July:PART1
「…あちぃ」
「夏だもん。しかたないじゃん」
「でもぉ」
「でももへったくれもないでしょ?」
兄妹で歩く学園へ向かう道。
もう季節は夏だ。
日差しは強く、気温も高い。
「明後日だな、七夕祭」
「……雨、降らないかなぁ」
「予報じゃしっかり見えるらしいからなぁ、天の川」
「やだなぁ」
明後日は七月七日。
七夕の夜、年に一度きりしか会えない織姫と彦星。
離れていてもお互いが大切で、その一度きりの夜が二人にとって大事なもので、そんな二人だけの時間を人間は覗き見ているのだ。
「…――なんていったらダメ?」
「りおはロマンってもんがねーよぉ。でも、ホント中止になってくんねーかなぁ」
「あれ?今回のペアも“梨月”とじゃないの?」
「んー?今回だけは違うの。ちょっとした噂を聞いてさぁ」
「梨月にはそれ、いってあるの?」
「もっちろんですとも!“リッキー”も公認です!」
「ならいいけど。…まぁ、梨月とペアじゃないなら、いやかもね」
学園に着いて、二人はいつものように表情が変わる。
校舎の中に入ってみればクーラーがきいていて涼しい。
『そういえば、この頃ゆっくりはなしてないかも…。昼休みに行ってみよかな』
りおは考え事をしながら階段を上っていく。
七夕祭のこと、れおのこと、“梨月”のこと、そして陸斗のこと。
『……ん?陸斗?何で、陸斗が出てくるの?だから、陸斗じゃなくて、七夕祭がぁ…』
無意識に考えているのは決まって陸斗のこと。
それが自分の中でどういう意味を示しているのか、りおにはわからなかった。
そんな中行われる七夕祭。
架音学園の七月の行事である七夕祭は、学園の敷地内にある織姫と彦星の像から短冊を取り、願いを書く。
織姫の像と彦星の像は離れた場所にあり、女子は織姫の像へ、男子は彦星の像へ取りに行かなくてはならない。
どちらの像も新校舎の裏手に位置しているため、男女ペアで途中まで同じルートを通り、一度それぞれの像に向かうために解散し、短冊を取ってから再度ペアで合流する。
その後、野外ステージに設けられた大きな笹に二人で短冊をかけて、ダンスパーティーが始まる。
と、もはや何を目的とした行事なのかわからないような、そんな珍しいイベントを明後日に控えているのだ。
そして今回りおは陸斗とペアを組んでいない。
『いや、だから、別にどうってわけじゃないけど』
ひそかに陸斗の人気が上がっていることはりおも知っていた。
陸斗に好意を寄せる女子は増える一方だ。
その結果、というわけではないが、今回は陸斗自身がりおとはペアを組まないようにしていた。
そのことにりおは気づいてはいない。
『陸斗も変わろうとしてるんだ。色んな人と接して、陸斗のよさをもっと知ってもらえるといいね』
なんてことを考えていたくらいだった。
とにかくりおもまた陸斗ではない男子と組むことになり、気付かぬうちに憂鬱になっていた。
「おい、りお!」
「う、あ、はい!…って陸斗?」
教室へ向かう階段で、背後から急に声をかけられ、りおはゆっくり振り返る。
そこにはあきれ顔の陸斗がいた。
「お前、何度呼びゃー気付くんだよ」
「え?あ、ごめん。…あのさ、陸斗」
「ん?」
「やだー!山倉君じゃん!」
りおの言葉をかき消すかのように陸斗の後ろからクラスメートの女子がいう。
「山倉君いっつもこんな早く来てるの?あ、真中さんもいたんだねー!そうそう、山倉君よろしくね、今回!」
女子の方に顔を向けていた陸斗の表情はりおにはわからない。
それと同時に陸斗の気持ちもわからなかった。
女子はまだしゃべり続けていた。
「私、先に教室にいって鍵開けとくねー」
「……」
「ありがとね、りおちゃん!」
りおはその場から歩きだした。
陸斗がその後姿を見つめていたことをりおは知らない。
『陸斗、あの子とペアなんだ。……何か気持ち悪い…』
階段を駆け上がりながら、原因不明の不快感にりおは胸を押さえる。
『りおのヤツ、“あの事”伝えるつもりだったのによ。誤解してなきゃいいけど。…いや、誤解って別に……。昼休みにでも教えておかなきゃな。少し…恥ずかしいけど』
