November:PART3
そして当日。
土日の二日間で行われる学園祭。
『美女と野獣』は二日目の午後一時開演だ。
「りおは出ないんだよなー。つまんねー」
「でも、陸斗は出るから見においでよ」
「おい、りお。余計なこというな」
「見に行きたいなぁ、山倉君の王子様」
れお、りお、陸斗、梨月の四人は時計塔の下で話していた。
時計の針は十二時を指している。
「陸斗、そろそろ行かなくちゃ。着替えるんだから」
「へいへい」
「劇見に行くからよ。終わり次第、またここで待ち合わせな」
「了解」
とりあえず、れおと梨月と別れたりおと陸斗は、舞台の控室にいった。
陸斗は王子の衣装に身を包み、舞台袖で待つ。
りおは陸斗とは反対側の袖で大道具や小道具の整理をしていた。
『マズイなぁ。こっち側、私とあの子達だけじゃん。何もなければいいんだけど……。……ってそうはいかないか』
りおがふっとそう思い周囲を見ると、すでに囲まれている。
りおが控えた側の袖にいるのは、りおと例の女子グループだけだ。
りおに恐れはない。
それに舞台袖で騒ぐことはできない。
そして劇が始まった。
陸斗が出るのは最後だけだ。
薄暗い袖で、陸斗の瞳が探すのはりおの姿だった。
その時、かすかにガタンという音がした気がした。
『反対の袖には誰がいるんだ?』
陸斗は確認しに行こうとその場を動こうとした。
「わー!山倉君、ダメだよ!」
一人の生徒が小声で陸斗を止める。
「あ?別に出番まだ先だし、平気だろうが」
陸斗も小声でいい返す。
「さっき、客席の方にいるビデオ係から連絡があって、舞台袖の音がもろに聞こえるんだって。だから、あんまり動かないで」
するとまたガタンと音がした。
今度はしっかりと聞こえたその音は反対側の袖の方からだ。
「また。向こう側、何やってるのよ。さっきの音もばっちり入ってるのに」
「おい、向こう側に誰がいる」
「え?誰って…みんな散らばってるから、わかんないよ」
『りおの姿をこっち側では見ていない。りおに俺のそばにいるようにいっておくべきだった。…無事でいてくれ……りお…』
その頃、陸斗達がいる袖の反対側ではりおが壁を背にして立っていた。
りおの足元には壊れた小道具が転がっていた。
予備で作ってあった道具の残骸。
その中にはりおと陸斗で作ったバラも転がっている。
「……あのー」
りおは半ばあきれ顔で尋ねる。
「…何がしたいの?ただ道具を壊したいだけなら、劇が終わってからでいいと思うんだけど」
「そんなわけないでしょー!!」
『大声出すと、客席に聞こえるって。…私に投げつけたいんだろうけど、コントロールに問題が…』
そんなことを考えながら、りおは足元に散らばる破片を拾い始める。
陸斗達が耳にした物音は、りおに向かって投げられたはずの道具がことごとく壁にぶつかっていた音だった。
『役者の人、素足の人もいるから、こんなのふんづけたら怪我しちゃうよ。…っていうか、早くしないとこっち側に役者が入ってきちゃうし』
りおが全く怖がっていないその態度に、女子達はイライラを募らせる。
「何片付けてんだよ!」
「危ないから」
「ふざけんなよ!」
そういって、一人がりおを突き飛ばした。
しゃがんだ体勢だったりおは、そのままバランスを崩し、道具の破片がまだ残る床に勢いよく倒れこんだ。
劇は順調に進んでいく。
そして、クライマックスに近づき、野獣と敵が戦うシーンへと変わる。
それに合わせて、美女役を含め他の役者は袖にはけた。
りお達のいる方へ美女役が入ってくる。
その後ろからも数名の役者が続く。
と、その時だ。
「きゃあ!」
「うわっ!」
美女役が前のめりに倒れこんだ。
それというのも、後から入ってきた役者が美女役の衣装を踏んでしまったのが原因のようだ。
舞台上は戦っているシーンということもあって、BGMはかなりの大音量で、おそらく観客側には聞こえていなかっただろう。
役者達は美女役に駆け寄る。
しかし美女役はなかなか起き上がらない。
「どうしたの?」
「あ!真中さん!俺が衣装踏んじゃって、転んじまったんだ!」
りおはそれを聞いて美女役を支えに入った。
美女役はりおにとってクラスの中では一番一緒にいる友人だ。
