February:PART3
翌日。
バレンタイン当日は雲一つない冬晴れ。
相変わらず吐く息は白いが、登校してくる生徒達はいつになく落ち着きがない。
そんな中、いつものようにれおと登校してきたりおが自分の教室へと入ると、続いて数人の女子が入ってくる。
彼女達は持っていた小さな紙袋から綺麗にラッピングされた箱を取り出して、再び教室を出ていった。
そんな姿を見ながら、りおはそっと祈る。
『彼女達がもし好きな人に渡すなら、上手くいきますように…。私には恋とかよくわからないけれど…』
「りーおーちゃん!」
「え?」
「おはよ!どうしたの、ボーとしちゃって。珍しい」
背後から友人に飛び付かれ、少々ビックリしつつ、りおは笑顔で振り向いた。
「おはよう。ちょっと考え事してただけ」
「考え事?悩みなら、私聞くよ?」
「ありがとう。でも、大丈夫!それより今日本命にあげるんでしょう?」
自分の話題からそらすようにりおは友人にいう。
その友人は頬を少し赤くして頷いた。
「うん、できればちゃんと告白もしたい…とは思ってる」
「そう。ちゃんと伝えられるといいね。頑張って!」
友人を励ましながら、りおは優しく笑った。
上手くいくことを、幸せになれることを祈って…。
「ねぇ、りおちゃん?」
「ん?」
「りおちゃん、本当に好きな人いない?前にも聞いたけど…」
「………」
ジーッと見つめられ、言い訳が出てこない。
それどころか、あまりにもタイムリーな質問に面をくらってしまった。
「あんまり聞いてほしくなかった?」
友人は黙り込んでしまったりおを心配そうに見る。
「…違うの、聞かれたくないっていうか…、正直そういうのよくわかんなくて。だって仲良しの人はみーんな大好きだから!」
りおはわざとおどけて見せる。
「そうなの?でもでも大好きな友達の中にも特別な“好き”ってない?例えば傍にいると安心するとか、一緒にいたいとか」
「特別な“好き”…かぁ」
「好きになってほしい、嫌われたくない…っていうのも。一緒にいるだけで幸せにつながる、そういう人…いない?あ、れお君抜きにしてね!」
「うーん」
いわれて考えてみる。
『一緒にいるだけで幸せにつながる人…私にとって…』
「どう?」
「……やっぱり、よくわかんないや!」
「もう、りおちゃんてばー!」
笑い合いながら、りおの中で何かが変わろうとしていた。
それから続々と教室には人が集まり、あっという間に解散となった。
生徒達がぞろぞろと帰宅する中、りおを含む配達員が一つの教室に召集された。
“想いポスト”はたくさんの大切な想いがつまっている。
そして今年の“想いポスト”は予想以上のチョコレートが入れられていた。
「一人の運ぶ分が多くなるけど、頑張って届けましょう。午後の合唱練習までに間に合わなかった場合は、またその時考えます。じゃあ、お願いします」
このイベントの責任担当の先生がそう挨拶し、生徒達はそれぞれに振り分けられかなりの量のチョコレートを抱えて教室を出ていった。
りおも持ちきれる分だけ持つと、その第一便を届けに向かう。
複数のチョコレートを一人が受け取ることを考え、各教室にある個人用ロッカーにわざわざ入れなければならない。
できる限り先生によってクラス別にまとめられているため、まずは自分のクラスのものを優先的に届ける。
一年C組の教室に誰もいないことを確認してから中に入ると、外側の包みに書かれた名前のロッカーに入れていく。
『えっと、この人はこっちで、この人は…あ、いたいた』
次々と順調に入れていくりおの手が次にとった包みには、陸斗の名前があった。
『さすがだなぁ、陸斗。それにしても、これで五個目。大人気っていうか、たくさんの子に愛されちゃって、陸斗の良いところ、みんな見てくれたってことだよね』
そっと陸斗のロッカーにその包みを入れて微笑む。
『嬉しいはずなのに…どうして切なくなるのかな…』
りおは、そっと窓を向く。
外から差し込む太陽の光が暖かい。
