October:PART2
「ねぇねぇ、これでどうかな。れお用の耳」
自分の掌にある黒い猫の耳をりおは見せる。
「いいんじゃねーか?あとは実際にれおのやつに着けさせて微調整…って、りお。お前、何する気だよ」
ジィッと見つめるりおの目を見て陸斗は嫌な予感がしていた。
そして案の定、その予感は的中する。
「試しに陸斗着けてみてくれないかなぁ…なんて。ダメ?」
「“ダメ?”ってお前…。俺にこの耳つけろってか」
「あ、しっぽもできてるから、一緒につける?」
「そうじゃねーだろ」
呆れ顔の陸斗。
しかしりおの頼みを陸斗が断れるわけもなく、数分後にはりおの手よって耳がつけられた。
「……」
「……確認できたなら、早くはずしてくれ。恥ずかしさ通り越して情けなくなってくる」
陸斗はその言葉のままの気持ちでいっぱいだった。
そして頬は赤くなる。
「…陸斗」
「何だよ。どうせ似合わねー…っていうか似合いたくもねーけど」
「そんなことないよ。陸斗はニャンコでもいけるかも」
「あぁ?!」
「なんていうかね?意外な一面?っていうか、陸斗、可愛いよ!」
りおは嬉しそうに笑った。
笑ってくれることは陸斗にとって嬉しいこと。
『って違うだろ!いや、笑ってくれんのはいいけど、笑いの素がこの格好ってのはよくねーだろ!』
声にならない叫びが陸斗の中にこだまする。
その時だ。
「たっだいまー!」
ガチャッと大きな音をたててれおが帰ってきた。
「………うわー」
「あ、おかえり、れお」
「げっ」
れおの視線は陸斗をとらえる。
陸斗はできる限りその視線と合わせないように顔をそらした。
「へぇ、陸斗は猫でもいけるかも」
れおはニヤリと意味あり気に笑ってみせた。
「…なんでこういう時だけ、同じこというかな、お前ら」
陸斗の顔はひきつったまま戻らない。
そんな陸斗を尻目にれおはピンときた。
「りおー」
「ん?何?」
「りお、天使いやー?」
「天使は嫌いじゃないけど、あの衣装は嫌。真っ白で目立つし、スカート短いし、羽とか動くのに邪魔だし、それから…」
れおの問に次から次へと、りおは問題点をあげていく。
「じゃあさ、赤ずきんとかどぉ?」
「赤ずきんって、あの童話の?」
「お、おい、れお。お前まさか…」
りおに猫耳をはずしてもらっていた陸斗が慌ててれおを見た。
れおはイタズラに笑い返す。
「もうバレちったか」
「ったりめーだ。俺はぜってー嫌だからな」
「ねー、何の話?」
二人の会話についていけずに、りおは聞く。
「りおに問題です!」
「え、いきなり何?」
れおは人差し指をたてて、りおにいった。
「赤ずきんを食べようと狙っている悪者は誰でしょう!」
「……狼?」
「正解!架音学園で狼といえば?」
「……陸斗のこと?」
「大正解!」
「……あぁ!それぴったり!でも、陸斗は嫌っていってるじゃん」
りおは陸斗を見る。
猫耳云々に対するれおの言葉に陸斗はそっぽを向いてしまっていた。
『陸斗が嫌がるものは、やりたくないもん』
「りお!」
「?」
「とりあえず、そのことは話し合うとして、お茶いれてほしいな!」
「あー、はいはい。陸斗」
「……?」
「陸斗もお茶飲む?」
「あぁ」
りおは笑顔で応えて、お茶の準備をしにキッチンへ姿を消した。
残されたれおと陸斗の間には、なんとも微妙な空気が流れる。
「なぁ、陸斗」
「…何だよ」
「いいじゃんか、狼。ぴったりじゃん。何が嫌なんだよ」
「あのなぁ」
陸斗が呆れてれおを見た。
「…あぁ!そうか!」
するとれおが一人で勝手に納得して叫んだ。
「陸斗が嫌なわけ、わかった!」
「………」
「りおが赤ずきんで陸斗が狼になったらさ、童話のまんまじゃん。赤ずきんを狙う悪い狼!りおを狙う陸斗!うっわ、まさに同じシチュエーションじゃん!けど、俺はそんな簡単には認めねーからな!」
話の主旨が思い切り変わっている。
そして、そのれおの言葉に陸斗がキレたのはいうまでもない。
「テメー、いっぺんそのバカ口閉じろや。しまいにゃ、本気で殴り飛ばすぞ」
口調は思いの外、冷静。
しかしその表情には怒りの感情が染み出ていた。
「いや、だからさ、りお天使の格好嫌がってたじゃん?」
「そりゃー、テメーのあのデザイン見れば嫌がって当たり前だ」
「まぁ、だから、りおを助けると思ってさ!いいじゃん、狼!」
れおがポンポンと肩を叩く。
「それに、お前“一匹狼”って呼ばれてんだ。誰も不思議には思わねーだろ」
「………」
少しだけ納得できたような、できないような、複雑な心境で陸斗は考えた。
確かにりおに無理をいってれおのデザインした天使の格好をさせるのは気が引けた。
気が引けるというよりも、その格好をさせたくない。
「…一匹狼…か」
「ちょっと、誰が一匹狼なのよ」
無意識につぶやいた陸斗の声に、りおがいった。
「りお…」
「陸斗、もう…っていうかずっと一匹なんかじゃないじゃない。れおがいたじゃない」
りおがカップを配りながらいう。
