April:PART2
放課後、れおと約束した通り、りおは教室で待っていた。
教室はりお一人だけだ。
『遅いなぁ。また何かやらかしたのかなぁ』
だんだんりおは心配になってくる。
「まだ残ってんのか?」
いきなり背後から声をかけられた。
ゆっくり振り返ってみるとそこには陸斗がいる。
「山倉君こそ。私はれおが来るまで帰れないから」
「ふーん。そんじゃあ、一緒待っててやるよ」
「え?」
陸斗はそういってりおの隣に座った。
『この人、噂されてるイメージと全然違うし。……けど、何考えてるのかわかんない』
「…………」
「…………」
沈黙が続く。
りおには陸斗の意図が読めない。
なぜ面倒なクラス委員になったのか、一緒に待っていても何にもならないのになぜ隣にいるのか、その全てがりおにはわからなかった。
『……もしかしたら、この人も何かに利用してるのかな。…ダメだ、人を疑うのはよくない。ちゃんとわかりあわないと。仮にも一年間行動を共にするんだから』
りおは小さく深呼吸すると、陸斗に話しかけてみた。
「あの……」
「…………」
無言のまま陸斗はりおを見る。
『……確かに笑ったらすごくかっこいいのかも。もっと笑ったら、たくさんの人に囲まれるんだろうなぁ』
そのまっすぐな瞳を見てりおは思った。
「…あんだよ」
「え?」
「だから何だよ。何か言おうとしてたろ」
陸斗にそう指摘され、りおは一瞬自分が何を考えていたのかわからなくなった。
「あぁ…。あぁー!えっと、あの、もっと笑ったらいいと思います!」
「…は?」
『……しくじった。何わけのわからんこといってんだろ、私…』
とっさに口に出したその内容に、りおは陸斗から目をそらさずにはいられなかった。
『……そうだよ。だいたい、私がこの人のこと気にかける必要なんてないじゃない。いつも独りで……』
自問自答を心の中で繰り返すりおに、陸斗は気付いたようだ。
「あー、何?いつも独りで…とか、可哀想とか思ったわけ?」
りおはドキリとした。
「…図星か。何つーか、そういうのむかつく」
「……」
「価値観なんて人それぞれだろ。あんたのくだらない価値観で可哀想とか思われくないんだよね。第一俺の何を知ってるんだよ。俺は誰かさんみたいに気の会わない奴に無理して付き合うなんてまっぴらだ」
陸斗はそういって立ち上がる。
「いっとくが、俺から言わせりゃー、あんたの誰にでも同じように笑うその行為の方が問題だ。自分を偽って楽しいか?そういう表向きの優しさって、はっきり言ってウザイんだよ」
そんな陸斗の言葉にりおはカチンときた。
いつもはどんなことをいわれても軽く流していたのに、この時だけは素のりおに戻っていた。
「あなたに…、あなたにそんなこといわれる筋合いない!そう簡単に今更変わることなんてできない!どうしたらいいのかわからないの!」
りおはそう叫んでから、慌てて口を押さえた。
今まで決して見せることの無かった本当の自分を学校で、しかもまだ何も知らない少年に見せてしまった。
この場から逃げ出したいと思うほど、顔が熱を持つ。
けれど、りおは逃げなかった。
まっすぐと陸斗を見つめ返す。
“逃げる”ことを必要以上したくなかった。
学校では自分を隠すことで逃げてしまっているからだ。
「いいたいことはそれだけか?」
「……何…いってんの…?」
「他にもどーせいいたいことあんだろ?いい機会だ。聞いてやるよ」
陸斗は再び席に座った。
「……だから、…だからどうして私にかまうの?!」
りおは必死に自分の弱さを隠して言い返す。
すると一瞬陸斗の顔が微かに笑った。
「…怒りゃーいんだよ、そうやって。俺に怒ったように、嫌なこといわれたら怒ればいい。それから本当に楽しい時以外は笑うな。まずはそれで十分だ」
