September:PART3
おそらくりおは答えを出すのに時間がかかる。
陸斗もれおもそう思っていた。
けれど待つのはほんの数秒。
りおの答えは思いの外早く出た。
「…幼なじみ…。…うん、納得かも」
「……え?」
「そっか、そんな感じだ。普通の友達とは違う、何か別のつながり」
今度はれおと陸斗がキョトンとしてしまった。
えらくすんなり受け入れたりおに、驚きよりも脱力といった感じか、二人とも固まったままだ。
「ごめんね、陸斗」
「え?」
突然りおがいった。
「本当はもっとずっと昔から知っていたんだね。それなのに、高校入ってからも全然気づかなくて、思い出せなくて…ごめんなさい」
「「りおが謝ることねーんだよ!」」
二人の声が重なる。
それは肝試しの時と同じ。
りおのことを本当に大切に想う二人。
だからこそ重なるものがある。
恥ずかしそうに顔を見合わせる二人を見て、りおはふと思った。
『そっか、この二人は私自身が気付いていなくても、いつも私のそばにいて支えてくれてたのね』
自然と優しい笑みがこぼれた。
と、その時家のベルが鳴った。
「宅配かな?ちょっと待っててね」
りおが部屋から姿を消す。
それと同時にれおはヘナヘナとテーブルに崩れた。
緊張の糸がぷつりと切れたのだ。
「そうだよな、りおだもんな」
「あぁ。根本は変わっちゃいないのかもな」
二人は小さく笑い合った。
「けど、まだ油断はできねー。もしお前との過去にりおが触れたら…」
「できる限りそういう話は避けるさ。俺の両親のこと、りおは何も悪くねーんだから」
りおの失われた記憶、いやりおが自ら封印した記憶。
それは陸斗と陸斗の両親とのある事件だった。
「あれからもう七年か…」
「あぁ。俺とりおを助けて親父とおふくろが死んでから、俺たちの関係は一変しちまった。…遠回りして、やっとここに帰ってこれた」
今でも陸斗の中には鮮明に残る当時の記憶。
まだ三人が幼い頃、真中家と山倉家で遊びに出かけた時のことだ。
手をつないで歩く陸斗とりおを、後ろから陸斗の両親が優しく見守っていた。
「手、放しちゃだめよ?」
優しく笑いかける母に陸斗も笑顔で応えた。
けれどその直後だ。
「走れ!!」
父の叫び声にあたりを見渡すとそこには逃げ惑う人々がいた。
「陸斗!りおちゃん!」
迫りくる大きな影に、陸斗の母は陸斗とりおをその場から突き飛ばすことしかできなかった。
「危ない!!」
陸斗の父は二人を突き飛ばした後、動けずにいた母をかばうように抱きしめ、その影にのまれた。
横断歩道を渡る人の波に猛スピードでトラックがつっこみ、多くの死傷者が出た大惨事。
その時れおは偶然両親と少し先を歩いていたため、巻き込まれずにすんだ。
突き飛ばされた陸斗とりおもけがはしていても命に別状はなかった。
しかし助からなかった命がそこにはあった。
病院に運ばれた陸斗の両親はもう二度と陸斗に笑いかけてはくれない。
そしてもう一人、事故のショックからか記憶をなくしたりおもまた笑いかけてはくれなくなってしまった。
「迫りくるトラックの恐怖のせいか、おふくろに助けられてから目の当たりにした光景のせいか、とにかくりおは自分の記憶を消すことで自分の心を守っていたんだよ。あのままじゃ、りおの心は壊れてしまっていたかもしれない」
陸斗がそういうとれおは複雑な表情でうなずいた。
れおとて忘れることのできないあの事件。
妹の記憶と親友の両親の命を奪った忌まわしき出来事。
「確かにそうだけどそのせいで、陸斗は一緒に過ごせなくなったんだよな」
