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February:PART2

「…だってよ」

「………」

陸斗の声にれおは照れた顔を手で隠した。

初めて聞いたりおの本音がただただ嬉しかった。

寂しさを感じていたのは、何も自分だけではない。

「…俺…」

「ん?」

静かにれおは起き上がってキッチンの方へと目を向ける。

「俺、りおに甘えてばっかりだな…って」

陸斗はれおの言葉にそっと耳を傾けた。

「俺これでも兄貴なのに、情けねーよな。りおばっか気つかって、全然気付いてやれなくて。…俺はちゃんと兄貴らしいことをしてやれてたのかな」

いつになく弱気なれおに陸斗はフッとため息をついた。

「ったく、お前はりおの話聞いてなかったのか?」

「聞いてたけどさぁー」

「何を弱気になってるか知らねーけど、お前はずっと傍で守ってきただろ。兄貴としてだけじゃない。両親の留守の間、父親や母親の代わりとしても」

そういった陸斗の顔はどこか切なげで、けれど優しくれおを諭すようだった。

そんな陸斗を見上げるれおは、少しだけばつの悪そうな顔で俯く。

『知ってるよ、陸斗。確かに兄貴としてだけじゃなく、親父やおふくろの代わりもしようと必死こいてた。ずっと守っていかなきゃって思ってた。けどりおを守ろうとしてた俺を影で支えてくれていたのは、他の誰でもない。陸斗、お前なんだよ。……だから、俺は』

俯いたままだった顔を上げ、れおは真剣な瞳で陸斗を見つめた。

「あの…さ」

「ん?」

「俺、ずっと決めてた事があるんだ…」

「…?」

「…俺さ……りおに一番大切な人が……」


キッチンには美味しそうな香りがたちこめ、りおの調理する音だけが響いた。

この日の夕食はビーフシチューだ。

コトコトと煮込まれているシチューの鍋を見つめてりおはボーッとしていた。

『バレンタイン…どうやって渡そう…。配達があるからなぁ…。いっそのこと、“想いポスト”に入れる?…って、結局配達するの私達だし…』

「りお?…おい…りお!」

「んー?」

「シチュー、かき混ぜねーと焦げるぞ」

「う?あぁっ!」

りおを挟むようにれおと陸斗が隣に立って心配そうに覗き込んでいた。

「どした、りお?何か悩みでもあんのか?」

「ううん、違うの。ちょっと考え事してただけ。おはよ、れお」

「ごめんな、帰ってきた時寝ちゃってて。…おかえり」

「ただいま」

りおと話すれおを陸斗は優しい笑みで見守っていた。

そして先程までのれおとの会話を思い出す。

陸斗にだけ教えたれおのささやかな誓いを陸斗は心の中にそっとしまう。

『ホントれおらしいっていうか。けど、その誓いは必ず俺が守って見せるよ』

陸斗もまた心の中で誓う。

永遠に変わることのない自分の気持ちを、改めて心の中に刻む。

「さぁ、夕食にしよう!」

そういって笑いかけてくれるりおをこれからも傍で見守っていたい。

それは陸斗とれおの共通の願いだった。

三人で囲む夕飯。

りおは自分の作った料理を美味しそうに食べる二人の姿にただ静かに笑っていた。

「やっぱ、りおの作った飯が一番だな!学食のたまに食うけど、不味いのなんのって!」

「それは俺も同感」

二人のそんな言葉に照れくさそうに笑いながらもりおには何より嬉しかった。

「ありがとう」

「あ、そういえばさ、りお。俺の友達がさ、バレンタインの日の委員会がどーのこーのっていってたんだけど、バレンタインの日に何かすんのか?」

れおがいいながらカレンダーに目を向ける。

陸斗も同じように目を向けて小さく笑った。

「あぁ、男の子にはあまり知られてないのかな。バレンタインは女の子が主役みたいなものだし」

「?」

首を傾げるれおにりおは説明した。

「“想いポスト”っていう架音学園のバレンタインイベント。チョコを直接渡せない子やたくさんの子にチョコを配らなきゃいけない子、他にも色んな事情で間接的に渡したい子が利用するポストなの」

