October:PART3
生徒達は校庭に集められ、クラスごとに点呼をとった。
午後六時、ランタンをかぶった先生達が学園内に散らばる。
その中にはダミーも混じっている。
これから二時間で先生達からの暗号を解かなければいけない。
それと同時進行で仮装大会の投票も行われる。
「なんか、梨月とれおが優勝しそう」
「確かに。しっかし、あの白猫目立つな」
陸斗はクスクス笑った。
そんな陸斗の横でりおも静かに笑う。
「あいつら、端から見たら本当にカップルみたいだよなぁ」
れおが少し離れた場所で二人を見ていった。
「れー君…、あの二人に早く知らせなきゃ……」
「何を?」
不安そうにした梨月がスッと指を差した。
その先をれおは見る。
「…ヤベー…」
れおは梨月の手をとるとりおと陸斗のもとへ走り出した。
しかし、ちょうど二人は人ごみに紛れてしまう。
『ちっ、りおに天使の格好させておくべきだった。一度紛れると、どこにいったかわかんねー。……りお!』
れおの不安はつのるばかりだ。
梨月が見たのは、数人の女子のかたまり。
以前の肝試しの際、りおの下駄に細工をしたと思われるグループだ。
陸斗とりおの仲を疎ましく思い、りおにちょっかいを出している。
れおも、陸斗からその話を聞いて密かに目をつけていた。
人混みに消えてしまったりおと陸斗を、れおと梨月はひたすら探した。
「りお、飲み物買ってくるから、そこで待ってろ」
「うん、ありがと」
時計塔の下、りおは陸斗を待つ。
すると、女子数人がりおを取り囲むように立った。
「真中さん、ちょっといい?」
『この子達、確かあの時の……。そっか、私が陸斗といるのが気にくわないんだよね…。陸斗が傷付くようなことはやめてほしいなぁ』
そんなことを思いながら、りおは笑う。
「…どうしたの?何かあった?」
「実は、衣装破けちゃって、直してほしいんだぁ。ちょっと来てもらっていい?」
りおは一瞬考えてから答えた。
「いいよ!」
「マジで?ありがとー!じゃあ、こっち来てー!」
りおは女子のあとを歩きながら、一度振り返って時計塔を見る。
『きっと、陸斗なら大丈夫だよね。きっと……』
陸斗が戻ってきたのはりおがその場を離れたすぐ後だった。
「りお…?…まさか…」
「れー君!山倉君です!」
梨月の声に陸斗も反応する。
「陸斗!」
れおがそれに続いて陸斗に駆け寄った。
「りおは一緒か?!」
「…やっぱり…!」
陸斗は唇を噛んで、飲み物をれおに投げつけると走り出した。
「お、おい!やっぱりって、テメー、まさか!」
「れー君!とにかくりーちゃんを探さなきゃ!」
「そうだ、りお!陸斗、俺達も一緒に…って、もういねーし!!あー、もう!昔っからりおのことになると、周りが見えなくなるんだ、あいつは!」
『それはれー君も同じ…』
梨月はそう思ってクスッと笑った。
れおと梨月も陸斗のあとを追った。
その頃、りおはというと、ありがちな校舎裏にいた。
「………」
「っていうかさ、真中さんて色々いうこと聞きすぎじゃない?」
「ハハハ…」
りおは笑うしかなかった。
「単刀直入に聞くけどさ、山倉君と付き合ってんの?」
『うっわー、本当に単刀直入だ。…陸斗…今頃どうしてるかな』
作り笑いをしながら陸斗のことを考える。
そしてスッと瞳を閉じ、再び開けた時、りおは真っ直ぐに相手を見返し毅然とした態度をみせる。
「付き合ってなんかないから、安心して。それと、陸……山倉君のことが本当に好きなら、私なんかにちょっかい出してないで、彼だけを見ていなきゃダメだよ。このままじゃ、山倉君があなた達を誤解したまま、取り返しのつかないことになる…」
そういったりおの表情は、どこか諦めたような切ないものだった。
自分の言葉をりお自身が誰よりも噛み締めていたのかもしれない。
「何それ。つまり『私に関わんな』ってこと?」「そうじゃない。私はただみんなの気持ちを…」
「はっきりいってウザいんだよ!」
りおといい合っていた一人がりおを突き飛ばす。
りおの体は背後にあった壁に叩きつけられた。
『っつ!……やば、背中思い切り打った……。でも…』
りおは激痛の走る背中を壁から離し、突き飛ばした女子を見据える。
「私に何をしても、私は何も思わない。でもあなた達の印象が悪くなっちゃうよ。……とりあえず私もう行くから。これ以上山倉君を待たせると、言い訳もできなくなる。あなた達のことがバレるから」
「はぁ?どうせバラすんでしょ?っていうかいっそのことバラせばいいんだよ!」
「…私は絶対にいわないよ。山倉君を好きだっていえるみんなの気持ちを信じるから」
