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March:PART2

フワリと自分の背中にかけられたコートから、懐かしい香りがした。

驚きと戸惑いが体の中を駆け回り、急激に意識が現実へ引き戻される。

「病み上がりが、何でこんな薄着してるんだ」

あのバレンタインの日、あんなにも遠く感じた温もりが、すぐ隣で手の届くところにある。

何の前触れもなく訪れたこの空気に、りおはゆっくりと顔を上げた。

そこにはりおと同じように、戸惑いにあふれた複雑な、けれど本当に心配する表情の陸斗がいた。

「……どうして…?」

「…いいからお前は中入れ」

そういって陸斗はりおに家の中へ入るよう促して、戸を閉める。

仔猫はりおが入るのと一緒にピョコンと入ってしまった。

一枚のガラス戸越し。

陸斗はうつむきながら小さく呟く。

「今日、会う気なんてなかったのに…」

微かに聞き取れたりおは、その言葉に再び逃げ出したくなった。

けれど、今逃げてしまっては、あのバレンタインと同じ。

今度こそ、まっすぐに受け止めなくては。

そう思ったりおは意を決していう。

「陸…斗…。私、色々ごめんね…。たくさん迷惑…今も…。嫌われて当然だよね…」

その時だ。

「違うんだ!」

外にいる陸斗が叫んだ。

「謝るのは俺の方なんだ!りおには嫌な思いばかりさせて。りおは何も悪くないんだ…」

「…陸斗?…」

「ごめん…、今だって、俺本当に伝えたいこといえないでいる。それがりおを傷つけるって知ってるのに…。でも、どうしても、あの桜の下じゃなきゃダメなんだ」

ガラス戸についた陸斗の手。

俯いたまま、そう話す陸斗のその手に、りおはそっと自分の手を重ねる。

冷たいガラス越しに繋がる手。

すぐそばにいるのにすれ違ってしまう心。

わけもなくりおの瞳からは涙があふれた。

「…りおが元気になってからでいい。もう一度だけチャンスをくれないか。あの日、いえなかったことを今度こそ伝えるから…。あの垂れ桜の下…」

やっと顔を上げた陸斗のその瞳が、りおの涙をとらえる。

そして、重ねられたその手も。

「…ごめん、嫌われるのは俺の方だ…」

どこか諦めるように呟かれた陸斗の言葉。

するとりおがいった。

「…明日…」

「え…?」

「明日、あの垂れ桜の下…今度こそ、絶対会いに行くよ。だから、お願い…笑っていて」

濡れた瞳のまま、そういったりおはそっと笑いかける。

傷付けてもなお、自分を心配してくれるそのりおの優しさが、今の陸斗には逆に辛かった。

傷付けないよう、誰にも傷つけられないよう守りたかった。

ただそれだけなのに、なかなか上手くいってくれない。

泣かせるつもりなんてなかった。

笑っていてくれるだけでよかった。

「…今度こそ…今度こそ、待ってるから。お前が来てくれるのを…」

陸斗はいって笑った。

せめて、少しでもりおの心が軽くなってくれれば、ただそれだけを祈って…。

陸斗はそっと手を戸から離し、暗闇の中へと消えていった。

それから少しして、れおが帰ってくるその時まで、りおはその場から動けなかった。

「ただいま、りお!何で仔猫が?!」

れおのその叫び声に、りおはハッとなって振り向いた。

その拍子に肩にかかっていたコートが床に落ちる。

「…あ!コート!陸斗の!」

「大丈夫、俺のコート無理矢理着せといたから!……少しは話せた?」

慌てて落ちたコートを拾い上げ心配するりおに、れおは小さく笑っていった。

「……陸斗にあんな顔させるつもりなんてなかったの…。あんな、辛そうな笑顔を見たいわけじゃないのに…」

抱き締めた陸斗のコートにりおの涙が一つまた一つと落ちていく。

「……陸斗もきっとりおと同じだよ。りおにそんな顔させるつもりなんてあいつにはないんだ。だから…だからさ、明日、りおの思ってること全部伝えてきなよ。後悔しないようにさ」

