問題なのだ!」

「……もとはと言えばそうでしたね」

 エスリーはいろいろ言いたそうだ。僕が意図したことに気づいてくれたかもしれない。だけど……イシャナさんは聞く耳持ちそうにないし、確かに客として入ってみれば、この光景じゃ怒って当たり前だ。

「すみませんでしたあ!」

 僕は寝台か飛び降りて土下座することにした。謝るのは慣れてる。土下座という珍妙な姿勢に驚いたか、イシャナさんは少し静かになってくれた。

「それで、イシャナさん。ご用件はなんでしょう?」

 シャルネさんを通して彼女と面談したいとは伝えていたはずだけど、そもそもこの子は、一昔前ならタカビーとか言われる人種で、自分から僕に会いに来てくれるなんて考えもしてなかった。

「ち……事態が動いたと言うのに……なんでわたしがこんなオスビトを……」

「イシャナ様、イシャナ様でも旦那様にご無礼は許さないの」

「ああ、もう……いいか、よく聞け!」

「はい!」

「……シャルネが捕まったのだ。重大な命令違反とやらでな」


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