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May:PART1

五月になって行われるイベントは体育祭だ。

「えっと、体育祭のことで色々決めたいと思うのですが…」

入学から一か月。

りおが教卓のところでそういったのだが、周りは好き勝手に話していてりおの声は届いていない。

顔に出さないりおの本音を見破っているもう一人のクラス委員である陸斗は、何もしないで黒板の端にある椅子に座っていた自分の体を持ち上げた。

「…おい。誰が俺の怒りを買う?テメーらが好き勝手やるってんなら、俺が全部決めんぞ」

陸斗の睨み効果は絶大だ。

一瞬でクラス中が静まり返る。

けれど、小さく陸斗を悪くいう声がりおの耳に入ってきた。

チラッと陸斗の方を見ると、ちょうど目が合う。

「オラ、早く進めろよ」

相変わらず冷たくいう陸斗の本音をりおだけが見抜く。

そして、小さく笑って見せた。

「えっと、種目なんですが、女子は全員で大縄跳び、男子は騎馬戦、それから男女ペアでの借り物競走、あとクラスで男女三人ずつ選抜リレーに参加します」

りおが種目の説明をし始めると、陸斗は再び椅子に座った。

「選抜リレーはクラスでタイムの速い人にお願いするとして、一番決めなくちゃいけないのが、借り物競走のペアです。ひとまず、この時間で自由に組んでみてください」

りおがそういうと、いっせいにクラスが動いた。

「ペアが決まったら私のところにいいに来てくださいねー!」

仲のいい者同士で組むペアや、このチャンスに好きな人を誘う人、それは様々。

「りおちゃん!りおちゃんは誰と組むの?」

クラスの中ではそれなりに仲のいい女子がよってきてりおにいう。

自分はすでにペアが決まっているようで、その報告も兼ねてだった。

「私は誰とでもいいよー!みんながある程度決まってから考える!」

「そっかー。でもりおちゃん早くしないと自動的にあの人とペアになっちゃうかもよ?」

「あの人?」

笑顔で聞き返すりおにその女子はコソッと耳打ちする。

『山倉陸斗』

予想していた名前がささやかれる。

そのことがりおにはおかしくてたまらなかった。

「あはは!そうなったら、そうなったでいいよ!」

りおは楽しそうに笑って見せた。

続々と報告に来るクラスメートに交じって、りおにペアを申し込む者もいた。

「真中さん、まだ組んでないなら俺と組まない?」

『……この人誰だっけ。苦手なんだよね、男の子の名前と顔一致させんの……』

「真中さん?」

「あ、私クラス委員だし、もし最後まで決まらなかったらでいいかな。ほら、まだ組んでない女の子いるみたいよ?」

りおはクラス委員を理由にうまく退けると小さくため息をついた。

それから少したって、りおと陸斗を除いてペアができていた。

必然的にりおと陸斗はペアを組むことになる。

「ほらー、りおちゃんいった通りになっちゃったじゃん!」

先程の女子が気になって確かめに来てみればペアを記録した紙にはしっかり陸斗とりおの名前が横に並んでいる。

「まぁ、私は別に平気だから!さて、ペアも決まったし次を決めよ!」

「もう、りおちゃんてば!」

その女子は少々あきれ気味に自分の席に戻っていく。

それを確認してからりおはクラス全体に呼びかける。

「ひとまず席着いてくださーい!」

その後、色々話し合った結果、女子の大縄の持ち手はクラス委員として陸斗と体育祭実行委員の男子に決まった。

そして、最初の話し合いの日から数日後、選抜リレーのメンバー並びにそのアンカーも決定した。

その日の放課後、二人しかいない教室。

二人はクラス委員の仕事で残っていたのだ。

「陸斗ってすごい足速いんだね。全然知らなかった。それにしても、よくアンカー引き受けたね」

「あのクソ担任が一歩も引かねーんだよ。他の奴は他の奴でやりたがらねーし」

「なるほど」

そういってクスクス笑うりお。

「でも、こんなに足速いなら陸上部とか入ればいいのに」

「別に、走るのは好きだけど、何かに縛られんのは大っ嫌いだし。まぁ引き受けたのだって気まぐれだよ。……どうでもいいが、何だこれ」