陸斗がそう思って待ちに待った昼休み、りおは授業が終わってすぐに教室から出て行った。
「……りお…?」
そんなりおの行動が、陸斗には自分を避けているように映ってしまった。
もちろんりおはそんなつもりはない…ともいいきれない心境だったが、りおに自覚はなくなんとなく体が動くままにフラッと出ていったのだった。
そのりおはれおのクラスE組に足を運んでいた。
「あれー、真中さんじゃん!何、れお?れおならまた呼出しくらって」
れおの友人がちょうど扉の所にいて、りおに話しかける。
「いえ、今日はれおじゃなくて…ってまたですか」
りおはため息をつく。
「いつも迷惑をかけてすいません」
「いやいや、真中さんが悪いわけじゃないし。それに結構楽しかったよ?それより、誰かに用があったんじゃないの?」
「あ、そうだ。川端さんいますか?」
「川端?あぁ、ちょっと待ってて」
りおは廊下で待った。
少しして“彼女”が出てくる。
「お待たせしました、りーちゃん!」
大人っぽい雰囲気を持っていながら、どこか幼さを残した笑顔をして“彼女”はいった。
彼女、川端梨月はいわゆる“彼女”だ。
もう付き合いだして三年か四年になるれおの彼女。
それがこの梨月だ。
梨月はりおの憧れそのものだった。
物腰が柔らかく、見るからに穏やかで、物静かで、それでいて自分というものをしっかりと持っている。
『私にないものを梨月は持っていて、小さく笑う梨月が大好きで、れおにはもったいないくらいで、とても大切な人。れおにとっても私にとっても』
「りーちゃん?」
「え?あぁ、うん。この頃なかなか会いにこれなかったから。どうしてるかなって。今回はれおと組まなかったって聞いたけど、大丈夫なの?」
「うん、大丈夫。れー君、わけ教えてくれたし、れー君らしい理由だったよ」
そういって梨月はクスクス笑った。
「どんな理由?」
「それが、りーちゃんには秘密にしといてっていわれちゃって。でも、りーちゃんにはちゃんと教えてくれる人がいるからって」
『教えてくれる人?…誰のことよ』
りおはれおが梨月に残したその言葉の意味を探った。
そんなりおを見て、梨月は小さく笑う。
「りーちゃん」
「ん?」
「りーちゃん少し変わったね」
「え?」
「なんていうか、表情がやわらかくなった。前はいつもつくった顔しかしてなかったから。きっと、りーちゃんにとって変わるための大きな存在が現れたのかな」
梨月がいう。
『変わるための大きな存在…かぁ。……それって…まさか…ねぇ』
「変わっていくことはいいことだよ。自分にとっても、相手にとっても」
「そう…だね」
そう優しく諭す梨月に、りおもそっと笑いかけた。
久しぶりにゆっくり話をして、気付くともう授業が始まる時間が迫っていた。
自分の教室に戻ろうとした時、そっと梨月がささやいた。
「早く教えてもらえるといいね、七夕祭のこと」
「七夕祭?」
「そう、七夕祭の伝説」
梨月は最後にいって笑った。
結局りおは七夕祭のことを教えてもらえないまま、自分のクラスへと戻ってきた。
チャイムが鳴るギリギリで教室に入ると、陸斗が女子に囲まれている。
『もう完璧な人気者ね』
静かに席につくりお。
そんなりおは陸斗が必死に話そうとしていることに気付いていない。
陸斗は陸斗でタイミングを逃すとなかなかいい出すことができなかった。
そしてりおに伝えることができないまま、七夕祭を迎えることとなる。
七夕祭当日。
幸か不幸か、七夕の日は雲一つない晴天で、七夕祭は決行。
陸斗の機嫌は最高に悪かった。
午後六時半に学園の校庭に集合した生徒達はすでにペアで一緒にいた。
あたりがやっと暗くなり星空がきれいに見える頃、七夕祭は始まった。
ペアごとで順番に学園の裏手にある二つの象まで歩いていく。
「りお!」
背後からの声にりおは振り返る。
と、そこにはれおがいた。
「あれ?れお、さっき出発してなかったけ?」
「そうなんだけど、これから梨月と学園抜けるから、ペアの子おいてこっそりきた」
「はぁ?!抜けるって、何考えてんの?!」
