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October:PART1

開け放した窓から入る風はもうすっかり秋だった。

桜の木の葉も少しずつ色付き舞い始める。

十月、後期が始まって最初の行事はハロウィンの仮装大会だ。

学園関係者全員が何かに仮装して楽しむ。

ランタンに化けた数人の先生を探し出し、暗号を聞き、それをすべて解くと賞品がもらえたりする。

だがハロウィンの仮装大会で一番盛り上がるのはその名の通り仮装だ。

衣装は各自で作るなり購入するなりで揃え、イベント当日、先生、生徒問わず一番目立ったペアに票を入れ、優勝者を決める。

こちらの優勝賞品はかなり豪華なものが毎年用意されている。

ハロウィンの二週間程前、真中家では四人分の衣装作成にかかっていた。

デザインしたのはれお。

放課後、りおは陸斗と、れおは梨月とそれぞれ真中家に帰ってきた。

テーブルに出されたデザイン画を最初に見たのは陸斗だった。

「………」

「どうだ!すごいだろ!」

得意気にれおはいった。

「お前、これりおに見せたのか?」

「これから見せる!」

「…ハァー」

りおと梨月がお茶の準備をしている間、陸斗はそのデザイン画を見るたびため息をつく。

「お待たせー」

りおのいれた紅茶とりおの作ったケーキが並べられる。

そして、れおの隣に梨月が、陸斗の隣にりおが座った。

「というわけで、今日集まってもらったのは、俺の考えたデザインを発表するためなのだ!」

「え、れおが考えたの?」

不安そうにりおが聞き返す。

「りお、あんまり期待すんなよ」

「大丈夫。期待なんて最初からしてないから」

陸斗とりおがボソッといったことに対して、れおは自信たっぷりに一人一人の前に一枚ずつ紙を配った。

その紙を受け取って見る。

『りお用衣装』と紙の一番下に書かれていた。

目線を上にスライドさせる。

と、りおの表情が一瞬固まった。

「り、りーちゃん、れー君も一応一生懸命考えたの」

梨月がれおをフォローするようにいった。

「どうだ?可愛いだろ!あ、その衣装の絵は梨月におこしてもらったんだ!」

「……ねぇ、れお?」

「ん?どした?」

「……本当に私がこれを着るの?」

「うん!」

れおが満面の笑みで答えるのに対し、りおの中で何かがキレたのを陸斗は感じていた。

「…私がこんな目立つ格好すると思ってるわけ?!そりゃ、デザインっていうか、梨月の絵はすごく可愛いよ!でも私にこれは合わない!」

りおはそういってれおにデザイン画を突っ返した。

『そりゃ、怒るって。ハロウィンの仮装にしちゃ、目立ちすぎる格好だしな』

テーブルに置かれたりお用の紙を見る。

そこに描かれた衣装。

ハロウィンには不釣り合いな真っ白な翼を背に持つ聖なる天の使い。

「えー!いいじゃん!どうせ陸斗とペア組むんだろ?それならピッタリだよ!」

れおはどうにもりおにその格好をしてほしいらしい。

「そういえば、陸斗や梨月はどんなの?」

「これだよ」

陸斗はだるそうにりおに紙を手渡した。

「私はこれですよ」

梨月も差し出す。

「ちなみに俺はこれな!」

れおも一緒になって渡すが、りおはそれをひと睨みする。

「…陸斗は悪魔かぁ。うん、きっと似合うと思う。また女の子がキャーキャーいいそう。梨月のは?…………れお、あんた自分の彼女を恥曝しにするつもり?」

「えー?梨月はそっちの方がいいと思ったんだけどなぁ。ほら、梨月もりおも黒ってあんまイメージじゃないじゃん?」

「……これはイメージ云々の問題じゃないし。梨月にこんな格好させたらすぐに男の子がよってくると思うけど」

「梨月は俺が守るよ」

れおが真剣な顔で梨月にそういった。

「梨月、何かあったらすぐ私のところにくるんだよ?私が梨月を守るから」

「そんで、俺がりおを守ると。うん、悪くねーな」

「りーちゃん、そんな男の子はよってこないと思うよ?」

りおと陸斗だけではなく梨月までもがれおの言葉を無視していた。