「自分を助けたせいで俺の両親が死んだとりおは思い込んでいたからな。俺がそばにいたら何かの拍子で思い出しちまったかもしれないだろ。だから、あれでよかったんだよ。それに、お前らの母さんと父さんのおかげで俺は今ここにいられるんだから」
いいながら静かに笑みをこぼす陸斗だが、その笑みはどこか悲しみを隠しきれていない。
それでも、またこうやって三人でいられることが陸斗には夢のようだった。
「やっと三人で昔のように戻れたのかもな」
れおもそっと笑っていった。
と思いきや、いきなり陸斗の顔に近づき意地悪そうな表情でれおはいう。
「戻れたとはいえ、いっとくがまだりおとのこと認めたわけじゃねーぞ!」
「……」
シリアスな話をしていて、いきなりこうも話題が変わってしまっては、陸斗としてもあきれることしかできない。
そして、ふと思うことがあった。
りおに対する想いだけは決してあの頃には戻らない。
あの頃の幼く淡い恋心は、いつの間にか大きな愛しさに変わり何よりも尊い存在へとなっていたのだから…。
「ったく、俺達は付き合ってねーよ。そもそも、まだ告ってねーし」
陸斗はため息混じりにれおにいう。
「あぁ?まだいってなかったのかよ。おっせーなぁ!」
「……やかましい」
『目が怒ってやがる』
流水の如く静かに怒りを表す陸斗にれおはしまったと思った。
その時だ。
「れおー!陸斗―!ちょっと手伝ってー!」
玄関から二人を呼ぶりおの声が響いた。
れおは陸斗から逃げるようにすぐに部屋を出ていった。
その姿に陸斗は笑ってその後を追った。
「何だこれ!」
玄関にいってみれば、大きな段ボール箱が積まれている。
「栗!おばーちゃんから送られてきたの!二人で運んでね、重いから」
陸斗とれおは顔を見合わせて笑みをこぼすと、栗がいっぱい入ったその箱を持ち上げる。
「重っ!!」
「お前の力がないだけだろ」
「ほら、早く!今度は栗のケーキ作るからね!」
りおもそういって笑っていた。
止まっていた幼い頃の時間が再び動き出した。
この日、れおの許しもあって、陸斗は真中家に泊まることとなった。
翌日、陸斗が目を覚ますと、すでにりおが朝食の支度をしていた。
「…りお?」
「あ、おはよう!ちゃんと寝れた?」
「あぁ。…れおは?」
「まだ寝てるみたい。…ねぇ、陸斗。一つだけ聞いてもいい?」
陸斗は小首を傾げる。
「小さい頃の記憶がない私が、陸斗のこと受け入れなかったらって思わなかったの?」
「…俺は……お前を信じていたから。それに、お前のそばにいたい…、守ってやりてぇ、そう思ったから」
ただひたすらにまっすぐに、りおの瞳を見つめていう。
「…ありがとう、陸斗」
「りお…!」
そういって笑ったりおの瞳からまっすぐ一筋の光が流れる。
そばまでかけよって、陸斗はぬぐう。
そんな二人のやり取りを扉の影でれおはそっと見守りながら微笑んだ。
“お兄ちゃん”の優しい表情で。
その後、陸斗とりおは秋祭りの準備のため学園へ向かった。
二人が家を出る時、ちょうど梨月が真中家へやってきた。
れお一人ではかわいそうだと、りおが呼んだのだ。
『あとはあなた次第です。頑張ってください』
すれ違いざまに梨月がいった。
陸斗はそれに心の中でしっかりと応える。
『そう、あとは俺次第だ』
「なんだなんだ、陸斗のやつ、今日はやけに考え込んでんな」
屋台の装飾もすべて終わり、とりあえず一段落ついたおじさんは陸斗にそういってしかけた。
「じじい、テメーこりもせずまたそういう」
「しっかし、今年は本当に助かったぜ。なんだかんだ、おめーも働いてたもんなぁ。うっしゃ、おっちゃんからプレゼント用意しとくから、祭りの日楽しみにしとけよ!」
「はぁ?」
おじさんのいっている意味がいまいちわからず、陸斗は聞き返した。
