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February:PART1

女の子にとっても男の子にとっても、ドキドキな月がやってきた。

二月十四日、バレンタインデー。

大切な人に贈る、愛のこもったプレゼント。

日本では女性から好意を寄せる男性へチョコレートを贈るという文化になっているが、本来ならば男性から好意を寄せる女性へ花を贈るイベントだ。

その日を一週間後に控えた頃、架音学園の生徒達もそわそわしはじめる。

大切な人へ、自分の想いをチョコレートに乗せて届ける女の子達。

女の子達のそんな淡い恋心とは裏腹に、男の子達にとってはもらえるかもらえないかが、何より重要だった。

「今年はいくつもらえるかなー!」

れおがカレンダーを眺めながら楽しそうに笑う。

「去年はいくつもらったんだっけ?」

れおの隣に並んでりおも一緒にカレンダーに目を向ける。

「うーん、十五個くらい?」

「今年は少なければいいのに…」

「俺めっちゃ人気者だからなぁ。…まぁ、それは半分冗談として」

『…半分は本気なのね、やっぱり』

そんなことを思いながら、りおはクスクス笑う。

そうやって笑うりおを見てれおも微笑んだ。

「少なくとも毎年くれる連中は今年もくれると思うよ。なんたってあいつらの目的はホワイトデーのお返しだから」

「十五人分も作るの大変なんだよね。れお手伝ってくれるからまだいいけど」

そう呟くりおにれおも申し訳なく笑う。

れおのお返しは、毎年りおと焼くクッキーなのだ。

りおと焼くといっても、れおは型を抜くだけ。

味の決め手となる作業はすべてりおが行う。

そのクッキーが美味しいと評判になり、れおを通して広まっていた。

「今年のバレンタインは何作るの?」

「んー、何がいい?」

「俺の好きなものでいいのか?あいつに聞いた方が…」

「あいつ?…あぁ、陸斗のこと?」

れおはとても嫌そうな顔をして頷いた。

「今年はあいつにもあげるんだろ?」

「うん、そのつもり。でも陸斗はきっと何でもいいよっていうと思うから」

りおは困った風にいう。

けれどその瞳はどこか嬉しそうな、照れたような、そんなものだった。

りお自身は気付いていないその想いに、れおはヤキモキしながらこの数ヶ月過ごしてきたが、それもそろそろ限界が近かった。

「…なぁ、りお?」

「んー?」

「陸斗のこと、どう思う?」

「…?どうって?」

質問の意図を本気でわかっていないりお。

「だから、うんと、えーっと…」

ふと陸斗の顔が頭に浮かびれおは言葉を濁した。

『…よけーなこといったら、陸斗のやつまたキレっかな…』

「れお?」

「あ、いや、だから、ほら!親友の俺にも、もーちっと優しくしてくれてもよくね?って思わない?って事がいいたかったんだ!」

「…ふーん、陸斗に直接頼んでみれば?優しくしてって」

りおはいってクスクス笑った。

「誰があんなやつに頼むか!」

れおがそういって怒って見せるが顔を見合わせた途端、二人は笑った。

「…あと一週間とちょっとなんだね」

「ん?」

「何も知らずに陸斗と再会して、同じクラスで勉強したり、イベントに参加したり。それも、もう少ししかできないんだなぁって」

カレンダーに付けられた丸印。

それは架音学園の登校日の印。

残すところバレンタインまでの一週間と、三月に一日だけ。

生徒が休みの間に成績やら新旧判定やらをしたりと、生徒の出る幕ではない。

「思い返せば色んなことがあったね」

そう隣で呟いたりおの表情にれおは微笑む。

『随分自然に表情を出せるようにったな。…なぁ、りお。そんな風に寂しそうな笑顔をしてること、自分で気付いてるか?過ごした日々を寂しく思う。その気持ちをくれたのは陸斗なんじゃないか?』

