夜明けに溶ける雪
改訂版。
其れは寒さが染みる季節だった。
黎明。
陽も上がらぬ時間。
夜も明けぬ早朝。
人間の子供は空を見上げた。
空からはチラチラと雪が降り注ぐ。
ツウ~~と頬を露が湿らせる。
頬を濡らす露の雫を拭いもせず空を見上げていた。
そんな時だ。
大きな流れ星が流れた。
とても大きな流れ星が。
大きく優しく綺麗な流れ星が。
其れを見た人間の子供は思わず願った。
「流れ星さん流れ星さんどうか此の悲しみを忘れられる様にしてください」
人の願いに流れ星は答えない。
流れ星は何も答えない。
当然だ。
流れ星は唯の流れ星。
人の嘆きなど理解できない。
だから答えない。
だけど言わずにはいられない。
悲しみで心が一杯だから。
心は悲しみに満ち溢れていたから。
だが人の願いに答える者が居た。
柴犬は何かを決意し流れ星に誓いを立て仲間に号令を下す。
ゴミバケツを漁っていた狐は食事の手を休め流れ星に誓いを立てた柴犬の言葉を頷く。
畑を荒らしていた狸はその手を止め柴犬の決意を込めた号令にため息を付いた。
家で寝ていたネコは眠い目を擦り流れ星に誓いを立てた柴犬の思いに同意した。
屋根の下で眠っていた野良ネコ達は柴犬の号令に不快感を感じ目覚め其の決意をあざ笑う。
その時奇跡は起きた。
流れ星の奇跡。
ささやかな奇跡が。
わずかな時間の魔法の奇跡が。
奇跡が起きた。
家から出てきた人間の子供はトボトボと冷たい道路を歩きだした。
手足は痺れる様にになり感覚がマヒしてきた。
はあ~~と吐き出す息は白く霧の様だ。
水たまりは硝子の様に硬くなる。
氷の硝子だ。
トンと乗るとパキンと割れる。
面白い。
弟のネコが人間の子供を見る。
「兄ちゃん兄ちゃん面白いね」
「そうだね三郎」
末の弟でネコの三郎は家の中から出てきて水たまりの氷を砕く。
白い尻尾をフリフリしながらその二本後ろ足で踊るように氷を砕いていく。
落ちた洗濯物の手ぬぐいを頭に被り落ちない様に前足で掴む。
そして人間の子供とネコは踊りだす。
何時もの踊りだ。
両親は何時も止めろと言うが踊りだしたら止まらない。
止められない止まらない。
だって楽しいから。
嫌な事は全て忘れるから。
トン。
トン。
トン。
地面を叩くように靴の音を鳴らす。
何度も何度も。
まるで楽器だ。
氷で出来た楽器だ。
ネコの弟と奏でる氷の楽器の音楽だ。
「兄ちゃん兄ちゃん新しい楽器だよ」
「そうだね良いのを見つけたね」
そして末の弟は土の上に生えている氷の草を見つけた。
霜柱だ。
新しい楽器だ。
パキン。
パキン。
パキン。
「楽しいね楽しいね兄ちゃん」
「そうだね三郎」
足元で霜柱を踏みしめる音が響く。
良い音だ。
トン。
トン。
トン。
靴の音を鳴らす。
パキン。
パキン。
パキン。
氷の水たまりが割れる。
末の弟が楽しそうな顔をしている。
其れを見て人間の子供も嬉しくなる。
するとその音に釣られたのか犬小屋から兄の柴犬が出てきた。
「お前たちこんなに寒いのに何してるんだ?」
「ヒロ兄ちゃん水たまりが氷になってるんだ」
人間の子供は柴犬のヒロ兄ちゃんにニコニコしながら答える。
「寒いし滑って危ないから止めなさい」
「でもヒロ兄ちゃん楽しいよ」
柴犬のヒロ兄ちゃんは困った顔をする。
だが楽しそうなのが伝わったのか体をウズウズさぜる。
柴犬のヒロ兄ちゃんは、はっはっは~~と息を出す。
人間の子供に近づき目の前で止まる。
「お前たち風邪を引いてもしらないよ」
「大丈夫だよね~~」
「大丈夫だよ」
尻尾を振りながら首傾げ人間の子供を見る柴犬のヒロ兄ちゃん。
困った顔だ。
