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April:PART3

階段の踊り場の窓から柔らかい春の光が差し込む。

りおはそこで陸斗を待った。

去年までは向い側の中等部の校舎から桜を見た。

去年とは違う桜が風に乗って舞う。

初等部からかれこれ十年、この架音学園に通ってきた。

時はあっという間に過ぎていく。

今になって一瞬というものの大切さに気付く。

りおはつくづく思ってしまった。

いつからこんなにも自分に嘘をついてきてしまったのか。

いつからこんなにも弱くなってしまったのか。

昔は違った。

今よりも、もっとずっと自然に笑えていたのに。

想いに馳せて、りおはまた我を忘れていた。

「おい」

「……え?」

「ほら、鍵」

目の前に鍵が揺れている。

陸斗が職員室から戻って来た。

「…あ!ごめん!ありがとう…」

「本当に大丈夫かよ。カバンかせ」

「あ、うん。大丈夫」

りおが軽く頭を下げ、カバンは陸斗の手に戻り、代わりに鍵がりおの手に渡された。

「え、山倉君が持ってきてくれたのに私が持ってたらみんな勘違いするよ。ただでさえ、あの子達は山倉君のこと…」

りおはいいかけてやめる。

「……いいんだよ、別に。勘違いされよーが、何いわれよーが。ただ、その内あいつらシメてやろうかねぇ。これ以上お前のこと利用するなら」

「え?いや、ダメだよ!そんなことしたら山倉君、クラスの人に何いわれるかわかんないよ!それにクラス中が敵になったら、怪我だってするかも……」

「お前、俺には結構いうよな。平気だよ。クラスの連中が敵になっても、お前は俺の敵にはならない。絶対にな」

陸斗は自信たっぷりにりおを見る。

りおはなんだか悔しくなっていってやった。

「そんなことわかんないじゃない。でも、そうね。きっと山倉君も私の敵にはならないね」

そういって小さく笑ったりおのその笑顔は、偽りではない本物の笑顔だった。

「そう、俺の前では強気なお前でいろ。それが本当のお前なんだから」

陸斗はりおのそんな笑顔を見て嬉しそうにそういった。

ただ素直にその気持ちを出すような陸斗ではない。

どこか意地悪そうに、けれどどこか優しい表情。

そしてりおもまた同じように陸斗に返した。

「…山倉君も、ね。でも初めてかも。こんな風に私にいってくれる人なんて。どうして?」

「さぁな。いつか教えてやるよ。いつか…ね」

「…意地悪ね、山倉君」

「うるせーな。いいだろ?お前にはその代り笑ってやっただろーが」

少しだけ照れたように頬を掻いて陸斗はいう。

いおにとってはそんな陸斗がなんだかとてもおかしかった。

今まで話したことすら曖昧な相手だというのに、どうしてかこう打ち解けあっている。

『本当に不思議ね。こんなに本気で誰かと話すのはいついらいだろう。私のこと認めてわかろうとしてくれる相手に出会えたのかな』

そんな風に考えてみると自然に笑みがこぼれる。

「さてと、そろそろ行かねーと。連中が待ってんだろ?」

「…私を待ってるわけじゃない…けどね」

「…ったく。行くぞ!」

陸斗はいって階段を上り始める。

りおもその後を追った。

まだすべてをわかりあったわけではない。

陸斗が本当はどういう人なのか、まだつかめたわけでもない。

けれどりおは初めて自分から知りたいと思った。

『この人が初めて私に踏み込んできたように、私も本当のこの人を見てみたい。ただ何となく過ごすんじゃない。きっかけはこんなにもすぐそばにあったのね』

りおは陸斗の横まで駆け上がるという。

「頑張るよ。少しずつ変わっていけるように、ちゃんと本当の自分を出せるように」

俯かないでまっすぐ前をむくりお。

「あぁ、頑張りな」

ポンっとりおの頭をたたくと陸斗は小さく笑っていた。

