December:PART1
本格的な冬の訪れ。
冷たい風が肌に刺さる。
「ざむいー」
「冬だもん。しょうがないじゃん」
「りお、夏にも同じようなこといったぁ」
「だってれおが同じようなこというから」
りおは居間のストーブの火をつける。
ぼっと音をたてて火がつくと、少しずつ室内に暖かさが伝わっていく。
「あれ?このバラって」
りおの趣味で集めた小さな置物が飾られた棚に、新しく木製のバラの置物があった。
「うん、陸斗が作ってくれたの。私このバラ大好き」
りおが穏やかに笑ってそのバラを見る。
学園祭が終わった後、陸斗がくれたバラ。
『りおにやる。…っていうか、持っててほしい。お前に……』
その時の陸斗の言葉と照れた顔をふと思い出した。
「ったく、陸斗のやつ、どーせキザなこといったんだろ。『お前のために創った。受け取れ、俺の気持ちだ』みたいな」
れおが陸斗の声色を真似ていう。
「…そんなこといってないし、全然似てない。っていうか、れお。まかり間違っても梨月にそういうことしないでね」
「え、何で?」
「だって、れおがいっても、何か様になってないから。キザとかかっこいいとか、そうじゃなくて、んー、なんていうか、お笑い?」
「…りお、この頃変わったな。なんていうか、うん。りおにとってはいいことだよ」
りおはキョトンとしてれおを見返す。
「どういうこと?」
「どうもこうも、そういうこと。…でも、陸斗のせいでりおが冷たくなった!」
「…はぁ?」
「前はもっと、俺に優しかったのに!何か、俺必要ないみたいだ!」
れおがりおの手をそっと握って真剣な目で訴える。
りおはそんなれおの手をギュッと握り返した。
「必要ないわけないでしょ?私にとってはかけがえのないたった一人の家族だもん。そうでしょ?お兄ちゃん」
「うん!」
れおが子供っぽく満面の笑みを向けて答えた。
この日はちょうど日曜日。
そして、クリスマスが再来週にせまっていた。
「私、今日梨月と買い物に行くんだけど、れおはどうするの?」
「俺も行くとこあるから。何時に帰ってくるんだ?」
「三時くらいには帰ってくるつもり。梨月も一緒に」
「泊まってくのか?」
「そのつもり」
「じゃあ、メシは四人分な!」
れおがニッと笑っていう。
「え?陸斗、来るの?」
「俺はアイツとはいってねーぞ」
悪戯に笑うれおにりおは冷たい視線を送る。
「……あっそう。じゃ、私は自分の支度するから」
「わー!ごめん!!陸斗です、陸斗!」
りおをからかったつもりが、自分が余裕をなくしてしまうれおに、りおはクスクス笑った。
そしてれおもまた一緒に笑う。
「じゃあ、いってくるね。ちゃんと鍵かけて出てね」
「了解!気を付けていってこいよ?」
「わかってる。いってきます」
「いってらっしゃい」
玄関から出て門まで歩いていくと、ちょうどそこに人影が見えた。
「陸斗!」
りおの声に陸斗が振り向く。
「おう。出かけんのか?」
「うん、梨月とね。陸斗、今日何食べたい?」
「任せるよ。っていうか俺に聞くなよ」
陸斗はクスクス笑ってりおの頭をなでる。
「気を付けて行けよ」
「うん!」
りおの後ろ姿を見送って、陸斗は真中家の門をくぐった。
出迎えたれおは、つまらなさそうに、けれどどこか面白がって陸斗を見る。
「…いいたいことは口でいえ、あほぅ」
「何かさぁ、会話が新婚の夫婦みたい」
「はぁ?」
「それを優しく見守り、心配する、かっこいい兄」
れおは目を輝かせていう。
そのれおに陸斗は呆れ顔だ。
「つーか、お前どこから聞いてたんだよ」
「どこからって、陸斗がベル鳴らしたところから?」
『……ようは最初からかよ。しょーもねー兄貴だな』
それからりおに続いてれおと陸斗も外へと出て行った。
りおは梨月と合流して、並んで歩いていた。
街はすでにクリスマス一色といった感じだ。
街灯には柊の葉が飾られている。
「今年は何がいいかなぁ」
「れおなら何でも喜ぶと思うよ。梨月があげるものならなおさら」
ショウウィンドウの中に閉じ込められた小さな街を二人は見つめた。
「空から見たら私達もこんな風に見えるのかな」
「うん、きっと。人ってちっぽけだね」
二人は小さく笑い合うと再び歩き出した。
「りーちゃんは山倉君に何をあげるの?」
「………それが、全然思いつかなくて…。どうしよう」
ここ数日、りおは色々考えてみたものの、どうにもこれといったものが見つからなかった。
今年は去年までとは違う。
クリスマスのプレゼントもれおと梨月だけではない。
陸斗という大切な人へのものがある。
『…いや、大切っていうか、まぁ大切だけど…』
自問自答を繰り返すりおに梨月は優しく笑っていった。
「山倉君はアクセサリーとかはつけない方?」
「アクセサリー…かぁ。……そうだ!!」
「行ってみよう!アクセサリーショップ!」
梨月はりお の腕を引っ張って走り出した。
「…おい」
「何でしょうか、陸斗君?」
「……何をあげりゃーいい」
「誰にですかー、陸斗君?」
「………いい加減、その人をナメた態度改めろ、アホ」
調子に乗ってからかってくるれおにそういって、陸斗は歩くスピードを上げてスタスタといってしまった。
「あっ!待ちやがれ!」
駆け足でれおが追いつく。
