December:PART2
「たっだいまー!」
「おかえりなさい!れー君、山倉君!」
梨月の出迎えに満面の笑みで応えるれお。
その横で陸斗は疲れた表情をしていた。
「りお、どこにいる?」
「りーちゃんならキッチンにいますよ」
「ありがとう」
陸斗は梨月にいって中へ入っていった。
「山倉君、本当に変わったね」
「…だな」
梨月の言葉に苦笑いしてれおは答えた。
「…りお?」
「あ!おかえり、陸斗!ごめんね、買い物頼んじゃって。いくらだった?」
陸斗は小さな買い物袋をりおに手渡す。
豆腐が二丁入ったそれを受け取って、りおは聞く。
「いいよ、別に」
「だめ。買ってきてって頼んだのは、れおじゃ心配だったからだよ」
「れおのやつ、信用ねーな」
陸斗はクスクス笑った。
「ちょっと、話そらさないでよ」
頬を膨らませて、りおは怒ってみせる。
「バレたか。でも、ホントいらねーよ。そもそも俺はご馳走になる側なんだから、これくらい当然だよ」
陸斗はなだめるようにりおの頭を撫でる。
「……まったく。陸斗ってば、いいだしたら聞かないから」
「そりゃお互い様だろ」
「……それもそうだね」
二人がそういって笑い合う姿をれおと梨月はそっと見守っていた。
日も暮れて、星が夜空に輝き始める頃、夕食の支度は整った。
それぞれの定位置に座り、テーブルの上の鍋を囲む。
「そういえばさ、クリスマス祭って今年は何すんだ?」
れおが梨月に取り分けながらいう。
「…何だっけ」
「ダンスパーティーだよ、陸斗」
「あー、そういえばそうだったっけ。めんどくせーな」
十二月の学園行事はクリスマス祭と称して、毎年内容の変わる冬休みすぐのイベントだ。
今年はダンスパーティーと決まったようだが、陸斗は本当にダルそうだ。
そしてもう一人。
れおもまた面倒くさそうな顔をする。
「イベントが多いのはいいけどさぁ、クリスマスくらいカップルで過ごさせろって感じだよな」
「お前なぁ。相手がいないヤツにとっちゃ、逆に助かるんじゃねーの?」
「いえてる。独りぼっちでクリスマスって、結構寂しいって子多いし」
れおの言葉に陸斗とりおの二人は遠い目で答えた。
梨月はそんな二人を困った顔で笑っている。
「おーい、りおと陸斗は別にクリスマス祭なんてなくたって平気だろ?ちゃんとお互い相手がいるんだし」
「…相手?」
「何のことだ」
「……あぁー!!肝心な時にこれだ!」
れおが頭をおさえて大げさに叫んでみせる。
「また、わけのわからんことを…」
陸斗もまた頭をおさえた。
「陸斗、今日大変だったでしょ。ごめんね」
「りおが謝ることねーよ。そもそも、こいつと出掛けた俺のミスだから。…うん、やっぱりおいしい」
「ありがとう」
お鍋の汁を一口飲みながら陸斗がいう。
真中家のお鍋はりおの味付けなのだ。
「おい!二人して何話そらしてんだよ!」
「あ、何だっけ?」
「だーかーらー!認めたくねーけど、りおには陸斗が、陸斗にはりおがいるだろってこと!だいたい、こんだけ一緒にいて、付き合ってない方がおかしいってんだよ。それに…」
「れ、れー君」
「ん?……ゲッ!」
梨月に止められて、ようやくれおはりおと陸斗の視線に気付いた。
「お前、マジでいい加減にしろよな」
「そうだよ、そんなこといったら、まるで陸斗が私のこと好きみたいじゃない。陸斗にはちゃんと好きな人がいるんだから」
「………」
「………」
「……りーちゃん」
陸斗と梨月は同時にため息をついた。
「へぇー!そりゃ、初耳だなぁ!」
れおは性懲りもなくからかいモードに入る。
「そういえば、この頃ヒント…」
「俺も色々聞きたいなぁ!陸斗君の今の心境とか!」
陸斗はれおを睨みつけてから、小さくため息をついた。
この場にいるりお以外はすでに陸斗の想い人が誰だか知っている。
「…俺が、この世で最も信頼してる人だ。俺にとっては誰よりも尊い存在。これが今回のヒント」
半ばヤケになりながら陸斗はいう。
れおはニヤニヤと相変わらずだ。