「俺だけのけものかよ!ひどいよ、頑張って考えたのに…」

本気でしょんぼりするれおを見て、梨月は優しくなだめ始める。

りおと陸斗はれおの紙に手をのばした。

それを見てりおはピンときた。

「ねぇ、れお。私こっちがいい」

「どれ?!」

「これ」

りおがいうのはれお用の衣装だった。

そこには黒猫をモチーフにした衣装が描かれている。

梨月とは色違いの衣装。

その梨月の衣装は白猫だ。

デザイン画は可愛らしいミニスカートの白猫。

それとペアの黒猫はもちろんズボンだ。

「え、ちょっと待って!もし仮にりおが黒猫なら俺はどうすんの?!」

りおの提案を頭の中で絵にしてみたれおがいった。

自分の衣装がない。

「決まってるじゃん。私用の衣装をれおが着て、陸斗とセット」

「んな?!」

「おい、りお。こんなやつとセットはごめんだぞ」

「俺だってごめんだ!つーか、りおは可愛いんだから衣装だって絶対似合うって!ねっ?!」

「ねっていっても、私無理だよ。こんな目立つの。だいたいもっと目立たない魔女とかの方が…」

りおがいいかけると、ちょうど家のベルが鳴った。

誰かが来たようだ。

「誰だろ」

「あ!俺が出るからりおは座ってろ!」

りおが立ち上がるよりも先にれおが飛び出していた。

りおは渋々デザインの紙を見る。

れおの黒猫と梨月の白猫。

陸斗の悪魔とりおの天使。

「よりによって天使だなんて。私のイメージじゃないじゃん。天使っていうのは、もっとこう優しくてほんわかしてて、っていうか梨月の方がぴったりじゃん」

「そんなことないよ。りーちゃんの方が天使って感じ。それにりーちゃん、私が天使でれー君が悪魔だったら、なんだか……」

「……妙だな、それ。れおは悪魔っていうより、猫だな」

陸斗は梨月の言葉に納得してクスクス笑った。

確かにれおは悪魔の格好をしているよりも、黒猫の格好をしてニャーニャーとしていた方が合っているのかもしれない。

「っていうか、れおが悪魔を演じても格好がつかないよね」

りおもまた納得だ。

「りーちゃん、とにかく作ってみるだけやってみよ?頑張ろう!」

「う…ん。でも、天使って…。ただでさえハロウィンは黒っぽいのが多いのに、その中に白猫と天使がいたら…ハァ……」

少し不安そうにため息をつくりおに陸斗は優しく笑っていた。

「けど、俺は見てみたいけどな」

「何を?」

「りおの天使ってやつを」

「え゛…」

「りーちゃん、顔赤いよ」

「そ、そんなことないっ!陸斗もからかわないでよね!」

「からかってねぇって!マジな話だよ!」

りおはさらに赤くなった。

自分で熱を持っているのがわかる。

その時だ。

れおがダンボール箱を抱えて入ってきた。

「何だそれ」

「衣装用の布とかその他もろもろ!ばーちゃんに頼んで送ってもらったんだよ!うっしゃ!さっそく作り始めるぞ!」

れおだけがかなりのハイテンションでやる気満々だ。

それとは正反対にりおはため息ばかりついている。

れおが持ってきたダンボールを開けてみれば白と黒の布が大量に入っていた。

「陸斗、裁縫とか得意?」

「ん?まぁ、できなくはないけど、何だよ」

「れお、裁縫もできないの。私と梨月だけじゃさすがにキツいから」

「なるほどな。俺にできることがあるなら、何でもするよ」

陸斗は優しくいう。

それからすぐ作業が始まった。

まずは、それぞれのサイズを測って型紙を作った。

それを布にあてて切る。

だがその段階に入った時には夜の七時をまわっていた。

「りーちゃん、私そろそろ帰らなくちゃ」

「あ、そうだね。れお!梨月送っていきなよー!」

大きな布を陸斗と二人がかりで切っていたれおにりおがいう。

「もっちろん!じゃ、行くか、梨月!」

「うん。…あ、でもりーちゃん、独り……平気?」

梨月は心配そうにりおを見る。

すると陸斗がきてりおの頭をたたく。

「心配ない。俺はまだ残ってるし、独りになんかさせねーから」

「?」

