ここではない、どこかへ
湿った空間が、目覚めた意識を出迎える。
痛む首を動かして観察せずとも、ここが地下牢であることは、ダーグにはすぐに判別できた。
魔法に打たれた胸が、冷たい隙間風が吹いているように痛む。反抗、ではなく、『異世界』に赴いたことによる錯乱だと判断されたのだろう。寝返りを打つ度に軋むベッドの、薄汚れたシーツに、ダーグは顔を埋めた。ここからは、出られない。このまま、朽ち果てる。それだけのことなのに。熱を失ってしまった身体の芯を感じ、ダーグは低く、唸った。
その時。
「ダーグ」
聞き慣れた声が初めて、ダーグの名を呼ぶ。
「おまえは」
声の方へと顔を向けると、何度も目にした白い顔が、ダーグのすぐ側に立っていた。
「死んだはずでは」
「生きてるよ」
ここではない、どこかで。小さいがはっきりと響く言葉に、震える口の端を何とか上げる。
「ダーグも、来る?」
だが。次のサシャの言葉に、ダーグはゆっくりと頭を振った。武人として、この場所を守るのが、ダーグの責務。それ以外のダーグは、ダーグではない。それが、ダーグの矜持。
「そう」
あまり残念そうには聞こえない声を発し、サシャが瞳を伏せる。
白い影が消えた後の暗い空間を、ダーグはいつまでも見つめ続けていた。