「………?」
「さてと、俺はそろそろ行くかな。じゃあまたな」
陸斗はポンとりおの肩をたたくと扉に向かった。
するとヒョッコリれおが顔を出す。
すれ違いざま、陸斗とれおは互いに意識しあっているようだった。
『あれ?』
「りお!!」
陸斗が出て行き、入れ替わりでれおがりおに駆け寄る。
椅子に座ったままのりおの肩に触れる。
「大丈夫か?!何もされてないか?!」
「やけに遅かったね。また何か呼び出しくらったの?」
りおは苦笑いで聞く。
「まぁね…って違うだろ!俺の事じゃなくて、りおのことを心配してるんだ!あいつに何言われたんだ?」
「まさか盗み聞き?」
「してねーよ!俺が来てすぐあいつが出て行ったんだよ!」
必死に弁解するれおの向こう側、陸斗の去った扉を見つめりおは思う。
『本当に一緒に待っていてくれたんだ』
痛いところをつかれて、怒ったはずなのに、どこかすっきりした気分だった。
「…りお?」
「大丈夫。何もないから平気だよ」
「りおは平気じゃなくても平気って答えるだろ?それが余計に心配なんだ」
れおはそういうとりおに手をさし出す。
「帰ろう、りお。ごめんな、待たせちまって」
「いいよ、帰ろ」
れおの手をとってりおは小さく笑った。
りおのことを本当に心配するれおと、れおの前では本当の笑顔を見せるりお。
人前では決して見せない二人の本当の姿。
二人並んで歩き出す帰り道。
やがて見えてくる真っ白な我が家。
訳あって両親とは離れて暮らす二人にとって、幼い頃から住み慣れたその家はあまりにも広すぎる。
外の門から家の玄関まで、大きな庭を抜ける。
「ただいまー」
返事のないまま、二人は家に入った。
「先着替えてくるね」
「俺も着替えちゃおー」
それぞれ制服から私服に着替えるために二階の自室へ向かった。
『そういえば…』
りおはスカートのポケットに手をいれて、中から綺麗に畳まれた一枚の紙を取り出した。
「…メアド…だよね?」
広げてみるとそこには『気が向いたらメールしろ』のメッセージとメールアドレスが書かれていた。
陸斗が帰り際にりおの肩に触れた時こっそりと渡したものだった。
「気が向いたらでいいの?」
りおはいつの間にかクスクス笑っていた。
『結局、れおが来るまで一緒に待っていてくれたんだもんね』
りおは自分の携帯を取り出すと、メールアドレスを登録する。
『ありがとう』
本文にそれだけ打ち込んで送信ボタンを押す。
この時自分がとても穏やかな顔をしていた事にりおは気付いていない。
「りおー!めしー!」
れおの声が響く。
「はーい!」
りおは小さなカバンに財布と携帯を放り込んで、一階に降りていく。
「今日、何食べたい?」
「んー、カレー!」
「……また?」
「…ダメ?」
れおが少しだけ拗ねたようにいうと、りおは笑い出す。
「いいよ。そしたら買い物いってくるね」
「俺も行くよ」
「じゃあ一緒に行こ」
りおはまた笑う。
優しい優しい、本当の笑顔。
二人だけのかけがえのない家族。
一番大切で尊い人。
翌日を迎えて、りおとれおの二人は仲良く架音学園に登校する。
「じゃあ、りお。また放課後待ってて」
「うん」
れおはりおの頭を撫でる。
「どしたの、れお」
「…元気ないから。俺の元気分けてあげる」
「…ありがとう、大丈夫だよ」
そういって作った笑顔は本物と偽りのちょうど狭間。
「れおー!!おはよー!!」
後ろから声がすると、一瞬にしてれおの顔が変わる。
声の主はれおの取り巻きの女子達だ。
「おめーら朝からうっせーんだよ!!んじゃ、りお、またな」
「あ、真中さんもおはよう!」