「テメーのバカ口に付き合ってたら、時間のムダだ」
「うっわぁ、ひでーよ。せっかくアドバイスしてやろうと思ったのに」
「………」
「聞きたい?」
れおが再び調子に乗って陸斗を見た。
「当ててやろうか、お前が考えてること」
陸斗は道路沿いの可愛らしい雑貨ショップに目をやる。
「…指輪…だろ」
「おぉっ!ジャスト、ビンゴ、大正解!さすが!」
陸斗は頭をおさえる。
ひどい頭痛がする。
寒さのせいではない。
今、目の前にいるどうしようもない幼なじみのせいだ。
「何だよ、グッドアイデアじゃん」
「あのなぁ、俺とりおは付き合ってるわけじゃねーんだよ。それなのに指輪を贈るのはおかしいだろ」
「そうか?」
「…テメーに聞いた俺がバカだった」
陸斗は少しでも真面目な返答を期待して損した気分だった。
陸斗はそのままれおを無視して雑貨ショップへと足を踏み入れる。
ふと目に留まったのはウサギのぬいぐるみだ。
『りおのやつ、前にウサギが好きとかいってたな』
抱きしめるのにはちょうどいい大きさだ。
「…なーんでりおの好きなものをお前が知ってんだよ」
後ろからヒョッコリれおが顔を出した。
「何でだろうなぁ。すいません、これください」
れおのことをかわして、レジにそのウサギをもっていった。
「はいはい、プレゼントかい?」
店の奥、おそらく住宅として使っている方から、一人のおじいさんが出てくる。
見るからに優しそうで、暖かいイメージの人だった。
「えぇ、一応」
陸斗がそう答えるとおじいさんはこれまた優しく微笑んでいった。
「彼女へのプレゼントかね?」
「彼女なんかじゃないです」
「でも、大事な人なんだろうねぇ。君の瞳はそういってるよ。大切にしてあげなさい、その人のことを、誰よりも…。さてさて、プレゼントだったねぇ。ちょっと待ってね」
ニコニコと笑いながら、おじいさんはウサギを綺麗に包む。
その笑顔にはどこか悲しみが見え隠れしているようだった。
陸斗はおじいさんの言葉の意味を探していた。
「はい、これでいいかい?」
「え?あ、はい」
「彼女さん喜んでくれるといいねぇ」
「いや、だから、アイツは……」
プレゼントを受け取り、陸斗は困ったようにいいかけた。
「じいちゃん、りおはこいつの彼女じゃねーよ!まだ告白してねーんだから!それにそう簡単には認めねーぞ!」
れおが陸斗の後ろから顔を出した。
おじいさんはそっと微笑む。
「…おい、余計なことをべらべらしゃべってんじゃねーよ」
「悔しかったら告ってみろってんだ」
「お前なぁ」
「どうやら、そのりおという子は、二人にとって大切な人のようだ。今度一緒に来るといい。ここは紅茶も扱っているから、お茶でもご馳走するよ」
おじいさんはそういって二人を見送った。
陸斗は小さく礼をして歩き出す。
「約束な!絶対一緒に来るから!」
れおはというと、まるで小さな子供のように手を振って陸斗を追った。
「…はて、もしや、あの子達のいっていた“りお”とは……なるほど」
おじいさんは最後にそうつぶやいて笑っていた。
「次は俺が買う番だな!」
「おい、俺は全部買い終わったわけじゃねーぞ」
「何だよ、俺にまで買う必要ねーのによ。まぁ、貰えるものは貰っとくけど」
陸斗はれおを見る。
『バカかこいつ』とでもいいたげに。
「“バカかこいつ”とか思ってんじゃねーよ」
『わかってんなら、そう思われるようなこというんじゃねーよ』
「いいたいことがあんなら、口でいえってんだよ」
陸斗は盛大なため息をつく。
「……誰がお前なんかにプレゼントを買うか。気色悪い」
「じゃあ、何か?…まさか、梨月にか?!梨月は絶対に誰にもやらねーぞ!」
「…頼むから、バカも休み休みにしてくれないか」
「あんだと!」
陸斗はだんだん相手をするのも面倒になってきた。
その後はほとんどが空返事だ。
そうとも知らず、れおはそのまましゃべり続けていた。
そして二人はアクセサリーショップへと足を運ぶ。
その頃のりおと梨月はというと、アクセサリーショップを出てお茶をしていた。
「梨月、ありがとう」
「ん?」
「陸斗へのプレゼント。私一人じゃ選べなかったから」
「そんな、りーちゃんはセンスいいから、私が色々いう必要なかったのに。…喜んでくれるといいね。山倉君ならきっと喜んでくれるよね」
「そうだと…いいな」
少しだけ頬を赤くして笑うりおに、梨月は優しく微笑んだ。
寒い冬空の下、クリスマスまではあと少し。
「ただいまー…ってまだあの二人帰ってきてないんだ」
「食事の準備しておこうよ、りーちゃん」
「そだね」
りおと梨月が夕食の買い物をして帰ってきた時、まだ陸斗とれおは帰っていなかった。
「まったく、何やってんだろ。男二人でいつまでも」
「本当だね。れー君、山倉君を困らせてそうだね」
梨月が困った風に笑っていった。
「あー、ホントに。……あれ?いけない!」
「どーしたの、りーちゃん」
りおは買い物袋や冷蔵庫をあさる。
「…ない。…お豆腐買い忘れた…」
この日の夕食は冬らしく鍋だ。
それに入れるための豆腐を買い忘れていた。
りおは少し考えて、カバンの中からケータイを取り出し、メールを送る。
それから小一時間が経った頃、れおと陸斗が帰ってきた。