November:PART1
晩秋のこの頃、日に日に冬へと近付いていた。
気候もそれにともない、寒さが増す。
しかしまだ完全な冬とはいえない微妙なこの時期、急激な温度変化に体の方がついていかない。
その結果、昨夜かられおが熱を出した。
「三十八度七分。んー、ここんとこ寒かったからなぁ。れお、ちゃんと布団かけてなかったんでしょ」
「ヴゥ、ぎもぢわるい…」
ベッドの中でうずくまるれおの横でりおは体温計をしまった。
「私も学校休むよ。れお一人じゃ心配だし、今日金曜日だし」
「え?!いいって、俺は大丈夫だから、りおがそんな休むことねーって!」
そういって起き上がったれおだったが、すぐに倒れ込む。
つまりは全然大丈夫ではないわけだ。
「はいはい、強がんない。とりあえず寝てて。学校電話してくるから。お粥なら食べられそう?」
「うん。ごめん、りお」
「いいよ。せっかくだしゆっくり休んで」
りおは優しく笑い、れおの部屋を出た。
「はい、よろしくお伝えください。失礼します」カチャッと小さな音をたてて、りおは電話を置いた。
それから一人用の鍋でお粥を作る。
『陸斗に連絡しておこうかな。でも担任が理由いうよね、きっと』
りおはケータイの画面を見てポケットにしまった。
「薬どこしまったかなぁ」
戸棚を探してみるが、大人用の薬がない。
『あ、あった!……ないよりは、マシ…だよね』
りおはとりあえずお粥とやっと見つけた薬を持ってれおの部屋に向かった。
「れおー、入るよー?」
「オー」
れおはえらく弱っていた。
「大丈夫?後で病院行こう。薬もらわなきゃ、もうないんだ」
「わかったぁー。……りおー」
「ん?何?」
「これ…飲むの?」
れおはノソノソと起き上がるとお粥の横に置いてある、ウサギの絵が描かれた風邪薬を手にした。
「飲まないよりはマシかなって思ったんだけど」「でも、これってさ、子供用…じゃん?」
『子供用風邪薬。甘くて飲みやすいよ☆』
パッケージの可愛らしい『☆』にれおはめまいがする。
「とにかく、飲むだけ飲んで」
「はーい」
お粥を口に運び、薬を嫌々飲むと、れおはひとまずベッドから起きて服に着替えた。
それから病院が開く時間に合わせて二人は家を出た。
と、れおが診察を受けている間、りおのケータイが鳴った。
急いで外に出て、電話をとると相手は梨月だった。
「梨月?どうしたの?何かあったの?」
『りーちゃん大丈夫?二人そろって風邪引いちゃった?』
「え?違う違う!れおだけだよ。れお一人じゃちょっと心配だったから私も休んだの」
心配してくれる梨月にりおは電話越しに微笑む。
『そっかぁ、りーちゃんのクラス行ったら風邪で休みっていわれたから』
「あー、たぶん担任が説明するのめんどくさくてそういったんだ。うん、私は平気」
自分の担任が面倒くさがりなのは、りおが一番知っている。
『私帰りにりーちゃんのお家いってもいい?』
「うん、梨月ならいうと思った。でも風邪うつったら大変だよ?」
梨月の予想通りの返答にりおはクスクス笑った。
『大丈夫!私強いから!それにれー君と違って、布団はちゃんとかけてるもの!』
「なるほど、ちょっと納得かも。そういえば……何かいってた?」
りおの一瞬の躊躇。
電話の向こうの梨月にはお見通しだ。
『山倉君ね?彼から連絡ない?…そっか、彼もりーちゃんが休みってこと知らないんだわ。彼ね、山倉君もね……』
病院から帰ると、れおは部屋着に着替えベッドに入った。
りおは朝とは違う味のお粥を作って、れおの部屋に運ぶ。
「ねぇ、れお」
「んー?」
「陸斗の家ってどこ?」
「あぁ、それなら…って、え?どうしたんだ、いきなり………うわっ!あっちーー!!」