陸斗がいう“これ”とは何枚もの、筒状にきれいに折り畳まれた大きな模造紙だ。

「プログラムのポスター作るの。明日までに。んー、徹夜になるかなぁ」

りおは苦笑しながら作業を進める。

「……りお、テメーまた断らなかっただろ」

陸斗はあからさまに疑いの目でりおを見る。

「……そんなことない……し」

りおはりおであからさまに陸斗から目をそらす。

「その間は何だ、その間は。それから、あからさまに目そらすんじゃねー。まったく、で?」

「え?」

陸斗はため息交じりにいって模造紙を一枚手に取る。

「誰がこんなこと頼んだんだよ。しかもお前に」

高校に入ってからりおをずっと見てきたが、りおは相変わらずだ。

「体育祭実行委員の子に。書道やってるなら書いてほしいって。毎年ポスターは全部墨で書いてるからって」

「……何枚?」

「……二十枚ちょっと」

「それをお前ひとりにやらせようとしたのかよ。……シメるか」

陸斗は握り拳をりおに見せてニッと笑う。

「やめれ、あほぅ。引き受けちゃったからやるしかないの。今日はれおもいないしね」

りおは何枚もある模造紙をきれいに丸め始めた。

もう下校時間の鐘が鳴っている。

陸斗は片付けるりおを見ながら何か考え込んでいた。

そして校門まで来ると陸斗は足を止めた。

「りお」

「何?」

「…手伝ってやるよ、お前がいいなら」

「…え?」

「…頼むから一度で理解しろよ」

少しだけ陸斗の頬が赤くなる。

「俺が行ってもいいなら、手伝ってやるっていってんだ」

「陸斗、書道できんの?」

「……気にするべき点はそこじゃねーだろーが。心配しなくても書道は俺も習ってたから」

「でも迷惑じゃ…」

りおが陸斗の顔を覗き込んで心配そうにいう。

「俺に気を使うな。俺は今一人暮らしみてーなもんだから、平気だよ。俺よりもお前だ」

りおの鈍さにあきれつつ陸斗はいう。

「…じゃあ、お願い。お礼に夕食ごちそうするわ」

陸斗の優しさにりおは微笑むと二人並んで歩きだした。

りおの家に向かう途中、二人はスーパーに立ち寄った。

「陸斗は嫌いなものってある?今日食べたい物は?大抵のものは作れるから」

楽しそうに食材を選ぶりお。

「別に、ねーよ。りおが一番得意なのでいい」

「私の一番得意なもの…かぁ。…うん、わかった。けど、文句なしね?」

「へいへい、いわねーよ」

そう答えながらふとかごを持つりおの腕を見ると少し震えているようだった。

見かねた陸斗が強引にかごを取ると、りおは不思議そうに陸斗を見上げる。

そして何を思ったかクスクスと笑っていた。

買い物を終えて真中家へ向かう。

やがて見えてくるりおとれおの住む家。

「ここが私の家です。どーぞ」

りおはいって門をあけ招く。

『…昔と変わらねーな。相変わらず……』

「…でけー家」

陸斗はりおの家を見上げていう。

大きな庭を突っ切って玄関に入るとすぐ、りおはリビングに陸斗を通した。

「座っててね。食事の準備するから。あ、そうだ」

りおはいって二階へと姿を消す。

しばらくして降りてきたりおの手には洋服があった。

「陸斗、れおと背格好が似てるから大丈夫だと思う。制服汚しちゃまずいでしょ」

「勝手にいいのかよ。後で怒られんじゃねーの?」

そっと差し出したれおの服を陸斗は受け取る。

「へーきだよ。ほら、早く着替えてきて?今から洗えばワイシャツとかも乾くから。あ、どうせならお風呂使いなよ。今日体力テストで汗かいてるし」

「…おい、それは…(いろんな意味でマズイだろ、アホゥ)」

服を受け取った姿勢のまま陸斗はあきれ顔で固まる。

「陸斗、今日何時くらいまで平気なの?」

「だから、俺は別に時間は気にしねーけど(りおの方は平気なのかよ)」

陸斗はりおの問いかけに、口で答えて心で聞き返す。

しかしりおの天然はこれだけではおさまらない。

「泊まってく?」

「……あぁ?!おめぇ、何考えてんだ?!」

陸斗は焦って手にあった服を危うく落としそうになった。

「あ、部屋の心配はないよ?ゲストルームあるから」

「そーじゃねーだろ!」