そんなりおに少しだけ陸斗は驚いた。
「…そう…だな。れおはともかく、りおがいる。もう独りじゃない」
陸斗がフッと優しい表情になる。
それに応えるようにりおも笑った。
「まぁ、時間はまだあるから、ゆっくり話し合って二人の衣装は決めよーぜ!」
せっかくの雰囲気をれおは一発で崩す。
りおと陸斗は顔を見合わせてため息をついた。
「さんざん、れおがうだうだいったんじゃない。まったく」
「そーだっけ?」
悪びれた様子もないれおにりおが困ったように笑いかける。
それを見ながら、陸斗は決めた。
「……りお、俺達の衣装さ、“あっち”にしよう」
「…え?」
そして四人全員の衣装が出来上がったのはハロウィンの前日だった。
ハロウィン当日、午後の授業がなくなり、仮装大会の準備だ。
生徒達は一度自宅に帰り衣装に着替えて再び学園に集合することになっている。
りお達四人は真中家で支度をする。
「りーちゃん、可愛いね!」
「そんなことないよ。私よりも梨月の方が断然可愛いよ。っていうか、本当に気をつけてね?男どもが黙ってるとは思えないから。れお、ちゃんと守りなさいよね」
「もっちろん。指一本触れさせやしません!」
準備の整った黒猫のれおと白猫の梨月。
そしてりおと陸斗はというと、最後の仕上げをしにりおが一度陸斗のもとに姿を消し陸斗の準備が整うと、二人して部屋から出てきた。
「わー!山倉君似合ってます!」
梨月が声をあげた。
そんな梨月にりおは笑う。
「先に靴用意してきちゃうね」
りおはいって玄関の方へいってしまった。
「似合ってるっていわれてもなぁ。あんま嬉しくねーな」
残された陸斗は自分の衣装を見ていう。
「あららー?陸斗君は自分でそっちを選んだんだよねぇ。なんなら俺のに着替えるかい?」
「テメー、喧嘩売ってんだろ」
陸斗はれおの胸ぐらをつかんで小さな声でいった。
「俺はテメーと違って、大事な女を“あんな格好”にはさせねーよ」
「それは、守る自信がねーからだろ?」
「んなっ?!」
「図星だな。俺と梨月は相思相愛、両想い。俺は梨月の可愛さを知らねーやつらにわからせてやるだけだ。その上で、寄ってきたヤツらはギッタギタにして追い返してやる。俺は、これからずっと先まで守りきる自信があるからな」
れおが珍しく真剣な顔でいった。
陸斗は自然にれおをつかんでいた手を緩めた。
「そろそろいかないと、遅刻だよー!」
玄関からりおが三人を呼ぶ。
「はいよ!」
れおはそれに答え、首につけた鈴を鳴らして行ってしまった。
「………」
陸斗は視線を落とした。
目の前が真っ暗になる。
以前も陥ったあの感覚が蘇ってくる。
『俺は…りおを守りたい。何よりも、誰よりも大切な人だから。でも、俺にはれおのようにいいきれない…。……余計なことを考えるのはやめよう。心が弱くなる一方だ…』
「山倉君、りーちゃんが呼んでます。大丈夫ですか?我を失っていましたか?」
梨月が優しく笑っていった。
「……何でもない」
「れー君はあんな風にいってましたけど、山倉君はいつもりーちゃんを守ってるじゃないですか。周囲に惑わされちゃダメですよ。山倉君がりーちゃんをとても大切に想っている。自分のその想いを信じてあげてください。誰よりもりーちゃんを大事に想うのは自分だと」
れおとりおを理解した上で、陸斗のことも理解しようとする梨月。
りおとは違う梨月の優しさが陸斗の頑なな心をほぐしていく。
「大丈夫。あなたは強い方ですから」
そういって、クルリと向きを変え、梨月も玄関へと向かった。
その時、リンッとしっぽについた鈴が鳴る。
『信じる…か。そうだよな…。俺の想いはいつだって変わらない。……俺はあいつが…好きだ』
陸斗は自分の心にいいきかせ、玄関へ歩き出す。
玄関へ行くとれおと梨月はすでに外に出ていた。
「どうしたの?ほら、陸斗行こう!」
そして笑顔のりおが待っていた。
「…待たせて悪い。…行こう、りお」
陸斗はそっとりおの手をとった。
それから四人は学園に向かう。
その途中、何人も仮装した生徒を見かけた。
魔女やミイラ男、その他もろもろ。
仮装は様々だが、共通して黒や紫を基調とした闇に馴染むものが多い。
その中で梨月の白猫は目立っていた。
そして、りおの格好も目を引くものだった。
「りおちゃーん!」
学園内に入るとクラスメートの一人がりおを見つけてよってきた。
その子は妖精のようなヒラヒラした衣装をまとっている。
「りおちゃんて、誰とペアだっけ!私のパートナーね、私と同じ格好してるんだよ!」
「え?!男の子も同じなの?!それは色んな意味で目立つ…」
「そりゃー、目立たなきゃ!賞品ちょー豪華だもん!りおちゃんの衣装ってもしかして……」
その子はりおの後ろにいる陸斗を見てピンとくる。
「なるほど!赤ずきんちゃんね!山倉君、意外に似合ってるね!」
最後の方はりおの耳元で囁き、その子は去っていった。
結局、りおと陸斗の衣装は赤ずきんと狼になったのだった。