ポンッとりおの頭をたたいて、れおはいう。

「二年も同じクラスになれるといいな」

「うん。できれば四人一緒がいい。毎日のようにれおと陸斗喧嘩しそうだけど」

「…否定できねーな」

そういって苦笑いするれおにりおも笑顔で応える。

「さてと、何を作るか決めないとね」

料理の本が並ぶ棚からお菓子作りの本を取り出したりおは、パラパラとページをめくる。

その横でれおも本を覗き込む。

焼き菓子やチョコレートの類い、他にも様々なものがある。

『しっかし、りおのやつニブイなぁ。これだけ側にいて、気付いてもらえない陸斗も陸斗だけど。つーか、さっさと告っちまえばいいのに…。見てるこっちがモヤモヤするっていうか!』

れおはそんなことを考えながらため息をついた。

「れおがため息なんて、珍しいね。何か悩み事でもあるの?」

そういって優しく笑うりお。

れおは首を横に振って、りおの頭を撫でた。

「違うよ。恋心は難しいなぁって」

「ふふっ、どうしたの?いきなり、そんなこと」

「いや、なかなか届かないからさ。俺の親友の想いがさ」

「陸斗のことね?陸斗の好きな人…いまだにわからないんだよね。れおも梨月も知ってるのに…」

少し拗ねたようにいうりおにれおは小さく笑った。

「すぐにわかるよ。それにきっとビックリする」

「ビックリ?そんな意外な人なの?ますますわかんないし…」

いまだ検討のつかない陸斗の想い人を、りおは少しだけイメージしてみた。

思い浮かべるその姿は、優しく暖かいまるで日溜まりのような女の子。

陸斗を包み込んであげられるようなやわらかい物腰。

「そう、梨月みたいな」

「ん?梨月がどした?」

「陸斗の好きな人って、きっと梨月みたいな人なんだろうなって」

「あー、違う違う!…ともいいきれないか、結構似てるとこあるし」

「どっちよ」

「どっちだろ」

「もう」

はっきりしないれおに苦笑いしながらも、どこか切ない表情のりお。

その理由をわかっていながらどうにもしてあげられず、もどかしく悔しいれお。

そんな二人も、この年のバレンタインが大きな嵐になるとはこの時思ってもいなかった。


翌日、教室中がそわそわする中、りおと陸斗の二人だけはその空気にのまれることなく、いたって普通だった。

とはいえ、りおの友人達はりおのもとへ来てバレンタインの話をしていた。

陸斗の耳には嫌でもその会話が入ってきてしまう。

「バレンタインまであと少しだね!すごい緊張なんだけど!」

「告白するんでしょ?頑張らなきゃね!」

そう話す二人の友人にりおも笑いかける。

「きっと上手くいくよ。大丈夫」

「そうだといいなぁ!…っていうかさ、りおちゃんはいないの?」

「そうだよ!私も聞いてみたかったんだ!いっつも相談のってもらってばっかりだし、私達もりおちゃんの恋、応援するし!」

陸斗の耳がピクリと反応する。

『りおのやつ、好きなやつできたのか?』

窓に顔を向けながら、そこに写るりおの姿を見つめる。

「好きな人…かぁ」

「そうそう、好きな人!バレンタイン、誰にあげるの?!」

「誰にって、もちろん二人にはあげるよ!友チョコ!」

「わーい!りおちゃんの作ったやつってすっごい美味しいんだよね!…って、私達じゃなくて、男の子!」

りおの天然ぶりに陸斗は顎についていた手を思いきり滑らせてしまった。

二人の友人にはどうやら想い人がいるようで、りおにもそれがいると完全に思い込んでいるようだった。

「ほらほら、いっちゃいなよ、りおちゃん!」

肘でりおのことをどつきながら、友人は迫る。

それに対して真面目に考えたりおは思い付いたことをそのまま話した。

「男の子でしょー?確かにいるよ?」

「誰?!」

『…まさか』

友人はドキドキしながらりおの答えを待ち、陸斗はその答えを予想していた。