あわてる陸斗に、りおは笑いが止まらない。

「あはは!別に大丈夫だよ、陸斗。私はね」

「……そうかよ。あー、もういい。泊まっていきゃいいんだろ!」

「うん!明日の朝ごはんの材料も買ってきたから」

『……どーりで量が多いと思った。こいつ、最初からそのつもりで買い物してたな』

買い物の時のりおを思い出し、観念したのか溜息をついた。

「えっとね、お風呂は――」

りおが自然にお風呂の位置を教え、また陸斗も自然とそこへ向かった。

もちろん陸斗の心情は不自然極まりない。

陸斗がお風呂から出てくると、制服姿のままのりおがエプロンをつけてキッチンに立っていた。

その時のりおの表情がとてもさみしそうに見えた陸斗は、何か心の中で切ないものを感じた。

「…おい。風呂、借りたぞ」

「……!ビックリさせないでよ。っていうか、ピッタリだね、れおの服」

れおの服に着替えた陸斗を見てりおはパッと笑みを見せる。

『…何かあんまり嬉しくねーんだけど』

陸斗の表情は微妙にひきつる。

「あ、お客様に頼むのはどうかと思うんだけど…」

「…あんだよ」

「お鍋見ててもらってもいい?」

「……了解」

陸斗にお鍋を見ていてもらっている間に、りおはお風呂に入った。

それから陸斗が寝るためのゲストルームの掃除と準備をして、陸斗の待つキッチンへ戻った。

「お鍋見ててくれてありがとう。後は私がやるから座ってていいよ?」

りおは陸斗の横に立つと覗き込んでいう。

「…他に手伝うことねーのかよ」

「いいよ、一応お客様なんだし、ゆっくりしててよ」

「……じっとしてると…落ち着かねーんだよ。いいから何か手伝わせろ」

クスッとりおは笑みをこぼすと、冷蔵庫の横にあった段ボール箱から玉ねぎを二個陸斗に放った。

りおから受け取った玉ねぎを見ながら、次の指示を待つ。

りおに笑われて、少し不機嫌になっているのか、単に照れているのか、陸斗の表情は複雑だ。

「みじん切り、お願いね」

りおは満面の笑顔でいう。

「……鬼か、お前は」

「手伝ってくれるんでしょ?」

「へいへい」

優しく笑いかけるりおと、優しく笑い返す陸斗。

入学当初に比べて確実に二人の空気は柔らかくなっていた。

陸斗は手際よく玉ねぎを刻んでいく。

「上手だね」

「まーな。家には俺しかいねーから、自然と身についたんだよ。りおほどじゃないけどな」

「…一人で暮らしてるの?」

「……あぁ、ほとんどな。おい、切り終わったぞ?」

「あ、うん。…ありがと」

陸斗の一瞬の躊躇をりおは見逃していなかった。

だからこそ、それ以上は聞かない。

いや、聞くことができなった。

陸斗のとても淋しそうな顔を見たら、何も聞けなくなってしまったのだ。

黙ったまま調理を続けるりおの横で陸斗は静かにその横顔を見守っていた。

それから少ししてこの日の夕食が完成した。

フワフワ卵のオムライス。

「すげーな、レストランのみてー」

「私の得意料理デス」

「ふーん。アイツの好物だろ」

「あいつって?…あぁ、れおのこと?」

料理を運びながらりおがいった。

「そう、そいつ」

「よくわかったね。確かにこれはれおの大好物。だから作る回数が多くて自然に上達したの。はい、そっち座って」

「……なるほどな」

陸斗はつぶやくといわれた通りに席についた。

「…もしかして嫌いだった?オムライス」

向かい合って座ったりおが小さく聞く。

「だから嫌いなものはねーって。久々なんだよ、こういう手料理って」

「陸斗…。じゃあ、あったかいうちに食べてよ」

「お、おう。……いただきます」

りおは心配そうに陸斗の一口目を見ていた。

「…どう?おいしい?」

「…マズイ」

「はぁ?!うそ?!…っていうか文句いうなっていったでしょ!」

「食ってからいえよ」

陸斗にいわれてりおも一口、口にした。

「……普通だと思うんですけど。まずくはない気がするんだけど」

スプーンを咥えて少しだけ不安そうにおがいう。

「ぷっ」

「え?」

「りおっておもしれーよな」

笑いをこらえていう陸斗をみて、りおの頭の上には『?』が飛ぶ。

「……!もしかして…からかったのね?!」