りおは最後に笑って、歩き出す。
「ちょっと待ちなさいよ!」
一人がりおの肩をつかんだ。
再び激痛が走り、りおは一瞬顔を歪めた。
そして、その時りおの首にフードのようにかかっていた赤ずきんがハラリと地面に落ちる。
「…離して。これ以上遅くなると、本当に言い訳がたたなくなる」
いい合っていた女子が小さく頷き、りおはやっと解放された。
地面に落ちたままのずきんをりおは拾うことなく歩き出す。
正直、しゃがんで取ることも辛いほど背中が痛む。
それに一刻も早く陸斗の所に帰らなければ……。
「ったく、りおのやつ、どこ行ったんだよ」
「りお…」
時計塔の下に戻ってきたれおと陸斗は心配顔でいう。
『…あれ?あの人達…』
梨月は人混みの中、りおがついて行った女子達を見つけた。
その中にりおがいないことを確認すると、一人の手に赤い布があることに気付き、そのまま目で追う。
すると、梨月の目に映っていた赤い布がゴミ箱へと消えていった。
その時だ。
「「りお!!」」
陸斗とれおが叫んだ。
『りーちゃん、もしかして…』
梨月は歩いて戻ってきたりおの表情を見て、何があったのか悟った。
「りお!」
「陸斗、ごめんね!」
「…え?」
「急にいなくなって!“他のクラス”の友達の帽子が風に飛ばされちゃって、それ追いかけちゃって…。本当にごめんなさい!」
りおはいって頭をさげる。
陸斗とれおは顔を見合わせた。
「りーちゃんは困ってる人を見ると放っておけないものね」
「ついつい」
梨月がいって笑うと、りおも情けなく笑った。
「りお、お前ずきんは?」
れおがりおの首にずきんがかかっていないことに気付いた。
「え?あれ?どうしたっけ…」
「りーちゃん、もしかしてお友達の追いかけて、自分の落としちゃった?」
「…そうかも、結構走ったし…」
りおは精一杯の“フリ”をした。
そして梨月もまた、りおのフリに合わせた。
「ごめんね、心配かけて」
「もういいよ。けど、気をつけろよ?例の女子達、りおのこと狙ってるから」
「うん、わかってるよ」
りおの頭を撫でながられおは一安心だ。
「りお……」
「どうしたの、陸斗。あ、まさか、陸斗また一人で何か考え込んでるでしょ?」
りおが戻ってきたというのに、いまだに不安が消えない陸斗はりおを一人にしたことを後悔していた。
「ねぇ、陸斗。陸斗は何も悪くないよ?待ってるっていったのに動いた私がいけないんだよ。だから、陸斗、気にしないでよ」
りおはそういって微笑んで、陸斗の手をとる。
そんなりおに、陸斗の心は少しずつ軽くなった。
「おら!陸斗!りおも帰ってきたんだ!そろそろ優秀者の発表だしイベント会場に行くぞ!」
「行こ!りーちゃん、山倉君!」
「ほら、陸斗!」
「……あぁ」
四人はイベント会場へ歩き出した。
「りーちゃん」
前を歩く陸斗とれおには聞こえないように、梨月が小さくいう。
「怪我はない?大丈夫?」
「……やっぱり、梨月にはバレちゃったか。たぶん平気。背中打って、まだ痛むけどすぐ治ると思う。あの二人には内緒にして…?」
「…わかった。でも今回だけだよ?この先、こんなことがあったら、ちゃんというから。でも帰ったら、一応念の為背中みせてもらうからね?」
「うん、ありがとう、梨月」
りおと梨月は互いに微笑んだ。
イベント会場にはすでにほとんどの生徒が集まっていた。
八時ぴったりに司会の先生が出てくる。
「俺はりおと陸斗のペアに投票したからな!」
「投票すんなよ、あほぅが」
「んだと!」
「私は梨月に入れたよ。本当に目立ってたしね」
「あはは」
梨月が困ったように笑った。
その直後だ。
「えーと、優勝はダントツで、白黒の猫の仮装をした、一年E組の真中れお・川端梨月ペアです!二人はステージに上がってきてくださーい!!」
拍手が鳴り響きれおと梨月がステージに導かれる。
「……マジ?」
「やっぱり…」
「よっしゃ!賞品ゲットだ!行こう、梨月!」
「れ、れー君!」
れおに手を引かれて梨月はステージに向かう。
ステージ上、梨月が恥ずかしさで顔をあげられないでいるその横で、れおは満面の笑みで賞品をもらっている。
「まったく、れおってば。梨月が可哀想だわ」
りおがため息混じりに二人を見ていう。
「……りお……」
「ん?」
「約束してくれ。この先、もし何か起きた時、必ず俺にいってくれ。俺は……」
いいかけてやめた陸斗を見て、りおはそっと陸斗の手を握る。
「約束するよ。“この先”何かあったら必ず陸斗にいう。守ってくれるんでしょ?」
陸斗はりおの手を強く握り返した。
「あぁ、守ってみせる…」
後期最初の月、十月が終わった。