April:PART1
「えー、それではみなさん。これから始まる新しい学園生活を楽しんでください」
『高等部生徒会長からでした。続きまして新入生代表の言葉、一年C組真中りおさん』
一人の少女が壇上に上がる。
「桜の咲く季節がやって来ました。私達は今日、この架音学園に入学します。……――」
どの時代、どの学校でも入学式というものは長い。
特に校長の話は、眠るなという方が無理な話なのかもしれない。
どうでもいいような話をちんたらと、眠気を誘うような口調で語られれば、それはもう子守歌だ。
やっとの思いで入学式を切り抜けた新入生は足早に自分の教室に戻っていく。
「そもそも、入学式なんていらねーんだよ!どーせメンバー変わんねーんだしよ」
廊下を歩く七、八人の男女のグループの真ん中で一人の少年がダルそうにいった。
「真中、もろに寝てたもんな」
「俺マジ焦ったし!隣で寝息たててるし、先生達かなり睨んでたぜ?」
「いつものことじゃんね、真中君は!」
「そうそう、今更先生達が何いっても遅いよー!」
少年を取り巻く連中が口々にいう。
そんな中、大笑いしながら歩くこの集団に一人の少女が近付く。
そして、どうどうとその集団に割って入ると、中心にいた少年を持っていたファイルでパコンと叩いた。
「いってぇ!」
「もう!入学式の時、思いっきり眠りこくってたでしょ!私が先生に呼ばれたじゃない!」
そういって怒る少女と叩かれた頭をさする少年。
二人は瞳の色、髪の色、顔の輪郭から位置までそっくりだ。
双子の妹真中りおと兄真中れお。
男女の双子ではあるものの、それでもそっくりだ。
「りおちゃん入学式で挨拶してたねー」
「真中さんは頭いいもんな。それに色々やってるし」
れおを取り巻いていた連中はりおにいった。
「別にそんな良いわけじゃないよ」
苦笑いで答えるりおをれおは横目で見つめる。
「いや、真中さんはれおとは正反対だよ。れお、バカだし」
「テメーら、うっせーぞ」
ボロクソにいわれ反論するれおにりおは呆れ顔で歩き出した。
外見はそっくりでも学校での性格はまるで真逆の二人。
「「………あ」」
「「何組だった?」」
二人同時にいう。
「さすが双子!息ぴったり!」
周りがうるさいため、れおはりおに小走りで近付く。
「俺、E組だった。りおは?」
「私はC組…って入学式でも呼ばれてたのに。それで、帰りどうする?」
「いいよ、俺が迎えに行くから待ってて」
りおはそれを聞いて再び歩き出した。
その後ろ姿を見送ってかられおは仲間とともに教室へ入っていった。
りおのクラス、C組。
りおは教室に入るなり、そこに漂う不思議な空気に違和感を覚えた。
入学初日にしては教室内が静かすぎる。
「りおちゃん!」
りおの姿を確認して、数人の女子が駆け寄ってきた。
「どうしたの?」
「実は……」
一人の女子が耳打ちする。
「……というわけなの」
「どこにいるの?」
りおはキョロキョロと教室の中を見渡した。
「あそこ、窓側の一番後ろの席」
『窓側の一番後ろ?……あ、いた』
りおは少しだけ考えてから、優しく笑っていう。「私が隣に座るよ」
「ホント?!みんなー!りおちゃんが引き受けてくれるって!」
その声に教室内が一気に明るくなった。
それをみてりおは苦笑していた。
『一匹狼……ねぇ。まぁ、私はどうも思ってないし、みんながいいならそれでいいや』
窓側から一つ目の一番後ろでたった一つ空いた席。
そこがりおの席になった。
その隣、窓に一番近い席には一人の少年が座っている。
ネクタイはかなりゆるみ、ワイシャツの第二ボタンまではずれている。
そこから見える首もとには窓から差し込む光を受けて輝くペンダントがかかっている。
通称『一匹狼』。
誰ともつるまず、話そうともしない。
そのためか、色々と噂され、余計に誰も近付かなくなってしまったようだった。
見た目的というよりも、彼のかもし出す雰囲気が誰も寄せ付けないことも事実ではある。
「笑ったらけっこうイケるのに…」
いつだったかそんな事を話している女子がいたのを、りおは頭の片隅で覚えていた。
ようするに、笑いさえすれば女子の大半は『かっこいい』と認める容姿だった。
ただ無愛想なだけなのかもひれないが…。
とにかくりおはそんな少年の隣の席に座った。