「伝説には続きがあったんだよ。だから、梨月送ってから帰るから少し遅くなるかもだけど、りお大丈夫かな」
心配そうにれおはりおを見つめる。
「私のことは平気だよ。それより伝説だか何だか知らないけど、あんまり梨月を振り回さないようにね?」
「大丈夫、梨月も知ってるし!…そういうりおこそ振り回されないように気をつけてよ?」
くそまじめな顔をしてれおはいう。
「…どういう意味?」
「どうもこうもないって。とにかく家までちゃんと送ってもらってね、りお」
「はぁ?」
聞き返す前にれおは行ってしまった。
りおはすでにれおの言動に振り回されている。
『…ったく、何なのよ。誰に送ってもらうっていうのさ』
「真中さん」
「え?あ、はい」
順番待ちで隣に立つ今回ペアを組んだ男子がりおを呼ぶ。
「次俺らの番だよ。あ、そういえば短冊を取った後合流したら手つながなきゃいけないって知ってた?」
「え?知らないし…ってそんなこといってなかったよねぇ」
「さっきいってたんだって。まぁ、よろしく」
苦笑いでやり過ごそうとしたりおに、ペアの男子はにっこり笑う。
『…絶対に嫌だ。手なんかつなぐもんか…。何でこういう時に限って陸斗じゃないわけ?………どうして陸斗が出てくるの?』
その頃陸斗は彦星の像の前にいた。
『…誰が手なんかつなぐか。………あいつもきっと…』
手に取った青色の短冊を握りしめると陸斗はその場をあとにする。
りお達の番になって二人は歩きだした。
ひたすらしゃべりまくるペアの男子に、りおは適当に相槌しながら笑うがその笑顔はひきつっている。
学園の裏は一定の間隔で小さな明かりが灯されているだけで通路を一歩それれば限りなく闇に近い空間が広がっていた。
「俺こっちの道か。じゃあ、短冊取ったらまたここで落ち合おう、真中さん」
分かれ道に差し掛かり男子はいった。
「あー、うん」
りおも一応それに応えて、自分は織姫の像がある道を進む。
進める足が重い。
と、その時だ。
「真中さん!山倉君、見てない?」
「…はい?」
「山倉君よ、山倉君。さっきからずいぶん待ってるんだけど来ないのよね」
陸斗とペアを組んでいた女子がきょろきょろとあたりを見ながらいった。
「山倉君ってかわいいとこあるよねー。私が『陸斗って呼んでもいい?』っていったら『無駄口聞いてんじゃねー』だって!恥ずかしがっちゃって、もうかわいいんだから!」
『……そう取るか。いやいや、本気で嫌なんだと思うけど。……どうして私は名前で呼んでいいのかな』
口にはけして出せない言葉をりおは心の中でつぶやく。
「まぁ、今さらせっかくのペア崩したくないし、名前で呼ぶのは諦めたけどねー。あ!わかった!手つなぐのが恥ずかしくてなかなか出てこれないのかも!迎えに行ってあげよー!じゃあね、真中さん!」
そういって、騒ぐだけ騒いでその女子は彦星の像へと続く道へ入っていった。
『すごいポジティブ…。見習いたい…なぁ、少しだけ。…うん、少しでいい』
再び織姫の像を目指してりおは歩きだす。
その道は竹林の中に作られた一本道。
織姫の像はその先の小さな池の中央にある。
正式名を七夕池、通称Q池。
ドーナツの形をした池に橋が一つかかっているために、上空から見るとアルファベットのQに見えるためそう呼ばれている。
織姫の像にかけられた短冊を一枚取る。
竹林に囲まれた池と、その真ん中にある織姫の像。
りおは一瞬七夕ではなく竹取物語、いわゆるかぐや姫が頭に浮かんだ。
『…絶対七夕と竹取物語が混じってるよね。……行かなくちゃ。…手つなぐのやだな』
竹林の中、細い道を歩く。
少し先、合流地点のところに明かりが見える。
りおの足が止まった。
「…はぁー」
自然と出てくる溜息。
『陸斗とだったら、もっと楽しめたのかな…。そういえば、ここ数日ちゃんと話してないかも。……嫌われちゃったの…かな』
空を見上げれば星空が広がる。
夜風が心地よい。
『今頃、織姫と彦星は再会して幸せに笑っているのかな。……あきらめて戻らなきゃね』
そう思いりおは再び足を動かそうとしたその時だった。