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March:PART1

春の始まりの月。

たくさんの花が咲き乱れる季節がやって来る。

けれど、この年は寒気がいつまでも留まり続け、まだ寒い日々を過ごしていた。

その中、架音学園の三年生を送る会と終業式は、バレンタインからおよそ三週間後にある。

その三週間を生徒達は各々楽しむわけだが、真中家ではそんな雰囲気ではなかった。

「りおー、大丈夫かぁ?」

ベッドで横になるりおを心配そうにれおは見つめる。

「平気だよ。ごめんね、手間かけさせちゃって…」

「いや、もとはといえば、俺が原因…」

今にも泣き出しそうな程情けない顔でれおはいった。

事の発端はバレンタイン翌日だった。

どこからもらってきたのかは定かではないが、れおがインフルエンザにかかり、一週間りおがつきっきりで看病していた。

そしてやっとれおが完治したと思った矢先にりおに移ってしまい、しかもれおよりも長引く結果となり今にいたる。

「れおが元気なら、いいよ」

「うぅ…。けど、完全にタイミングはずしちゃっただろ?……陸斗のこと…」

「……」

フッとりおの表情が一瞬で暗くなる。

あのバレンタインを思い出してしまう。

あれ以来、まったくといっていい程、陸斗と話していない。

メールでのやりとりすらろくにない。

陸斗の告白を聞いて逃げ出した後、れおの顔を見た途端、関を切ったように流れた涙。

何も聞かずに抱きしめてくれるれおにどれだけ救われたか。

「あの時はありがとう。わざわざ陸斗に届けてくれて…」

「そんなこと、全然構わないけど…。……このままでいいのか?」

れおはりおの頭を撫でながらそっといった。

二人はあの日の校舎裏でのやり取りを思い出していた。


「…れお…」

「お、早いな…って、どうした?!」

慌てて駆け寄ったれおに、りおは涙に濡れながら必死に笑顔を作ろうとしていた。

「いい、無理に笑わなくていいんだ。俺はいつだって傍にいるんだから」

「……うん」

ポロポロとこぼれ落ちる涙。

りおの右手に握られたままの小さな紙袋。

それを見て、れおはりおの走ってきた先を見つめる。

「…渡さなくていいのか?」

ポツリといったれおの声に、腕の中のりおは首を振った。

「こんなんじゃ、渡せない…。それに、私からのなんて、きっと陸斗欲しくないよ…」

「そんなこと、絶対あり得ないよ。…何があったのか、いいたくないなら別にいい。でも、あいつは…陸斗は待ってる。きっと今も…」

「でも…」

「…わかった。俺がいってくる。せっかくあいつのために作ったものなんだ。このまま捨てちまうなんてもったいないよ。渡すだけ渡そうぜ?あいつには上手くいっておくから」

れおはりおの手から紙袋を受け取った。

「りおは先に帰って、待ってて」

そういって笑うと、れおは歩き出した。

その後ろ姿を見つめながら、りおは動けないでいた。

れおを追うことも、家に帰るのも、どちらもできなかった。

一粒また一粒と涙が頬を伝っていく。

その時だ。

「…りーちゃん」

背後からの声にりおの涙は再びあふれだす。

「梨…月…。私…」

「うん。りーちゃん、家に帰ろう?何があったのかは、それから聞くから。れー君も心配してるし」

“ほら”といって梨月はケータイ画面をりおに示した。

送信元はれおだ。

「読んでみて?」

優しく笑うりおに促されて、りおはケータイの画面を下へずらす。

『梨月、悪い。りお、陸斗と何かあったみたいなんだ。今さっき校舎裏に泣きながら戻ってきてさ。先に帰るようにいったけど、きっとそこから動けないでいるだろうから、迎えにいってやってくれないか?できれば話も聞いてあげてほしい。本当は、俺がそばにいてやりたかったけど、俺じゃ役に立てなさそうだから…。だから俺は俺にできることをしてくる。あ!りおには内緒な!』