「おはよう!今日もれおのことよろしくね!また何かやらかさないように!」
りおの表情も変わる。
「まっかせといて!れお行こ!」
女子に腕を引っ張られながらだるそうに歩くれおを見送ってからりおも歩き出した。
教室までの道のりが長く感じる。
まだ生徒の数はそこまで多くない時間、りおは一人廊下を歩く。
この日は高等部の校舎の見学だ。
どこに何があって、どういう用途の部屋なのか、担任のありきたりな説明を受けさせられる。
教室の前に着いてみると、男女数人のクラスメートが廊下にいた。
「おはよー、どーしたのー?」
「あ、りおちゃん!それが鍵開いてなくて。鍵って職員室にあるんでしょ?」
「取りにいかなきゃいけねーの?」
「そりゃあ、誰かが取りに行かなきゃ入れないでしょ?」
口々に言い合う彼らの意図をりおはわかっている。
遠回しに自分に行けといっていること。
職員室は二階、りお達のクラスは六階だ。
確かに面倒くさい距離だ。
「私取ってくるね!カバンみててもらっていいかな?」
りおはにっこり笑っていう。
「え、いいの?わかった、バッチリ見てるよ!」
「やっぱり真中さんは気が利くね!」
りおはカバンを廊下に降ろすと小走りで鍵を取りに行く。
とはいえ、小走りするのはクラスメートから姿の見える廊下だけ。
階段にさしかかれば歩く。
『わざとらしい…。吐き気がしてくる。……って私がいけないんだけどね…』
五階の階段を降りる途中、りおは立ちくらみに似た感覚に歩みを止め頭をおさえる。
「おい」
一瞬だけ意識が飛んでいた気がした。
「大丈夫かよ。頭おさえて、痛いのか?」
りおは自分の一段したから聞こえた声に、ゆっくり顔を上げる。
その声はれおのものではない。
そこにたっていたのは、陸斗だった。
一段下とはいえ、目線は同じ高さにある。
「あ、山倉君…。…え?!いや、別に大丈夫!」
とっさに切り替えがうまくできず、りおは自分で何をいったのかよくわからなかった。
「…落ち着け。あんた、カバンも無しに何やってんだ」
「……あ、えーっと」
りおは言うに言えない。
なにしろ、昨日陸斗に言われたばかりだ。
すると、陸斗が小さくため息をついた。
「…言え、俺には。どーせまた頼まれ事だろ」
そういって呆れ顔の陸斗。
『……強引なヤツ。でも、この人は私にまっすぐ向かい合って話してくれる』
「で、何があった」
「…別に頼まれたわけじゃなくて、ただ勝手に私が動いてるだけであって……」
と、陸斗はりおの額に自分の額をあてた。
「んな!何?!」
突然の出来事に驚いたりおはバランスを崩したが、陸斗がすぐさまそれを支えた。
それにも驚いてあたふたするりおを見て陸斗はクスリと笑う。
「だから落ち着けって。少し熱っぽくないか?」
「…え?」
「おとなしくしてりゃー平気だろーけど。まさか自分で気付いてなかったのか?」
陸斗はいって少しだけ心配そうにりおを見る。
「…平…気。少し疲れてるだけだと思うから…。………って、鍵!!」
「鍵?」
「教室の鍵!みんな廊下で待ってるんだ!」
陸斗とのやりとりですっかり忘れていた。
急いで階段を駆け降りようとするりおを陸斗は有無をいわずに引き止めた。
不意にりおの手に陸斗の手が重なる。
「お前はここで待ってろ。俺がいってくる」
「何…で?」
「お前のことだ。また後先考えずに引き受けたんだろ」
そういって陸斗は空に近いカバンをりおに放り投げた。
「いや、私のことじゃなくて、どうしてこんな面倒なこと…」
「…さぁな。気まぐれに『いい人』をやってみたかっただけかもな。お前みたいに」
言い終える前に陸斗は歩き出していた。
りおはそんな陸斗の後ろ姿をただただ見つめるだけだった。