「私があげるのはれおだよ」

『…やっぱり』

陸斗の呆れ顔が窓ガラスに写る。

「……れお君って家族じゃん!」

突っ込みを入れられながらフッと陸斗の方へ目をやったりおは笑っていた。


放課後、残り少ない委員会を終えて、りおと陸斗は二人揃って帰路についた。

まだ雪の残る道を二人並んで歩く。

吐く息は白く、吹く風はまるで針のように肌に突き刺さる。

「うぅ、寒いね。今日は何にしようか」

マフラーに顔を埋めたりおだったが、巻いていたマフラーの片側が肩から滑り落ち、サラサラと髪が流れてしまった。

それを見ていた陸斗はそっとマフラーをりおの肩に戻し、その髪に触れる。

「俺はりおの作ってくれるものなら何でもいい」

「えー、たまには陸斗がリクエストしてよ。いつもれおの好きなものじゃない」

そういって頬を膨らませて歩くりおの横顔を、陸斗はただ優しく見つめていた。

いつからか週に二、三回真中家でとるようになった夕食は、いつだって暖かく優しい。

忘れかけていた家族の温もりを思い出させてくれる。

何も考えず安心できる唯一の場所。

陸斗にとってそれがりおの隣だった。

「陸斗?どうかした?」

「…いや、何でもないよ」

「そう?じゃあ、とりあえずこのまま買い物いっちゃお!」

「あぁ」

どちらからともなく繋いだ手。

手袋の上からでも十分に伝わる互いの温もり。

少しだけ照れた表情のりおと、そんなりおを小さく笑って見守る陸斗。

幼かったあの頃より、ずっと大人になった二人。

それは体も心も。

ただただ無条件に傍にいられた昔。

理由をつけなければ傍にいられない今。

けれど、そんな今だからこそ改めて気付かされる。

『そう、やっぱり俺は…』

学校とはまるで違う二人の姿。

この時、二人の姿を物陰から見つめる人物がいたことを二人は知らなかった。


買い物を済ませ真中家に帰ってくると、すでにれおの靴が玄関にあった。

リビングに行ってみると、部屋は暖かく、れおはソファーでうたた寝をしていた。

「ったく、こいつは黙ってる時とうるせー時とでギャップありすぎだな。こいつに付き合える彼女はやっぱりすごいよ」

れおの寝顔を覗き込みながら、陸斗は小さくため息をついた。

「梨月のことね?梨月とはもともと私が仲良くて、自然とれおと三人でいることが多くなったの。れおの周りにいる女の子達とは真逆のタイプの梨月だから、学校ではほとんど話すことはないけど、放課後とかはとにかく一緒にいたわ」

りおはその当時を懐かしむようにれおの頭を撫でる。

「確かに、本来のこいつを考えれば、彼女が一番ぴったりなのかもな。けど、りお?」

「ん?」

「こいつらが付き合いだした時、ヤキモチとかやかなかったのか?」

陸斗の質問にりおは小さく笑った。

「うーん、今思うとヤキモチだったのかな。…しょうがないよね、生まれてからずっと一緒に生きてきたんだもん。少し寂しかったのかも」

れおを見つめるりおの瞳は本当にいとおしそうだった。

「でも、それをいっさい表には出さなかったんだろう?」

「もちろん。だって、れおも梨月も大好きだから」

「…ホント、お前らしいよ」

得意気にいって笑うりおに陸斗もそっと笑いかける。

『そうだよな。お前ら二人は生まれてからずっと一緒だもんな。寂しさを感じるのも二人一緒だよ』

「あ!いけない!ご飯の用意しなきゃ!」

「手伝うか?」

「大丈夫!ゆっくりしてて?」

笑顔でりおはいうと、キッチンへと姿を消した。

陸斗はそれを見送って、れおの寝るソファーに寄りかかり、視線をれおに向ける。

その表情はどこか意地悪そうなものだった。


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