ふと横を見ると携帯をいじりながらつまらなさそうにしている。
『……この人昔どこかで会ったこと……。昔の記憶が曖昧で思い出せない』
りおはそんなことを思いながら、小さくため息をついた。
「嫌なら引き受けなけりゃいいんじゃん?」
「え?」
それは確かに隣から聞こえた。
「はい、席つけよー!」
聞き返す間もなく担任が入ってきた。
担任の言葉に生徒達はバラバラと適当な席に着席する。
基本的に架音学園は『自由』なことが多い。
教室の席もそう。
誰がどこに座ろうと関係ない。
だからこその問題も生じているが……。
とにかく、やっとこの一年C組が始まるのだ。
「それじゃあ、自己紹介から!まぁ、中学からメンバー変わってないが一応な!」
そういうと、廊下側から順番に自己紹介が始まった。
『…最後の方だね。早く終わらないかなぁ』
りおは窓の外に目をやる。
青空に桜が舞っていた。
まるで、雪のようにヒラリフワリと降る。
と、視界に隣の少年が入る。
気怠そうにダラリと足を机から投げ出している。
『…何となくれおに似てるかも…』
「…次あんただぞ」
「…え?」
いつの間にか自己紹介はりおまで回っていた。
「あ、真中りおです」
慌てて立ち上がり、一礼すると再び席に着く。
それからさらに自己紹介は進み、隣の少年の番になった。
「……山倉陸斗」
座ったまま自分の名前をいって終わりだ。
「よーし、じゃあ三十分自由にして、その後、係とか委員会決めるからなー!ある程度考えておけよー!」
いって担任は教室から出て行った。
生徒達は教室内をたち歩く者や他のクラスへ遊びに行く者、様々だが、そんな中りおは特に何をするわけでもなくただ席に座っていた。
「真中ー!ちょっとー!」
廊下から担任がりおを呼んでいる。
「はーい」
「………」
素直に先生の所へ行くりおを山倉陸斗は静かに見ていた。
「何でしょうか」
りおは穏やかに笑っていう。
すると担任は手を合わせていった。
「真中、クラス委員頼まれてくれないか?」
「え…」
「いや、他のヤツだとやってくれなさそうだからさ。行事の責任者の役割も兼ねてるから一番大変な委員なんだけどな」
担任はヘラヘラと笑っている。
予測はできていた。
何かしらやらされるだろうと。
「パートナーの男子はお前が選んでいいからさ、頼む!!」
「あ、あの、私は構いませんが、パートナーを選んでいいっていわれても………」
りおは結局引き受けてしまった。
もともと頼まれ事を断れない性格だ。
それを知ってか知らずか、周囲は色々と頼ってくる。
「引き受けてくれるか!パートナーはそうだなぁー」
担任は教室内に目を向ける。
「………俺やりますよ。クラス委員、真中となら」
そういって現れたのは陸斗だった。
「珍しいな、山倉。まぁ真中が一緒だからいいか。じゃあ二人とも頼むな。俺プリント取ってくるから、間に合わなかったらテキトーに進めといてくれ」
担任は嬉しそうに去っていった。
『結局パートナー先生が決めてるし…。……またやっちゃった、断ればよかったのに……』
りおは担任を見送り小さく笑みをこぼした。
「…オイ」
「…え?あ、はい」
「嫌なら引き受けるな。何でもかんでも引き受けるから、周囲の連中も調子に乗るんだよ」
陸斗だ。
扉に寄りかかりながらそういった。
「…別に私は嫌なんて思ってないよー」
陸斗の言葉に驚きつつ、笑顔をつくって返す。
「……その話方も作ってんだろ。ていうかさ、疲れねーの?作り笑顔とか」
「………何でそんなこと…いうの?」
陸斗の言葉にりおは動揺していた。
「…さぁな。まぁ、そのうち教えてやるよ。んじゃ、つーわけで一年間よろしく」
ポンッと陸斗はりおの頭をたたいて、教室に入っていった。
その後ろ姿をりおはただ見つめることしかできなかった。
それから、自由時間が終わっても担任は姿を見せず、やっと帰ってきた頃にはりおの司会で話は進み、ほぼ全ての係、委員が決まっていた。
陸斗はというと、その間りおのそばで黒板によりかかって見ているだけ。
りおからすれば、何がしたいのかわからない。
陸斗の言動に振り回されている気がしてならなかった。
『…ったく、何なのさ』
入学式のこの日、りおにとっても陸斗にとっても何かが動き出した。
自分が変わるための何かをお互いが持っていたのかもしれない。