January:PART1
時刻は真夜中、0時0分を指している。
日付が一月一日に変わり、新しい年を迎えた。
「A HAPPY NEW YEAR!!おっめでとー!!」
やけにハイテンションなれおが叫ぶ。
「明けましておめでとうございます、りーちゃん、山倉君」
梨月が丁寧に頭を下げる。
「こちらこそ、明けましておめでとう。今年もよろしくね、梨月」
「明けましておめでとう。今年もよろしく」
りおと陸斗も並んで頭を下げる。
三人ともれおには一切触れない。
「え、ちょ、誰か俺にも話しかけてよ!!」
れおの叫びにりおはため息をついた。
「初日の出まで少し寝てよ。ほられおも。そんな変なテンションのまま初詣にいったら大変でしょう?」
りおが呆れ顔でれおの額に触れる。
「……うん。そうする」
れおは素直にりおのいうことを聞いて寝る支度をする。
そんな兄妹のやり取りを陸斗と梨月が同じ優しい瞳で見守っていた。
日が昇るまでの数時間、陸斗はれおの部屋で、梨月はりおの部屋で寝ることにした。
「ゴメンね、りーちゃん。ベッド使わせてもらって」
「梨月はお客様なんだから当たり前だよ」
りおの部屋では、梨月がベッドに横になり、床に敷いた布団にりおが横になっていた。
「ねぇ、りーちゃん?」
「ん?」
「りーちゃんは、山倉君のことどう思う?」
「陸斗のこと?どうって?」
うすれゆく意識の中でりおは陸斗のことを考える。
幼馴染みとは知らずに再会した四月。
あれから今までずっと陸斗の傍にいた。
『…違う。陸斗が傍にいてくれた。どんなに辛いときも、寂しいときも…。私は陸斗のこと……』
「…りーちゃん?」
梨月が呼び掛けるが、もう返事はない。
「りーちゃんはまだ気付いてないんだね。山倉君の気持ちもりーちゃん自身の気持ちも。それに山倉君もりーちゃんの気持ちには…。でも、きっと二人なら大丈夫よね。……おやすみなさい、りーちゃん」
梨月はそういって微笑むと、自分も眠りについた。
その頃、陸斗とれおはというと、ベッドに入ってすぐにれおは眠りに落ち、陸斗は床に敷かれた布団の中で一人考えていた。
『こんな風にこいつらと年を越せたのは何年ぶりかな。…遠い記憶でしかないな』
眠りにつこうと瞳を閉じて思い浮かべるのはたった一人の少女。
誰よりも傍にいたい、守ってやりたい。
ただただそう願う。
数時間後、間もなく日が昇る頃、かすかな物音が聞こえてりおは目を覚ました。
「…あれ、私いつの間に寝ちゃったのかな」
りおは手近にあったパーカーを手に取って羽織ると、部屋の戸を開けて廊下へと出た。
少しひんやりする廊下を進んで、東側に面した大きなベランダまで進んだりおはその外の人影に気付く。
カラカラとベランダに続くガラス戸を引いて外に出たりおに、その人影は振り向く。
「ちょうどよかった。呼びに行くか迷ってたんだ。おはよう」
振り返った陸斗はとても優しい笑みでいった。
「おはよ、陸斗。ちゃんと寝られた?」
「…まぁ、なんとか」
そういった陸斗の表情はかなり複雑なものだった。
それというのも、陸斗が眠りにつこうとした直後、上から布団が落ちてきて、目が覚めてしまった。
見ればそれはれおのかけていた布団。
寝相の悪いれおが自分のかけていた布団を蹴り飛ばしていたのだ。
しかたなく、陸斗はれおに布団かけなおす。
そして再び眠りにつこうとした時、またも布団が降ってきた。
「と、まぁその繰り返しだったけどな」
「ごめん、陸斗。…っていうか、れおってばベッドに自分が寝たの?!」
「あぁ、別にそんなんかまわねーよ」
陸斗はクスクスと笑う。
そんな陸斗にりおも笑いかける。
「初日の出、もうすぐだね」
「あぁ。…ん?」
陸斗がふとりおの方に目を向けると、寒そうに腕を組んで遠くの空を見ていた。
「ったく」
陸斗は自分の着ていたコートをりおにかける。
「え?」
「なんでそんな薄着してんだよ。風邪引いたらどーすんだ?」
「私は大丈夫だから、陸斗着ててよ」
りおはコートを返そうと陸斗に差し出す。
するとその手を陸斗は押し返していう。
「俺が嫌なんだ。いいから着てろ」
「じゃあ、私自分のコートとってくる!」
「アホゥ。もうすぐだぞ、初日の出。…ほら」
陸斗に促されて、りおも遠くの空を見る。
東の彼方が輝き出し、少しずつ太陽がのぼってくる。
それを二人はただ見つめ続けた。
その頃、れおの部屋ではれおと梨月が窓から見える初日の出を二人並んで眺めていた。
「りーちゃん、早く気付けるといいね」
「えー。やだなぁ」
「そんな意地悪いったら二人が可哀想よ」
「りおには幸せになってほしいよ?それはいつだって思ってる。だけど、りおがアイツへの想いに気付いたら、今以上に俺必要なくなるじゃん。やっぱりそれが一番怖いんだ」
そういって寂しそうに窓の外を見るれおを梨月は困ったように、けれど優しく笑いかける。
「今までずっとれー君が守ってきたんだもんね」