「大丈夫?!怪我してない?!」
りおの姿を確認して、どこか安心した表情を見せながら美女役は小さくいった。
「りおちゃん…。なんか、右足ひねったみたい」
「捻挫してるかもしれない…。他は?!」
「……左足、…何かおかしい…」
薄暗い舞台袖でははっきりとどうなっているか確認できない。
「誰かライト持ってない?!」
「あるよ!」
りおはペンライトを受け取ると美女役の左足を照らす。
と、ちょうど脛の部分に一本の赤い線が見えた。
ミミズ腫れの状態で出血している。
『私、道具の破片拾いそこなったのかな…。…とにかく…』
りおはすぐに止血を行った。
周りの役者達も心配そうに見つめていた。
「…その傷、もしかしてこれじゃない?」
一人が指さした床には、劇中の背景として使用した大道具の板がある。
立てかけて置いておくよりもあえて寝かせておいた方が邪魔にならないという理由で、練習時からその保管法にしていた。
よく見てみると、その板を繋ぎ合せている部分の釘が一本ゆるくなって頭が出ている。
『…あの釘に引っ掛けたんだ。…それにしても傷が深い。早くちゃんとした手当てをしなきゃ』
「今、向かおう側には連絡したけど…。…歩ける?」
一人が聞く。
美女役は首を横に振った。
「ごめん…。とてもできない…」
「どうしよう、まだ美女の出番あるのに…」
口々に不安がもれる。
するとその時、反対側から無線が入った。
『そっちにいる女子って誰?!』
りおがその声にこたえる。
『その中の誰でもいいから、美女役やって!』
「え、でも、声が…」
『声だけなら何とかならない?演技だけ代わってもらって!』
無線の向こうでは流れを説明している。
今までの設定を変え、時間を稼ぐためにも美女は舞台には姿を見せずに、『愛しています』の声で魔法の解けた王子が倒れているところに美女が駆け寄る。
『その後は今まで通りになんとかつなげて!』
無線はそこで途切れた。
「ごめんなさい、私のせいで」
「何いってるの。それよりも、怪我の方…」
「私のことよりも、代役を決めなきゃ。そっちが優先だよ」
女子はりおと例の女子達だけだ。
美女役は全体を見回して小さく頷いた。
「…りおちゃん、この中で背恰好が一番近いのはりおちゃんだよ。衣装も大丈夫。それに、りおちゃんなら、タイミングも合わせられると思う」
「で、でも、私は…」
「お願い、私を助けると思って…ね?」
「……」
野獣が敵を倒し、自分も倒れる。
「『私はあなたを愛しているわ!』」
照明がきらめき、ばれないように野獣役と陸斗が入れ代わる。
『…結局、美女役が誰になったか聞く前に出る羽目になっちまったな…』
陸斗は寝転がって考えていた。
『まぁ、どーせろくなやつじゃねーか』
そして舞台はいっきに明るくなった。
誰かが舞台をかけてくる。
「『呪いが…解かれたのですね…』」
陸斗はゆっくりと体を起こし、支えてくれる人物を見た。
『り…りお?!何でお前が…!ん?……!』
そこにいたのは、まぎれもなくりおだった。
王子である陸斗を支えながら、りおは小さく困ったように笑っている。
「陸斗、セリフ!」
小声でりおが促す。
「あ、ヤベ。…『貴女のおかげだ。貴女の想いが私達を救ってくれた。ありがとう、本当にありがとう』」
「『私の想いは本物です。私はあなたを…』」
「……今まで貴女が私に与えてくれた想いを、言葉にして返しましょう。私はこれからも貴女と一緒にいたい。私は貴女を心から…愛しています」
「『私もです』」
陸斗はそっとりおを引き寄せ、キスのふりをした。
幕が下がり、その向こうで拍手が起こる。
カーテンコールを終えて、やっとみんなの気が抜けた頃、陸斗はりおの手をつかんで物陰へ引っ張った。
「ちょ、ちょっと。どうしたの?」
「お前、何されたんだ」
「…え?」
「怪我…してるじゃねーか」
陸斗がそっとりおの頬に触れる。
ひっかき傷のような、短く細い傷が無数にある。
「怪我って程のものじゃないよ。ただ転んだだけ」
「転んだだけで、そうはならねーよ。…約束したろ。何かあったら、俺に必ずいうって。……りお」
まっすぐに自分を見つめる陸斗の瞳に、りおは目をそらした。