二人そろって教室に向かうとそこで待っていたクラスメートは固まった。

「ごめんね!遅くなって!」

りおの顔がまたいつもの偽りの笑顔に戻る。

『…頑張るんじゃなかったのか、おい。……まぁ、すぐに変われるものでもねーから、ゆっくりでいいけどよ』

「…りおちゃん!」

一人の女子が鍵を開けるりおに近寄った。

「何で山倉君がいるの?りおちゃん何かあったの?」

不安げにそう聞く女子に、りおはただただ苦笑するだけだった。

「偶然そこで会ったの!」

りおの笑顔の下に隠された感情を彼女達が読めるわけもない。

『山倉君がそんなに怖いの?どうしてそんなに嫌うの?そりゃあ、私だって人のこといえないけど…。好きでも嫌いでもない存在だったんだから。……じゃあ、今は……?』

「おい」

「え…?」

「よけーなこと考えてんだろーけど、早く開けろ」

ぽつりと陸斗はいう。

冷たく、先程までとはまるで別人のようだった。

「あ、ごめん」

扉が開く。

陸斗が一番に入って、一番後ろの自分の席に座る。

りおはそんな陸斗の態度にあきれつつ、残りのクラスメートを中へ入るよういった。

りおに促されてぞろぞろと入っていく中で一人の男子がぼそっとりおにいった。

「あいつなんなんだよ。真中さんも災難だな。あーいう自己中なヤツってうざいよね」

「あはは…。さてと、鍵返してこなきゃ」

「あぁ、何かごめんねー」

その男子はにやりと笑っていった。

『……わざとらしいって。きっと私がこんな風に思ってることなんか知らないんだろーなぁ』

りおはカバンを自分の席に置くと後ろ戸の鍵を開けて廊下に出た。

その直後、りおのケータイのバイブが鳴った。

びっくりして、あわてて出ると陸斗からのメールだった。

『階段のところにいろ』

「………」

りおは後ろの戸から教室をのぞいてみる。

陸斗がケータイを片手に窓の外に目を向けている。

りおはメールを返信すると走り出す。

そして陸斗のケータイが鳴る。

『……あのアマ、俺にまで気遣いやがった。ったく、何のために俺が…』

ケータイの画面には一言『いってきます』とある。

陸斗は一瞬追いかけようと思い、立ち上がりかけたものの、すぐに席に着いた。

教室にいるクラスメート達が陸斗のことを色々と噂しているようだった。

『あいつによけーな迷惑はかけたくない……。ただでさえ、俺はあいつに……』

陸斗は再び窓の外に目を向ける。

窓の外の桜は優しい。

優しくてそれでいて、どこか切なく見える。

おそらくは、例の垂れ桜も…。

誰にも見られることのない垂れ桜。

『…確か今日も早く終わるんだったな、学校。……連れて行ってやるか』

陸斗は窓の外の景色を眺めながら、一人考える。

りおと親しくすることは、自分だけじゃなくりおも目の敵にされてしまう。

陸斗としてはそれだけは避けたかった。

ただでさえ人一倍気を遣うりおだ。

必要以上の迷惑はかけたくないのだ。

『今日の放課後、少し付き合え。俺にまで気を遣った罰だ。いいな』

鍵を職員室へ戻したその帰り、陸斗からのメールが届く。

『……命令かよ。…れおに連絡しておかなきゃ』

メールの文章を読んでりおはクスッと笑った。

『今度は何をするのかな。それにしても、気を遣ってるのは山倉君の方じゃない。人のこといえないし!』

りおは歩きながらメールを返す。

『気を遣ってくれたのは山倉君の方でしょ?…でもありがとう。その…色々と。放課後だよね、了解です』

陸斗のケータイにメールが来る。

それを見て陸斗は穏やかに笑った。

と、もう一通メールが届く。

すると陸斗の表情は一変する。

まるで何かをあきらめているような、切ない顔。

『わかってるよ。あいつに近づきすぎるのはよくないってことぐらい』

ケータイを握る手に力が入る。


一日が終わり、放課後やってくる。