「気付くのおせーし」

いいながらこらえきれなくなり笑う陸斗。

そんな陸斗を見て、りおは学校でも笑ったらいいのにとつくづく思うと同時に、からかわれたことに対して怒り爆発だ。

「文句いうなら食べるな!」

陸斗のオムライスを取り上げてりおはプイッとそっぽを向く。

「文句なんてねーよ!オムライスは好きだし、りおの作ったのはスゲーうまいって!……俺は好きだけど?りおのオムライス」

「んな?!」

陸斗の言葉に振り返ってみれば、いたずらな笑みを浮かべて静かにりおを見つめていた。

「あー、もう!陸斗は余計なこといいすぎなの!」

「余計なことってなんだよ。ほめてんだろ?」

少し照れながらもオムライスを陸斗に返すりおの表情はとても明るく、学校では決して見せない顔だ。

そんなりおを陸斗は学校でもそんな風に笑えばいいと思っていた。

二人が互いのそんな想いに気付くには少し時間が必要かもしれない。

食事のことでくだらないいい合いをしていたかと思えば、食事が終わるころには仲良く話している。

れおがこの場にいたらどうなるか、なんてことをりおも陸斗も考えていた。

食後、りおは洗濯物を干しに一度姿を消した。

陸斗は「手伝うか」と聞いたが「大丈夫」と笑っていた。

時は過ぎていく。

りおの家に来て数時間。

いつの間にか心が安らいでいた。

陸斗は目をつむる。

昔を思い出すかのように想いに馳せていた。

「眠い?」

後ろからりおが顔をのぞかせる。

陸斗の顔のすぐ真横にりおがいる。

「…おい」

「眠かったら、寝ていいよ?もともと私が引き受けちゃったことだし。それともどこか具合悪い?」

りおが心配そうに聞くと、陸斗はポンっとりおの頭をたたく。

「手伝うために来たんだろーが。眠くもねーし、具合悪くもねーよ」

りおはいつかのれおを思い出した。

そうするとなぜか少し笑みがこぼれる。

「陸斗はれおと似てる」

「あぁ?似てねーよ、どこも。俺はあいつと違って、人が嫌いだから」

「似てるよ。何かね、外よりも内が。私に元気をくれる」

そういうりおはとても優しく笑っていた。

「……元気をもらってるのはどっちだか。…おら、ちゃっちゃと終わらせるぞ」

「はーい」

書道の道具を広げて、プログラムを書きながら二人は話し続けた。

その時不意に陸斗がつぶやく。

「…体育祭のペア、悪かったな。俺と組むことになっちまって」

向かいで書いていたりおが手を止め陸斗の顔を見る。

「悪くなんかないし。っていうか、それをいうなら私の方こそ…。私は陸斗と組めてよかったと思ってるよ?」

「……そうか」

りおの言葉に陸斗は一言そうつぶやいた。

どこか幼い微笑みは、さみしさを埋めていくかのように心が温かくなる。

陸斗もりおも瞳はいつもどこか違うところを見るように、けれど二人でいる時だけは本当の二人に戻れたような、そんな感じだった。

「……終わったぁ」

作業を始めてから数時間、時刻は零時をとうに過ぎている。

「お前ひとりでやってたら、こんなもんじゃすまねーぞ」

「あはは、でも、ホントごめんね。私のせいでこんなことに付き合わせて…。陸斗はもう休んでよ。片づけは私が…」

いいながら立ちあがったりおだったが、視界が揺らいでふらついた。

「りお!」

りおよりも先に立ちあがっていた陸斗はとっさに倒れかけたりおを支える。

「おい、大丈夫か?」

「…ちょっと立ちくらみがしただけ。ごめん、ありがと」

頭をおさえながらりおはいう。

まだ視界が戻らないのか、片方の手は陸斗の手を握ったままだった。

顔色もなんだか良くない。

「…お前さ、いつも何時に寝てんだ」

「…えっと、十…二時?」

「……本当はもっと速いだろ」

りおのおかしな間を陸斗は見逃さない。

「…はぁ。あー、もう、お前は寝ろ。片づけなら俺だけで十分だ」

「ダメだよ。ただでさえ手伝ってもらったのに、迷惑…」

「迷惑なんて思わねーよ。思わねーから、お前は休め」

自分のことを心配する陸斗を見て、りおは微かに笑った。

『やっぱり二人は似てる。陸斗とれおは似てるよ。……そういえば昔も…』


「………」