涙をぬぐいながら、れおは、そういう。

「陸斗のこと…よくわかってるんだね…」

「まぁ、男同士だし、女の子にわからないことはわかりあえるかな。陸斗のやつはさ、モテるくせに気付かねーし、りおにはチョー優しいくせに俺にはその欠片もねーし、本当にムカつくヤツだけど、嫌いになんてなれねーんだ。何だかんだあいつのこと頼りにしてんだよな」

困ったふうにいって笑うと、れおはりおのオデコにコツンと自分のオデコをくっつける。

「大丈夫。あいつはこれ以上、りおを傷付けたりしない。もし陸斗のこと信じられないなら、俺を信じてて」

「……信じるよ、れおのこと。…陸斗のことも…」

瞳を閉じてりおは呟いた。


そして翌日。

事前にれおが陸斗に時間を指定していたため、れおにいわれた時間にりおは家を出た。

りおのことが心配だからと、れおも一緒についていくことになった。

その本音は見届けたいからなのだ。

二人で学園に向かうその途中、りおはどこか緊張しているようだった。

「大丈夫。いざってときは俺がいるし、すぐフォローに入るから」

れおがいうと、安心したようにりおは笑った。

「ありがとう、れお。…でも、大丈夫。頑張れるよ。だって…」

「?」

りおはゆっくり空を見上げる。

流れ行く雲に、そっと微笑んで見せた。

「だってね?陸斗がどんなに私のこと嫌いでも、私はやっぱり嫌いになんてなれない。陸斗が私にくれた、たくさんの優しさを忘れるなんてできない」

その言葉を聞いたれおは寂しそうに笑っていた。

学園の門を通り、まっすぐ校舎裏に向かう。

桜のトンネルは、まだまだ蕾のまま、枝の間から空がもれる。

一歩、また一歩と近付く、あの日逃げ出した場所。

不安や躊躇いは簡単には拭いされない。

それでも、もう逃げたりしないと心に決めて歩く。

「りお、あそこ」

れおが指差した先に人影が見える。

そこにはあの垂れ桜を見上げる陸斗がいた。

「大丈夫。ほら、いっておいで」

ポンと背中を押され、りおは振り返る。

「…いってくるね」

そういって笑ったりおに、れおは頷いた。

りおは少しずつ陸斗の傍まで歩み寄る。

れおはそっと二人を見守った。

『どうせ俺の出る幕なんてねーしな』

そう思いながら、情けなく笑ったれおも覚悟を決めたのだった。

「…陸…斗」

そっと、その背に呼び掛ける。

ゆっくりと振り向いた優しいかお。

「…待ってた」

「陸斗…私…」

りおがいおうとしたその時、陸斗がそっとそれを止めた。

「ごめん、俺からいわせてくれ。まず何より、誤解を解きたいんだ」

「…え?」

「…俺はりおを嫌いになんてならない。いや、なれないよ。あのバレンタインの日、“好きじゃない”なんて、あんなこというべきじゃなかったんだ」

陸斗の口から語られる真実。

りおは自分が逃げ出した前後の話をやっと知ることができたのだった。


「りおが聞いたのはここまでなんだろ?」

陸斗が途中まで話してそういった。

ちょうど逃げ出したあの場面までの話。

「本当はあの後…」


「あんなやつ、好きでも何でもねーよ」

陸斗はそういって一度瞳を閉じた。

そしてゆっくり目をあける。

「…………そういえば満足なのか?」

「んな?!」

陸斗の言葉に相手の女子はカッとなる。

「何なの!結局好きなのか嫌いなのかわからないじゃない!」

「わかってほしいなんざ思ってねーし。……もう十分だろ。さっさとどっかいってくれ」

そういうと、陸斗は再び桜を見上げる。

どうか、一輪でもいい。

咲いていてくれれば。

陸斗は何も知らず、ただそう願っていた。

そんな陸斗に、引くに引けないその女子は陸斗が何か反応するのを待った。

もちろん陸斗はそんなことお構いなしに無視を決め込む。

それからしばらく、互いが互いに折れることを待った。

その時だ。

「なるほどな」

「…!」

聞き慣れた声に陸斗は振り返り、つられて女子も振り返る。

そこにいたのは、小さな紙袋を持ったれおだった。