『…フゥ、次はっと……え…?私宛て?れおじゃなくて?』
包みには“真中りお”としっかり書いてある。
さらにクラスも“一年C組”とあるから間違いない。
『……この場合って、一応ロッカーに入れなきゃいけないのかな……』
迷いに迷って、りおはそれを後回しにして他のものを先に入れた。
そしてりおが配る分を全て終わらせ、結局自分宛の包みはロッカーには入れずに直接自分の鞄へとしまった。
早めに自分の分が終わったりおは他の人の分の配達も手伝うことになり、適当に何個かもらうと再び教室を出る。
その中の一つに今度はれおのものがあった。
『あ、れおの。れおは相変わらずだね』
E組のれおのロッカーをそっと開ける。
ドサドサッ。
「……うわぁー。ホワイトデーどうしよう」
つい口に出てしまった本音。
チョコレートの包みが雪崩落ち、その数の多さにため息しかない。
落ちてきたものを綺麗にしまい直し、りおは頭を抱えた。
「ここにあるだけで、ザッと十個程……はぁー」
残りの包みを届け終え、本部としている教室に戻ってみると、あと三人が戻れば全て配達し終わる頃だった。
合唱練習には間に合いそうだが、早めに来た生徒とは、鉢合わせになってしまう可能性はあった。
『きっと、そうやって噂は受け継がれていくんだ。それってすごいなぁ』
そして残りの生徒達も戻り、無事に配達の仕事は終わった。
合唱練習のために再度登校してきたクラスメートの待つ教室へ向かうと、教室はちょっとした騒ぎになっていた。
『当たり前…か』
苦笑いしながら自分の席につくりおに、朝話していた友人がよってきて飛び付く。
「告白、上手くいったよー!ちょー幸せ!」
「本当?!よかったね!」
幸せそうに笑う友人にりおの表情も優しいものになる。
そんなりおのことを陸斗は隣の席からそっと見守っていた。
と、りおのもとへ二人の女子が走ってくる。
クラスでは同じグループの女子だ。
「ねぇ、ロッカーの中見た?!」
「ロッカー?何で?私達女の子には関係ないんじゃ」
「何か、今年逆チョコ流行ったじゃない?女の子のロッカーにも入ってるんだって!」
『……確かに、私が配った中にも女の子宛のがいくつかあったっけ』
そんなことを考えながら、苦笑したりおに友人の一人がピンときた。
「りおちゃんも貰ったんでしょー!」
「マジでー!」
『…マジ?』
女子の叫び声に陸斗も一緒になって反応してしまった。
「いや、あの、別に!あぁ、ほら大ホールに移動しなくちゃ!」
りおは逃げるように教室を出る。
その後を友人達はキャーキャーいって追っていった。
少しずつ、教室内の生徒が移動し始め陸斗もしばらくして出る。
練習自体はほどなくして終わり、帰りのHRを済ませると、生徒達はバレンタインの興奮さめやらないまま帰路についた。
そんな中、りおはいまだに友人達から質問攻めにあっていた。
それを見て、陸斗は一足先に待ち合わせ場所である垂れ桜へと向かった。
『私も早く追っかけなきゃ』
りおは一瞬のすきをついて逃げ出すと、校舎裏へと急いだ。
その時だ。
「真中さん!」
校舎の裏手、垂れ桜に向かうためのその場所に、一人の男子がいて、りおは呼び止められた。
「……?」
「来てくれたんだ、ありがとう」
「…?あの何のことでしょうか」
りおには話がまったく見えずにいた。
「え、あれ?“想いポスト”の包み、届かなかった?その中の手紙読んできてくれたんじゃないの?」
『…やば、あれこの人からの?まだ中身なんて見てないし…』
「見てないなら後で見てよ。もともと直接いうつもりだったし。…もし今彼氏とかいないなら、俺と付き合ってくれない?」
「あ、あの」
いつの間にか壁側に追い詰められてしまったりおは、逃げるに逃げられない。
「…すいません、付き合えません」
「彼氏いるの?」
「そんなのいないけど…私もう行きます。急いでるんで…」
無理矢理にでも脱け出そうとした時、りおは相手に手を捕まれてしまった。