するとおじさんはニッと意味ありげに笑い、りおの方へと行ってしまった。
「…?」
そして、秋祭り当日。
綺麗な秋晴れで、架音学園にはたくさんの人が来ていた。
りおと陸斗の二人は、自分の担当の時間にそれぞれ警備に出る。
片方が警備の時、もう片方は店の手伝いだ。
つまり、二人一緒にはなかなかいられない。
ちょうどりおが警備に出ている時、店にはおじさんと陸斗が並ぶ。
「おい、陸斗」
「あぁ?」
「りおちゃんが戻ってきたら、二人で遊んでこい」
「はぁ?店の方どうすんだよ」
おじさんの突然の提案に陸斗は遠い目で聞き返す。
「ばーか、うちは金魚すくいだぞ。食いもんの店と違って、店番なんて一人で十分。まぁ、俺からのせめてものお礼と思って、二人の青春に花でも咲かせてこい!」
「…またそういうわけのわかんねーことを…。でも、まぁ、せっかくだしありがたくそうさせてもらうよ」
陸斗は素直にその言葉を聞きいれ、フッと笑った。
しかし、交代の時間が過ぎてもりおが一向に戻ってこない。
『おかしいな。りおのやつ、時間はきっちり守るのに』
「おい、陸斗。りおちゃん遅すぎやしねーか?もしかして、何かあったんじゃねーだろーな。こうしちゃいられねぇ!陸斗、ここは預けた!!」
そういって店を飛び出そうとしたおじさんを陸斗は引きとめる。
「違うだろーが。じじいはここでりおが帰ってくんのを待ってろ。俺が探しに行く」
陸斗はいい終える前に走り出していた。
その後姿をおじさんは優しく見守る。
「しっかりやれよ、陸斗」
人の間を陸斗は走り抜ける。
そして人ごみの中りおの姿を見つけた。
「りお…!」
とっさにりおの名前を呼び、陸斗は駆け寄る。
「陸斗?あ!もう店番の時間?!」
時計に目をやって、りおは焦る。
「じじいが心配してよ…、いや、俺だって心配して…。って、あれ?何だ、そいつ」
陸斗はりおの後ろに隠れている小さな男の子に気付いた。
「迷子みたいなの。ほっとけなくて、一緒にお母さん探してるんだけど…、店番もあるし…」
りおの手を握っていたその男の子の手に力が入る。
りおも不安そうに表情を曇らせる。
そんなりおに陸斗は微笑んだ。
「店の方は大丈夫だ。じじいが、いいっていってくれたんだ。せめてもの礼に二人で…いや、別に俺とってわけじゃねーけど…」
「本当に?よかったぁ。じゃあ、またお母さん探しに行こうか。今度はこのお兄ちゃんも一緒に」
りおは小さな男の子の目線になってそう微笑んだ。
「…うん!」
男の子も笑う。
男の子を中央に陸斗とりおは左右で手をつなぐ。
最初こそ陸斗が手をつなぐことに困惑していたものの、男の子の無邪気な笑顔や嬉しそうに話す姿を見ているうちに、自然とその手はつながった。
「りおー!!」
前方から叫び声とともにれおと梨月の姿が目に入った。
お祭りをかなり楽しんだようで、手にはヨーヨーからりんご飴からその他もろもろがある。
「なんだ、やっぱし陸斗も一緒か」
「なんだとはなんだ」
「あら?りーちゃん、この子…」
「うん、ちょっと」
その間、男の子はジィっとれおの手にあるヨーヨーを見つめていた。
それに気づいた梨月は、れおからヨーヨーをもらい、男の子に差し出す。
「はい、どうぞ。プレゼント、あのお兄ちゃんから」
「……いいのぅ?」
「うん。そのかわり、泣いちゃだめよ?男の子だもの。強くなくちゃね!」
梨月はそういって優しく男の子の頭をなでた。
「ボク、約束する!絶対泣かないよ!」
「えらいえらい。じゃあ、約束ね」
梨月と男の子の指が絡まり、男の子は歌う。
れおはそんな梨月を愛おしそうに見ていた。
「陸斗、りおのこと頼んだぞ」
「お前に頼まれなくても、ちゃんと守るって」