「うん…。それに……簡単にもっていかれてもおもしろくねー」
「ふふっ。れー君はりーちゃんのこと大好きだもの。面白くないのはしょうがないかも」
静かに笑う梨月。
周りの空気まで優しいものに変えてしまう。
「りおのこと大好きだけど、梨月のことだって大好きだからな」
少しだけむくれてれおがいう。
「ありがとう。私も大好きよ。りーちゃんもれー君も」
太陽が半分以上のぼってきて、あたりはだいぶ明るさを増した。
「こんな風に初日の出を見たの初めて。すごく綺麗」
「俺も初日の出なんて久々だ。ありがとな、りお」
「え?私は何もしてない…」
「いや、こうやって、一緒に見られただけでスゲー嬉しいよ」
ベランダの手すりに寄りかかって陸斗は笑った。
再会した頃よりも随分優しくなった笑顔。
この笑顔をもっと見ていたいと思うりおだったが、その本当の気持ちには気付いていない。
「陸斗」
「ん?」
「改めて、明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします」
そういって穏やかに笑うりおを陸斗はまっすぐ見つめていた。
「陸斗?」
「…ん?あぁ、俺もよろしくな、りお」
ニッといたずらに笑いながら、陸斗はりおの頭を撫でる。
そんな陸斗の手が、りおにはとても嬉しい。
「そろそろ中に入ろっか。陸斗、本当に風邪引いちゃう」
「俺のことはどーでもいいけど、長時間この寒空の下突っ立ってて、お前が風邪引くのは困るな。それに朝ご飯の支度すんだろ?」
「うん。陸斗は寝てていいよ?れおのせいであんまり寝れてないだろうし」
二人して家の中に入って、りおは陸斗にコートを返した。
それから朝食の支度をするために一階へ向かう。
陸斗は何もいわずにりおについて一階へと降りた。
「お前一人にするのが嫌なだけだ」
ぶっきらぼうに、しかし少し照れた陸斗の顔。
りおはクスクス笑う。
リビングに入って、りおはすぐに暖房をいれた。
「陸斗はソファーに横になってなよ」
りおは陸斗の手を引いてソファーまで導く。
「手伝…」
「わなくていいからね?」
即答された陸斗は少々ムッとしてソファーに座った。
「気持ちだけで十分だよ、陸斗。ただでさえ寝不足なんだから」
「それはお前もじゃねーのかよ」
「私は平気。朝食の準備が終わり次第少し休むから」
りおは絶対に引こうとしない。
陸斗は少し考えてからソファーに横になった。
「今日は素直だね」
「手伝ってほしいなら、起きるけど?」
「いえ、結構です。おやすみ、陸斗」
そういって陸斗の頭をそっと撫でてりおはキッチンに入った。
陸斗の横になるソファーからりおの姿が見える。
『俺がお前より先に寝ると思ってんのかよ』
せっかくの優しさを素直に受け入れていない陸斗に気付かないまま、りおはいつも通りに調理を進めた。
それから小一時間、一通りの準備が終わり、りおは自室から毛布を持ってきて陸斗にかけ、床に腰をおろした。
横になっている陸斗の顔を見てりおは優しく笑っていた。
そうしているうちに、りおは自分の腕を枕にして、ソファーに体を預け眠ってしまっていた。
陸斗の顔のすぐ横にりおの寝顔。
陸斗はりおが寝付くのを待って起き上がった。
「…ったく。こんな無防備に寝顔見せやがって。俺の心臓がもたねーっての。わかってんのかねぇ、こいつは」
陸斗は苦笑いでりおの頭を撫でて、そっと抱き上げると今まで自分が横になっていたソファーに寝かせた。
「心配してくれてありがとな。ゆっくり休めよ」
そういって毛布をかけると、陸斗はそれまでりおがいた場所に腰をおろし、ソファーにもたれかかって眠りにつく。
そして次に目を覚ました時、すでに時計の針は九時をさしていた。
目を覚ましたのは陸斗だけだったが、陸斗は自分に毛布がかけられていることに気付き、すぐに自分が背にしていたソファーを見る。
と、そこにはまだりおがスヤスヤと眠ったままで、もちろん毛布もかかっていた。
「おはようございます、山倉君」
物静かな口調で後ろからそういったのは梨月だった。
キッチンからから出てきた梨月は優しく微笑む。
「この毛布、あんたがかけてくれたんだな」
「はい。風邪を引かれてはと思って。すいません、勝手に」
「いや、ありがとう。あれ?れおのヤツは?」
目を擦りながら、陸斗は辺りを見回すが、れおの姿はない。
「れー君ならまだ寝てますよ?起こしてきましょうか?」
「…まだ寝かせといてあげよう」
陸斗はりおを見つめてそういった。
「はい。山倉君はもう休まれなくて大丈夫ですか?まだお休みに…」
「俺は平気だ。あんたは大丈夫なのか?」
「えぇ、大丈夫ですよ。山倉君は本当にお優しいですね」
りおを見つめる陸斗の表情を梨月は静かに微笑んで見守る。
「俺は全然優しくなんかねーよ。それはそうと、何か手伝うことねーか?何かしてねーと落ち着かねーし」「そうですね…では、少しお手伝いお願いします」
少し考えてから梨月はいって陸斗をキッチンへ呼んだ。