「…れお…」

「れー君、本当は今もりーちゃんの傍にいたいのよ。…さぁ、帰ろう」

「…うん」

梨月はそっとりおの手をとるとゆっくり歩き出した。


『…あの後、俺が家に帰った時には、いつも通り…とまではいかないけど、自然に笑えるようにはなってた。梨月のおかげだな。りおが泣いた理由は…おそらく…』

「れお?どうしたの?」

「え?あ、何でもないよ」

「そう?そろそろ梨月が来る頃でしょ?」

ゆっくり起き上がるりおをそっと支えながられおはうつむく。

「やっぱり何か気になることあるみたいだね」

「…」

「私と陸斗のこと…ね?ごめんね、れお。梨月にもいっぱい心配かけちゃって。私はもう大丈夫」

そういって優しく笑うりお。

「りおが謝ることなんてないんだ。違うんだ、俺がもっと上手く導いてやれれば、こんなりおが傷付くことなかった」

れおは自分の知る真実をすぐにでもりおに伝えたかった。

けれど、れおの口からそれを聞いてしまっては、りおにとってまったく意味がなくなってしまうことも知っている。

だからこそ、何もできない自分に腹がたった。

「…れおこそ、謝る必要ないんだよ。ホントは、わかってるの。このままじゃいけないってことも、私がすべきことも…」

「りお…」

「だから、体が完治し次第陸斗には会いにいくよ」

りおはそういって瞳を閉じた。

その表情はとても穏やかで、りおは梨月にいわれたことを思い出していた。

と、その時家のベルが鳴る。

梨月が来たようだ。

りおはれおに梨月のもとへ行くように促した。

れおは心配そうに頷き、部屋から出ていった。

りおは再びベッドに横になり、そばにあったねいぐるみを抱き締め目を閉じた。

そのぬいぐるみは、あの雪降るクリスマスイブにプレゼントで陸斗からもらったウサギ。

『…陸斗…。ごめんね…。ずっと無理させてたんだね。でも、もうそれも終わるから。もう無理に私の傍にいなくていいんだよ?私はもう…』

薄れゆく意識の中で思うのは、やはりあの日のことだった。


梨月と一緒に帰宅したりおはふっと一息ついた。

「今お茶いれるね…」

「私も手伝うわ」

二人でお茶を用意して席につくと、梨月は何もいわずりおに笑いかける。

りおはそんな梨月にポツリポツリと話し始めた。

自分の見聞きした内容を全て話し終え、俯くりおに梨月は小さく頷いた。

「そう、そんなことが…。ねぇ、りーちゃん?」

「…?」

「りーちゃんはどうしたい?」

「え?」

「山倉君の“好きじゃない”って言葉を聞いて、りーちゃんはどうしたい?山倉君のこと怒る?山倉君と関わらないようにしていく?山倉君を…嫌いになる?」

梨月の言葉にりおは首を横に振った。

「そんなこと…できないよ…」

そういうりおの表情はとても苦しそうで、悲しそうだった。

それを承知の上で梨月は問いかける。

「どうして?」

「……わからない…。どうしてなのか…」

そう曖昧にしかりおは答えられなかった。

「…意地悪な聞き方をしてごめんなさい。りーちゃんの気持ちを確かめたくて。りーちゃん、れー君のこと好き?」

いつもの優しい梨月に戻り、笑いかける。

「好きだよ。もちろん梨月のことだって」

「ありがとう、私もりーちゃん大好きよ。…山倉君のことは?」

「……」

黙ってしまったりおに梨月は笑いかける。

「私、れー君のこと好きだけど、山倉君のことも好きだわ。もちろん、“好き”の意味は違うけれど」

りおは、そういう梨月に首を傾げる。

「恋愛としての“好き”と友達としての“好き”。山倉君の場合は校舎ね。山倉君のあの不器用な優しさや、時折見せる笑顔は彼の魅了ね。それはりーちゃんが一番よく知ってるんじゃない?」