続々と帰っていくクラスメートに手を振りながら、りおは全員が帰るのを待った。

教室にはりおと陸斗だけが残っている。

「……それで?何に付き合うの?」

「あんた、熱は平気か?」

「え、あぁ、うん。大丈夫だよ、もう」

「…まだ大丈夫そうじゃねーな。まぁ、いい。いざって時は俺がいるし。ちょっとついてこい。見せたいものがあるから」

「……見せたい…もの?」

りおが聞く前に陸斗は歩きだしてしまった。

「待ってよ!」

りおもそれを追って走り出す。

二人はそのまま歩き続けて校舎の外に出た。

それから校舎の間を抜けて旧校舎へ続く道を歩く。

ちょっとした林道。

今は桜のトンネルだ。

「うわー、すごい綺麗。私、校舎裏とか旧校舎の方って初めてかも」

「アホゥ。俺が見せたいのはこれじゃねー。このまままっすぐ行くと旧校舎しかねーよ。こっちだ」

いいながら陸斗は旧校舎への道をいきなりそれて整備されていない林の中に入っていく。

「え、ちょっと、これ道じゃないじゃん!」

「いいんだよ。何?疲れたか?熱また出てきたか?」

「え、ううん。平気だけど…」

「辛かったらすぐいえ。担いで行くから」

「はい?!そんなの無理だよ!私重いもん!大丈夫、辛くもなんともないから!」

「……行くぞ」

意地でも自分の体調を気遣わないりおに、陸斗は少々ムッとしながら再び歩き出す。

置いて行かれないようにりおも小走りで追いつく。

その時だった。

りおの手に陸斗の手が重なる。

『え゛?!何いきなり!?』

りおはびっくりして言葉が出ない。

「一応心配してやってるんだろうーが。それくらいわかれよ。……やっぱりまだ熱あるな」

重なった手から伝わるりおの体温は高い。

『…急ぐか』

校舎を出てから、陸斗に手をひかれだいぶ歩いた。

「着いたぞ」

「え?」

顔をあげたりおの目に飛び込んできたのは、風に舞う桜の花だった。

二人の目の前にはたった一本の垂れ桜があった。

つまり二人は学園の敷地内の一番奥にたどりついたわけだ。

「……綺麗…。こんな素敵な桜があるなんて知らなかった……。…でも、どうして私なんかを連れて来てくれたの?」

りおが嬉しそうに陸斗に振り返る。

「さぁ、どうしてでしょう。まぁ、誰かさんが少しでも嬉しく思ってくれたならそれでいいさ」

陸斗は優しく静かに笑っていた。

そんな陸斗の笑顔にりおは恥ずかしくなって顔をそらした。

『…だから、その笑顔はなんなのよ。ちょっとだけカッコイイっていうのもうなずけるかも。……いや、だから別にどうってわけじゃないけど、うん…』

そして改めて桜を見上げる。

馳せていたのかもしれない。

今まであった色々なこと、自分の中にある汚い想いや、そういったモヤモヤしたものが、なんだかきれいに流されていく感じがした。

「おい、大丈夫かよ。何かボケーッとしてるけど」

「あ、うん、何か少し昔を……思い出してた…のかも」

「……かも?」

「私の記憶、一部曖昧だから…。ありがとう、山倉君」

「なんだよ、急に」

「ありがとう」

そういって笑ったりおはまるで、この垂れ桜のように優しい。

りおの“ありがとう”の意味を探そうとした陸斗だったが、今はまだゆっくりでもいい気がした。

「…どういたしまして。そうだ、ほらよ」

陸斗はカバンの中からペットボトルのお茶を出してりおに渡した。

「…?」

「……ちょっとした花見」

「もらっていいの?」

「いらねーなら返せ」

「いただきます」

陸斗は垂れ桜の根元に腰をおろした。

「あんたも座れよ。ただでさえ熱あんだから」

促されるままに、りおは陸斗の隣に座る。

それからどのくらいの時間がたっただろう。

二人はただ黙って桜を見上げていた。

その時、ふとりおの中に疑問が生じそっと尋ねてみた。

「……そうだ。ねぇ、山倉君はどうしてこの桜のことを知ってたの?」