れおは動揺してお粥をこぼしてしまった。
「何やってんのよ」
りおが呆れ顔で布巾を手渡す。
「と、とにかく、いきなりどした?」
「それが…」
真中家のベルが鳴る。
時計の針は午後四時を少し過ぎたところだった。「お待たせ、りーちゃん。いってらっしゃい!気をつけてね!」
「いってきます!れおのことよろしくね!」
扉を開けてりおが出ていく代わりに梨月が中へ入る。
梨月は優しい笑みで送り出し、れおの部屋に向かった。
「れー君、入るよー?」
「梨月だー!りおのヤツ、行った?」
「うん。やっぱり心配みたいね」
梨月はいってクスクス笑うとれおのベッドに腰掛ける。
「でも、りお大丈夫かな。道わかるかな」
「きっと大丈夫だよ。ちゃんと山倉君のところまで辿り着けるから」
梨月がそういうと、れおはプーッと頬を膨らませた。
「なんかこの頃、一段とりおが遠く感じる。陸斗のヤツにとられたみたいに」
「そうだね、少し寂しいね。でもやっぱり、いつだってりーちゃんは誰よりもれー君のそばにいてくれるよ」
困ったような笑顔から、りおとれおの二人を見守る優しい笑顔。
するとれおの表情もフッと優しくなった。
その頃、りおはれおの書いた地図を片手に走っていた。
もう片方の手には小さなクーラーボックス。
ずいぶん走って、やっとたどり着いたのは綺麗なマンションだった。
『すごい高級そうなマンション…』
オートロックのメインエントランスで部屋番号を入力すると、その奥でベルの音がする。
少ししてからガチャッという音がして、声がした。
『…はい…』
「陸斗?」
『…りお?お前、何で……れおのヤツか、教えたの』
「大丈夫なの?」
『待って、今開けるから…』
インターホンの向こうから聞こえる陸斗の声はいつもと少し違う。
直後、扉が開いた。
りおは陸斗の部屋まで行き、ドアの横についているベルを押す。
ゆっくり開いた扉の向こう側で、熱っぽそうな陸斗が出迎えた。
「……何できたんだよ」
「何でって…歩いて?」
「…そうじゃなくて」
「それより、風邪大丈夫なの?ゼリー作ってきたけど食べられる?ご飯はちゃんと食べた?」
りおは陸斗のおでこに手をあてる。
「熱い。れおと同じくらいかな」
「…あ?れおも風邪引いてんのかよ。…中…入るか?寒いだろ…」
寒そうなりおの格好を見て陸斗は少し迷ってからそういった。
「お邪魔しまーす」
陸斗の複雑な男心にりおが気付くわけもなく、りおは部屋に入る。
初めてきた陸斗の部屋は一人暮らしの男の子の部屋という感じではなかった。
「れおに見習わせたいくらい片付いてる」
りおはポツリといった。
片付いているというよりも、必要最低限のものしかないといった感じだった。
「…座ってろ。今茶入れるから」
「え、いいよ!熱あるんだから!それより、薬は飲んだの?」
陸斗は首を横に振る。
「え?!どうして?!」「…体ダルくて作るの面倒だったから」
「台所使っていい?」
「……別にかまわねーけど」
「じゃあ、呼ぶまで寝てなさい」
陸斗はいわれた通り、リビングのソファーの上で横になった。
「ちょっと、そんなとこで寝てたらヒドくなるよ?」
「りおが独りにならなくてすむなら、別にいい」
「陸斗…」
りおは優しく笑った。
陸斗なりの不器用な優しさ。
「…でも、ちゃんと何かかけてください」
「へいへい」
それからしばらくして、陸斗の意識は途絶えた。
目が覚めてみると、大きな窓から見える外は暗い。
いつの間にか部屋の灯りはついていて、暖かかった。
「…りお?」
「あ、大丈夫?もうちょっとでできるから。起きられる?」
陸斗はゆっくり起き上がり、ソファーに座る。
フッと目眩がして、陸斗は頭をおさえた。
「本当に大丈夫?」