其の顔を見て人間の子供は弟の三郎と笑う。
「ヒロ兄ちゃんもやろうっ!」
「ヒロ兄ちゃんもしよう」
人間の子供と三郎の言葉に柴犬のヒロ兄ちゃんは笑う。
「良いともっ!」
「うん」
「うん」
此方を見た柴犬は二人を見て嬉しそうに笑う。
息を荒げ二人の周囲を回る。
楽しそうに。
足に縋りついた柴犬のヒロ兄ちゃんは嬉しそうに人間の子供に笑う。
ヒロ兄ちゃんに強請られた人間の子供は楽器を鳴らす。
自然の楽器を。
其れを凄い凄いと喜ぶ。
人間の子供が右足を氷と化した水たまりに叩きつける。
割れない。
強めに叩く。
割れない。
全然割れない。
「あれ?」
「割れないね」
「割れないな」
人間の子供は首を捻る。
「馬鹿な事をやってるよ」
「ほっとけよ」
其れをあざ笑う屋根下の野良ネコ達。
野良ネコ達がニヤニヤとあざ笑う。
屋根下から歩いて来た野良ネコ達は霜柱の上に立つ。
トン。
トン。
トン。
「それ」
「ほい」
氷の柱が折れる音がする。
綺麗に砕ける音。
パキン。
パキン。
パキン。
ニヤニヤ笑う野良ネコ達。
人間の子供たちを馬鹿にしてるのだ。
「此奴らっ!」
「駄目だよヒロ兄ちゃん」
「うわ~~い」
其れを見て腹が立った柴犬は野良ネコを襲おうとした。
だけど其れを馬鹿にしながら避ける野良ネコ達。
突っ立ている人間の子供を笑う野良ネコ達。
馬鹿にしてるのだ。
幼稚な人間の子供を。
そんな時だ。
狐のお母さんの声がしたのは。
「もういい加減にしなさい風邪を引きますよ」
「は~~い」
「うん」
「御免なさい」
ゴミバケツにいた狐のお母さんがが木の葉を頭に乗せ子供の所まで歩いてくる。
心配そうな顔で人間の子に付いた雪を払ってくれる。
其のままヒロ兄ちゃんと末っ子の三郎に付いた雪を払ってくれる。
狐のお母さんが野良ネコ達を睨む。
其の目に怯え野良ネコ達は逃げていく。
「御風呂に入って温まりなさい」
「は~~い」
「うん」
「御風呂だ~~」
狐のお母さんに促され人間の子達は家に入る。
「母さんや里芋を取ってきたから煮物にしてくれ」
「はいはいお父さん分かりました」
「美味しく作ってくれよ」
「はいはい夕方にね今は無理ですから」
畑から里芋を取って帰ってきた狸のお父さんをあしらう狐のお母さん。
狐のお母さんはお風呂から上がった人間と柴犬にネコの体を拭いた。
風邪を引かない様に。
「まだ夜が明けるのは早いからもう少し寝ておきなさい」
「は~~い」
「うん」
「分かりました」
人間の子供と柴犬にネコは元気よく返事をし就寝する。
暫くして狐のお母さんと狸のお父さんが残ったご飯を食べていた。
「もうすぐ明け方だ流れ星様に願った此の魔法の時間は終わる」
「そうですね」
「私たちは死んだ人間の子の両親に少しでも恩を返せただろうか?」
「分かりませんが少なくとも飢えで死にそうだった私たちの恩は返せたと思います」
「事故で突然死んだあの子の両親の分まで愛情を与えてやれたんだろうか?」
「分かりませんが足りなければ近くで此れからもあの子の傍で見守りましょう」
「そうだな」
「私たちだけでも傍にいれば気が紛れるでしょう」
朝が来た。
其れは流れ星の魔法が消える時間だ。
朝になって人間の子は事故で死んだ両親の事を思い出し悲しみくれた。
だけど何故か夜明け前に感じた悲しさは和らいでいた。
まるで夜明けに溶ける雪の様に。
理由は分からない。
悲しく成った時に狐や狸にネコと柴犬が居てくれたからかも知れない。
その日から何故か人間の子供の近くに柴犬とネコに狸と狐が何時もいる様になった。
まるで家族の様に。
家族の様に寄り添って。