れおと梨月と別れた後、だいぶ歩きまわって男の子も疲れてしまったようだった。
「りお、ここで待ってろ。飲み物買ってくる。お前はジュースなにがいい?」
「オレンジー!」
「了解」
陸斗と男の子のやり取りが、りおには年の離れた兄弟のように見えて微笑ましかった。
時計塔の下のベンチで、陸斗の買ってきたジュースを飲みながら休憩だ。
「後で払うね」
ポソッとりおがささやく。
「いいよ、別に。俺が勝手に買ってきたんだし」
「でも…」
「気にすんなって。そんなことより、母親探す方が大事…」
陸斗がいいかけた時だった。
「お母さんだ!」
男の子がいった。
「え、どこ?」
「あそこ!お母さん!」
「あのウェーブ髪の人か。待ってろ、呼んでくる」
陸斗はまっすぐかけていき、事情を話すとその女性をつれて戻ってきた。
「お母さん!」
「ごめんね!不安にさせて、ごめんね!」
母親にギュッと抱きついてから、男の子はりおと陸斗の方に向き直った。
母親もしきりに頭を下げる。
「あの、本当にありがとうございました」
「いえ。もうはぐれないように気をつけてね」
「うん!お姉ちゃん!ヨーヨーくれたお姉ちゃんに、僕泣かなかったよって教えてね!」
「うん、約束ね」
男の子は笑顔で母親と手をつないで帰っていった。
「よかった、お母さん見つかって。ずっと不安そうだったから」
「ったく、お前は本当に優しい女だな」
「そ、そんなことないよ」
りおは恥ずかしそうに頬を赤くした。
『昔から本当に優しかったよな』
陸斗はクスッと微笑むと、りおの頭をポンポンと叩いた。
「?」
りおは不思議そうに陸斗を見上げる。
「これからも、よろしくな、りお」
「…うん。私こそ、よろしくね、陸斗」
つないだ手。
幼い頃つないだ手とは違う。
大きく小さく、時の流れで変わったもの。
一度失った絆なら、またつなげばいい。
たとえ時間がかかってもいい。
大切なのは、誰かを想うこと。
「ねぇ、陸斗。ヒントは?」
「またそれかよ。んー、優しい人…っていうかお人好しだな」
「なるほど」
「なるほどって、わかったのかよ」
「ぜんぜん」
りおは情けなく笑ってみせる。
「だろーな」
「だろーなって何よ!」
「別にー。さてと、そろそろじじいのところに戻らねーと片付けがあるからな。祭りの方は回れなかったな」
「いいよ、陸斗と一緒にいられたから」
「りお…」
りおは優しく笑っていた。
二人で一緒におじさんのところへ帰ると、金魚は一匹も残っていなかった。
「いやー、完売とは驚いたぜ!」
「あの、すいません。何やらお手伝いもろくにできなくて」
「何をいうか、りおちゃん!!二人のおかげで今年は本当に楽しかったよ!来年も二人に頼むかなぁ!」
「無理をいうなよ、じじい。でも、まぁ、もし来年も俺たちが同じクラスだったら、やってやってもいいけどな」
「そうだね!」
「うっしゃあ!約束だぜ!っと、そうそう、忘れるとこだったぜ!」
おじさんはそういうと、影から何かを取り出した。
「どうせ、誰かにつかまって、ろくに祭りも楽しんでねーんだろ?これは俺からのプレゼントだ!今日の思い出に持って帰ってくれ!」
おじさんはそっとりおと陸斗に、二匹ずつ金魚の入った袋を渡す。
「ありがとうございます!大切に育てますね!」
満面の笑みで受け取るりおに、おじさんの表情も優しくなる。
「ありがとうをいうのは俺の方さ。ありがとな、りおちゃん、陸斗も」
「“も”ってなんだ、“も”って」
「りおちゃーん!陸斗が怒ったぁ!」
「だから、やめろっつうの、それ!」
「あははっ!!」
真実を知った九月は、未だ知られてはいけない真実を隠していた。