それを見た女子は、二人から一歩さがった。

「ま、まさか、山倉君の好きな人って…真中君…?!」

「「違う!!」」

女子の言葉に、陸斗とれおの二人は瞬時に否定した。

「マジ冗談キツいから」

れおがひきつった顔でいう。

「冗談でもこっちは願い下げだ」

それに陸斗がいって答える。

「何だと、コノヤロ!」

陸斗にくってかかるれおに、女子はポカンとしてしまった。

れおの登場自体も驚きだったが、二人が話す姿が何より驚きだ。

「二人って、友達だったの?」

女子の問いかけに、二人は顔を見合わせると、陸斗は視線をそらした。

陸斗は答えるつもりがないらしい。

それを見てカチンときながらも、れおが答える。

「友達っつーか、幼馴染みだよ。ずっと隠してたけどな。仲良いつもりはねーけど、一応色々わかってやってるつもりだよ。…だから」

れおはいって女子に近付くと、彼女の手から紙袋を取った。

「だから、これで諦めてやってくんない?」

「え…」

「こいつ、ずっと昔に心に決めたヤツがいるから。そいつ以外は、眼中にないんだ。たとえ、どんなに可愛くて、性格のいい子がいたとしてもね。っつーか、こんなつまんねーヤツ、やめといた方がいいぜ?」

「つまんなくて悪かったな」

若干キレ気味の陸斗がいう。

「事実をいったまでだ!」

飽きもせず、れおはいい返すと、女子はクルリと向きをかえて歩き出した。

その姿に陸斗とれおは小さく息をついた。

陸斗のことを諦めたのか、二人のやり取りに嫌気がさしたのか、何もいわずにその場から去っていった。

完璧に人の気配がなくなってから、れおは陸斗を見る。

「…で?おめー、何しやがった?」

「…何のことだ」

陸斗はりおがいたことを知らない。

そのことをれおもまた知らないわけだ。

「とぼけんなよ。りおのやつ、泣いて戻ってきたんだぞ」

「え…?…まさか!」


「…本当はすぐにでも、りおの後を追って誤解だってことを伝えたかった。でも、りおに拒絶されたらって思ったら、すぐに走り出せなかったんだ」

そういって話す陸斗に、りおの表情は安堵に満ちた。

「よかった…。嫌われてなかったんだ…」

そう呟いてりおは小さく笑った。

その笑顔に、やっと陸斗もホッとした。

「ごめんな。たくさん泣かせて、傷付けた。ただ笑ってほしかっただけなのに」

「私も…私も笑ってほしい。いつものあったかい笑顔で」

「りお…。ありがとう。ごめんな」

陸斗は微笑む。

まだどこか、切なさを含んだその笑顔に、りおは陸斗の手をとる。

「もういいんだよ。謝らないで?またこうして傍にいられる。それだけで私は嬉しいの。………あれ?」

りおはいつだったかね友人の言葉が蘇る。

『例えば、傍にいるだけで安心するとか』

『嫌われたくないとか』

りおの中で、まるでパズルのピースが埋っていくかのように、心の中が温かい何かで埋まっていく。

りおの言葉を聞いた陸斗は、りおの手を強く握り返した。

そしてコツンとりおの額に自らの額をつける。

「本当にありがとう」

瞳を閉じてそう呟く陸斗。

りおは急激に顔が赤く熱を持つことに焦る。

『…あぁ、そうか…。私…』

「りお?お前まだ熱あるんじゃないか?!」

「え?」

りおのおでこの温度が高いことに、陸斗は心配していった。

「無理して来たのか?」

「ち、違うの!そうじゃなくて、これはその…恥ずかしかっただけ…」

「恥ずかしかった?何が?」

「何でもないよ!」

それ以上突っ込まれるのが嫌なりおは、顔を背けてしまう。

そんなりおが、陸斗にとっては嬉しかった。

「…可愛い」

「え…?」

「本当、昔から変わらねーな」

「?」

聞き取れなかった陸斗の言葉に首を傾げるりお。

陸斗は小さく笑っていた。

「なぁ、りお」

「何?」

「俺達の“賭け”を覚えてるか?」


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