陸斗を見上げながら首をかしげるりおに梨月は小さく笑う。

「じゃあ、りーちゃんのことよろしくお願いしますね」

「あぁ」

それに応えるように陸斗も笑顔を見せた。

玄関まで見送りにりおと陸斗も出てくる。

「気をつけてね、梨月。今日は色々お疲れ様」

「うん。それじゃあまたね、りーちゃん、山倉君!」

「また学校で」

りおはれおと梨月の姿が暗闇に消えるまで外に立っていた。

二人の姿が完全に闇の中に溶けるとりおはフゥとため息をつく。

「大丈夫か?」

「ん?」

不意に陸斗がりおの顔を覗き込む。

「疲れてんなら無理することねーぞ」

「平気だよ。陸斗こそ大丈夫?」

「何が?」

「疲れとか時間とか」

今度はりおが陸斗を見上げて聞いた。

そんなりおに陸斗はそっと笑いかける。

「俺のことはいい。りおが大丈夫ならいいんだよ」

陸斗のあまりにも優しい笑顔にりおは一瞬ドキッとした。

それから二人は家の中に入りやりかけの衣装作りを再開する。

最初に取りかかったのはれおと梨月の猫だ。

やっとの思いで布を切り終えると、次は一つずつ縫い合わせる。

もちろんミシンを引っ張り出しいっきに縫っていくのだが、細部はどうしても手縫いになってしまう。

「陸斗って家事全般得意だよね」

「あ?まぁ、嫌いじゃねーな。っていうか自分のことは自分でやるしかなかったからな。自然とできるようになったんだな」

「…それは、陸斗がずっと…一人暮らしをしてた…から?」

「…!」

陸斗はハッとなった。

無意識での受け答えがりおの記憶を揺らがしてしまう。

「…別にそういうわけじゃねーよ。だいたい、何でりおがそこで暗くなんだ?ったく、お前はへんなとこ気にするな」

陸斗はりおの頭を叩きながら、りおにだけ見せる優しい笑顔と口調でいった。

「りお?」

フッとりおの瞳から一筋の涙が流れ落ちた。

「お、おい、どした?!」

「わ、わかんない。けど、…なんか涙が…あれ…?」

りお自身、その涙の意味がわからず、けれど心のどこか奥の方で何かが響いていることにとまどうばかりだ。

「…ごめん」

陸斗はりおの涙を拭いてつぶやいた。

「どうして陸斗が謝るの?」

「……どうしてだろうな…。けど、ごめん」

陸斗もまた、瞳には出さず心の中で涙を落としていたのかもしれない。

「…陸斗…」

「ん?」

「急にごめんね。ありがとう」

まだ濡れる瞳でりおは微笑んだ。

陸斗もまたそれに応えて微笑み返す。

「もう少しでニャンコの耳完成だから、頑張ろーね!」

「あぁ」



「ねぇ、れー君?」

「んー?」

「りーちゃんと山倉君の雰囲気、ずいぶんよくなったと思わない?以前は、山倉君がどこか一線を引いてて、なんていうか、まるで罪の意識を背負っているみたいだったから」

梨月は静かに空を見上げた。

星が輝き始め、一つまた一つと形を作っていく。

「…確かに前に比べりゃ、陸斗のやつもりおのことをちゃんとまっすぐ見るようになったかもなぁ。けど……」

「けど…?」

「陸斗はまだどこか、梨月のいう“罪の意識”ってやつを心の中に持ってるんだ」

その言葉に梨月は不安そうにれおを見る。

れおはどこか困った笑顔をしてから梨月がしたように空を仰いだ。

「陸斗も、もちろんりおも、悪くなんかないのに…」

「れー君……」

梨月はそっとれおの手を握った。

れおも優しい表情になってその手を握り返す。

「きっと、あの二人は大丈夫…だと思う。私にれー君が必要なように、りーちゃんには山倉君が、山倉君にはりーちゃんが必要だから」

「互いが互いに必要……か。俺に梨月が必要なように…。そっか、それならきっと大丈夫だよな」

お互いを必要としているのは、自分達だけではない。

りおと陸斗を想って、二人は笑いあう。

れおと梨月は知っていた。

互いを必要とするその気持ちが、いつか何よりも強い絆になるということを……。


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