「ねぇ、陸斗。それって……」
りおがなんとも微妙な表情でいう。
「お!わかったか?!」
「うーん、あってるかわかんないけど。ってなんでれおが楽しそうにしてるの」
「まぁ、いいじゃん!一発で名前いって、当たってたらつまんねーから、まずイニシャルから!」
れおは横目で陸斗を見る。
陸斗を緊張させたいがための誘導だが、当の陸斗は大して緊張などしていない。
「イニシャル?えっと……R・Mかな」
「おぉ!!」
「……とりあえず、名前いってみろ。(やっと気付いたか?けど、りおの場合、とんでもねー間違いするからなぁ)」
盛り上がっているのはれおだけで、半分期待・半分諦めの状態で陸斗はいう。
「……まさか…とは思うんだけど、R・M…真中………“れお”?」
りおの答えに三人は固まる。
りおが微妙な顔をした理由がそこにあった。
「……………」
「……りーちゃん」
「あははははー!!何だよ、陸斗!俺のこと好きなのかよ!あ、でも、俺はダメだぞ!俺にはもう大切な人がいるからさ!」
れおは腹を抱えて笑い出した。
梨月はまた困ったように笑う。
「え?違う?」
「…りお、俺は男を好きになる趣味なんざねーよ。そもそも何でれおのヤツが出てくんだ」
本気で聞いてくるりおに、陸斗はまたため息をつく。
「え、だって、最も信頼してるって」
「りお、悪いけど、れおのことはこれっぽっちも信頼なんかしてねーぞ。なぁ、そこのあほぅ」
「けっ!そりゃ、お互い様だろーが!でも、りお結構いいとこついてるよ!なぁ、梨月!」
「れー君」
梨月はそっと陸斗に目を向けた。
陸斗は首を横に振って応える。
隣ではりおがまだ考えている。
「りお、とりあえず男じゃねーから。それだけはわかっといてくれな」
「う、うん。あ、クリスマスその子と過ごせるといいね。まだクリスマスまで少しあるし、それまでに付き合えたら陸斗は独りじゃないね」
りおがものすごく優しい笑みを陸斗に向ける。
「あ、ダンスのペアもその子との方がいいよね。今からでも…」
りおがいいかけると、陸斗はポンとりおの頭をたたく。
「いいよ。お前が嫌じゃないなら、俺はお前とがいい。それに、俺は別に付き合いたいとかそういうんじゃないんだ」
「え、だって、陸斗告白するって…」
「そのうちな。だけど、俺は今のままで十分幸せってやつをかみしめてるから。これ以上の望みなんてねーよ。そばで一緒に笑っていられる。それだけで、俺はいいんだ」
優しくどこか切なく儚い陸斗の笑顔は、りおの心のどこかに焼きつく。
「おーい。何二人の世界つくっちゃってんだよ。まぁ、陸斗の心なんて知ったこっちゃないけど、りおが気つかうことねーよ。何だかんだで陸斗はクリスマス祭を好きな人と過ごすんだから」
陸斗の顔が引きつる。
「れお、テメー余計なことをベラベラしゃべんじゃねーって何度いやーわかんだよ!」「何のことでしょうか?僕はただ陸斗君がクリスマス祭の時に告白できるかもしれないっていってるだけですけど?」
「調子のんのもいい加減にしろや。殴り飛ばすぞ」
「やれるもんならやってみろってんだ!受けて立ってやる!」
「お前、俺に勝ったことねーだろーが」
「うっせー!」
互いに胸ぐらをつかみ合って言い争う陸斗とれお。
そんな二人の間で梨月はオロオロしていた。
その中、りおは一人考えていた。
再会した頃より、ずっと楽しそうに笑う陸斗を見ながら、りおが想うのはその先の未来。
『ねぇ、陸斗。もし陸斗にとって今幸せなら、もっともっとたくさんの幸せを手にしてもいいんじゃない?私は陸斗の幸せを願うよ?だからね、もし陸斗が大好きな人と過ごせるなら、私は……大丈夫』
隣でいまだにれおと言い合っている陸斗。
その姿を見てりおは小さく笑った。
その笑顔がどこか寂しげだったことに陸斗達は気付かなかった。
そして、クリスマス祭当日、十二月二十四日になった。
架音学園は様々なイルミネーションが施され、クリスマスらしい華やかさがそこにはあった。
ダンスパーティーともあり、それなりの格好をしてれおとりおは学園に向かう。