窓から入る優しい光にりおは目を開ける。

ゲストルームのベットの上で、時計に目をやると針は六時をさしている。

「…あれ…、どうしてゲストルームで寝てるんだろ。…お弁当作らなきゃ…」

まだ少しだけ夢の中にいるりおはフラフラと歩き出す。

顔を洗ってやっと目が完全に開く。

キッチンに入り仕度をする。

と、お弁当箱が三つ。

一つはれおの、一つはりお自身の、もう一つは……。

『…陸斗!!』

どうやらりおの記憶は途中でぶっ飛んでいるようだ。

周りを見てみると夜中まで作業していたところがきれいになっている。

そしてそのすぐそばにあるソファーで陸斗は横になっていた。

何もかけずに寝ている陸斗にりおはタオルケットをかけた。

『…私、あのあと寝ちゃったのかな…』

思い出そうにも思い出せない。

「…ありがとう、陸斗」

そっと陸斗に囁くと、りおはお弁当と朝食を作り始めた。

おいしそうな香りと、食事を作る音で陸斗は目を覚ました。

目をこすりながら起き上ると、キッチンに立つりおが見えた。

「…もう大丈夫なのか?」

「陸斗?おはよう。まだ寝てていいからね。ごはん、もう少しかかるから。それに…」

「なんだ、昨日のこと覚えてんのか?」

陸斗に聞かれ、りおは首を横に振った。

「…片付けようとしたのは何となくうっすらと覚えてる…。でもその後が…」

「そりゃーそーだ。お前その後ぶっ倒れたんだから」

「え、倒れた?」

「倒れたっつーか、寝ちまったんだ。どうしようか迷ったけど、さすがにお前の部屋入るわけにもいかないし。で、ゲストルームに運んだわけ」

陸斗はいわないが、お姫様抱っこというオプション付きだったりする。

「…ごめん。結局、陸斗に迷…」

「迷惑じゃねーって、何度いわせる気だ?俺のことはいいんだよ。どうでもいいんだ」

うつむくりおの頭を陸斗は叩く。

りおにとっては元気の素だ。

「洗面所借りるぞ」

「うん、タオルは上から二つ目の引き出しね」

「はいよ」

「……本当にありがとう、陸斗」


りおの作ったバランスのとれた朝食を食べ、学園へ向かう時間。

「模造紙忘れんなよ?」

「うん、大丈夫」

学園へ向かって並んで歩く二人は、学園に近くなるにつれて表情が変わっていく。

心が死んでいくように。

「…あ、そうだ。陸斗これ」

「…え?」

りおから手渡されたのはお弁当だった。

「れおにばれないうちに、渡しておこうと思って。せめてものお礼。それに陸斗ってば、いつもコンビニとか購買のパンとかでしょ?」

自分とれおの分と一緒に作った陸斗のためのお弁当。

「…また、そうやって苦労を増やす」

「陸斗のことで苦労なんて思ったことないよ。陸斗が私のこと迷惑じゃないっていってくれるのと同じで」

りおはそういって笑う。

「…りお」

前を歩きだしていたりおを陸斗は呼び止めた。

「お前、昼誰かと食うのか?」

「え?別に、一緒に食べてる人はいるけど、私はあんま参加してないから」

「それじゃあ」

「ん?」

追いついた陸斗がりおの顔を覗き込む。

「屋上で食べるか、“二人”で」

「…うん!」

りおは少し恥ずかしそうに笑った。

「けど、二人では無理じゃない?屋上は出入り自由だから他の人もいるんじゃ…」

「アホウ。俺を誰だと思ってんだよ。約束してやるよ、絶対二人で食える。昼休み少し時間置いてからこい。じゃ、また教室でな」

陸斗は学園の門が見えるとさっさと入ってしまった。

その向こうから友達と歩くれおの姿が見えた。

『…やっぱり、二人は互いに意識してる。それは確かだ』

「りおー!!」

大声で呼ぶのはもちろんれおだ。

満面の笑顔で駆け寄って来る。

「おはよう、れお。はい、今日のお弁当」

「うお!やったね!サンキューな!そうそう、俺がいなくて大丈夫だったか?!」

「心配しすぎだよ、れお。大丈夫だよ」

あまりの心配ぶりに、りおの笑顔はちょっと困り気味だ。

友達の家に泊まりに行った次の日はいつもこのパターンだった。

「ったくよー、本当に仲いいよなぁ。わざわざれおの分作って持ってくるなんて、真中さんはさすがだ」

れおの友達が追いついていう。