「は、離してください!」
「待てよ、俺全然納得いかねーんだけど」
そういった急に距離を詰められ、りおにはそれが恐怖でしかなかった。
「いやっ!」
「おい!」
りおをかばうように飛び込んだのは、れおだった。
「テメー、人の妹に手出してんじゃねーよ!」
相手の胸ぐらをつかみ、今にも殴りかかりそうな勢いだ。
「げ、真中!何でオメーがここに!」
「そんなこたー、どーだっていい!さっさと散れ!そんで二度とりおに近付くな!」
れおの目が怒りに満ちていることに、危機感を感じ、相手はそそくさと去っていった。
フーッと最後にもう一度威嚇して、れおはりおに向き直る。
「大丈夫か?変なことされてない?ごめん、恐い想いさせて」
心配そうなりおを抱き締めるとそっと頭を撫でる。
「陸斗と待ち合わせしてんだろ?そこまで送ってくよ。心配だし…」
「…ありがとう。でも…大丈夫だよ。梨月待ってるんでしょ?いってあげて?」
「……りお」
「来てくれて、ありがと。もう平気だよ。いってくるね」
そういって辛そうに笑ってりおは走り出した。
その後ろ姿に、れおは何か嫌な予感がしていた。
『りお…。…ここで待っていよう。そうしないといけない気がする』
その頃、垂れ桜の下ではちょっとした問題が起きていた。
「…で、何で後をつけてきた」
花のない垂れ桜を見上げながら、陸斗がいう。
陸斗の後ろに一人の女子が小さな紙袋を手に立っていた。
「だって、山倉君、正面からいっても話聞いてくれないでしょ?」
『あったりめーだ。誰がそんなめんどくせーことに首突っ込むか。…とにかく』
静かに陸斗は振り向くと本当に嫌そうな瞳で相手を見る。
「用があるならさっさとすませてくれ」
「用ってわかってるでしょ?私と付き合ってほしいの」
「…断る」
「何で?付き合ってる人いないんでしょ?納得できないんだけど」
陸斗の即答ぶりに、カチンときたその女子はそういって帰ろうとしない。
「好きな子がいるなら、それ教えてよ。そうすれば納得するから」
「…………」
「…当ててあげようか」
どこか挑発的な彼女に陸斗はあくまでも冷静に努めた。
二人が黙ったまま、互いの出方をうかがっている時、やっとりおは垂れ桜が見えてきた頃だった。
『陸斗、まだ待っててくれてるかな…』
そんなことを考えながら、少しずつ開ける景色。
「あ、陸…!」
その光景にりおはとっさに口をおさえ物影に隠れた。
『陸斗、女の子といる?!どうしよう、とったさに隠れちゃったけど』
「真中さんでしょ?!」
『え、私気付かれちゃった?!』
りおはいきなり自分の名前を呼ばれ焦ってしまった。
しかし、この後さらに焦ることになる。
「はっきりしてよ!私見たんだから!二人が手を繋いで歩いてるところ!あんな偽善者を好きなんて、どけがいいわけ?!」
『……え?陸斗の好きな人が私…?……ないない。…偽善者…それはあってるかもね』
小さく笑いながらりおは胸を押さえる。
急にチクリと痛みが走る。
すると陸斗のため息が届いた。
「偽善者…ねぇ。そうかもしれねーな。ってか、そんなこと、どーでもいいんだよ。勘違いも程々にしろよな。こっちはいい迷惑だ」
『陸…斗…?』
「は?じゃあ何、真中さんじゃないわけ?」
「…あんなやつ、好きでもなんでもねーよ」
『……!』
陸斗の言葉に、りおはその場から逃げ出した。
早く会いたい一心で走った道を、早くあの場から離れたくて走った。
気付けばその瞳からは涙が溢れ、視界が揺らぐ。
『何でこんな悲しいのかな…。陸斗が私をどう思っていても関係ない。そのはずなのに…どうして…』
必死に走ってやっと校舎裏にたどり着いたりおを、ボーッと空を見上げて待っている人がそこにはいた。
「…れお…」
「お、早いな…って、どした?!」
駆け寄るれおにりおの涙は余計に溢れ出してしまった。
そんなりおをれおは何も聞かず、ただ抱き締めるだけだった。
バレンタインの二月は、たくさんの問題を抱えたままで過ぎてしまった。