この日は学園で陸斗と梨月と待ち合わせだ。
それというのも、学園の伝説に『クリスマス祭に一緒に学園に行ったカップルは年をあける前に別れが訪れる』というものがあるからだ。
「そんなことあってたまるかってんだ」
「れおと梨月なら絶対平気だと思うけどなぁ。あ、これ…お願いね」
りおはそっとれおに小さなプレゼントを手渡した。
「りお…」
「あ、れおのは家に帰ってから渡すから安心してね」
「そーじゃなくて!……本当にやるのか?」
れおが心配そうにりおを見る。
りおは頷く。
「クラス委員は裏にいることが多いから、バレやしないって。…お願いね」
りおはそういって最後に笑って見せた。
「…何かあったら、絶対連絡しろよ?すぐに行ってやるから」
れおはポンッとりおの頭をたたく。
「りーちゃん!れー君!」
学園の門の前に梨月と陸斗の姿が見えた。
れおはそっとりおの手をひいて走った。
「お待たせ。野外ステージだよね?行こっか!」
りおが梨月と一緒になって駆け出す。
二人の後をれおと陸斗も追った。
「陸斗」
不意にれおが陸斗を呼ぶ。
陸斗は無言のまま向き直る。
「さっき、“梨月の友達”から、お前に渡すように頼まれたんだ。…あ、今開けんなよ?りおに気付かれたらもともこもねーし。かといって捨てたりすんなよな。せっかくの気持ちなんだからよ」
れおから陸斗へ手渡された小さな箱。
陸斗は少々不思議そうにその箱を見つめていた。
「おら、行くぞ、陸斗!りおも梨月もずいぶん先に行っちまったぞ!」
「…あぁ」
クリスマス祭が始まった。
学園内にはクリスマスソングが流され、ロマンチックといえばロマンチックな雰囲気だ。
しかし、ダンスパーティーが始まる、その直前の挨拶でそのムードはぶち壊されてしまった。
「うっしゃー!聖なる夜に愛する人と手をとり合って踊る…。……いいなぁ、若いって…」
いつぞやの体育祭にて、凄まじい実況をしていた先生がステージ上でマイク片手に一人盛り上がっている。
聞いていた生徒達は口をポカンと開けたまま固まった。
「…誰だ、よりによってあの先生に挨拶やらせたの」
陸斗がステージの裏でいう。
「誰がって、そもそもあの先生がクリスマス祭の責任者だから。ダンスパーティーも先生が出した案だよ」
りおが陸斗のよこで苦笑する。
「事前に踊る時間を振り分けてあるから、堂々とかつ優雅に踊ってくれたまえ!実況は任せろ!」
「いや、実況いらねーし。…俺達は最後の方だな」
ペアの書かれた紙を見て、陸斗はいった。
そして一曲目が流れ始める。
するとステージから先生が引き上げてきた。
「あ、陸斗、待ってて」
りおはいうと先生のもとへ駆け出し、何かを話した後、その場を後にした。
人込みに消えていくりおの後ろ姿を、陸斗は見つめていた。
『……りおのやつ、どうしたんだ?』
そんなことを思いながらも、陸斗はりおがいった通り待ち続けた。
待ち続けて、陸斗は異変に気付く。
じきに陸斗とりおの踊る番がくる。
『…りお、何かあったのか?』
不安はつのるばかり。
陸斗は実況に夢中になっている先生を影まで引っ張った。
「あのさ、真中どこ行ったんだ?」
「真中?あぁ、ちょっと用事あるとかいってたけどなぁ」
「もうすぐ、順番回ってきちまうんだけど、帰ってきてねーんだ」
「あれ?山倉には他に決まった子がいるから大丈夫っていってたぞ?そういやー、お前ら体育祭の時から何かとペア組んでるよな。まさか、付き合ってんのかよ!」
先生がからかいモードに入ったのを無視して、陸斗は駆け出した。
りおが今どこにいるのか、見当もつかないが、学園内にいることは確かだ。
『あいつ、勘違いしたまま俺に気を遣ったのか。俺が好きなやつと過ごせるように…。りおのアホ、俺いっただろ。お前とがいいって…』
その時、コトンと陸斗のポケットからあの小さな箱が落ちた。
それを拾い上げて見つめる。
陸斗は包みを開け始め、中を確認した。
そして再び走り出していた。