「一番外側の包みは学園側が用意したもので、そこに渡したい相手の名前とクラスを書くんだ。自分の名前は内側に書くか、メモを入れるかする。そうすることで、配達をする生徒にも秘密にできるってわけ」

りおに続いて陸斗もいった。

「さすが陸斗。よく知ってるね」

「へぇー、そんなのがあんのか。俺まったく知らんかった。その配達する生徒って誰がやるんだ?」

「各クラス、担任の指名制。女の子に限定されるけど、指名された子は自分が指名されたことを他の誰にもいってはいけないから、ちゃんと秘密厳守で、自分のバレンタインの時間をさいてもいい人を先生側も選出しなきゃいけないのよ」

説明し終わるとりおはシチューを一口食べた。

バレンタインデー当日を考えてみても、チョコを直接渡せるシチュエーションがまったくといっていい程、思い浮かばない。

りおはフゥッとため息をつく。

「けど、りおもよく知ってるな」

感心するようにれおがいうと、りおはクスクスと笑いだした。

「これでもクラス委員だもん。先生に選出のアドバイスするために、クラス委員の女の子は呼び出されるの」

「なるほど」

りおの笑顔をジッと見ながられおがいう。

『……まさか…。うーん、大丈夫かなぁ…』

れおはふとそんなことを考えていると、何とも微妙な表情になっていることに気付いていかなった。

すると、ゴンッとテーブルの下で陸斗の蹴りが入る。

焦って顔を上げたれおに、陸斗は一瞬だけ目を合わせ、りおとの会話に戻った。

『…陸斗。…これはいっちゃダメだよな。少なくともりおから話してくれるまでは、俺からはいえないな』

目の前で仲良く話すりおと陸斗を見てれおは困ったように小さく笑った。

陸斗が自分を心配してくれていることは十分にわかっているが、りおをかばいたい気持ちも捨てられない。。

『結局、どっちも俺にとっては大事なんだよな。まぁ、一番はもちろんりおだけどさ!』

それから三人での夕食を済ませると、少しして陸斗は帰っていった。

りおとれおは陸斗のいないリビングでバレンタインのお菓子決めの会議を始める。

楽しそうにページをめくるりおにれおは優しく笑いかける。

「そういえばさ、さっきの“想いポスト”ってさ、バレンタインデーのうちに相手に届けんの?」

「うん。じゃないとバレンタインの意味まったくないでしょ?」

「でもどうやって届けんの?」

「バレンタインの日って、朝はいつも通りにいって、一度すぐに解散になってから夕方にまた学園に行く時間割になってるでしょ?」「…そういえば…そうだっけ…?」

明らかに覚えていないれおにりおは笑う。

バレンタインデーは“想いポスト”の配達を考慮し、通常通りに登校し、残りの登校日の確認だけして、一度解散の後夕方、合唱練習のために戻ることになっている。

よくある“卒業生を送る会”のための合唱練習だ。

記憶の糸をたどってみると、確かにそうだったかもと思いつつ、れおは情けない顔で笑う。

「でも配達する女の子は大変だな。配達する子でも直接渡したいって子もいるだろうし」

「うん、そうなんだよね…」

「…陸斗なら“待ってて”っていえば、いつまでだって待っててくれると思うけど?」

うつむいたりおにれおはそっといって頭を撫でる。

りおはれおの言動から、れおが気付いていることがわかった。

りおのクラスで配達員に選ばれたのは、他の誰でもない、りお本人だ。

「誰にも内緒だよ?もちろん陸斗にも」

「わかってるって。…頑張れよ」

「うん、配達頑張らなきゃ!」

『……いや、まぁ、配達だけじゃなくて…。まぁ、いっか』

れおの言葉の意図をやはり理解していないりお。

そこがりおの良いところでもあると、れおはあえて口にはしなかった。


そして一日一日と過ぎていき、バレンタイン前日。

真中家のキッチンは甘い香りで満ちていた。

「結局、何にしたんだ?」

その香りに誘われて、れおがひょっこり顔を出す。

「今年はブラウニーだよ。陸斗のはビターので作ってあるから、甘さ控えめ」

「さっすがりお、よくわかってる!」

