平凡な数学教師と転移少年 1
「――でな、ダルク。お前もそろそろ仕事を始めないとろくな大人にならないぞ?」
「そうよ、ダルク。このままでいいの?」
いつの間にか母親らしき人と父親らしき人から説教を受けていた。
さっきまでいたおじさんは……帰ったらしい。
(それにしても俺はスーツを着ているのになぜダルクと間違えられるのだろうか)
「ダルク? 聞いているの?」
(ダルク……お前ニートかよ)
「ダルク! 真面目に聞く気が無いのなら道場で働いてもらいますよ!」
異世界から来たと言ってもいいのだが、魔法が禁止されている世界だ。
もし魔法によって召喚されたなどという理由なら、大事になりかねない。
それだったら黙っておこう。
ただ、俺としても道場に縛り付けられて生活するのは少し動きにくい。
何故異世界に転移したのか、どうやったら元の世界に戻れるかも知りたいしな。
元の世界には、俺の生徒がいる。
ただ、生徒と会ったところで記憶が途切れたってのも気になるな。
なんにせよ、俺は漫画やアニメのように異世界で暮らしていくつもりは全くない。
だが、親と不仲なのも後々響きそうだな……。
(よし、ここは教師としての経験を生かして親が求めている回答を言おうではないか)
「父さん、母さん。俺は今までいろいろなことを考えていました。どうすればこんな俺でも仕事に就けるか、どうすれば父さんや母さんを安心させることが出来るか。考えたうえで、俺は父さんや母さんの手を借りてではなく、自分の力で仕事に就きたいと考えています。なので、あと少し家にいさせてください。将来のことは自分で考えています。もう少し待ってはいただけまzせんか?」
(数学教師にしては何とかなった気がするな、こんなことになるって知っていれば国語教師になったのに)
「――ダルク……俺たちは応援しているから、頑張りなさい」
上手くいったようだ。
俺はまず部屋に戻ってこれから何をするべきか考えることにした。
まずは【元の世界で一番最後に会った……山本守久とは】
【元の世界に戻る方法】や、【ダルクとはだれか】も考えておいた方がいいな。
今できそうなのは【ダルクとはだれか】を調べる事だろうか。
ダルクの部屋を隅々まで探したが、あったのは木刀といかにも魔術師が着そうなローブのみだ。
魔術師のローブを着て追放とかされても嫌だしな、まずは洋服を買ってくるか。
「父さん。新しい仕事を探すのにきちんとした洋服が欲しいのでお金をいただけませんでしょうか?」
「全くお前は……1ゴルキッドあれば足りるか?」
「ゴ、ゴルキッド?」
「あぁ。足りるよな。やるよ。」
銀色で少々重めの硬貨をもらった。
「ありがとうございます。」
(ゴルキッドはお金の単位だろうか)
まず最初に俺は市場へ行くことにした。
「よう! サランのところの息子だろ! 久しぶりだな!」
(俺の本名はサラン・ダルクなのか? サラン・ラ〇プの間違いだろ)
頭に布を巻いた陽気なおじさんが声をかけてきた。
商品を見る限り武器を売って商売をしていそうだ。
「お久しぶりです。近くの安い洋服屋を知りません?」
「洋服? そこの通りまがったところにあるぞ!」
「ありがとうございます。」
「なんというか……変わったな。」
(ダルクのことを聞けそうだな)
「何が変わりました?」
「なんか、雰囲気が明るくなったな。前みたいに、まぁ、挫折を経験しても頑張れよ! じゃあな!」
「ありがとうございます!」
結局俺はサラン・ダルクという名前で、今よりも雰囲気が暗かったことしかわからなかった。
前に挫折を経験したのか。
そう考えているうちに洋服屋であろう店についた。
店の中に入ると美女が迎えてくれた。
「こんにちは! あ……ダルク君? 久しぶりだね。今日は洋服を買いに来てくれたのかな?」
「こんにちは。 はい、洋服を買いに来ました。」
挨拶を済ませると、さっさと並べられている洋服を見た。
値段を聞く限り、上下セットで9ゴルアンが相場らしい。
値段を聞いていくうちに、この世界のお金の仕組みが分かるようになった。
どうやら、一番小さい単位がゴルセット、その十倍の10ゴルセットがゴルアン、1ゴルアンの十倍の10ゴルアンが1ゴルキッド、10ゴルキッド以上がゴルモスとなるらしい。
俺は8ゴルアンの黒色で動きやすそうな洋服を選んだ。
試着した方がいいと勧められ、断り切れずに試着室に入ったら鏡があった。
鏡をみると――そこにあるのは俺の顔ではなかった。その上、着ているはずのスーツも直で見るものとは異なり、黒いパジャマみたいな洋服だった。
(どうやら、俺の目から見えているものとここの世界の人から見えているものには差があるらしい)
俺はさっさと洋服を買い、2ゴルアンのお釣りをもらうと着替えて店を出た。