りおは慌てて駆け寄ると、陸斗を支える。
自分を支えるその手を陸斗は握る。
「…りおの手、あったけーな」
「心が冷たいから…かもね」
「何バカいってんだ。れおがいってたぞ。りおは幼児体質だから、日頃からあったかいって」
「……れおってば風邪じゃなかったら、ぶんなぐってるわ。って、れおのことはおいといて、お粥作ったから少しだけでも食べて、薬飲みなよ」
りおにいわれた通り、陸斗はりおの作ったお粥を口に運ぶ。
「あちっ」
いつもと比べればずいぶんスローペースだが、それでも陸斗は一口ずつ食べる。
その姿をりおは優しい表情で見つめた。
「…お前、今日学校いったんか?」
「いってないよ。れお一人じゃ何もできないから、私も一緒に休んだよ。陸斗のことは梨月が教えてくれたの」
「なるほどな。って、れおの方は平気なのかよ。俺よりもあいつの方がヤバいだろ。昔っからりおがいなきゃ、何もできねーから、今頃……」
ブツブツ呟きながら陸斗はお粥を食べる。
りおはそんな陸斗の言葉に、少しだけムッとした。
「れおは平気です。梨月に来てもらったから。平気じゃないのは陸斗の方じゃない。人のことばかり気にかけて、自分のことは後回しで…」
陸斗は顔を上げて焦った。
りおの今にも泣きそうな表情が飛び込んでくる。
「りお?」
「私でも少しくらい、ご飯作るくらいしかできないけど、陸斗の力になれるよ。私だって陸斗が辛いとき支えてあげたい。いつも陸斗がしてくれるように…」
陸斗は手にしていたスプーンを置く。
バツが悪そうな、少し戸惑った顔でりおの瞳にたまる涙を指で拭った。
「ごめん…」
「何で謝るの?」
「……俺、言い方悪いから。素直じゃねーし。だから、…本当は…期待してた…のかもしれねーな」
「…?」
「…だから…つまり……りおが…来てくれて嬉しいんだ…。…なんか余計に熱上がった……」
確かに陸斗の手は熱かった。
「私、陸斗の力になれてる?」
「そんなこと今更だな」
陸斗はクスッと笑うと、再びスプーンを手にお粥を食べた。
『本当に今更だよ。俺はずっと小さい頃からお前に支えられてた。ホント、感謝してるよ』
二人は互いの顔を見て微笑んだ。
優しく優しく、その気持ちを何と呼ぶべきか、二人はまだ知らない。
陸斗はお粥を食べて、やっと薬を飲んだ。
「私そろそろ帰るね。ゼリー置いていくからよかったら食べて?」
「送ってく」
「何いってんの。そんなことして風邪ひどくなったらどうすんのよ。少し熱も下がってきてるんだし」
「俺の風邪はどうでもいい。俺はりおが心配なんだ。もう暗いし、時間も遅い。何かあったら困るだろ」
玄関先でいい合う二人は互いに一歩も引かない。
しばらくいい争ってから、りおはため息をついた。
「心配してくれてありがとう、陸斗。でも大丈夫よ。私は陸斗が早く風邪を治してくれない方が困るよ。早く学校に来てくれないと」
「え?」
「だって、守ってくれるんでしょ?だから、今日はもう寝なさい」
まるで子供を諭す母親のようにりおはいう。
「じゃあね、陸斗」
小さく手を振ってりおは陸斗の部屋を出る。
「りお!」
「…?」
「家に着いたら、絶対連絡してくれ。それだけは約束しろ」
真っ直ぐにりおを見つめ陸斗がいう。
「うん、約束ね」
りおの姿が見えなくなるまで、陸斗は外で見送っていた。
「ったく、俺の気持ちをわかっちゃいねぇ」
家の中に入って、りおからの電話を待つ。
りおが陸斗の家を出てから、ずいぶんたって電話が鳴った。
急いで出てみれば、受話器の向こうからりおの声がする。
『やっぱりまだ起きてた。早く寝なよね?れおはもう寝たよ?』
陸斗は素直に従った。
『月曜日にはちゃんと学園に行かなきゃな』
そんな風に考えながら陸斗は微笑んでいた。