そういわれてりおの脳裏には、この一年ずっと一緒に過ごした日々が次々に浮かんでいた。

この一年たくさん笑った。

作り物じゃない、本当の笑顔。

それを引き出してくれたのは、いつだって陸斗だった。

「山倉君の優しさや笑顔は、たった一人の女の子に向けられたものだって、りーちゃんは知ってた?」

「…ううん…」

「その女の子が誰なのか、私は教えてあげられないけど、一つだけ、りーちゃんにいっておきたいことがあるの」

「…何?」

「…りーちゃんが聞いた山倉君の言葉は、彼の真意だったのかしら」


ふっと目が覚める。

部屋は薄暗い。

もう時刻は夕暮れ時。

『…けっこう寝ちゃった…。…まだ、少しだるいかな…けど、大丈夫…』

その時、部屋をノックする音がした。

「りおー?入るよ?」

「りーちゃん、大丈夫?」

カチャリとドアがゆっくり開き、れおと梨月が入ってきた。

すぐにれおが電気をつける。

「もう平気。心配かけてごめんね」

「じゃあ、お茶にでもするか」

「うん」

ベッドから起き上がり、手近のカーディガンを羽織るとりおは梨月に支えられながら、一階へおりた。

すると、どこかで電話の音が鳴る。

「あ、俺のケータイ……!先にお茶飲んでて!」

ケータイの画面を見るなり、れおはあわてて、廊下に出ていった。

りおと梨月は互いに顔を見ると首を傾げた。

けれど、あまり気にせずに、お茶の準備に取りかかる。

その頃、廊下ではれおが電話に出ていた。

「ったく何だよ、タイミング悪いな。忘れ物か何かか?」

『いや…りお、大丈夫かな…って』

電話の向こうでそういうのは陸斗だった。

「おー、これはこれは、ずいぶんとご心配されていらっしゃいますねぇ。俺の時はバカだのなんだの散々いいやがって!」

『もとはといえば、テメーがりおにうつしたんだろーが』

「あー、そうですねぇ、すいませんねぇ!…りおはもう大丈夫だよ。ずっと寝てたから、まだ体はなまってるだろうけど。…早く話してーみたいだな」

途中までからかいモードで話していたれおはふっと優しい表情になっていた。

『…俺のせいでりおに嫌な想いさせちまった。本当は今すぐにでも伝えてーよ。けど、りおが寝込んでるのに、そんな自分勝手はしたくない。俺はただ、りおに笑っていてほしいだけだ…』

壁にもたれながら、れおは小さく笑う。

「りおにお前が見舞いに来たこといっとくか?」

『あほぅ。んなことしたら、またりおのやつ変に気にするだろ。いいんだよ、いわなくて。見舞いにいったのだって俺の勝手なことなんだから』

「あっそ。まぁ、とにかくさ、もう大丈夫そうだから、メールの一通や二通送ってみろよ。きっと喜ぶからさ」

『……あぁ…』

どこか気がひけるのか、陸斗の声は小さい。

「弱気なんて、らしくねーぞ!何かあったら俺から連絡するからさ」


『…あぁ』

電話の向こうで陸斗が切るのを待ってかられおも切る。

こんなにも陸斗が弱気になっているのは、今までにあまりなかった。

記憶を遡っても、励まされるのはいつだってれおの方だった。

『ま、それだけりおのこと大切に想ってんだよな。…もうすぐだ』

れおがリビングに入ると、お茶の用意はすでに済んでいた。

「…れお?」

「ん?あぁ、大丈夫」

えらく真面目な顔をして入ってきたれおにりおは駆け寄る。

りおの向こう側に梨月がいる。

フッと目があって、れおは頷いた。

それから三人でお茶をしてから、れおは梨月を送りに出ていった。

りおは一人リビングから庭を眺める。

もう辺りは暗く、闇が深い。

その中に光る二つの目が見えて、りおは窓を開けると外へと出た。

りおがそっとしゃがむと、恐る恐る寄ってくるのは、まだ小さな仔猫。

「あなたも独りぼっち?どこかでお母さんが待ってるの?」

ミャウ。

りおに応えるように小さく鳴いて、仔猫はりおの足元に体をすりよせる。

触れていいという合図なのか、りおを見上げている。

りおは小さく笑って優しく頭を撫でてみた。

「温かいね、ニャンコちゃん」

しばらくそうして撫でていたが、ほとんど無意識に近かった。

カーディガンしか羽織っていない体からは体温が徐々に奪われる。

りおの吐く息が白くなって消えていく。

その時だった。


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