そういいながら、いっこうにキッチンから出ていかないれお。

りおはそんなれおを見ながらクスクスと笑った。

「れおの分、ちゃんとあるよ?」

「うー、明日まで待てないっていうか、焼きたても食べたいなぁ…なんて」

「いうと思った。ちゃんと味見用に焼くから、しっかり感想いってね?」

「おう!まかせろ!」

待ってましたといわんばかりにガッツポーズを決めるれおに、りおも毎年のことながら笑ってしまった。

夕食後、その時間にちょうど焼き上がるようにセットしておいたブラウニーが出来上がる。

オーブンを開けると、甘いチョコレートの匂いが部屋を包む。

りおは食べやすいように、切り分け、紅茶と一緒に運んだ。

「はい、お待たせ」

「お、うまそー!」

「右がミルクチョコレートで左がビターチョコレートで作ったやつ」

二人揃って席につくとりおがそういって説明した。

れおは二つを見比べて、先にビターで作ったブラウニーを口にする。

「どう?」

「おいしー!!うん、陸斗にはこのくらいがちょーどいいと思う!」

「よかったぁ」

れおの感想を聞いて、りおは一安心だ。

その表情はバレンタインをドキドキしながら待つ、普通の女の子そのもの。

れおはブラウニーを食べながら改めてそう感じていた。

「陸斗とはもう約束したのか?」

「…まだ。きっと陸斗、先約あると思うから」

「先約?」

フォークをくわえながら複雑な顔をしていうりおにれおは聞く。

「うん、先約。陸斗のことだから何人もから呼び出されてると思うの。だからきっと忙しいでしょ?」

「あぁ、なるほど、その先約か。…それなら気にすることねーよ。確かに何人にも呼び出しくらってんだろーけど、アイツはりおとの約束を優先するから大丈夫だって」

今陸斗がどんな心境でいるか、れおには手に取るようにわかる。

『今頃、めんどくせーとか思いつつ、りおからのチョコ楽しみにしてやがるんだ』

「れお?何ニヤニヤしてんの?」

「いや、何でもない!とにかく、今のうちに明日のこと連絡しとけって!陸斗も待ってると思うし!」

れおに促されて、りおは携帯の画面を見る。

履歴ボタンを押して一番上にある名前に電話をかける。

耳に届く呼び出し音にりおは少しだけ不安そうに顔をしかめた。

そして呼び出し音が止まる。

『…どうした?何かあったのか?』

いつもと同じように心配する声。

「陸斗?今、大丈夫?」

『あぁ、平気だよ。どした?』

「明日の夕方、放課後、時間ある?陸斗たくさん呼び出されて忙しいと思うんだけど」

りおの電話の横でれおがピッタリと聞き耳をたてる。

それを手で押し退けながら、陸斗の返事をりおは待った。

『あるよ。りおと会う時間ならいくらでも。…場所、俺が決めていいか?』

電話の向こうでクスクスと笑う陸斗。

「うん」

りおは笑顔で頷く。

『……垂れ桜の下』

呟くようにそういった陸斗は、少しだけ躊躇しているようだった。

『あの垂れ桜の下で待ってる。お前に…りおに伝えたいこともあるし…』

「伝えたい…こと?」

『今はまだ秘密』

「…うん。じゃあ、明日学校で。おやすみなさい」

『おやすみ、りお』

電話を切ってりおはフッと一息ついた。

「陸斗何だって?」

「大丈夫って」

「ほらいった通り!よかったな、りお」

ギューッとりおを嬉しそうに抱きしめながられおはいった。

「もう、そういうのは梨月にだけしなよ」

「……いいじゃん、兄妹なんだし!それに…もう少しだけ…」

「…?」

頭の上に“?”を浮かべながら、りおはれおの顔を見上げた。

そこにはどこか寂しそうに笑うれおがいる。

その理由はまったく検討もつかない。

ただ一つわかるのは、どんな時でもれおが自分を大切に想っていてくれること。

『そう、それはいつだって感じてるよ?だって私もそうだから。私もれおが一番大切だから…。……一番…大切……?』


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