「あ?あぁ、俺の……両親がこの学園の卒業生で、小せー頃から聞かされてたんだよ。この学園の伝説とか、七不思議みたいなものとか」

「じゃあ、この桜にも何か伝説とかあるの?」

「……まぁ…な」

フッと陸斗の頬が赤くなる。

「何、どんな伝説?」

「なんだよ、知りたいのかよ…」

「うん!すっごく!……あ!」

つい好奇心が先走ってしまい、りおは恥ずかしくなった。

「…ぷっ、あははは!あんたってホントおもしろいな!」

「そ、そんな笑わなくてもいいじゃない!」

不意にみせた陸斗の無邪気なその笑顔につられて、りおも笑いだす。

「さぁてと、そろそろ帰るか」

「そうね。……山倉君」

先を歩きだした陸斗にりおは呼びかける。

その声に振り返る陸斗の表情はとても穏やかで優しい。

「これからよろしくね、山倉君」

「こちらこそ。ま、あんたのこれからの言動を見てるさ」

「……一ついっていいかな」

陸斗の隣まで来て、りおは少しだけ怒った風にいった。

「ちゃんと名前で呼んでくれません?」

何をいわれるのか予想していたわけではなかったが、陸斗はりおのあまりにも拍子抜けなお願いに危うくまた噴き出すところだった。

「……じゃあ、そのかわりお前もだぞ?」

「え?」

陸斗の言葉の意味をりおは一瞬では理解できなかった。

「…鈍いな、“りお”は。しょーがねーから名前で呼んでやるよ」

「……あぁ!そういう意味?!………り…りく…」

りおの頬は赤くなる。

「ぷっ。何照れてんだバカ」

「て、照れてなんかないもん!呼べばいいんでしょ!陸斗!」

半ば意地になってりおはいった。

そんなりおを見て陸斗はまた笑ってしまった。

二人は校門まで他愛のない話をしながら歩いてく。

行きと違い帰り道は少し早く感じた。

校門が見えてくると、陸斗が一度足を止めた。

「どうしたの?」

「りお、あれ」

「え?…れお?!」

陸斗が指さしたそころ、れおがケータイをいじりながら校門に寄りかかりつったっている。

「りお!……!」

りおの姿を確認して走り寄ったれおだったが、そのそばにいた陸斗を見るなり表情が一変した。

りおのカバンを受け取り、りおの手をとって歩き出す。

「ちょ、ちょっと、れお?」

「オイ!テメー、りおに手ぇ出してねーだろーな!」

陸斗に向けていったその言葉、口調はとてもきついものだった。

けんかっ早いれおはいつものことだが、自分からこうもあからさまに仕掛けるのは初めてだった。

「…さぁな。そんなに心配なら本人に聞け。じゃーな、りお」

「え、ちょっと……!」

陸斗はそういって二人に背を向けると一人帰って行った。

れおと陸斗の間に流れる雰囲気はとてもいいものとはいえない。

『れおと陸斗の間には何かある』

そのことをれおに聞いてみたかったが、りおにはできなかった。

心のどこかで聞くことを恐れているようなそんな不思議な感覚があった。

「りお、何もされてない?」

「大丈夫、何もないよ。待っててくれてありがとう」

「うん」

りおの笑顔にれおも笑った。

そして、二人でまた歩き出した。


やがて授業が始まるとやっと高校生活というものを実感し始める。

クラスも慣れ始め、一日が一段と速く過ぎていく。

りおは相変わらず周囲に振り回され、陸斗は相変わらず一匹狼のまま。

それでも二人でいるときはよく話すようになった。

メールはほぼ毎日。

内容は主に互いの言動への文句。

『また余計なこと頼まれて断らなかっただろ』

『また一人で行動してたでしょう』

飽きもせずに二人のメールは続く。

りお、れお、そして陸斗。

三人の間の歯車が回り始めた。


こうして始まりの四月が終わっていった。


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