何度かれおが泊まりに行っている友達。

学校では一番仲のいい男子だ。

「そんなことないよー。それより、れおが迷惑かけてないといいんだけど…」

「あぁ!いや、迷惑つーか、夜中に真中さんが心配で家に帰るっていい出した時はさすがに焦ったぜ」

『…げっ』

りおは心の中で焦った。

「一応は止めたけど、いやー、マジびっくりしたわぁ」

「ごめんねー、色々。(止めてくれてありがとう)じゃ、じゃあ、私はこれで」

そういって笑うとそそくさとりおは学園内に入っていった。

「…あいつ、何か隠してる…」

「あ?何かいったか、れお」

「いんや、何でもねー」

れおはそういうと友達と並んで学園に入っていった。

りおはれおの話を聞いて、とてもじゃないがじっとしていられなかったのだ。

もしれおが昨夜帰ってきていたら、どんなことになっていたか。

とはいえ、どうなったのか気になるといえば気になるのも事実だった。

れおが帰ってきて陸斗と会って、その後二人はどうするのか。

そんなことを考えると、りおは不思議と笑っていた。


昼休み、陸斗はすぐに教室から姿を消した。

『少ししてから来いっていってたけど、もういいのかな?』

カタンッと自分の席を立ってお弁当を手にする。

「あれ?りおちゃんどっか行くの?」

「うん、今日他のクラスの子と食べる約束してて!ごめんね!」

りおは笑顔で教室を出た。

『…他のクラスの子…かぁ。心許せる子なんていないのにね…』

屋上への階段を昇る。

すると、その階段を生徒が次々に降りてくる。

しかもお弁当を持ったまま、逃げるように。

『ん?まだ休み時間始まったばっかりだよね?なんで?』

屋上へ出てみると人っ子一人いなかった。

「あれ?…陸斗ー?」

あたりを見回しても誰もいない。

「こっちだ、こっち」

声の方に目を向けてみると、貯水タンクの影から陸斗が呼んでいた。

「な?約束した通り二人だろ?」

陸斗はえらそうにいたずらな笑みを見せた。

「…なるほどね…ってまさか、脅したの?!」

「別に?結構がやがやしてうるさかったから、『うるせー』っていっただけ」

『…つまり遠まわしに脅したのね』

「ほら、座れよ。立ってられると落ち着かねーよ」

横に座れと、陸斗は合図を送る。

「しょうがないね、陸斗は」

クスクスとりおは笑う。

そんなふうにりおが笑顔を見せてくれることが陸斗にとっては、とても嬉しかった。

『りおが笑ってくれるなら、何だってしてやるよ』

二人は並んでお弁当箱を開ける。

りおの作ったおそろいのお弁当。

「…おいしい?」

「…まぁまぁじゃね?」

「素直じゃないなぁ、陸斗は」

りおはそういってまた笑った。

「……ずいぶん笑うようになったな、お前」

そう聞いた陸斗の表情は優しい。

「…れおと、…陸斗の前だけだよ」

「何?俺のこと信用してんの?」

「今さら聞くの?そういうこと」

二人はどちらからともなく笑い出した。

「そういえばさ、一輪車と竹馬どうする?」

「あ?何のことだよ」

「借り物競走の話。あれ、スタートから一輪車とかで途中までいって、高い壁をペアで越えて、箱から紙とって、物借りたら二人三脚でゴールまで。ルール聞いてなかったの?」

「…スタートはおぶさるのと台車もあったろ」

「あるけど、それ男の子キツイじゃない?女の子はどっちも運んでもらうだけだから。台車引くのも、背負うのも男の子…」

りおの話を聞きながら、陸斗はあることを思いついた。

「…お前は何もしなくていいから安心しろ。弁当、うまかった。ちゃんと洗って返すから。じゃ、少ししてから戻れよ」

「あ、陸斗!」

「あ?」

「…ありがとう」

「…俺も…サンキューな」

二人は優しい笑みで別れた。

それからというもの、二人は一緒に食事をすることが多くなった。

といっても、毎回屋上を貸し切るわけにもいかないので、陸斗の知る穴場スポットで二人はお弁当を食べた。

その時間が二人にとって、とても大切なものだった。


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