「……予備の道具、壊されてて、それ片付けてる時にバランス崩したの。それで破片の上に転んじゃったから…」
「…わかった。りおは先にれお達と合流してろ。俺もあとから行くから」
「え、ちょっと、陸斗!」
りおが止める間もなく、陸斗はその場を後にした。
りおは心配顔でその後姿を見つめ、仕方なく衣装を着替えに更衣室へ向かった。
陸斗はさっさと着替えると再び舞台に戻る。
『りおがどんなにかばっても、俺は絶対に許せない。りおがいえないなら、直接本人を問い詰めるまでだ』
舞台袖に例の女子達はまだ残っていた。
陸斗はそこに近づく。
「あいつに何をした」
陸斗の声に振り向くと、一瞬の焦りを見せながら彼女達は微笑んだ。
「…何の事?」
陸斗は何の迷いもなく、そう答えた女子に向かう。
「いい加減にしろ。あいつは、怪我してもお前らのことをかばってんだ。これ以上、あいつに手出してみろ。俺は容赦しねーからな」
陸斗が強い口調でいう。
するとポツリポツリと周りにいた残りのメンバーが小声で話しはじめた。
「…やっぱり真中さん、今までのことしゃべってたんじゃない?」
「ハロウィンの時のこととか?」
「そうそう」
その声は陸斗の耳にもしっかり届いていた。
「……ハロウィンの時って、何の事だよ」
陸斗はその時の記憶を探す。
それと同時に不安がつのる。
「え?やだ、本当に話してないの?」
「あの子バカみたい」
女子の間にざわめきが広がる。
「今までのこと全て話してくれ。あいつはお前らのこと本当に何もいってこなかったんだ」
陸斗は真実を知る必要があった。
りおのことを本当に守れていたのか。
「……今までのこと、話してもいいよ。でも、その前に一つ教えてほしいの」
「………」
陸斗は黙ったまま彼女を見つめる。
その女子は全て見抜かれてしまったことを悟っていた。
「山倉君が私達のことに気付いたのは、好きな子のことだったから?」
「………だったら何だってんだ」
陸斗の表情が変わる。
「否定しないのね」
「肯定もしてない」
「…そうだね」
そういって彼女は小さく笑った。
時計塔の下、りおはれお達と合流して、れおの小言を聞いていた。
「りおが最後に美女役で出てきた時はびっくりしたけど、スゲーよかったよ!けど、陸斗のヤツ、何キスしてやがんだ!」
「いや、ふりだってば」
「ふりでもダメだ!」
「でも、山倉君の王子様、かっこよかったね!」
「あ、梨月もそう思う?……陸斗、余計なことしてなきゃいいけど…」
りおは不安げに周囲を見る。
その目は確実に陸斗を探していた。
その時だ。
「余計なことで悪かったな」
「ん?」
背後から聴こえた声に振り返ると、陸斗が機嫌悪そうに立っていた。
息を切らして、どうやら走ってきたようだ。
「大丈夫?」
「……りお、ごめん。ごめんな…」
「え?」
陸斗は真正面からりおの手を握り、肩に頭をのせる。
りおからは陸斗の表情が見えない。
「陸斗…?」
「俺…口ばっかで、全然守れてなかった。りおだけが、いらねー傷受けて、辛い目にあって…。…ごめん」
陸斗は直接今までのことを聞いた。
もちろんハロウィンの時の件もだ。
『よく考えれば、見抜けたのに。りおの笑顔で勝手に安心して、何もしてやれないで終わっちまった…』
「陸斗」
りおの声がそっと耳に響く。
「陸斗、ちゃんと守ってくれてるよ」
りおの握る手に力が入る。
「陸斗、私のためにわざわざ話をしにいってくれたんでしょう?」
「…りお…」
「ちゃんと、気付いて守ってくれてるじゃない」
顔をあげてみれば、りおが優しく笑っている。
「山倉君はりーちゃんのこと、守っていますよ。誰よりも一番に駆けつけているじゃないですか。りーちゃんは山倉君が思っているよりもずっと山倉君を信頼していますよ」
りおの後ろで梨月がそう優しくいった。
「ったく、だいたい、今になって何弱気になってやがんだ。それよりも!問題はキスの方だ!」
れおが叫ぶ。
「だからあれはふりだってば。ねぇ、陸斗」
あきれ顔でれおの相手をするりおだが、その手はしっかりと陸斗の手を握っていた。
それぞれの優しさに、陸斗は穏やかに笑い返す。
「…ったく、お前らは。…ありがとな」
学園祭の十一月は最後の秋風邪とともに過ぎていった。